ⅩⅩⅩⅠ
「スターレイターに戻り、湯浴みを終えたあと……突然抜けたことを謝ろうと思い、サピュルス様の部屋に伺おうとした時、部屋の中からカルブ様とサピュルス様の声が聞こえたのです。……お二人は父である団長の失脚を目論んで、その成功率をあげるため、ルゼルト様を如何にして味方につけるか話をしていらっしゃいました」
三人に驚く様子はない。まるで知っていたかのようで、エレナは思わず知っていたのですかと口に出した。
「知っていたわけではありません。ただ、彗星が出た時とその後の円卓会議で、騎士団の内部分裂は危惧されていました。……カルブやサピュルスと手を組んでいるのはアルペンド・オーヌスタングではありませんか?」
アルペンド……あの少年だ。カルブとサピュルスの会話にその名前は出てこなかったが、確かに彼は失脚に手を貸すと言っていた。
「……はい……恐らく」
「やっぱりですか……円卓でも出たのです、その名前が」
もっとも、ルゼルトも円卓会議が終わったあとにヤーフェから聞いた名前だった。オーヌスタングのあの件については、当時幼かった上、パージー家の方で大人たちがてんやわんやしていたルゼルトの記憶にはなかったのだ。
「エレナ様、具体的な話は何か聞きましたか? どうやってシエラヴェールを取り込むか、など……」
「それが……」
エレナはそれも聞いていた。二人は……否、カルブは、エレナを人質としてスレイドを脅そうと言った。シエラヴェールの隠し事を知るのはスレイドだけ。妹思いの彼のことだ、妹を人質に脅されれば簡単に白状するだろう。そしてそのネタでシエラヴェールを脅す。恐らく、世間に公表されたくなければこちらに従え、などと言って。
「それで……逃げてきてしまいました」
……三人の反応が鈍い。予想はしていたが、やはり現実味のない立案だろうと思ったのだろう。
「……信じられませんよね、こんな話……」
「うーん……まぁそうですね。ただ、作戦に現実味がない、という訳ではないのですよ。現実味がないのはそれをカルブが部屋の外に聞こえる声で話していたことですね」
「……」
あの時はただ上手く行きそうな予感に興奮していたのだろうかと思っていたが、冷静になって思い直せば、確かに不自然だ。カルブは基本慎重派だ。誰かに聞かれそうな声量で言いそうだとは思えない。ものすごく、今すぐにでも、どんな手を使ってでもカルティアを失脚させたいのなら興奮しそうだが、ただ親子仲が悪いだけでそこまでカルティアを邪険にはしない気がする。
「……やはり根底から何か見落としがありそうですわね」
「シエラヴェールは……というより、ルゼルト様たちはずっと偵察などをしていらっしゃったんですか?」
「……実は、彗星観測をした時から騎士団の動きを見張っていました。…………途中私が目の痛みに倒れてしまったのでしばらく中断していましたが」
──ルゼルトによると、彗星の観測がされたあと、シエラヴェールはクタヴェートと連携し、彗星の軌道予測を立て、それを基に何が起こるかを占ったらしい。そこで観測された結果が、騎士団の内部分裂の可能性だった。それに、事実それが起こりそうな予感は、騎士団の砦で暮らしているスレイドが肯定している。隣国が争いを起こしており、こちらに協力要請が来そうな今、騎士団の内部分裂が起こるのは非常に不味い──ということで、ルゼルトはアナスタシアの了解を得て、騎士団長家の内情を探っている、との事だった。
「じゃぁ置物を買いに行く日、アナスタシア様がメイドを尋ねたのは……」
「あのメイド……マヤは信心深い人で、教会にいた頃から何かと仲良くしていただいていたのです。……それで、色々と最近の話を教えて貰っていましたの」
「……ところでアナスタシア、エレナをどこで見つけたんですか?」
「城の門から出で、大通りへ続く細路地の脇道です。件のアルペンドという若騎士に襲われていたのですわ」
……頭が痛い、というような顔をルゼルトは浮かべた。実際、何をやっているんだと言いたいのだろう。だが、騎士団にこの件を漏らすつもりはないのか、分かりました、と一言だけ答えた。
「アナスタシア様は……どうやって私を見つけたんですか? 偶然、ではないのですよね?」
アナスタシアは説明を、というようにルゼルトを見た。ルゼルトは頭をかき、そうですね、と呟く。
「……少し精霊に聞きたいことがあって、お爺様が精霊召喚をなさったところ……精霊が、『それより、城の周りに注意しろ。クタヴェートの女がどうなってもいいのか。今すぐ行くなら案内してやる』と言うので、一応まだ教会所属になっているアナスタシアにつかせて案内して頂いたのです」
そう言うとルゼルトは眼帯を外して髪を掻き上げ左目を開いた。キラリと宝石の瞳が光ると、アナスタシアの傍に精霊が現れる。初めて目にする精霊に、エレナはわぁ、と言いたげに口を開けた。
「……人間、私の言ったことは覚えているな」
「……はい」
「守らなければ今度こそ、その瞳を抉りとりあのお方に返却させてもらう」
「……はい。……感謝致します」
ルゼルトがそういうのと同時に、精霊は消えた。溜息を吐き出したルゼルトは、まだやはり本調子ではないのか、かなり疲れている様子だ。時刻は2時になろうとしていた。アナスタシアとアザンツも、きっとルゼルトの世話で疲れている。
「……アズ、彼女を送って──いや、その前にスターレイターの様子を見る。もしかしたら誰かエレナが居ないことに気づいているかも知れない」
「観測なら俺もできますから、ルゼルト様はもうお休み下さい」
「……悪い。任せる」
普段なら文句を言いそうなところをあっさり任せたところを見ると、やはりまだ目が痛むのだろう。布団に潜って、彼はすぐに寝てしまった。
「……エレナ様、行きましょう」
「は、はい……」
二人が向かったのは地下、ルゼルトが魔法の練習に使っている部屋だった。観測用の水晶があるらしい。アザンツも現在の観測はできるが、水晶を使わないと出来ないそうだ。
「まぁ、パージー家は爵位を貰わないといけないような、優れた魔法使いの家ではなかったので……ただ、少し魔法が使えるだけの伯爵家だったわけです」
スターレイター家は特にざわついてはいなかった。みんな寝静まっているだろう。
「エレナ様、今日話したことは秘密にして、明日帰るふりをしてシエラヴェールにお越し下さい」
「……分かりました」
エレナは1度目を伏せたが、しっかりと頷いた。きっと明日は大切な話がある。ここで躊躇っては行けないのだ。
「では、送ります。今、ここで」
パージー家は伯爵家だ。優れた魔法など使えないが、シエラヴェールという全般に優れた家を除き、魔法を使う家系には、それぞれ得意な分野の魔法がある。クタヴェートなら癒し、とある家は修復、またあるところでは精神作用が得意な家もあるらしい。そしてパージー家が得意としていたのは──転移魔法だ。
「エレナ様、スターレイター家での自分のお部屋を強く思い浮かべてください」
「は、はい!」
「行きます──はっ!」
しゅんっと一瞬足が浮き、気がつけばそこは間違いなくスターレイター家の自分の部屋だった。……成功したことを確認すると、エレナも急にくたびれて、布団に潜り込んだ。
長い一日だった。……きっと明日もそんな一日になる。今のうちにゆっくり休んでおかなければ……エレナは目を閉じ、眠りに落ちた。