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【完結】異世界腐女子、恋をする  作者: 文月らんげつ
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 エレナが服を新調してから暫くして、彼女は王都に辿り着いた。初春に来て以来の王都は、毎年夏恒例の水祭りで賑わっている。エレナがこの時期王都に来るのもこの祭りに合わせてのことで、普段はあまり王都に長居できないが、この時期は一週間ほど滞在することになっている。

 水祭りは、エルカディア王国において最大且つ重要な祭りである。王国創立者である女王エルカディアの誕生を祝い、その孫である三代目国王、ファーブス・オ・エルカディアが始めたものだ。エルカディアの誕生日は夏季の35日だと言われており、その前後20間──夏季の25日から45日まで盛大に行われる。女王の両親が、二人とも川で水遊びをするという同じ夢を見た後、母が懐妊したという言い伝えから、水祭りと名付けられた。

 女王誕生の祝言を読み上げ、厳粛な礼拝を行ったあとは、ほとんど遊びのお祭り騒ぎだ。王都に限らずいろんな土地で屋台が出て、噴水に込められた魔法式は組み替えられ、噴水の外にさえ水が飛び出て、子どもたちが大はしゃぎする。子どもたちが噴水で遊ぶ中、既婚で子供が欲しい夫婦は、川でともに過ごす。ルゼルトとエレナのように、婚約者はいるが未婚である二人は、基本噴水のあたりにいることが多い。

 この国は、古来、春季の1日が一年の始まりだった。しかし、この水祭りによって、一年の始まりは夏季の始まりになったらしい。つまり、今この国は一年が始まってすぐなのだ。


 シエラヴェールの前に馬車を止めたものの、いつも門前で出迎えてくれるルゼルトがいない。どうしたのだろうとジェシーと顔を見合わせて首を捻っていると、背後、大通りの方から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「エレナ! 申し訳ありません遅くなりまして……!」

「旦那さ……旦那様!?」

 振り返って見たルゼルトは、早くもびしょ濡れだ。左目を隠す前髪は、顔にぺったりと張り付いている。エレナは慌ててハンカチーフを取り出した。

「旦那様どうしたのですか!? そんなにびしょ濡れで……!」

「大したことでは……ただ噴水の魔法式の調節を今年から任されたのですが、もう少し大々的にしてくれとのことで直してきたのです」

 そう言いながら彼は噴水のある大広場のある方に顔を向けた。大通りをまっすぐ行くと大広場に着くが、距離は少し長い。それでも可視できるくらい噴水の水は青空に高く舞い上がり、七色のアーチを掲げている。耳を澄ませば、大はしゃぎする子どもたちの声が聞こえた。

「ふふ、とても楽しそうですね」

「ええ。……着いて早々ですが……どうでしょう、騎士団の砦までグランツ殿とスレイド殿にご挨拶に向かわれますか?」

「えぇ、そうします」

「わかりました、では行きましょう」

「行ってくるわジェシー。貴方は中で休んでて」

「行ってらっしゃいませ、お二人とも」

 ジェシーはこうまいうとき二人の邪魔をしない。本来なら彼女も久々に会うグランツとスレイドに挨拶に向かいたいのだが、彼女は見抜いていた。

 ルゼルトは割と独占欲を持っている──と!

 政略結婚での婚約が決まっている二人であるし、エレナは同性愛の沼に深く沈んでいる少女で、ルゼルトはその趣味を否定はしないが付き合うつもりもまるでない。しかし、それとこれとは話が別なのか、それともルゼルトの元々の気質なのか、自分のものになる予定のエレナが他の人に靡いたりするのを嫌がるし、普段そんな素振りは見せないものの、ジェシーときゃっきゃっとはしゃいでいるのも微妙そうな顔をする。一昨年の冬季の70日に17歳となり、賢者という名を得て政への参加を許された彼だが、そういうことろはまだ少し子供だ。邪魔は許されない。

 二人は会うたびに、暇な時間になると護衛無しでこっそり城から抜け出しては街に遊びに行っている。特に今は水祭りで、騎士団の見張りが街に多い。無事に挨拶は済むだろう。…………ルゼルトと犬猿の仲であるカルブにさえ鉢合わせなければ。

 もちろんその『鉢合わせなければ』は回収されるわけである。



 通りを抜けて、二人は大広場にでた。子どもたちが水を浴びながら鬼ごっこに興じている。5歳くらいの子供に、3歳くらいの前を見てなかった子供が激突して二人して転んだ。あぁ、泣き出した……と思ったら、様子を見ていたらしい子どもたちの両親が慌ててかけてきて、二人を撫でて慰めていた。

「……ふふ」

「旦那様?」

「見てました? 今の。3歳くらいの子が、5歳くらいの子に激突して、転んで二人とも泣いちゃって」

「まぁ。ふふっ、可愛らしいですね」

「エレナも昔同じことをしましたよ」

 ルゼルトが平然と言ってのけた言葉に数秒固まり、エレナは段々と顔を赤くした。

「ええっ!? 全く覚えて……! その節はすみませんでした旦那様……!」

「……ふっ、あははっ! すみません意地悪な言い方して。ぶつかった先は私でなくスレイド殿です」

「あ、なんだお兄様でしたか……びっくりした……」

 ほっと胸を撫で下ろすエレナに、ルゼルトはまだくすくす笑っている。思わずむすくれそうだったが、今日は至るところで騎士たちが見回りをしている。いつもは高貴な身分であると知られないように町娘のような格好をしてその里に出るが、今日はドレスだ。身分が高い人として見られるのに変な顔をしていられない。勿論隣にいるルゼルトに比べればその身分はかなり低いのだが。


 やがて騎士団の砦へ着く。門番は二人を見るとすぐに誰だかわかったようで、名を告げなくてもすんなり通してもらえた。エレナはどこに兄と父がいるのか知ってるため、スタスタと歩いて行き、あまりここへ足を運ばないルゼルトはエレナについていく形となった。

 奥の部屋に着き扉をノックすると、エレナは中の返事も待たずに扉を開けた。無遠慮に扉を開けるのは誰だかわかっていたのか、中の人物少ししてからようやく訪れた二人を見た。エレナほど幼くはないが、よく似た顔だ。

「エレナ、扉は返事を待ってから開けるものだぞ」

「あら、でしたら私の部屋をノックもせずに開けないでくださるかしら、お兄様?」

「ったく……。お久しぶりです、ルゼルト様。挨拶に伺ってくださるとは」

「お久しぶりです。水祭りですからね、今日くらいは顔を見せるべきかと思いまして」

 にこりとルゼルトは笑った。特に仲が良いということはないが、カルブと違って喧嘩腰にはならない二人だ。

「お兄様、お父様はどこにいらっしゃるの?」

「父上は叔母上のところだ。水祭りの最中の星見は俺に任せると言っていたからな」

 スレイドが騎士団の砦で寝泊まりしている一方、騎士団での仕事を息子に引き継がせ、今はスレイドの確認係という役を担っているグランツは、叔母の住むパラスで寝泊まりしている。水祭りの最中はここに来るつもりはないのだろう。

「どうしますエレナ。向かいますか?」

「…………いえ、いいです。お父様はお兄様よりは帰ってきますもの」

「悪かったな帰らなくて……水祭りが終わってゴタゴタが片付けば一度クタヴェートに顔を見せるよ」

「はい、メイドに伝えておきます」



 騎士団の砦から出たところで、何か用があったのか、赤い髪に青い瞳の青年が走ってきて、ルゼルトに突撃した。細身なルゼルトが突き飛ばされるように後ろへ転ぶ。

「うわっ!?」

「痛っ!?」

「だ、旦那様! 大丈夫ですか!?」

「す、済まない急いでいて……あ」

「何なんですかもう……。……あ」

 ──鉢合わせてしまった。まずもって家同士で仲が悪く、本人同士もとことんまで反りが合わない二人が。途端に冷たい空気が流れ出す。突然のサプライズ(違う)にときめいているエレナを差し置いて。

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