墓参り
墓参りはいつもよくわからない。
僕の弟が事故で死んでから二年が経つ。その間数回墓参りに来たが、いつもよくわからない。弟は骨になって墓石の下に安置されているはずで、納められる過程は始終僕も目にしている。だけれど、弟がそこにいるのかよくわからない。
今日僕は、特に意味もなく弟の墓参りへと来ている。それでも動機がなかったわけではなく、今日が弟の誕生日だから行ってみようと思い立ったのだが、使命感とかはなくて、ただ思いついたからといった気分だ。
「あら、浩嗣さん?」
墓地への坂道を歩いていると、声をかけられた。ちょうど水汲み場などへ向かう道とのT字の辻で、声のした方を向くと制服姿の三恵ちゃんがいた。両手で水の入ったバケツを持っていた。
「あれ、三恵ちゃんも墓参り?」
彼女は笑窪を浮かべて頷いた。
「浩嗣さん、大学は?」
「もう夏休みに入ったようなもの。そういう三恵ちゃんは? まだ授業中じゃないの?」
「テスト期間中ですから、早いのです」
三恵ちゃんは弟が生前付き合っていた女の子で、よく家へ遊びに来ていた。二人の交際はわずか五か月程度で終了してしまったが、その期間で僕もよく顔を合わせていた。なぜか弟は、彼女を連れて来た日はずっとリビングにいたがっていた。
いや、女子とかよくわかんねぇし――
いつか弟はそう嘆いていた。よくわからねぇよは僕の方だった。
「田介くんは、お付き合いとかよくわからないのに私と付き合っちゃったから、どうしたらいいのかわからないのですよ」
いつか三恵ちゃんは楽しそうに言っていた。弟はそれに対してしどろもどろに何か言い返したが、さっと三恵ちゃんが彼の手を握ると乱暴に振り払って静かになった。三恵ちゃんも含めて、その場にいた家族はみんな笑った。そんな二人の関係っていいな、なんて思いながら僕も笑った。
「浩嗣さんも、田介さんのお墓参りですよね?」
僕は首肯し、一緒に坂道を上がることにした。三恵ちゃんの持っていたバケツを貰い受けた。水面が揺れ、注ぎ込む日差しが乱反射した。
坂の途中で左へ折れて小道へ入り、弟が眠る墓を目指す。小道へ入って間もなくお墓には着くはずなのだが、中々見当たらない。いつもそうだ。いつも僕は、弟の墓まですぐに辿り着けない。覚えようと、したことがないのかもしれない。
「浩嗣さん、行きすぎですよぉ」
三恵ちゃんに呼ばれて立ち止ると、どうやら四つも先のお墓まで来てしまっていたらしい。戻ると、「お墓の場所ぐらい、覚えてあげて下さい」と怒られた。
まずは線香をあげ、それから掃除をした。掃除が終わると、しゃがんだままバケツの水を柄杓で掬って墓石にかけた。
「三恵ちゃんは、どうして今もこいつのお墓参りをしてくれるの?」
風が吹いて、墓地周辺に植わっている木々が枝葉を擦らせ騒いだ。僕は顔を上げて彼女の顔を見た。彼女はそれまで見せていた笑みを引っ込めていた。
「よく、わからないのです」
「わからない?」
「初めて好きになったのが田介くんで、だけれどその田介くんは死んじゃって……なんだか、田介くんしか見えないのです」
三恵ちゃんは僕と同じようにしゃがみ込んで、じぃっと墓石の下を睨んだ。ちょっとした振動を加えただけで、彼女の目からは涙がこぼれてくるような気がした。
「もう、田介はいないよ?」
「ええ。でも、田介くんしか見えない」
そっか。
僕は立ち上がって辺りを見回した。なんだ、本当に小道へ入ってすぐなんだ。ごちゃごちゃしていないじゃないか、と安心した。もうきっと、迷わないで辿り着ける。
「三恵ちゃん、ここに眠ってあげてよ」
「死ねってことですか?」
「うん。何十年後かに。べつにこの下じゃなくていいから、ここらのどこかに」
もう一度墓石を見た。そこに田介の名前はない。家系の者が眠る程度の言葉しか刻まれてはいない。だけれど、間違いなく田介はここにいる。
「考えておきます」
振り返ると三恵ちゃんは微かに目を細めていた。ありがとうと、僕は伝えた。
最後までお読みいただき有難うございました。
読み終わったとき、一瞬でも前向きな気持ちになれたら僥倖です。