傍観
『――県に住む男性――さんが、昨夜――』
とあるアパートの一室。湿気を含んだ重たい空気の中、男はソファに体を沈め、ぼんやりとテレビの画面を眺めていた。部屋を照らすのは、天井の黄ばんだ照明一つ。その薄暗い明かりの下、男の顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
テレビでは、自殺のニュースが流れていた。ここ最近、毎日のように報じられている。
昨日は若い女が繁華街のビルの屋上から叫び声を上げて飛び降りた。今朝は資産家の老人が高級ホテルの浴室で自らの喉を刃物で掻き切ったという。
「優れた見た目や、金も地位もあるくせに、馬鹿な奴らだ……」
彼には金もなければ地位もない。若さも目を引く容姿もなかった。だからこそ、持つ者たちが破滅する光景には、どこか胸の奥がすっとした。
もっとも、彼のような“持たざる者”も時折ニュースに登場する。自殺者、あるいは無差別殺傷事件の加害者として。
そうした報道に触れるたび、彼の胸には奇妙な親近感と、わずかだが誘惑のようなものが芽生えるのだった。
――自殺した連中も、同じようなものを抱えていたのだろうか。不景気で先が見えない昨今では、自殺や通り魔事件が確かに増えている。若者も、老人も、男も女も、まるで伝染病のように。
「ま、おれは見て楽しむけどな……ん?」
テーブルの上のスマートフォンが震えた。男は手を伸ばして画面を覗き込む。次の瞬間、眉をひそめた。
【▲○の×▲※アがい】
件名も本文も、意味不明な文字列で埋め尽くされていた。文字化けしており、差出人もわからない。何かの不具合か、悪質なスパムだろう。
男は無視してスマホをテーブルに戻した。だが、すぐにまた震えた。二通目もまた、同じように文字化けしていた。
内容は微妙に異なっているようだったが、やはり意味は読み取れない。だが、どこか警告のような、あるいは許可を求めているような気配を、男は感じた。
【○▲■で※ね?】
メッセージの下には、小さなタップ用のボタンが一つあった。
おそらく「はい」か「いいえ」なのだろうが、怪しすぎる。おれは馬鹿じゃない。男は鼻で笑い、スマホを放り出した。
だが数分後、再び震えたスマホを見た瞬間、背筋を冷たいものが走った。
――何かが、おかしい。何か……見られているような……。
今のメッセージと何か関係しているのだろうか。いや、ただのスパムだ……。
そう自分に言い聞かせようとしてみたが、乾いた笑いすら出なかった。男は、躊躇しながらもスマホを手に取った。
「おれ……? あっ」
画面に映っていたのは、自分の後ろ姿だった。
今まさにこのソファに座り、スマホを見つめる後ろ姿が映し出されていたのだ。
男は跳ねるように立ち上がり、背後を振り返った。しかし、そこにはただの壁。カメラらしきものは、どこにも見当たらなかった。
再びスマホに目を戻すと、映像も先ほどのメッセージも跡形もなく消えていた。まるで、夢だったかのように。
だが――見られている。確かに、誰かに……。その感覚は消えず、むしろどんどん強まっていくようだった。濃く、重たく、肌にまとわりつくように。
男は耐えきれず、叫び声を上げた――。
『この男性が次の観察対象者です! さあ、ご覧ください!』
スタジオの照明が煌々と照る中、司会者が満面の笑みでカメラを見つめていた。
『我々が発見したこの“地球”という星の人間たちは、実に奇妙な生態をしています。ある日突然理性を失い、自殺したり他者を傷つけるのです! おー、そうですよね。驚きですよね? 会場の皆さん、そしてチャンネルをご覧の宇宙中の皆さん、引き続き、謎多きこの生物の観察をお楽しみください! ああ、対象者にはちゃんと番組の通知は届いてますよ。カメラはすでに配備済み。彼らの“発狂”はいつでもどこでも、皆さまのもとにリアルタイムでお届けいたします! さあ、衝撃の瞬間をお見逃しなく!』