4.エピローグ掌の中
涼香さんはそう言うと、ニコッと笑いかけながら服を脱ぎ出した。私は慌てて
「何をする気ですか」
「決まっているでしょ。津田さんが裸だから、わたしも同じになるの。これなら公平でしょ」
彼女は恥ずかしそうに、手で隠しながら
「布団に入れてください」
私は意外な展開に、呆気にとられ
「ア、どうぞ」
布団を開けたら、涼香がスルスルと入ってくる。私の腕や足や身体に、彼女の柔らかい体が当たった。そして小さな顔が私のすぐ横にあり、馨しい香りが鼻腔をくすぐる。もういけません。
いくら還暦を過ぎたといっても、好みの女性がセンチ単位の超近距離に身体を触れ合いながら、しかも双方裸で寝ているなんて・・・。
理性の扉を簡単にぶっ壊したのは言うまでもない。涼香にとっては2回目だが、私には実質初めてなのだからね。
一時間後にわが手を腕枕をした涼香が
「津田さん、安心してね。わたし妊娠してないと思うわ」
「え、どうして」
「もうすぐ、生理になるから。それにこの歳では簡単に子どもは出来ないでしょ」
「そうか、安心したような、ガッカリしたような」
予想と違ったのか彼女は
「妊娠してもよかったのですか」
「キミとの子どもなら、いいなと思ったりしてね」
「うれしい!」
涼香は私に思いっ切り抱きついて、キスの嵐となる。還暦が過ぎて三回目が出来るとは、自分に自信を持つ私であった。
ところでトニーが取り憑いたスタジャンには、すでに目的を果たしたのか彼の魂はいない。このスタジャンのお陰で涼香と知り合い、親密になることができた。
後先が逆になってしまったが、男女間ではよくあること。この先彼女とは、ジックリと付き合っていきたい。相性は良さそうなので、感性がそれほど違わなければ決断するつもりだ。
しかしこの年齢で、女性に夢中になるとは思ってもみなかったな。古着のスタジャン様様の出来事であった。
後日談として、トニーは子どもの養育費を用意していた。それも三千万円と高額である。スタジャンの隠しポケットに、一枚のメモ用紙が入っていることに私は気付く。その用紙には
『東京競馬場10月10日の第10レースに10-11-12の3連単で一万円』
と書かれてあった。これが100円で30万円付いて、一万円が三千万円になったのである。伊勢佐木町1丁目にある、昔は松坂屋だった場外馬券で買った涼香と私は狂喜した。
持っていたバッグに、100万円の束を30個入れた重みは格別である。そして二人で祝勝会を長者町のカニ道楽でしていたら、涼香が
「津田さん、わたしできちゃったみたい」
「エッ・・・、まさか女の子ができたの?」
彼女は笑いながら
「まだ女の子とはわからないわ。どうします?」
私は喜びで震えが来る。
「どうしますって、産むに決まっている。すぐに籍を入れよう。名前は・・・、遥香だ。今日からキミと一緒に暮らすぞ」
トニーは謝礼として、約束していたものを私にくれた。それは涼香と、これから生まれる遥香である。幸せという途方もないものが私の掌の中に・・・ネ。(了)
第一稿2019年7月5日
第二稿2023年9月26日
コロナ前の4年前に執筆した小説です。これだけ経つと『なんだこれ』という箇所が多くあり、書き直し書き増ししました。
フィナーレは感じが変わり、別の小説のようです。なぜなら、子どもは出来なかったのですから。これは孫が誕生したので、人生観が変わったのでしょう。以降も次々に、初老ファンタジーロマンを連載する予定ですので、好みに合えばご愛読をお願いします。