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第一話 プロローグ

 十八歳の四月一日。

 冷たい風が首を撫でる。昨日の雨が、今日の空気に交じっているようだった。空は青い。十数分前から日が差しはじめ、風が奪った熱を日光が補っていく。

 雪本は一瞬立ちすくんでから、再び足を前に進めた。

 コーヒーを二本、スポーツドリンクを一本、左腕に無理やり抱えている。どれもこれも冷たい物で、かさばって重たい上に、登り坂で息も乱れる。

 大学の塀は高い。道路からでは桜の一つも見えはしない。ただ視界の端の植え込みでは、真白いツツジが蕾をつけて、紛う事ない春の日だった。渦巻く風の分厚さに急かされて早足になると、飲み物を取り落としかける。辛うじてかかった指に力を込めて、雪本は深く息をついた。

 本当なら、こんな春の日は、絶好の花見日和だろう。

 真菜にしろ、川上にしろ、隙あらば季節を愛でる。雪本も、二人と出会っていなければ、風にだって春にだって急かされることはなかっただろう。季節を味わい始めてから、時間の重みに敏感になった。不意にそれまでの時間やこれからの時間が一気に頭の中をめぐって、息が苦しくなることもある。

 二人と出会ってからこっち、嫌というほど弱くなり、少なからず失って、何度も迷った。重たいはずの時間は、あっという間に溶けて消え、二歳も年をとっている。

 今はまだ、ずっと先の未来を思い描くのは難しい。

 その代わり、目の前に待つ時間の価値を、今すでに手にしているものの意味を、確信している。


 ゆっくりと坂道を上る。入学式が始まってから、二十分ほど経過していた。


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