062
帝国歴二六〇年 金剛石月(四月)。
リュミナスも情報収集組織のゴシュート族とのパイプ役として、俺の秘書役みたいな立場を得ている。
情報収集組織っていっても、『忍者』みたいに黒装束を着て、闇の中を暗躍するってのが一般的なイメージだけど、この世界では今のところ『忍者』に遭遇したことはない。
東の果てにある国で、そんな奴らがいるってのも聞いたことがあるがね。
けど、うちで言うところの情報収集組織は一般人を装って他国に侵入し、情報を得る『草の者』ってのが大概の情報組織の者たちだ。
今まではイレーナの父であるラインベールを通じて、城下の交易商人たちを何十名か勧誘して情報組織にしてきたが、その人らにとって情報収集は副業であるため確度が高くない噂話の部類も混じっていた。
そのため、今回ゴシュート族がうちに手を貸してくれることになり、専業の情報収集組織に改編することにしていたのだ。
山の民の隠密能力とか、野生で鍛えた足で駈け抜ける脚力とか。情報収集のためどんな街にも入れる、山の民が適任ってわけよ。
ちなみに山の民っていうのは、少数部族って思われてるが重税を嫌って山に移った逃亡農民たちもかなり混じっている。
なんせ、山の民になれば、領主の税から逃れられるからな。田を捨てた農民が山に入ってそのまま居つくってパターンもある。
だが、生活は野山で生活するため、農地が余り作れない分、生活はとても苦しい。日常では田畑も作るが、主に狩猟と採集をメインとした生活をしているのだ。
だから、山野の局地戦に強くなるという寸法だ。
そして、少しでも自分たちの狩った獲物や採集物を高く売るため色々な街で噂を集める能力も高いのである。
ということで俺は今、嫁と愛人を本城に残し、護衛にラトールを連れて国境からアレクサ王国内に広がる山脈の奥深くに来ていた。
「さて、聞いておられると思いますが、貴方たちが信仰する『勇者の剣』は、アレクサ王国内では全宗派から追放されましたよ? もちろんエランシア帝国内では存在できない団体だとご理解してると思いますが」
「うぬぅ」
山深い集落の薄暗い一軒家の中で俺が話す相手は、山の民の間でそれなりの影響力を持つワリハラ部族の頭領だ。
山の民の間でもそこそこの影響力を持つワリハラ部族。武力的にはそれほどでもないが、山の民の各部族の連絡役を担っているため、顔は広い。
一概に山の民といっても数十部族あるため、すべてがすべての部族と交流があるわけではなかった。
俺がここに来た理由はワリハラ部族の持つ、山の部族への伝手を利用したいからだ。
「つきましては、山の部族全てと連携を取りたい。貴方にはそのため伝手をお借りしたい。もちろん、ただとは言いませんよ。それなりのお礼を準備させてもらう」
金貨を鋳つぶした塊を差し出す。エランシア金貨よりも使い勝手いいからだ。
価値が固定される金貨は出所を探られるが、価値が下がるものの金塊は出所不明にできる特典がある。
ワリハラ部族にとっても都合のいい金にできる品物であった。
「ほう、我らに山の民を売れと申されるか?」
「俺は山の民を救いたいと申しているつもりですが? 『勇者の剣』の強硬派にはお困りでしょう?」
相手の顔色を見てニヤリと笑う。
すでに『勇者の剣』は、一気に拡大した『反勇者の剣キャンペーン』によって、わずか一ヵ月でアレクサ王国のユーテル総本山関係者から追放処分を受け、その他の神殿からも存在を否定され、焦っており信徒たちへの締め付けを厳しくしていたのだ。
当然、多くの信徒になった山の民も厳しくなった締め付けに辟易している。
「こちらとしては、山の民全てが強硬派なのか分からないわけです。うちの方も、『勇者の剣はけしからん。信徒含めて皆殺しだ!!』って血の気の多い連中も多いのですよ。なので、事前に強硬派と穏健派、離脱派を調べておきたいのですよ」
すでにゴシュート族を使って、山の民のすべての部族の旗幟も大体の色分けが終わっているが、説得工作にゴシュート族は使えないため、顔の広いワリハラ部族を使う予定だった。
「うぬぅ……我らはどの勢力にも加担せぬと……」
「ほぅ? 『勇者の剣』は武装組織ですよ。独立勢力と言って良いのでは?」」
「うぬぅ……。だが、強硬派は多い。部族の中には一戦交えることも声高に叫ぶところもある。下手のことを言えば、こちらの身も危うい」
「では、山の民はエランシア帝国の討伐を受けることになるでしょうな。現魔王陛下は政治介入する宗教組織を毛嫌いしておりますゆえ。この辺りの山は徹底的に浄化されるでしょうな。物理的にも。今は我が主君のところで話が止まっておりますが、これ以上山の民が強硬な態度に出れば、報告をせざるを得ない状況です」
煮え切らないワリハラの族長を脅す。
宗教の政治参加を嫌う魔王陛下に知られれば、大軍を動員した討伐軍が編制されることは間違いない。
そうなれば、一番近いうちが先陣を務めることになり、狂犬脳筋戦士たちは喜ぶが、被害を考えると絶対に戦は避けたいところだ。
地の利のない場所での戦は、脳筋馬鹿かチート勇者に任せるくらいしか勝利は望めない。
損害は少なく、利益は多くをモットーにエルウィン家を切り盛りする俺としては絶対に避けたい選択肢であった。
だが、それを相手に悟らせるわけにはいかない。
なので、『うちは別にガチでお前らと殺し合いしてもええよ』って意味ありげに目を細めて笑う。
「ひぃ! その眼、本気かお主……」
ワリハラの族長は、俺の言葉を本気にしたようだ。
「分かった。各部族を説得する。少し時間をくれ」
「分かりました。真珠月(六月)までにお返事をいただければ結構ですよ。私も各部族の説得のお手伝いをさせてもらいます」
「うぬ。分かった。好きにせよ」
ワリハラの族長に許可をもらったので、俺たちが山の部族をご挨拶に回っても怪しまれることはないだろう。
タイムリミットは二ヶ月。『勇者の剣』の影響力を排除するには十分な時間だ。
『勇者の剣』はきっちりと内部崩壊させ、ついでに隣接する山の民たちに影響力を持つことにしよう。
こうして、俺は『勇者の剣』の影響力排除という理由で、山に入る理由を付け、山の民の各部族の挨拶周りをすることにした。
「こんちわー。ワリハラ族とこのアルベルトっすー。族長から酒と肉預かってきましたー」
「おお、ワリハラのとこの若衆か。酒と肉だって? これは景気いいな。どうだ。お前も飲んでくか?」
「是非、ご相伴させて欲しいっす」
てな感じで、各部族の集落を回っていく。訪れる際は必ず手土産付きで来る俺たちを各部族は歓迎してくれるようになるまでに時間はかからなかった。
集落で酒を酌み交わしながら、それとなく『勇者の剣』についての各部族のスタンスを収集していく。
事前にゴシュート族に下調べしてもらっていたが、その報告を裏打ちするような発言が各部族から飛び出していた。
ある部族は『勇者の剣の先兵として邪神に寄与するエランシア帝国討つべし』と声高に叫ぶ族長もいれば、『勇者の剣に帰依するべきではなかった』と後悔を滲ます族長もおり、山の民は大いに割れていた。
俺が酒を片手に聞き出しかったのは、山の民の人間関係だ。
こればっかりは、ゴシュート族も俺に教えてくれなかったので、ワリハラ族の説得工作の手伝いと称し、山の民からエランシア帝国に寝返りそうな部族を選別していく。
人間三人もいれば派閥ができる。
この言葉はそのとおりで、山中に一大勢力を抱える山の民の内情も部族派閥が形成されている。
大きく分けて、山の民には二つの勢力がある。
古くから山に住み着き、山野を駆けまわって狩猟や採取する古参部族。
もう一つは、逃亡農民たちが山中に住み着き、隠し村で田畑を耕している新参部族。
後から来た農耕メインの部族と、狩猟採取メインの部族。当然、その間には考え方の違いから元々の溝がある。
山の民と言えども、無から金銀兵糧を出せるわけでもなく、勢力を維持するための基盤がある。
彼らは裕福ではなかったが、飢えない程度には稼いで、勢力を維持するための資金を部族の規模ごとに割り振っていたのだ。
なんで『勇者の剣』が浸透するまでは、古参と新参の溝もそこまで大きくなかったが、新参部族に爆発的に普及したことで、山の民の財が『勇者の剣』に流れ始めた。
そうなると、新参部族が割り振られていた分担金が滞り、勢力維持費に占める古参部族の分担金が増大し、それが溝を拡げていた。
そこの溝を狙う。山の民は数十部族ある。
しかし、数十部族もあれば、山の民としての意思統一も楽ではない。
そもそも、山の民全てが、全ての部族を知っている訳でもない。
部族間のつながりはかなり薄い。一応、族長同士で集まって山の民としての大まかな行動規範は定めているが、それ以外は各部族に判断を任されている状況だ。
『勇者の剣』のことを取っても各部族が、それぞれ『勇者の剣』とのつながりを持っている状況だ。
俺はワリハラ族の若衆として、個別に各部族を回り、知っている部族を紹介してもらっているわけだ。
おかげで、どの部族が強く『勇者の剣』を支援しているとか、部族間で影響力のある部族がどこなのかが、鮮明になってきている。
山の民の部族は強硬派、穏健派、離脱派の三つに分類がされていた。
内訳すると強硬派一割、穏健派五割、離脱派四割だ。
強硬派は、説得を聞き入れるような気配はないので、この際切り捨てるとして、穏健派の五割を切り崩すことにした。
穏健派の複数の集落で、『勇者の剣』の武装兵に変装させたゴシュート族に放火をさせる。もちろん、人死がなるべく出ないよう畑や倉を焼く程度だ。
そして、強硬派が『あれは偽物の仕業だと』と言って事態を収める。
この報告は正しい。なぜなら、ゴシュート族の変装だからだ。
だが、穏健派そうは思わない。なぜかって? そこには『勇者の剣』が内部統制を引き締めているため、同じようなことを山の民にしていたからだ。
『勇者の剣』のトップが影響力低下に焦り、信徒の締め付けを厳しくしていることが絡んで、穏健派だった部族が離脱派に渡りを付け始める。
そして、徐々に離脱派増え始めると、更に加速度的に穏健派が離脱派に傾き始め、強硬派が孤立を深めていく。
孤立したと感じた強硬派と、影響力回復を狙う『勇者の剣』の教団は一体化して、穏健派や離脱派を抑えつけ始め、それが新たな溝を産み出していた。
まことに怖い世界の話である。隣人が信じられなくなると、結束は綻び、勢威を誇った山の民も内部から瓦解を始めていた。
誰がこの事態を予想しただろうか。いや、俺は予想してたけどね。
っていうか、首謀者は俺だし。
途中、どこからか紛れ込んだエランシア帝国への内通の手紙が、『偶然』に『勇者の剣』のトップに渡り、該当の部族の集落が襲われたことを聞いた時には、『ワリドの奴、自分を苛めてた部族を敵の手で葬ったな』と察したが、深く追求することはしなかった。
なぜなら、その部族は強硬派の重鎮とも言える大きめの部族だったからだ。
むしろ、ナイスゥ! って賞賛をあげてもいいほどの良い仕事だった。
ワリド、使える奴。俺、覚えた。
ワリドの謀略で味をしめた俺が、『勇者の剣』や強硬派部族の弱みの情報をちりばめた、根と葉もある噂を流す。
流された方は心当たりのあることなので、ちぐはぐな回答しかできない。
その態度が聞く者に『こいつクロ』だと確信をさせていった。
流言飛語が飛び交うことわずか数ヶ月で、アレクサ王国から山の民まで勢威を誇った『勇者の剣』の内部はギスギス状態。
こちらが手を出さすとも疑心暗鬼に駆られて、強硬派を自ら粛清していくという始末だ。
これには、説得を手伝ったワリハラ族長も俺の謀略(個人的に臣従してくれため教えてあげた)の威力に畏敬の念を抱いていた。
余りの威力にワリハラ族長も『山の民が崩壊してしまうのでは?』と心配された。
大丈夫、大方の部族は説得の甲斐もあり、離脱派に傾き、ゴシュート・ワリハラ体制に同意している。
今、争っているのは『勇者の剣』支持を鮮明にしていた者たちだけだ。
ほぼ、身内の内部抗争にまで事態は鎮火している。
詐欺師と狂信者がお互いを罵り合い、憎みあい、争いだしている。ただ、それだけだ。
そこにすでに『宗教的熱狂』はなく、ただの『権力闘争』にまで格下げされていた。
『勇者の剣』の教義はクソの役にも立たない物だと、知らされた狂信者たちが怒り狂い、それを教団のトップたちが力で抑えつける。
一種の修羅場が形成されていた。
『おんどりゃあっ! 邪神の信徒殺したら、いい人生に転生できるっていったやろがぁああ!!』
『知るか! アホ! 騙される奴が悪いんじゃ! ぼけ! カス!』
てな感じの争いが日々繰りひろげられている。
ほぼ、これで俺の謀略は完成したことになる。後は総仕上げをするだけであった。







