3.トニーの憑依
一週間後の夜7時に、涼香を訪ねた。彼女は申し訳なさそうに
「お忙しいのにごめんなさい。今日で終わりにしますので、お付き合いください」
「スタジャンの持ち主としては仕方がありません。でも涼香さんなら、何度でも付き合いますよ」
涼香ははにかみ乍らも笑顔で
「ありがとうございます。早速津田さんにはスタジャンを着て頂いて、原田さんを呼び出しましょうか」
彼女がクローゼットから持ってきたスタジャンを私は羽織う。途端にトニーが脳裏に話しかけてくる。
『ズルいぞ、オレだけのけ者にして。ちゃんと話をさせてくれ』
一字一句同じに通訳というか、涼香に伝える。彼女が
「ごめんなさい。でもこうしないと、あなたは言うことを聞かないでしょ。私たちは生きているの。亡くなったあなたとは、心の持ちようが違うのです。
それを理解して、向こうの世界に帰ってくれませんか」
トニーが不満そうに
『それはわかっているつもりだ。オレだっていつまでも、ここに居られる訳ではないさ。だからその間だけ、一緒に居たい。頼むよ、涼香』
彼女は困ったような顔をして
「津田さんはどうなるの。帰ってもらえるなら、好きなだけいてもいいですよ」
『それはダメだよ。彼がいないと涼香と話ができない。通訳として、居てもらわないと』
涼香は厳しい口調で
「あなたは自分のことばかり考えて、津田さんの都合はどうでもいいの」
彼女は丁寧語からタメ口へと変わり、次第に怒り出していた。トニーは知ってか知らずか、彼女の気持ちなどお構いなしに
『霊魂は他人のことなど考えないよ。そんなことしていたら、化けて出てこれないだろ。自分の思いを一途に達成しなければ、霊界に戻れないのさ。戻れなければ転生もできない』
涼香は内心呆れ帰ると
「あなたは何をこの世にやり残したの」
『キミとオレの子どもだ。それだけが心残りだった』
「わたし妊娠していないわ。それにあなたと半年は寝ていないのよ。子どもが出来るわけがないでしょ」
『これから創るのさ。二人の子どもをね』
「あなたは肉体がないのに子どもが……。まさか津田さんの身体を借りて……」
『よくわかったね……、ちょっと待って。トニーでなく津田が話しますよ。トニー、私の身体を使ったら、それは私の子であってお宅の子ではない。涼香さん、ここからトニーが話しますよ。
……、そんな当たり前のことは誰でもわかる。ⅮNA遺伝子は確かに津田さんのものだが、魂はオレからのものさ。涼香、今日から子創りを始めよう。時間はそれほど残されていないから』
彼女は黙って私を見つめていた。何を考えているかわからずにいると、急に上着を脱ぎだす。これでピーンときた私はスタジャンを脱ぎ捨てようと動いたら……、身体が…、凍り付いて…、しまった。
トニーの霊魂が私の口を借りて呟く。
『オレを裏切ろうとすれば動けないし、意識も飛ばすしかないな。昇天してさほど経っていないオレでも、憑依しているときは力がある。涼香、お願いだからオレの言うことを聞いてくれ』
「津田さんに無体なことをしないと約束して。わかりました、あなたの言うことを聞きます。でも子どもは無理だと思うわ。わたしは43歳よ、それに未産婦だから余計に妊娠しずらいでしょ」
『大丈夫さ、そんなことは任せてくれ。100発100中の確率で出来るから』
ここから私の記憶は残っていない。気が付いたら朝になり、ベッドに寝ていた。二日酔いよりも酷い頭痛と、吐き気で起き上がれなかった。うつ伏せで気持ち悪さと闘っていると涼香さんが
「津田さん、大丈夫ですか」
「ひどく・・・、悪いです。ここは涼香さんの部屋ですか」
「ええ、そうですよ」
私は頭が痛いのを我慢して、上半身を起こすと毛布がこぼれた。やっとここで、己が何をしていたかのに気付く。なぜなら全裸であったからである。
「何も覚えていないのでしょう。犯されたのと一緒ですよね。本当にごめんなさい」
と涼香はすまなそうに言う。
「トニー、いや原田さんはどうしましたか」
「霊界に戻りました。だからスタジャンを着ても彼はいませんよ」
「ということは、原田さんは目的を果たしたのですか」
「ええ、十月十日後に女の子が産まれると言い残しました。オレには未来が観えると、嬉しそうに言ってましたね。覚えていませんか」
私は頭を振りながら
「まるで記憶がないのです。心が乗っ取られたのですね。彼はあなたにベタ惚れだったようです。だから私の意識があったら嫌だったのでしょう。涼香さんを見せたくなかったのでしょうね。しょうがないか」
彼女は不思議そうな顔をして
「何がしょうがないのですか」
「だって、私たちの子どもが出来るのでしょ。それなのに、一番大事な子創り作業を覚えてないなんて、間が抜けていると思いませんか」
「わたしは津田さんの全てを見ています。不公平ですね」