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第二十九話 心の体操

 少しばかり西日の混じる、午後四時過ぎの事だった。

「そうだ雪ちゃん、これあげる」

 肩から提げていた巾着のような白い鞄を少しくつろげて、真菜は小さな包みを取り出した。大きさと軽さからすると、中に入っているものはアクセサリーの類のようだった。

「俺に?」

「昨日の仕事終わりにね、ちょっと買ったんだ。安物だから、どうかな」

 手に出してみると、レザーのネックレスだった。かなりゆったりと長さがある一方、幅は細く、直径2ミリあるかないか程で、軽くて艶がある。日の光の中で、明るいターコイズカラーと留め具のシルバーが眩しかった。

「綺麗」

「でしょ、雪ちゃんに似合う色かなって」

「ありがとうございます、俺、この色好き」

「本当?」

「うん」

「雪ちゃんでも、この色のもの持ってなくない?」

「めったに見ない色じゃん、そもそも」

「そうかなあ」

「これ結構長いけど、そのままつけるの?」

「それでもいいし、二周させたらチョーカーみたいできゅっと引き締まると思うよ。四周させたらブレスレットになるし―今日の服だと、二周くらいの方がいいかな」

 真菜は雪本の手からネックレスを奪おうとした。

「何?」

「つけてあげる」

「え、いいよ。自分でできるよ」

「つけてあげたくて買ったんだもん」

「え?」

 驚いた拍子に力を抜いてしまった掌から、するりとネックレスを奪うと、真菜は雪本の襟足を指でかき分けた。首をすくめたのを真菜は見逃さなかった。

「雪ちゃん首回り結構くすぐったがりだよね」

「やめて」


*****


 朝方に雪本を飲み込んだもの寂しさが、少なからず落ち着いたころ、真菜が体のだるさを訴えた。平熱で食欲もあったが、眩暈がひどく体が重い。昨晩は二時まで起きていたというから、何はともあれ、一旦横になって休むことになった。

 次に真菜が目を覚ましたころには、すでに映画の上映開始時刻を過ぎていた。

 暫くはお互いにちょっとしたことで謝りあう時間を過ごした。どちらも悪くないと言えなくもなかったが、お互いそれなりに映画に行きたかった気持ちがある以上、また誰より映画に行きたがっていた川上が見れなかった以上、それでも真菜も雪本もそれはそれで楽しんでしまった以上、開き直った後の反省会の様相だったので、お互いにお互いの謝罪を粛々と受け取ることにした。

 そんなことをしているうち、真菜は徐々に徐々に体力を回復して、せっかくなので少しくらいは二人で出かけにいこう、という話になった。

 いくら回復したと言ってもあまり長いこと歩き回ったりしていてはまた調子を崩すかもしれない。しかしすぐに夕飯にするにしてはあまりにも時間帯が早く味気ない。じゃあ、と、真菜は提案した。

「隣駅まで歩こうよ」

「隣駅まで?」

「美味しい手作りピザのお店があるの。そこに行こう」

「でも、それでも二十分やそこらでついちゃうんじゃない?」

「うん。だから探検しよう。面白そうなとこ選んで通ろうよ」


****

 

「こんなところもあるんだ」

「ここはね、いっつも電車の窓から軽く見えてるから、気になってたんだ」

 歩き出して十五分ほど、大通りからかなり外れた位置にあるなだらかな傾斜のついた住宅街に差しかかった。傾斜として麓側にある小学校は夏休みを迎えていて、校庭でサッカークラブの子供たちが思い切り駆け回っていた。そこに同じ年頃の女の子達が自転車で通りかかって、ネットの向こうを見透かそうとする。

「好きな子いるのかな」

「兄弟じゃないですか?」

 真菜と雪本は、小学校を一メートル程見降ろす位置にある道を歩いていた。温さと冷たさを順繰りに感じる様な柔らかい風がありとあらゆるものをゆっくりと揺らしているので、ともすればスパイクで巻きあがった校庭の砂が舞い上がってきそうだった。だから小学校のある方角から風の気配を感じた時は、反対側に首をそらして、もう二メートル高い位置にある家々の外壁を影が這い上がり、屋内の灯が一番星のように浮かび上がってくる経過を少しずつ観察していた。

「今日行くお店、行ったことあるの?」

「ううん。見たの。こないだ」

「隣駅でしょ?」

「うん。今のおうちに初めて来た日ね、なんかいい気分だったから、歩いてきた」

真菜はこともなげに言った。

「歩くの好き?」

「嫌いじゃ無いかな。どっちかっていうと、探索したいっていうか。私、女子高育ちで。それもすっごいお嬢様系の」

「うん」

「制服で寄り道してると、すっごく文句言われる。通学路とか同じ学校の子ばっかりだし。だから大学入って、自由に寄り道できるようになって、そしたら面白いところいっぱいあるんだなって。空きコマに出れば、あんまり人とも出くわさないしね」

「反動ってこと?」

「だね」

 また大きく風が吹いた。砂が薄い膜のように舞い上がって緩いとぐろを巻いたのを見て取り、雪本は思わず手で顔を守って目をつぶった。

「雪ちゃんとこうやって、外で歩くの初めてなのね」

 ともすれば掻き消えそうなくらいの声がそう言ったような気がして、風が寄せて返すのを視線で追うと、真菜は砂も風も気にせずただ雪本に正面で向き合っていた。単純に直進しているようなまなざしで、たった今口にした自分の言葉を眺めるようにして、雪本の目をただ見ていた。

 長い髪が持ち上げられて一瞬その視界を遮り、再びおとなしく肩口に落ち着いたのを合図に、ようやくはにかんだ。

 すると真菜が前触れなしにひょいと早足で上の方へ登り始めたので、雪本は焦ってついていった。

 まっすぐに続いている傾斜地には、ところどころくさびを打つようにして、下か上の道へと移動するための些細な階段が設置されていた。真菜はそれらをずっと素通りしていたので、上がらないものだとばかり、雪本は思っていたのだ。

「わぁ」

軽い階段を上りきって雪本は思わず声を上げてしまった。煌々と彩度を増してゆく夕日が、予想していたよりもはるかに高い位置にあったのに驚かされた。

「雪ちゃん、暑くない?」

「大丈夫です。これくらいなら。……真菜は?」

「私は今、これくらいがちょうどいいから」

 真菜はそう言って伏し目がちに

「ま、別に上らなくても着けるんだけど」

と付け足して、また道なりに歩こうと雪本に背を向けた。

 雪本はやっと腑に落ちて、それより素早く真菜の前に出て顔を覗き込むようにした。

 首のレザーを思い切り引っ張られた。

 雪本がむせている間に真菜は五歩ほど先に進んでしまった。

 へそを曲げた真菜が道を折れて住宅地の中に入り込み、夕日に背を向けるようにして進むのにせき込みながら続くと、大きな道路のある通りに出てきた。

 時刻の問題か、その大きさ広さの割にはそれほど車の行き来がなく、どちらかと言えば殺風景とも言えそうだった。

「痛いんだけど」

「やっぱり、首弱いんだね。ネックレスやめたほうがよかったかな」

真菜は知らん顔で、ただ興味深げにそのしんとした通りを見回していた。

「数は少ないけど、お店はみんな元気なんだね」

「住宅街の人が、皆来るんじゃない」

 真菜は頷きながら、猫が匂いを嗅ぎまわるような足取りで進んだ。雪本も真似をするようにきょろきょろとあたりを見回していると、車道を挟んだ向かい側に渋好みの喫茶店のような重々しいレンガ造りの建物を見つけた。よく見ると外壁だと思っていた壁はガラス越しに見えていた室内の壁で、なおかつ、喫茶店ではなく美容室だった

「あ、なに、あれ」 

 真菜が声を上げた。二人が歩いている直線上、二十メートル先のあたりに、「珈琲」と書かれた立て看板があった。何が特徴的と言って、その看板の仕様も、店構えも、やや小ぶりであるがれっきとした日本家屋の和食居酒屋であることだった。 

「お昼の時間は自家製のスイーツ出してくれるんだって。限定十食」

「コーヒーもお昼だけか」

「大好評、オリジナルブレンド、とな」

 真菜は小さく笑って歩き出しながら、看板に向かって呟いた。

「良ちゃんとか好きそう」

「川上さん、どちらかと言うと和食の方が好きだもんね」

「それはそうなんだけど、ほら、カップの飲み口分厚いじゃない、ここ。こういうののほうが好みなのよ」

「そうなんだ」

知っている話だと伝えるのが、なぜかはばかられた。

「真菜は薄い方が好きだよね」

「うん、甘く感じるんだよ、薄い方

川上から聞いたから知っているのだと伝えるのが、なおはばかられる気がした。

 雪本が喉元をおさえると、真菜はそれをすぐ見とがめた。

「ネックレス、痛い?」

「痛いってことはないよ、大丈夫」

「そう?」

 先んじて階段を上る。背中から太陽においあげられているような気がした。

「ごめんね」

「え?」

「良ちゃんの話とかしない方が良かった?」

「いや、そんなことは」

「そう?二人でいる時くらいはとか」

「えっと……いや、全く気にしないじゃないけど。でも川上さんのこと全く話に出さないのも違うと思うし」

 階段を上がり切ると、夕日の位置はほぼ水平にまで下がってきていて、空の黒ずんだ青色がいやましてその分厚さを増しているのがわかった。

「川上さんと話してるのが好きなんだ。真菜と川上さんの話をするのも好き。でも……でも、こうして真菜と二人でいると、ずっと二人でいたいって思ったりする。だからって川上さんがどこかに行っちゃったら、なんか、どこかで会えないかなって思う気がする。なんかわからないよ。自分でも」

真菜の歩く音が途絶えて、振り返ると、歩道橋の手すりに捕まって微かな車の通りを見下ろしていた。

「わからないこと、ないと思うけどな。雪ちゃんが今言ったことが全部じゃない?」

「でも……でも、俺はそもそも、単純に真菜が好きだから告白したんだよ。初めからこの状況を予想してたわけじゃ、勿論ないし」

「そりゃそうだ」

「全部欲しいって思ってた。思ってたって言うか……全部欲しいって思ってるから告白したくなったんだって、そういうつもりだった。川上さんのことも直ぐに別れて欲しいわけじゃないからとりあえず保留しただけだったし」

そういうと真菜は、吹き出した。

「なあに?なにがいいたいの?」

「最初の目的からズレてて。状況だけじゃなくて、気の持ちようっていうか」

「ズレちゃダメなの?ズレて当たり前じゃない?」

「あんまりズレて、大事なこと見失ってないかなって」

「逆なんじゃないの」

 真菜は伸びをした。

「雪ちゃんは、こうすべきとか、こうするものだ、とか、そういう言葉に動揺してるだけだよ」

「言葉?」

「そう。目的に向かってまっすぐ努力する、とかね。ブレない、とか。いや、いい言葉なんだけどね。ためになるし」

「でしょう?」

「でも、そもそもさ、自分と会話してないと、どんな言葉の意味も本当には入ってこないじゃない?」

 雪本は真菜の目を見た。

 ただ雪本と会話をする目だった。1mほど距離があるのに、真菜の瞳に映る自分がどんな姿か手に取るようにわかる気がした。

「自分と会話か」

「自分に説教、とは違うよ」

真菜の言葉は簡潔だった。

「ただお話して、考えるの。この人が幸せになるにはどうしたらいいのかなって、自分に向かってね。お説教はそのずーっと後で平気」 

 真菜に似合いの言葉に笑い、笑いながら考える。

 「お説教」を前提とせずに自分と会話をすること。ひたすら自分と会話してから考えること。

 当然自分への愛がなければできない行いだろう。自分に対しても他人に対しても、会話というものはそもそもそういうものであるかもしれなかった。

 自分で自分と会話してこそ他者の言葉が聞こえて会話になる。

 そう考えれば昨日の電話は、思っていたより榊に多大な負荷をかけていたのかもしれない。雪本が普段していない分まで、榊が雪本の内面との会話を肩代わりしたようなものだったのだとしたら、心理的に別の負荷のかかっていた榊にとって重労働だったろう。それにさえも今の今まで気づかなかった。

 東井と今まで交した会話も、石崎と今まで交した会話も、沙苗と今まで交した会話も、本質的なものではなかったのだとすれば。真菜とこうして話す自分も、川上と話す自分も、まだまだ本質的ではない。

「言っていいのか、悩んでたけど」

「うん」

「今日俺、映画行けなくなって、良かったって思ってる」

「そうなの?」

真菜が虚をつかれたように重心を持ち上げた。

「うん」

「どうして?」

「川上さんがチケットをとって、俺と真菜に見て欲しいと思った映画だったから、俺もみんなで見た時の川上さんの反応が見たい。それが出来なきゃ見なくていいと思ってる」

「なあんだ」

真菜は今日一番に、元気よく笑った。

「雪ちゃんあの映画興味なかったんだ」

「そうは言ってないでしょ」

「私も興味ないもん」

「俺は興味あるよ」

「ほんとよかったよ、無理に見なくて」

雪本の手を再び真菜が掴んだ。有無を言わさぬ素早い動きで、ただ指先ばかり優しくほぐすようだった。 

「映画見にいってたらこんな話できてないね」

 真菜はそう言ってまた笑った。素朴な言葉に舌を出し、お調子者の皮をかぶってはしゃいだ。

 

*****


 夜、深い眠りについていた雪本は、玄関から響く鍵の音で再び目を覚ました。

 川上が戻ってきたのだろう。玄関からのまっすぐな廊下を渡って近づき、雪本の部屋とは反対側に角を曲がった先の自室へと遠ざかっていく。

 その穏やかな足取りを遠くに聞きつつ、雪本はまたとろとろと瞼を閉じた。


 本当にはっきりと目が覚めてしまったのはその少し後の事だった。リビングのドアを開けると、廊下と扉二枚を隔てた雪本の部屋の中にまで伝わってきた、深い素朴な甘さのある香りでやはり満ちていた。

 視界の端のキッチンで火のかかった小鍋を前にした川上が、雪本を見てはっとしている。

 無駄に大きすぎる窓が真っ暗な深夜の風景を映し出して都会的な迫力を生み出しているのが却って滑稽だった。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 川上が思わずと言ったように時計を確認した。雪本もつられて視線をやってしまった。日付が変わってやや経った頃だった。川上は、ああ、と慌てたように小鍋に蓋をした。

「悪い、起こしたか。ちょっと腹が減ってて」

「お夕飯、まだなんですか」

「そんな暇がなかった。……昼もまだだよ」

 キッチンに近寄ると冷凍うどんの袋と卵が既に顔を出していた。川上が時間帯を気にするような小さな声で笑った。

「食べるなら作る」

「いいんですか」

 良い匂いに誘われて目が覚めていた雪本は、間髪入れず答えた。川上が目をそっと細めながら小鍋の蓋を取り上げる。やや強火で取り急ぎ煮立たせられた昆布が柔らかそうに緩んでいた。  

「どのくらい食べる」

「一人前食べたいです」

 川上は焦らずに水と昆布を少しだけ足した。

「太っても知らないぞ、夕飯食べたんだろう」

「食べたのが早すぎて、おなか減っちゃって」

「早すぎて?あの映画、長いだろ」

「そう映画、見なかったんです」

力んで妙に勢いづいた。

「見なかったって……えっと」

 川上はその勢いに押されて、一瞬頭の整理が遅れたようだった。

「他のことしてたのか?」

「はい、あ、いや、というか、時間に間に合わなくなっちゃって」

「ああ――そういう」

「はい。俺が寝坊して……昨日寝付けなかったんです、それで」

川上はその言葉に、珍しいくらいまっすぐ目を合わせて、小鍋に再び向き直った。少し痛そうな目をしていた。昨日の夜と言えば川上の番だったので、それが原因と思ってしまったようだった。

「でも俺、どうせなら、川上さんと一緒に見たかったし。真菜には悪いけど、ちょっとほっとしました」

「真菜はいいよ」

川上は思わずと言ったように吹き出しながらうどんを小鍋で茹で始めた。

「ああいう映画、真菜はそもそもそんなに興味無いんだ。悪い、麺つゆと、卵もうひとつ取ってもらっていいか」

 雪本が言われた通りに材料を渡すと、川上は礼を言った。その礼を聞いてふと、改めて背を伸ばす。

「仕事、お疲れ様でした」

川上は不意に押されて力が抜けた時のように笑った。

「ありがとう」

「大変でしたか?」

「大変だった。でも逆に言うと、行ってよかったよ。あれは本当に大変そうだった。」  

 箸と、うどんを入れられそうなどんぶりとを冷蔵庫の傍らの棚から引っ張り出して川上の傍らに置くと、川上がまた小さく礼を言う。言わなくてもいいくらいなのにと思いながら、礼に焦らされるように、さらに布巾を水に濡らして絞り始めると、川上が思いついたように尋ねてきた。

「レザーが好きなのか?」

 雪本は一瞬、ブルーターコイズのネックレスのことを思い出し、しかし川上がそれを知っているはずがないこともすぐ気がついて、次の言葉が出なくなった。川上は料理をしている最中だからか、特にその沈黙も気にせず続けた

「財布もそうだし、あと、あの茶色い――いや、あれも財布なのか。なんとなくだけど、革を使ってるものをよく持ってるから」

「ああ」

 雪本は絞り終えた布巾を広げながら返事をした。

「黒い財布は、あれは、実は、父のものなんです。お下がりって言うか」

「ああ、それで。使い込まれてると思った」

「茶色い方は、ポーチみたいなもので。昔付き合ってた子の手作りなんです」

「随分、器用な子だな」

川上が感嘆の声を上げながら器を運んできた。

「深くていい色だった」

「特にリクエストした訳じゃないんですけど。どっちかいうと、色は本人の趣味みたいですよ。結構、渋好みで」

「手作りだったらそのくらいの方がいい。変に淡い色だと安っぽく見えるから」

 川上はそこで言葉を切って手を合わせた。雪本も手を合わせた。いただきますの合唱の後、落し玉子を崩して絡める。冷凍の麺は存外しっかりとした歯ごたえがあって、卵と絡むと食べごたえがあった。飲み込んだ後にふわりと昆布の香りがした。

「美味しいです、ありがとうございます」

「ならよかった。夕飯は何を?」

「ピザです、ピザの専門店。すっごく美味しかった。――そう、蜂蜜がかかってるピザなんてあるんですね、あれは初めて見た」

「ああ、あれか」

「マルゲリータもやっぱり、定番で美味しかったんですけど。あとは、シーフードも。凄いんです、もう、具が多すぎて、食べるの大変で」

「随分食べてるじゃないか」

「はい。でもうどんも美味しいです」

「食いすぎだよ」

「はい、ごめんなさい」

川上は可笑しそうに笑いながら自分も頬張った。美味そうに噛んで飲み込むと、不意に切り出した。

「明日は代休が取れたんだ」

「そうなんですか、よかった」

「雑貨でも買いに行こうと思ってる。ちょうど面白いところも見つけたし……」  

川上は少しだけ目線を下に沈めながらも、低くゆっくり漂うような声音で言った。

「一緒に行ってみるか?」

「はい、行きます」

雪本の返事があまりに簡単で、川上は雪本の表情を少し探るように見た。雪本は目を合わせてもう一度頷いた。


「行きます」 


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