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第十七話 西口真菜と川上良②

 五年前のこと。


 大学一年生、十八歳のサッカー部員、西口真菜は、夏合宿の最後の夜に一人の同級生から呼びだされた。過酷な練習から解放された部員達がどんちゃん騒ぎの打ち上げをしている中、ひっそりと届いていたメッセージに指定された場所に向かうと、呼びだした本人である川上良は、いつものように、至極まじめそうに立っていた。


 ――来てくれてありがとう。

 ――全然いいよ、ちょっと疲れちゃってたから、静かなところに来たかったってのもあるし。

 ――疲れてるの、大丈夫?

 ――ああ、平気平気。こうしてお話しする分には。


 そんなやりとりをして、少しだけ沈黙が流れた後、西口真菜は、川上良から告白された。


*****


「びっくりしちゃって」

「……呼びだされた時点で、勘づいたりとかしなかったの?」

「しなかったのよね。それが。今でも不思議なんだけど。……なんていうのかな、そういうようなことする人に見えなかったから」

()()()だったってこと?」

「きついなあ、言葉が」

真菜は苦笑いを作りかけて、しかし、すぐに消した。

「いや、でもそうとしか言えないか。そうね。対象外だったのね。いい人だけど、自分がどうこうとは考えてなかったな。そんなに頻繁におしゃべりする仲でもなかったし。そもそも私は女子高育ちでさ。そういう話に全然縁がなかったから、誰かをそういう対象で見たこともなかったの。――でも、その告白は、すっごく嬉しかった」

「OKしたの?」

「OKした。初カレだね。楽しかったよ、私は私ですぐに、良ちゃんをちゃんと好きになったし」

うん、好きだった。と指さし確認するように言ってから、

「半年くらいしてからね、私、浮気しちゃったのよ」

そのまま真菜は、しばらく作業に集中した。

 ちょうど作業のキリが悪かったとも、言葉を待っているとも取れる沈黙に、雪本は取り敢えず質問を投げかけた。

「誰と?」

「部活の先輩と」

 真菜はその先輩の名前を伏せて、『A先輩』とした。

「春合宿の時に告白されて。そこで、こう――」

「じゃあその先輩、同じ部活の後輩の彼女に、手、出したの」

「その人は知らなかったのよ。A先輩は。私たち、付き合ってること内緒にしてたから」

 雪本は畳んだジーンズを箱の中に詰めて尋ねた。

「じゃあ、真菜さんはどうして、その人と?……川上さんと別れたかった?」

「ちがうよ」

真菜は作業しながら、伏し目がちに続けた。

「A先輩、アイドルみたいな人だったの。華やかで誰の目から見てもイケメンで、人柄もよくって、普通にいい人だなーって思ってたんだけど。A先輩の方は結構前から私のこと、真剣に好きだったみたいで」

「……断れなかった?」

「『断れなかった』は違うね。そんな強引な人じゃなかった。……A先輩ね、本当に凄かったのよ。少なくとも、その時の私にとっては、それまでに出会った人の中でいっちばん男前だった。そういう人が真剣に好意を向けてくれるって、こんなのめったにあることじゃないな、確率で言ったら何パーセントくらいかなって、そしたら――」

「A先輩の事、好きだった?」

 

 真菜は、逡巡の気配も見せずに、全然、と答えた。

 

*****


 真菜はすぐに後悔した。川上にも、A先輩にも悪いことをしたと痛感し、川上に何も知られないうちに、A先輩の件を丸く収めようと考えた。

 A先輩はA先輩で、真菜が明確な返事をしてはいなかったことから、自分が焦って強く想いを伝えたあまりに二つ下の後輩の真菜は断れなかったのではないか、と案じていた。

 だから、真菜が、いったん考えをまとめさせてほしい、そして他の誰にも真菜に告白したことを言わないで置いてほしい、と頼めば、律儀に聞いてくれたのだという。

 

*****


「でもね、意味なかったね。すぐ分かったもん。『あ、良ちゃん知ってるな』って」

「……どういうこと?」

「なんとなく違和感があって。ああこれ、知られてるなって。わかるのよ、結構、そういうのは……」

「川上さんは、」

「何も言わなかった。自分からは何も。でも、だからって、そのまま過ごすわけにいかないじゃない。だから結局、私が自分で全部説明して、謝った。――それでも何も言わなかったけどね、良ちゃんは。……そこから、ひと月、連絡が取れなくなったの」

「学校は?」

「来てなかった。部活には、直前に退部届が出てたみたい。バイトも辞めちゃってた。……良ちゃん、お父さんと二人暮らしだったんだけど、お父さんにも何にも言わずに家を出てっちゃったみたいで、もう大騒ぎ。――結局、ちょこちょこ安否連絡みたいなものは、お父さんには届いてたみたいなんだけど、どこにいるかはわからずじまいで、探すにも探し切れなくて……」

「でも、ひと月だったんでしょ」

雪本は思わず作業の手を完全に止めて、真菜に向き直った。真菜も半身を雪本に向けて頷いた。

「うん。ちゃんと連絡来たよ。それで、会ってお話したの」


*****


 ひと月ぶりの待ち合わせに指定されたのは、大学からかなり遠い駅にある、広々とした綺麗な公園のベンチだった。真菜は到着してすぐに、川上を見つけた。


 それまでのデートでよく見た服を着て、長い脚を品よく組んで、見覚えのあるスマートホンを目印のように持っていたから川上だと気づくことができたが、最初に目に飛び込んできた『顔』を見て、真菜は一瞬、逃げ出しそうにさえなった。

 『川上良の顔ではなかったから』ではなく、別の人間――川上と同じくらい、顔を合わせたくない人間と見間違えてしまったのだ。

 

 川上良の首から上は、A先輩そのものの造形に、変わっていた。


 

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