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第二十五話 満開の噂の中の友人の友人

「ごめん、連絡してなくて」

「いや、こっちも、もしかしたらうまくいかなかったのかな、とか思って。あんま積極的に連絡できなかった」

「そうなるよね。告白自体はうまくいった。OK貰った。ただそこから、結構色々大変っていうか、バタバタしちゃってさ」

雪本のその釈明に、東井は少し黙って、鋭い視線とともに一言

「タチの悪い女だったってこと?」

と投げかけてきた。ためらいが無かった。

「タチっていうと、悪い方なのかな」

 雪本はしばらく逡巡し。

 結局、事実だけ伝えることにした。

「あとから知ったことなんだけど、その人、実は彼氏持ちだったんだよね」

 東井は目尻にすこし力を込めたが、特段の拒絶反応は見せずに雪本の表情を追っていた。

 雪本は唾を飲み込んで続けた。

「その人は、俺のこと好きでいてくれてるらしいんだ。俺の気持ちにこたえるつもりもあって、俺が言うなら彼氏とも別れるって。彼氏さんも俺のこと知ってて、俺とその女の人が付き合ってもいいし、そのために自分が別れることになってもいいって、そういうスタンスらしくて」

「浮気公認ってこと?」

「そう、そういうこと。でも、その彼氏さんは彼氏さんですっごい良い人なんだよ。尊敬できるし、面倒も見てくれるし、めちゃめちゃ良くしてくれてて。俺は俺で、その人と無理に別れてほしいとは思わなかったから、今は結局、三人でおんなじ家に暮らしてるの。……こんな変な話だからこそちゃんと顔を合わせて説明したくて、連絡がすごく遅くなった。ごめん」

「なるほど。実際今、顔見ながらでもちょっと、大丈夫かよって思うもんな……」

東井は頭を軽くおさえるしぐさをしたが、その態度は雪本が予想していたよりは冷静で、そのうちパンと自分の両頬を叩いた。

「いいや、実際会わないとその人たちの事なんかわかんないし。とりあえず今は元気そうだから安心しておく」

「元気そうかな、俺」

「だって楽しそうだもん。顔色良いし、なんていうの、声も前より出てるし」

東井は迷いなくそう言った後、今度は目を少し泳がせた。

「……三人で暮らしてるんだよな」

「うん?」

「それだと、どうなるの」

「どうって?」

「……ほら……あの、」

「ああ」

雪本は一旦周りを見渡した。一応一通りはなく、子供連れなどもいないことを確認した。

「……えっとね、()()かな。引越しとかでバタバタしててこれまではそれどころじゃなかったんだけど、昨日決めた。基本一日ずつ交代ってことに」

「そんなきっちり?」

「だって、曖昧にすると、どっちかが多かったり少なかったりしたら辛いじゃない」

「確かに」

元来、やや合理性に偏るところがある東井は、素直にうなずいた。

「まあ実質今日からだから、どうなるかわからないけどね。トップバッターはもう1人の彼氏さんの方からで――」

「いいよ、そんな生々しい……。でも、それは何で決めたの?話し合いも何もないだろうけど」

「……徒競走」

「え?」

「徒競走で、勝った人が先ってことになったの」


*****


「走るって言ったって、人通りがあるようなところではやらないぞ」

「もちろん。そこは大人として、常識的なコースを見つけるよ」

 初めに言い出したのは真菜だった。川上は半ば呆れていたが、どちらを先にするか真菜に決めさせるストレスフルな状況と天秤にかければ、徒競走の馬鹿馬鹿しさを受け入れた方が幾分かマシであると、分かっているようでもあった。

 真菜は住宅街の道を見つけた。確かに少し広くて、人通りも少なかった。

「ここ直線、大体50メートルかな?それでこの自販機を先に越えた方が勝ちね。私は良ちゃんの最近のタイムも雪ちゃんの正確な記録も知らないから、どっちが勝つかはホントにわかんない」

 真菜が指さしたスタートラインらしき場所に向かって歩きながら、川上が苛立ちもあらわに言った。

「ゴールしても騒ぐなよ。もう九時まわってるんだから」

「はいはい、ちょっと待って、今タイマーのアプリつける」

 真菜がスマートホンを見て作業を始めたが、滅多に使わないのだろうか、やや操作に手間取っていた。

「ちょっと、手伝った方がいいですかね」

「行くより待った方が早いと思う」

「それもそうか」

 振り返ると、川上が軽くアキレスを伸ばしていた。雪本には一瞥もくれず、珍しく本気の怒りの気配を漂わせながら、ただゴールの辺りに視線をやって、悠然とした態度で再び直立した。

「あ、ごめんごめん、できた、二人とも準備いーい?」

「大丈夫です」

 ここで本気を出さなければ後々酷い後悔をしそうな予感が不意に襲ってきた雪本は、早足でスタートラインにつき、号令までの短い間に足首を回すだけ回した。

「よーい、ドン」


 しかしサッカーの俊足選手である川上と違って、

自分は長距離の選手ではないか――と考えながら走った時点で、既に負けていた。


「一秒差で良ちゃんの勝ち!雪ちゃんも相当早いけど、良ちゃんやっぱすっごい速いね!」

俯きながらも息が整いつつある川上が、視線をアスファルトにさまよわせた。

「無理するもんじゃないな、だいぶきつい」

「無理したんだ?」

川上が端から見ていてゾッとするほど苛立ちのこもった一瞥を向けると、真菜は嬉しそうにケラケラと笑った。

 雪本はその傍らで必死に乱れた息の音を殺すことに執心しながら、アスファルトに頭をうちつけたい衝動をすんでのところで抑えていた。


*****


「何の話?」

「いや、本当にね」

「まあ、気のいい人たちなんだなとは思ったけど……」

東井は呆れながら、先程よりも素直に表情を動かしていた。

「そんなこともあるんだなあ」

「これ東井にしか言ってないからね」

「え、榊に言おうかと思った」

「一番だめだよ、言うにしても俺から言葉選んで言うよ」

「いや、あいつはあいつで結構下品なこと言うよ」

「別だって。俺の生々しい話とかさ」

軽く首を傾げながら笑いつつ、東井はさもついでかのように尋ねた。

「榊のこと、どう思う?」

「浜上って子とのこと?」

「俺にわざわざ話さないだけで、もう付き合ってたりとかするかな?」

「それは絶対ない」

彼は、一応浮かべていた笑みを消した。

「東井もそう思ってるんじゃない?」

「――俺、浜上さんと何回か会ったことあるんだけどさ」

東井は首を鳴らしながら、見えないものを見極めるように眉間に皺を寄せた。

「すっごい可愛いんだよ、正直。榊が言うように、頭が良さそうだなってのもわかる。でもなんか、上手く言えないけど、榊の反応的に違うのかなって思うんだよ。……付き合ったら、榊なら言ってくれるとは思ってるしさ」

「そうだよ。あの子律儀なんだから」

「どの立場のなんの目線だよ」

「いい子なんだよ、榊は。傍から見ると伝わらないかもしれないけど」

「わかってるつもりだけど。――だからこそ、へんっつうか、今の感じが腑に落ちないんだよ。浜上って子はなんて言うか、陸上部の一年の中じゃ、もとから目立つ方なんだってさ。そういう子が、今こういう感じで、榊にアタックしてますって、みんな知ってる状態なの。本人も隠してない。……なのに、榊が何を考えてるかは誰も分からない。俺も聞き出せてない。聞いてみても、『こんな用事で会ってた』とか『これが必要だから2人で残った』とか、浜上が使った言い訳をそのまま繰り返してる」

東井は癖のある前髪を指で掴んで、無理に押さえ付けながら、目に力を込めて続けた。

「榊が何考えてんだかわかんないって、みんな思ってる。今はみんな面白がってるだけっぽいけど、浜上は目立つし、好かれてるみたいだから、榊が悪者みたいに言われそうな気がして、なんかやな感じで……。……だし、なんて言うか……」

大きな目が、雪本に助けを求めた。

「いいよ」

答えると閉ざされて、深いため息混じりの声が絞り出すように聞こえてきた。

「なんか、もしかして、俺が一番乗りで嫉妬してんじゃねーかなって」

「嫉妬?榊に?」

「そう。俺はそういう話、ないからさ。だから榊の気持ちがわかんないのも絶対あると思うし、心配だけどなんか、心配することじゃないって言うかむしろ、恋愛沙汰ってこういうのが普通なのかなって。だったらあんま首突っ込むのもなんか――空回りだしさ。榊も喋りたくないんだろうし」

「喋りたくないのは、そうかもね」

「でも、なんだろう、俺別に、好きな相手がいるわけじゃないからさ。そういうの考えて勝手にこう、自分を引き合いに出すっていうか、そういうのが浜上にも榊にも失礼な感じあるしさ」

「そもそも榊は浜上さんが好きかわかんないけどね」

「ああ、うん――そっか。まずそうなんだよな」

「俺、違うと思うよ。少なくとも、付き合う気は無いと思う。付き合う気がないからあまり話題にしたくないんだと思うし。――それにさ、恋愛沙汰なんて、正直、人それぞれだから。東井に彼女いようがいまいが、東井がモテようがモテまいが、榊とか俺とかの恋愛沙汰がわかるかって言ったら、そうじゃないと思うし。……俺ならまだしも、榊だから余計にわかんないのもあるだろうし」

「榊だから?」

「うん。そもそもあまり自分のこと言わないじゃん。恋愛経験云々じゃなく、東井だからとかじゃなくて、榊が難しいと思う。ひねくれてるし」

東井は不意打ちで吹き出した。

「今のは絶対本人に言うから」

「やめなって」

「雪本が言ってたって言うから」

「せめて自分の責任で言って」


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