LⅣ
地下室に行くのに、アザンツやアナスタシア、そしてシエラヴェールに身を置いているエレナも連れてきた。大賢者には、使ってみろと言われただけで、何が起こるかは聞いていないため、正直1人だと少し恐ろしく感じアザンツを呼んだら、アザンツにお茶を用意してもらっていた2人も着いてきてしまったのだ。
地下の蔵書室は、練習場として使っている場所の隣だ。グランツとルゼルトが魔女に関する情報を集めるために本を漁っていた部屋でもある。4人はその部屋へ入り、なにか杖を使うための目印があるのかと見渡したが、そんな気配はない。
「とにかく、ええと……魔力を込めて振ってみ──」
「……ルゼルト様」
蒼銀がルゼルトに語りかけ、少し目を伏せた。
「本当に……杖をここでお使いになるのですか」
「……え?」
4人が揃って何を言っているのか理解できない様子でいる。それも仕方ないことだと蒼銀は思った。だが、ここでその杖を使えば、この先に広がる光景を──シエラヴェールが700年に渡り隠し続けてきたものを見ることになるのだ。シエラヴェールの起源を、精霊との契約を背負った末の代償を。まだ、18歳──若いルゼルトが。
「……使います」
「ルゼルト様……」
「大賢者になるのです。お爺様に使えと言われたのなら……そうせねば」
「…………分かりました。では、その杖の先端に魔力を少し込め、左下から右上へ、ゆっくり振ってください」
ルゼルトは言われた通りに杖を振った。途端、凄まじい音と共に立っている地面が振動し始める。
「地震!?」
「ルゼルト様、エレナ様、アナスタシア様! 今すぐ外へ……」
「落ち着いてください、皆さん。地震ではありません」
少しして揺れが収まり、4人は目を見開いた。本棚は少し左右に道を開けるかのように移動し、その開いたところには隠し階段があったのだ。
「これ、は……」
ルゼルトは言いながら、下へと続いているらしい階段の前に立ち、降りていった。そんなに長い階段ではなく、少しすればまた部屋へと着いた。
「──ッ!」
そこでは、凍りつかされたマントの男と1匹の精霊が氷の棺の中で眠っており、その双方の体には管が通っていた。そしてその管のもう片方の先端は、棺の前で横たわる檸檬色の精霊に繋がっていた。
「な、に……を……」
「ルゼルト様!」
ふら、とよろめいたルゼルトをアザンツが支える。これは、なんなのか。まるで分からない。エレナもアナスタシアも、訝しげな目を見していた。
だが、ルゼルトは知っている。何度も本で読まされた。そこに載っていた肖像画を、何度も見ている。だからこそ、衝撃だった。恐ろしいとか、おぞましいとか、そんな感情はないが、何がどうしてこうなっているのか訳が分からなかった。これは、この顔は間違いなく。
「初代……様……」
「ルゼルト様はお分かりですね……その通り、これはシエラヴェールを語る上で外せない再重要人物──精霊と契約を結んだシエラヴェールの祖、シエラ様。そしてその隣にいる精霊は、シエラ様の専属精霊、月白──ここは、その御二方を冷凍保存している場所です。そして、この精霊は檸檬……この管を通し、お2人の生命を魔力で維持しています」
「……なんのために……シエラ様と精霊を……」
「……それが、二度と人間に手を貸さないと決めた精霊たちが、シエラヴェールに手を貸した条件だったからだと、聞いています……」
精霊たちは、気に食わないことがある度に精霊を消し去ったヴァハを恨み、もう二度と人間に手を貸さないと決めた上で──ヴァハへの復讐を考えた。仲間を殺されただけの恨みではない。
精霊たちの住まう精霊の谷には、彼らが大切に守る魔力の泉がある。枯れるはずのないその湧き上がる泉が、ヴァハが次々と精霊を消し、次々と次代の精霊が生まれることで、枯れてしまったのだ。
その泉は神が精霊に授けた信頼の証。それを枯れさせたヴァハに対する恨みは大きく、また、どこで何をしているのかは知らないが、精霊たちはヴァハがありえない年数を生きているのも分かっていた。凡そ──次から次へと、若い体へと乗り移っているのだろうと。
シエラは、ヴァハは自分の先祖と言われているが、そのような悪行は許せない、先祖を倒すと誓うと言った。あと数年で、今いる村は国となる。その時私と私の子、私の子孫は国を支えるための魔法使いにならねばならない、国の安寧のため、どうか力を貸して欲しいと彼は言ったのだ。
「──そうして、魔法使いシエラは、初代大賢者としてその専属の精霊とともに、いつか魔女を倒すための約束の証のため、長い眠りにつきました。そして、恐らく未だ、ルゼルト様が疑問に思っていることの理由をお話しましょう。──どうして、より深い愛を与えられた方が、宝石の目を与えられるのか」
いくらか落ち着いたルゼルトは、少し長く息を吐き出して頷いた。
「……まぁ……そうですね。どうしてそんな基準なのか分かりませんでした」
「それは、シエラ様のお望みだったのです。深い愛を持って育てられた子は、人を愛することを知る。さすれば大賢者に相応しく、精霊の約束を反故しない者に育つだろうと。そして神は、その約束を絶対とし、例外を許さなかった。精霊を消すことは、神にとっても許し難いことですが……シエラヴェールが成し遂げられず滅ぶのならば、次に魔女を倒す意思のあるものが現れるのを待てばいい……それが神のご意向です」
神の考え方とは相変わらず人の尺では計れない。全く理解し難い考え方だと思うが、そもそもそんな神だったからこそ、自分が魔眼を得るのに時間と手間がかかったのだ。神について深く考えるのはやめることにした。
「しかし、時が流れて伝承は薄れ……シエラヴェールの人々はやがて、精霊を使うだけになってしまいました。それもこれも、魔女が姿を現すことがなかったから……そして、本来ならば次期大賢者は魔女を探す責務があり、ヤーフェ様はそれを正しく行っていたのですが……ベネツェンタ様はルドルフ様に付きっきりで、その責務を放っておいたのです」
本当に、我が父ながら呆れると、ルゼルトは溜息を吐き出した。息子のために憎むべき国にまで出向き、挙句殺され──いや、待てとルゼルトは何か考えるような目をした。恐らく、同じことを思ったのか、エレナも何かに気づいたような顔をする。
「……魔女の精神力の結界から出た時、私たちはファスレイの森の中の寂れた小屋にいました。魔法研究の、工房のようなところで……そこに置いてあった紙に、ルゼルト様の名前が……偶然とは考えられません!」
「つまりそこは魔女の工房……やはり父上と母上が頼ったのは……ヴァハだった……?」
だとして、ヴァハがその、父たちの頼った魔女だとして……顔を知らないからまさかヴァハだと思わなかったのは仕方がなかろう。自分とて、アナスタシアに最初にアンティークショップの店主だと言われてあの魔女に会ったとしても、疑うことは恐らくなかった。
ヴァハは、弟の精神だけを正常に稼働させた──それは間違いないが、それは本当に、治せなかったから、なのか?
馬車を転落させたのは、プライドを傷つけられたから、なのか?
──本当は──
魔女は自分の子孫が……シエラヴェールが魔女を倒そうとしていることを知って──そのシエラヴェールが尋ねてきたから、弟を治さず、父母と共に殺したのでは?
「っ、うっ……」
「ルゼルト様!」
吐き気を覚えてその場に蹲るルゼルトの肩をアザンツが持つ。だとしたら、魔女の殺しの狙いはまずこの家に向けられる。その時、標的になるのは──!
吐き気に負けてる場合ではない。今すぐ守りに向かわねばと思い顔を上げた瞬間、地上の方から大きな爆発音がした。
「きゃっ!?」
「なんです!?」
「爆発……? まさか……!」
サァ、とルゼルトの顔から血の気が引く。
「お爺様が……お爺様が危ない!!」
4人は、急いで地下から出ていった。