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1.古着からの声

「これ、カッコいいな」

 横浜駅西口にある古着屋で、グリーンのスタジアムジャンパーを見つけた。左胸にラグビーボールを表したエンブレムがあり、左袖には8と、右袖には持ち主のネームがアルファベットで刺繡されている。

 背中には東京のKユニバーシティラグビークラブと、これもアルファベットが大きく入っていた。袖はベージュのレザーで、本格的なスタジャンである。

 価格を見ると、3800円の破格値だ。即決で買う決心をし、カゴに入れた。よく誰も買わなかったと思う。今の若い連中は、このスタジャンの良さがわからないのか。

 確かにネームが入っているし、袖のところが虫食いされていた。だから安いのである。しかし、このくらいはどうってことはない。持ち主が大切に着ていたのだろう。

 30年以上は経っているだろうから、年季ものである。しかもオーダーメイドでテーラーの名前しかなく、成分表などがない。衿がポロシャツタイプで、珍しいスタジャンである。たぶん卒業30年記念かなんかで、チームメイトと作ったのであろう。

 こんな大切なスタジャンをなぜ、持ち主は手放したのか。答えは簡単、亡くなったのである。

 ラグビー部のナンバー8だった持ち主は私と、そう変わらない年齢だと思う。ポケットから、カーペンターズの曲を日本人が歌うコンサートのチラシが入っていた。私もカレンの大ファンで、トップオブザワールドを歌う。

 コンサートの日付は2017年3月で今年である。ということは持ち主は今年亡くなったばかりか。気の毒なことである。

 古着屋で売るジャケットの裏に、ネームが入っていることがあった。大半は有名ブランド物やオーダーメイドの高価格な服である。私が買ったポピーやバーバリー、ラルフローレンはネーム入りだ。定価で買えば軽く10万円以上するだろう。

 それを1万円どころか、5千円以下で購入した。古着屋の半値セールで買ったバーバリーのツイードジャケットは3千円である。好きな人にとっては信じられないであろう。

 かなり古いバーバリーだが、お洒落な人は洋服を大事にする方が多い。スタジャンも同じでシミ一つなく、綺麗なものである。この持ち主は私以上だろうな。

 これも30年以上昔の洋服で、とても私には買えない代物である。当時バーバリーはコートのバーゲンはあったが、ジャケットは見たことがない。ネーム入りのジャケットなので、定価に近い金額での購入であろう。関東の金持ちは値引き交渉が得意ではないようだ。

 なぜこの二つを述べたかというと、スタジャンとツイードジャケットを着た時だけに起こる現象がある。それは私に以前の持ち主らしき魂が話しかけてくることだ。

 そんなことがあるはずがない、と思うのが一般的だ。当初私も同じで、自分の思いが話してると考えた。今回はスタジャンの話をしよう。こんなことが起こったのである。

 古着屋で買ったスタジャンを着て出かけると、どこからともなく声が聞こえた。

『どこへ行く』

 どこって、ボランティアの打ち合わせだ。私の脳は忘れたのかと思った。

『君の名前は何という』

 エツ、私の名前?どうなっているんだ。私はかなりパニックになる。統合失調症にでもなったのか、どこから誰が話しかけてきたのか、辺りをキョロキョロ見回した。

 このとき、コーヒーショップでアールグレイを飲んでいたのである。誰も私に話しかけていなかった。ところがまた

『僕は君が着ているスタジャンの持ち主だった原田という。君は?』

 これはいかん、統合失調症になって、幻聴でも聞いているのかと思ったら

『幻聴ではない。古い服には魂が乗り移ることがある。今それが起こっているのだよ』

 と聞こえてきた。私は頭が真っ白になる。まさにホワイトアウト状態でいると

『左袖に原田とイニシャルがあるだろう。それで信じてくれないか』

 確かに原田とアルファベットで刺繡がある。世の中には不思議なことがよく起こるが、これがそうかもしれないと考えたら

『その通りだよ、津田さん』

 なんだ、知っているではないか。

『確認したかったのだよ。裁判でも、病院でも本人確認するだろう。ちょっとやってみたかった、昔からの念願だったのさ』

 魂になっても性格は変わらないようだ。特に人をおちょくるような性格はそのままかも。私は気を取り直して

「前の持ち主の原田さん」

 一人客の私が突然話し出したので、隣の客がこちらを見る。そんなことはお構いなしに

『そうだ、昔はそういう名前だったな。今はトニーと呼ばれている。なんでも次に生まれてるときの名前だそうだ。天使が教えてくれたよ』

 この世の中は輪廻転生するのか。天使もいて、仏教とキリスト教がごちゃ混ぜだ。まして服に魂が乗り移るなんて……、面白いじゃないか。こうなりゃ、トコトン行くか!

「ではトニーと呼ぼうか。お宅はいつ亡くなったの」

『コンサートの帰り道に、心筋梗塞で逝っちまった。死んだときに着ている服へ、魂は乗り移ることができるのだよ』

 それが本当なら、死んだ人の魂がウヨウヨいることになるぞ。

「死んだ人全員がそうなのか」 

『違う、前世に善い行いを天使から認められた人間だけだ。オレは何人もの人を助けたから、来世へ旅立つ間こうしていられるのさ』

 そういうことか。

「なるほどね、それで納得した。享年はいくつだい」

『君と同じ64歳だよ』

 こっちの歳まで知っているのか。何でもお見通しかよ。

「名前も歳も知っているんだ。私のことは全てわかるのかい」

『そうでもないさ、基本情報しかわからんよ。他で分かったのは独身で娘が一人、無職の小説家志望ぐらいだよ。そうそう、大学はうちと姉妹校の東里大学だね』

 結構わかっているな。

「なんでラグビー部のスタジャンを作ったの」

『こいつは卒業して10年経ってから作ったのさ。オレのデザインで大学御用達のテーラーでオーダーしたんだ。結局希望したのは10人ぐらいだった。5万円と高いのがネックになったのさ』

 デザインまでやるとは、よっぽどファッションが好きなんだな。それにしても何で、この世に魂を残すのか。

「亡くなって心残りはないの」

『それを頼みに霊界から出て来た。オレには20歳年下の恋人がいて、名前は山田涼香すずかという。彼女にオレの気持ちを君に伝えて欲しいんだ』

 何か秘密がありそう。

「自分で伝えれば済むことじゃないの」

『オレがこうして話せるのはスタジャンの持ち主である君だけなのさ。他の人には聞こえない』

 やっぱりな、秘密はそこにあるのか。

「それは困ったね」

『叶えてくれたら、君の望みを一つだけ実現しよう』

 アレ、おとぎ話みたいになったぞ。そんなことができるのか。

「何でも叶うのかい」

『金と地位と物質はできない』

 おためごかしじゃないか。

「その三つがだめなら、あとは何があるの」

『それは自分で考えてくれ。あと一つ特典があった。他人のために行使した場合は二回使える』

 その辺は良心的だな。

「わかった、トニー。お宅の頼みを聞こうじゃないか。できないときには断るよ」

『ああ、構わない。頼みは恋人の涼香に会って、オレが話すことを彼女に伝えてくれ。つまり通訳だよ。簡単だろ』

「今はそう思えるけど、涼香さんは話を聞いてくれるかな」

『大丈夫、心配ないよ。彼女に連絡してくれ。電話番号は・・・』

 私は涼香さんに電話する。受話器を取る音がした。 

「はい」

 女性の声がした。

「私は津田と申しますが、亡くなった原田の友人です」

 一瞬、間を置いて

「エッ、原田さんのお友だちですか」

「はい、実は生前原田があなたに伝えてくれと頼まれたことがあります。電話ではお話しすることではないので、お会いしたいのですが」

「はい、わかりました。いつがよろしいですか」

 素直に聞いてくれた。

「今日は都合が悪いですか」

「マア、急ですね。でも、今夜は空いてますので、結構ですよ」

 簡単に涼香さんと約束を取り付ける。会うのが楽しみになるほど感じが良く、声美人でもあった。




 










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