ⅩⅩⅡ
着替えが終わった時、ちょうどカルティアとカルブ、そしてサピュルスが戻ってきた。エレナは出迎え、3人に頭を下げる。
「お帰りなさいませ。お疲れ様です皆さま」
「エレナ様、わざわざ出迎えて頂かなくとも……」
「いえ、家柄と円卓の席順は関係なく、私とサピュルスさまは夫婦となる身、カルティア様は義父となります。どうか出迎えさせてください」
エレナは父を少し恐れているところがあるが、優しく微笑んでいる。父はわたわたと申し訳なさげな顔だ。その様子を見たカルブが、難しい顔をした。とことん、利己的な父だと。
父は昔からカルブには甘く、サピュルスに厳しい人だった。それについては、サピュルスの引っ込み思案で、己と折り合いの悪かった父に似た平和主義的な性格のせいだった。カルブとて好戦的な性格ではないが、それでも言葉を向けることを好み、武器の使用を嫌がるサピュルスほどではない。そんなサピュルスは幼少の頃、父から虐待を受けてきた。母に縋って泣いているところをよく目にしたことがある。
そんな父が、最近目に見えてサピュルスに甘くなった。10割、エレナが婚約を受け入れた為だろう。エレナがサピュルスの婚約を受けいれたことについて、カルブはサピュルスからその理由を聞いていた。──王家とシエラヴェール、そして父兄が賛成したのならば自分に拒否するつもりは、そうできるだけの理由はない、と。ただそれだけの理由を、父はエレナはサピュルスのことを気に入ったのだと勘違いしているのだ。
「…………」
──いいだろう、調子に乗るなら乗っておけばいい。だが油断すれば……その首は、地に落ちるものだと思え。そしてその為ならば、弟とその嫁ですら利用する。カルブの父を見る視線には、敵意が籠っていた。
「ふぅ……」
スレイドは座ったままで大きく伸びをした。全く、座ったままでは体全体が凝り固まる。本当ならば湯浴みをして、軽く体を解したら眠りたいところだが、日課として占星を行わねばならない。マカレニータの戦況、その他国内外の吉凶……スレイドはローブを片手に砦の2階へと上がり、星見のために設けられた部屋へと行った。窓を開けるとたまに寒いため、ローブは手放せない。
……最近の占星結果は良くない。マカレニータの戦況は決して良くはなく、近いうちに救援要請が来るであろうことが予想できる。これは王家に報告済みだ。そしてその救援要請に応え騎士団を出動させた時、さらに悪いことが起こる……当たらないで欲しいが、ほぼ確定的な未来予測だ。それも一応報告してある。もちろん自分は何一つ悪くないのだが、そう報告来る度に王の側近などが嫌な顔をするため、あまりそういう話はしたくない。何かあって好転しないものか……そう考えながら天窓を開け、空を見て──ギョッと目を見開く。
「彗星……!?」
大きな彗星が暗闇に瞬いていた。彗星というのは凶兆だ。大きければ大きいほど悪いと言われている星が、こんなに、大きく。
「何が……起こるんだ……!?」
方位からして、これはマカレニータではなくエルカディアの凶兆だ。とても悪いこと、真っ先に考えられるのは大賢者の死だった。妹の婚約破棄の際、ルゼルトが精霊召喚を出来ないということは本人から聞いた。現大賢者ヤーフェが死ぬということは、次代のルゼルトがその座に着くということ。歴代最年少の大賢者であるというのも不安要素ではあるが、それ以前に精霊使役が出来ない大賢者など笑い話にもならない。最悪の場合大賢者の称号は剥奪され、没落──そして最悪の場合、シエラヴェールの後釜につこうと諸貴族が権力を争い、内乱が起こる。
「…………」
彗星が最後に観測されたのは、もう40年ほど前だと聞いている。その時はエルカディアを挟んだ二つの国が戦争をし、エルカディアがその戦争の舞台となり、国に大きな損害が出た。今のように復興できたのは、その戦争の仲介をした上で、大きな国の財産で助力してくれたマカレニータのお陰だった。
スレイドは戦争を体験したことはない。だが──この国はまた争いを起こすのか?
「スレイド様!」
バクバクと鳴る心臓を何とか抑えようとしていたら、ばんっと扉が開かれた。1人の見習い騎士が血相を変えて部屋に飛び込んできていた。
「王家から使者が……!」
「! わかった、すぐ行く!」
スレイドは手にしていたローブを羽織り、急いで部屋から出ていった。
使者に連れられ王城へ行く。父であるグランツ、シエラヴェールのヤーフェとルゼルト、国王フランツェ、第1王子アントムがいた。
「陛下!」
「わざわざ済まない、スレイド。グランツからも聞いたが……これは国内での凶兆というのは本当か?」
「はい、ほぼ間違いなく……まだ今日が初観測で軌道が読めないため、なにを示しているのかまでは測りかねます」
「ふむ……大賢者家、考えられる事態は?」
「……妥当に考えれば、私が死ぬことでありましょうな」
「!」
全員の視線がヤーフェに集中した。ルゼルトだけは、口を結んで俯いている。
「私が死ねば次期大賢者はルゼルトとなる。しかしルゼルトはこのとおり若すぎることもあり、諸貴族から反感を買っている。特に……武力はあれど権力のないスターレイターが軍事行動を起こせば……内乱へ繋がる」
「スターレイターがそんなことをするというのか!?」
「可能性はありまする」
……その確率はかなり高いだろうとスレイドは考えた。それはもちろん、ルゼルトが若すぎるだけが理由ではない。ルゼルトが精霊の召喚と使役を行えないからだ。もちろん、それを王の前で言える訳もないが。
……一瞥したルゼルトの顔色が悪い。
「…………」
『精霊を……まだ召喚できない?』
『信じ難いでしょうが事実です。……お爺様ももう歳です。私には時間がない。精霊召喚と使役を可能にするためなら好きでもない女だって抱きます』
『……し、かし、先程言っていましたが召喚と使役ができない本当の理由は分かっているのでしょう!? だったらそんな回りくどいこと……』
『分かっているからといって、取り返しのつかないことをなかったことに出来ますか? ……出来ないんでしょう。ならば他の手を取るしかないじゃないですか』
「…………ともあれ、軌道が分からない今打てる策は多くありません。大賢者様はどうかご自身の健康を第1に。我々クタヴェートは騎士団の動きを監視します」
「あぁ、頼む」
その場はとりあえず解散し、各々帰るべき場所へと帰った。スレイドを連れてきた使者が帰りの馬車を用意して待っていたため、乗り込もうとした時、後ろから声をかけられた。
「……あの」
振り向けば、先程一言も言葉を発しなかったルゼルトがじっと彼を見つめている。何かこみいった話かと思ったスレイドは、御者に少し待って欲しいと声をかけたが、ルゼルトは首を振った。
「馬車の中で話しましょう。もう遅いのに御者を待たせても悪い」
「それで……」
「…………彗星ですが……シエラヴェールも王城に来る前占星をしました。彗星だけでは判断材料がないため、そのほかの星でも吉凶を占って……」
「…………」
「恐らくそちらも同じ結果を出しているのではありませんか。…………この国は隣国に軍を出すことになると」
「……はい」
スレイドが俯き気味に答えると、ルゼルトは肘と膝をくっつけて項垂れた。
「お爺様が死んでしまったら、なんて考えると……正直、気が触れそうです。しかしそれより恐ろしいのは……騎士団を出動させたタイミングで、内部分裂が起こることだと考えています」
「!」
「王には未報告でしょうが……騎士団内部、今かなり不穏なのではありませんか?」
……否定できない。ルゼルトの言う通り、今カルブが的確にカルティアを敵視している。権力にこだわる父は、騎士団を率いる器ではないと考えているのだろう。
「……これほど大きな彗星です。内部分裂が起こり、内乱に発展し……その時にお爺様が……大賢者が死ぬ可能性とてあります。……まずはともあれ、内乱の種になりそうなものを何とかして欲しいと思います」
クタヴェートに言われれば、騎士団は何もできない……カルティアの性格を利用したお願いなのはわかったが、問題は火種となりそうなカルブがあくまでクタヴェートとスターレイターは対等の関係だと思っている点だ。
「……できる限り。エレナにも言っておきます」
「……お願いします」
ルゼルトが返事した時、ちょうど馬車は取手へ到着した。スレイドは降りて、ルゼルトはそのまま帰って行った。