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第三十話 角度のついたまなざし

 翌、八月七日。


 目的地には電車で四十分ほどだった。やや小さい駅の地下道に入り込むと、少し薄暗い通りを、店ごとの照明が彩って、誘うようだった。

「こんなところ、あるんですね」

「趣味半分の商売の店ばっかりだ。だからこそ、ここでしか見れないようなものが山ほどある」

 店一つ一つは狭い。カフェで言ったらカウンターを含めて十数人分の席しか用意できなさそうな程度の面積しかない。その小さな空間が、ありったけの積極的なこだわりであふれんばかりに満たされて、道に溢れる。

「いいな」

 オリジナルの家具を売っている店を見ていると、川上が一つの丸いテーブルに目をつけた。天板がかなり大きく、赤みの強いマホガニーが明るさと暗さをどちらも想起させる。

「今あるダイニングテーブル、不便で困ってるんだよ」

「あれはちょっと小さいですね、俺が当番だと品数多いから、この間パンパンになってた」

「それもだし、面が小さい割に脚が無駄に広がってて邪魔なんだ」

「脚ですか」

「まあ、一人暮らしを想定しているんだからケチをつける方が変だけど」

 川上は珍しく、口の端を苦々しく引きつらせながら、軽くかがんでテーブルの脚を指した。細くて黒いアイアン素材の脚が、すらりと四本、接地面でくるりと反り返って伸びている。

「家にあるのは、天板と同じ素材でまっすぐ伸びてるだけだし、転倒防止で無駄に太く作られてる。これだったら天板以上に無駄に広がる心配もないし、足元も楽だ」

「もし、椅子もご入用でしたら」

精悍な雰囲気の店主が、一つ、椅子を持ってきた。しっかりと分厚いレザーのクッションの下、テーブルと同じアイアンの脚はそのまますとんと伸びていて、座りやすそうなのにスリムだった。

「そのテーブルには、この椅子が一番です」

「ありがとうございます」

 川上はすぐそう言って、椅子をじっと眺め、思わず唇をほころばせて呟いた。

「だめだ、見たら見ただけ全部欲しくなる」

店主も嬉し気に声を弾ませる。  

「このテーブルなら、この椅子が一番いいかなとは思います。勿論無理にじゃないですけど、合わせて作ってあるので……もともと、飲食店でも使えるようにって設計したんです」

 店主のその言葉に、川上はふと、妙に明瞭な語り口で尋ねた。

「この大きさだと、物を置くには便利にしても、飲食店のテーブルとして複数置いたらかさばってしまう気もするんですが、どうなんですか」

「ええ、工夫したのも、まさにそこでして」

川上に合わせるように、店主も力が入ってきた。力が入ると静かになる川上と対照的に、店主は力が入るとより機敏になるタチのようだった。

「このテーブルとこの椅子だと、しっかり脚を入れて腰かけられますし、椅子を元に戻してもコンパクトになるんです。よろしかったら、試してみてください」

といって、店主が椅子をテーブルの中に入れるのに、川上も軽く会釈しながらすぐ応じた。

 雪本はハッとした。川上は敢えてかなり浅く座ってみていたのだが、そもそもの座面がそれほど広くないので大した差にならず、椅子が背中側に出しゃばりすぎるということが無かった。それでいて足下は細いアイアンのおかげで邪魔されることもない。先ほどから川上や店主が一生懸命話し合っていたことが、ようやく腑に落ちた。狭い店内で、大きな天板を前に、川上はちっとも窮屈な思いをせず座ることができていた。

 丁寧に椅子から立ち上がりながら、川上は尋ねた。

「このテーブルと椅子は、やっぱりどうしても、一点ものになりますか?」

「椅子はいくつかありますよ。確か、五つか六つあったかな」

「じゃあテーブルは?」

「こっちは今のところ一点ですが、ご注文さえいただければ」

「そうですか」

 しばらく躊躇した後、川上は伏し目がちに、控えめに言った。

「予約、というか、一瞬とりおいていただくことはできますか。テーブルひとつと、この椅子を、出来れば三脚。……同居人の意見も聞いてから買いたくて」

名残惜しそうに椅子の座面を撫でる川上に、店主はむしろ嬉しそうに頷いた。

「四日くらいでしたら、全く問題ないですよ。大丈夫です」

「すみません、なるべく早くにご連絡します」


 川上はその後、店主と一言二言かわしてから、一枚メモのような書類を書いて、その店の外に出た。

「悪い、時間かけたな」

「いえ、全然。面白かったです。でも、結局一セットだけなら、複数置いた時の面積とか、そこまで気にしなくてよかったんじゃないですか?」

そう指摘すると、川上は少し恥じるように、ばつが悪そうに、少しだけ口を開いた。

「模様替えとは別に……やってみたいことがあるんだ。それに使えるんじゃないかと思って」

「やってみたいこと?……インテリアデザイナーとか?」

「そこまで大仰な話じゃないけど。何を計画してるわけでもないし。ただ、出来ればいいなと思ってるだけだ」

 ゆっくりと店を見ながら歩いていた川上が、不意にまっすぐ雪本に振り返った。なぜか昨日の真菜の瞳を思い出した。

「そう言えば、雪本は将来こういうことをしてみたいとか、あるのか」

ごく平凡なはずの質問が、川上の口から出ると、より素朴に感じられて、却って一瞬言葉に詰まった。

「大学には、行くつもりです」

「なるほど、学部は?」

「まだ全然。大学のイメージもろくにわかないくらいで」

「それはそうか。……じゃあ、やんわりとでも、こういう仕事をしたい、とか、こういう事をしていきたいとか、そういうのは?」

 川上の一歩一歩踏みしめる様な質問に、微粒子のようなひらめきがいくつか湧き起らないではなかったが、果たしてどれをすくいとったものかわからない。

「余りないですね」

「そうか。――いや、ないって顔でもなかったけど」

川上にしては率直だが、その分含みもない笑顔につられる。

「全く心当たりがないってことはないです。でも、夢っていえるような夢はなにも」

「なんだそれ、夢って言えるような夢って、そんなもんあるか」

「だって……」

 不意に川上の肩越しに、美しい艶のあるレザーの色が目に入って、ほんの一瞬言葉を飲んだ。川上は素早く反応して雪本の視線の方角に振り向く。 

 レザーの専門店だった。小物をハンドメイドで作っているらしく、店頭で展示されているだけでも、キーホルダーや定期入れ、スマートホンのケースなどバリエーションに富んでいる。

「これか」

川上は雪本が視線を向けていた腕時計のバンドを、正確に指で指し示した。ソフトな柔らかいブラウンのレザーで、石崎からもらったポーチと比べると、かなり色が明るかった。

「色が綺麗だなって。今ちょうど腕時計持ってるし、付け替えられたりするのかな」

「できるだろ。確かにものがいいな。なんなら俺が持っておきたいくらいだよ。俺の肌の色とは相性が悪いけど」

 川上は手招いて、雪本の左腕を持ち上げてレザーを軽くかざすと、どこか満足そうに笑った。

「やっぱり、似合うと思った。欲しいのか?」

「はい。もしよかったら」

「勿論」

 そう軽快にうなずいて、川上はもうすっかり次に買うべきものを品定めする段階に入りなおした。趣味で買い物に来るときは、このくらいのペースでモノを見るのだろう。物が多くなって困ると以前に本人が言っていたが、その言葉通り『困るほど』買ってしまうのだろう。

 川上は店に一歩入ると、入り口付近にあったキーケースを手に取った。先ほどと同じ色合いだった。

「これなら肌の色とか関係ないし、丁度いいかもしれない。欲しいなと思ってたころだし。」

「そうだったんですか?」

「前に使ってたキーケースが壊れたっきり、買いなおせてなかったんだ。無くすと困るし、すぐ取り出したいから、もうずっとズボンのポケットに入れてるんだよ。ただ、それはそれで跡が付くし。……雪本は、キーケースとか使うのか」

「いえ、それほど荷物があるわけじゃないし。でも、なんでなかなか買いなおさなかったんですか?」

「前のが相当気に入ってたから、生半可な物は買いたくなくて。こだわると値が張るしで決めあぐねてた」

 雪本はそこで、初めて、価格という物が気になって、キーケースの値札をのぞいた。

「え」

「どうした?」

雪本はさすがに音量をおさえつつ、

「こんなにするんですか」

と尋ねた。

 川上は一瞬、何を言われたのか、というような顔で見つめ返した後、店員が近くにいないことを確認しながら、値段を改めて眺め、軽く首を傾げた。

「こんなにって……この値段の事を言ってるんだよな」

「はい。俺、良く知らなくて。その半分もしないくらいかなって」

「ああ、勿論、それくらいで買えるものもあるけど……いい革を使ってるし、手作りだし、このくらいなら十分手ごろだと思う。俺はむしろもう少しするかと思ってたくらいだし、手持ちは十分あるから」

 雪本は不意に思い至った。

「あの、さっきの、腕時計のは」

「これより少し下がるくらいだけど」

「やっぱり……」

「いいよ、気にするようなことじゃないし」

川上は声を潜めつつも、穏やかに笑いながら言った。

「そもそもそんなに高くないだろ」

「高いです」

「俺なんかこのくらいの買い物は珍しくないから」

「でも、申し訳ないですよ、腕時計も、そんなにしょっちゅうじゃないし……」

 川上は雪本のかたくなさがわからないように、しかし無理強いもできないと思ったのか、腕時計のバンドを名残惜しそうに戻した。


 それから川上は店内にある無数の商品を見比べることに没頭し始めた。背が高く、手足も長い川上なので、狭い店内では他の客から見て障害物になりうるかとも思ったが、他の人間の動きや視線を感じるたび、川上は自然に押し流れるようにして自然に見る場所を変えた。  

 雪本はついていける自信がなく、初めから入り口付近にたたずんでいたが、川上は細やかに視線を配って、雪本が今どこにいるか常に確認し続けていた。しかし十分以上たっても雪本が同じところにいると、流石に歩み寄ってきた。

「悪い、待たせてるよな。もう出ようか?」

「いや、見てるだけで楽しいので、大丈夫です。それに」

雪本は、目をつけていた商品を一つ取った。

「俺、これ買おうかな、どうしようかなって考えてて」

 川上は雪本が差し出したものを受け取って見詰めた。

 革製のキーホルダーだった。レモン色に塗装された五百円硬貨ほどの大きさのレザーに、店名が綺麗に刻印されたものだった。

「面白い形だな」

「はい。真菜の家の鍵の方につけて、見分けつきやすいようにしてもいいかなって」

川上は頷きながら、しかし、先ほどのバンドより慎重に細部に目を凝らしつつ尋ねた。

「色が、さっきのと大分離れるけど、それはいいのか?」

「はい。これも綺麗だし。身に着けるわけじゃないから、肌の色とか関係ないかなって。他の商品を作ってる途中で余ったり、売れ残った奴だったりとかを加工しなおしてるんだそうです。それで、人気の色はなくなっちゃってるみたいで」

「なるほど」

 川上は値段を確認して、やや眉間に皺を寄せた。

「安すぎる」

「そうですよね、びっくりした」

 雪本が笑うのに合わせるようにして、唇を釣り上げながら、川上はじっとキーホルダーを注視した。縫い目の外側の革の切れ口を指でかすかになぞり、そして再び、腕時計のバンドの四分の一以下の価格を確認する。

「――駄目ですか?」

「いや、駄目ってことはないよ。この店はそもそも趣味がいいから、これだっていい品物だし。……欲しいんだよな?」

「はい。それくらいだったら手ごろだし」

 川上は頷き、そして、そのレザーのキーホルダーを雪本に返した。

「いったん、保留にしないか」

「え?」

「まだ二店目だし、俺もさっきのキーケースは保留する。他の店も回ってから決めてもいいだろ」 

 川上は柔らかく笑いながら、店主の目に留まらないよう確認しいしい、素早くキーケースを元の場所に戻す。

「それでいいか?」

「はい、大丈夫です」

「まだ時間はたっぷりあるから」

 雪本の腕につけた時計を川上が指先で軽く叩く。川上の言う通り、まだ到着して四十分足らずの、十二時十分ほどだった。そしてその手はすぐに視界から消えると雪本の背中に回る。気が付けばあっという間に店の外に出ていた。


 川上は、彼にしてはスムーズすぎるほどの動作で店を後にした後、自分からは話出さずに、ただ視線だけを並ぶ品々に注ぎながら、雪本に合わせて歩いていた。ところどころ何かに心惹かれているようなそぶりは見せるが、二店目までと打って変わって、積極的に入ろうとしない。それこそ丁度良い価格帯の、センスの良い店の前に差し掛かっても、じっと見るだけで歩くペースは変えなかった。

 とうとう端から端まで歩き切ってしまうと、川上が、雪本、と切り出した。

「見たいものはないのか?」

 雪本は今度こそ本当に、ありありと困惑の色を顔に出さざるを得なかった。

「川上さんは?」

「ああ、いくつかあったよ」

川上は平然と、雪本の見立て通りの回答をした。

「お前は?なかったのか?」

「あ……ごめんなさい」

「ん?」

「川上さんに誘われたから、なんとなく、川上さんが入るのを待っちゃってました」

「ああ、なるほど、悪かった」

川上は気持ちよく笑いながら、雪本から視線を外さなかった。

「じゃあもう一回ゆっくり戻りながら回るか。お前も見たいところがあったら、行っていいよ」

「わかりました」

 二人でもう一度、今来た道を逆行し始めると、川上はまたしばらく黙って、特にどこにもよらなかった。しかし、目移りをしているというより景色を眺めているという感じだったので、今度は本当に、入りたい店を見定めていて、まだそれが近くにないから黙っているようだった。雪本が先ほど目を付けた、価格帯がそれなりにリーズナブルな店は目もくれなかった。

「川上さん」

「うん?」

「川上さんは、安いものが嫌いなんですか?」

「え?」

 川上は目を丸くした。そして、すぐ何かに思い至ったように、呆れたように聞き返した。

「値段しか見てないのか」

「え?いや――」

「違うか。……値段の問題でもないな、きっと」

 川上はまた歩き始めた。

 十歩と歩くかあるかないかというタイミングで、川上は尋ねてきた。

「雪本、お前が使っている、二つ折りの財布のことなんだけど」

「はい」

「お父さんのものを、貰っているって言ったよな」

「はい。貰っているというか、父が使わなくなって長くなってたものを、勝手に使っているっていうか」

「そう。……今、持ってるか?」

「はい」

 雪本は二つ折りの財布を出した。川上は丁寧すぎるほどの手つきでそれを受け取った。

「雪本、お前、これが欲しかったのか?」

 雪本は自分の歩みが鈍くなるのを感じた。何を言われているか、頭より先に体が察知し始めた。 

「もしも。――もしも、お前がお父さんと、この財布が売ってある店に行ったとして。もし、『好きな財布を買ってあげるよ』と言われたとして。これを選んだか?」

「いえ」

「じゃあ何を選んだ?」

「少なくとも、そのお店で買うのは断ります」

「どうして?デザインが趣味じゃないとか?」

「それはないです、普通にかっこいいと思うし、パッと見てわかるくらい使いやすいし。でも高そうだし、俺は特にこだわりがあるわけじゃないから、買ってもらうなんて」

「雪本。これは、五万円以上するものだよ」

 川上は言った。 

「どっちみち、五万円以上するものだよ。お前へのプレゼントにしろ、お父さんがタンスの肥やしにしていた物にしろ、それで値段は変わらない。値段は変わらないし、その値段が付くくらいの素材が使われて、技術がかかっていて、その結果として、機能性があるものだ。お父さんはもう使わなくなっていたというけど、逆に考えれば、使わなくても捨てられない、そういう物なんだよ、それは」

 そこで一旦言葉を区切って川上は苦笑した。

「別に、お父さんに返して来いとか、そういう話ではないよ」

 雪本は頷いた。川上の視線が横顔に刺さる気配がして、その少し後に、財布を持っていない方の手で軽く背中を叩かれる。

「さっきのキーホルダー、俺は別に、買ってもいいくらいちゃんとしたものだと思った。お前が買いたいって言ったのが嘘だとも全く思わないよ。……でも、明らかに、最初に買おうとしてた腕時計のバンドとは別格だった」

「別格?」

「反応が全然違ってた。気がする。あくまでも、俺が勝手にそう思っただけだけど、キーホルダーの方に関しては、持っていて気が楽だから欲しがっているって感じだな。そういう風に見えた」 

 雪本はしばらく、思い返して、頷いた。

「そうだと思います。自分でも。最初のバンドが一番欲しかったけど……安ければ、お願いしようと思ったけど。値段が高くて、あんまりいいもので、腕時計そんなにこだわってないし、レザーに詳しいわけじゃないし、自分で買うのも多分迷ったし。……それで川上さんにお金を出させるなんて、色んな意味で、自分にはもったいないと思って」

「自分にはもったいないから、もっと手ごろでそこそこ欲しいものを?」

「そうです。財布も、せっかくだからいいものがいい、とは思っても、本当に財布に詳しくもないのにブランド品なんか買えなくて。そしたら、今は使われてないものがあって……放っておいたら誰も使わなそうで……それでいて、昔は父が大事にしていたのを、俺は知っていたから、それがちょっと、嬉しくもあって」

「嬉しい上で、安心して、しっかり使えるもんな」

 雪本が頷くのに合わせて、川上もそっと頷いて、柔らかい手つきで財布を返してきた。雪本はそれを、今までにないくらい緊張して受け取った。焦点がぼやけかけるのを、意地で合わせ、財布を再びしまった。

「多分、なんですけど」

「うん」

「俺は基本的にずっと、褒められすぎてるか、貶されすぎてるか、どっちかだったんです。自分でも、恵まれすぎてる気がすることもあるし、損ばっかりな気もする」

「それだけ綺麗な顔だからな。お前が何かを思うより、人がお前に何か思う方が、きっと早いんだろ。お前もそういうの、気づきすぎる方だろうし」

「そう見えますか?」

「見えるよ」

何をいまさら、と言うように、冗談めかして笑った余韻で問い掛ける。

「ちょうどのところを見つけたいのか?」

「はい」

 頷くと、頭が重たかった。

「いつも、これがちょうどだって思えなくて、何したらいいかわからない」

 川上は少しためらうように、数歩分の間をおいて断言した。

「ちょうどなんてないよ」

「――ない?」

「俺は、ないと思う。誰がどれだけ報われるかは、良い悪いとは別の問題だ。人からの評価が高いとか低いとか、そういうのは特にそうだ。人によって基準もばらけるし、誰も正しい基準なんかわからないし、皆が皆偏ってる」

川上が珍しく断言をするので、ついまじまじと横顔を眺めると、川上がそれに気づいて、ただ穏やかに頷いた。

「偏ってるよ、絶対に。だから、人の目とか、人の言うことは、参考にとどめるべきだし、お前はお前にとってまっすぐな、偏った目を持つべきだ。他の誰が何と言おうと、俺は雪本が顔だけの人間だなんて思ってない。普通に、そうは見えない。俺の偏った目から見れば」

「そこは断言してください」

「わからないからな、他から見たらどうかなんて。どっちが間違っているわけでもないだろうし」

 飄々と、川上は歩幅を大きくした。雪本は多少後ろを歩くことにはなったが、あまり気にならなかった。

「人の目を気にするのは悪いことじゃない。好きなように、好きなだけ気にすればいいよ。ただ、自分の目と他人の目が混じったら、苦しくなっていくだけだ。どっちに転んでもずっと傷つく。どっちのせいにもできるからな。だから今日一日くらい、楽しく、自分の為に買い物をしよう」

「はい」

 川上はやっと歩みを止めて、雪本に半身だけ振り返った。

「どこにいきたい?」


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