061
数日後、ステファンの領地からアシュレイ城に帰還した俺が溜まった政務をイレーナとともにこなしていると、家老のブレストが執務室に顔を出してきていた。
「アルベルト。なにやら楽しいことを準備しておるそうじゃないか? マリーダから聞いたぞ」
ブレストの眼がキラキラと光っている。
これは、アレだ。絶対に戦の匂いを嗅ぎつけて喜んでる狂犬の目だ。
「ほう? なんの話でしょうか? 私はまったく存じ上げませんが」
脳筋どもにご出陣を願うのは謀略の仕上げが終わった最終段階だ。
今はまだ彼らの筋肉を使う時ではない。
「隠すな。マリーダから聞いたが『勇者の剣』とかいう組織をぶっ潰すんだろ? どうだ? ワシの出番あるか? あるよな? 何人斬ればいい? 待て待て、何も大きな戦をさせろとは言っておらんぞ。四~五十人ぶった斬ることができれば……」
大きくない戦で四〇~五〇人もぶった斬るとか、本気でやりかねないおっさんなので、まだ解き放ってはならない。
「仮にいくさがあるとしても、マリーダ様から出陣の下知が下るのをお待ちくださいませ」
「して、場所はどこだ? アルコー家の領地か? いいぞ。すぐに出せる兵を準備しておるからな」
狂犬脳筋戦士は人の話を全く聞かない。
これならまだマリーダの方が操りやすい。
しかも戦の気配には敏感過ぎる。だが、今回は相手への謀略が成果を得るまで狂犬脳筋戦士の出番は予定していない。
「ダメです。今、戦を吹っかけたら、私の仕掛けた謀略が全部パーになります。そうなったら、家老職をラトールに譲って隠居してもらいますよ。そして、永久にいくさには出しませんよ。それでも、よいですね?」
「待て待て! それは嫌だぞ! ワシからいくさを取り上げるとかお前は鬼か!」
「親父もそろそろ隠居して、いくさの采配は俺に任せればいいんじゃないか」
めんどくさい人が増えた。
ブレストの嫡男であるラトールが俺とブレストの会話に割り込んできた。
この二人が揃うと……。
「この馬鹿息子がっ!! ワシはまだ現役を引退するだなんて言っておらぬっ! ケツの青い若造にエルウィン家の大事な兵を任せられるかっ!」
「ああんっ! 親父! 俺ももう初陣を済ませた鬼人族の男だ。戦士長にだってなった。いつまでも俺をガキ扱いするな!」
「なんだとゴラァああああ!! 文句があるならやってやる! 表に出ろ!!」
「ああっん!! やれるもんならやってみろやっ!!」
はい。いつもの通り喧嘩が勃発しました。
なんで、俺は二人を放置して執務に戻ります。
「喧嘩なら中庭でやってくださいね。物品破損は俸給から差っ引きますんでよろしく」
喧嘩が日課の二人が壊す物品は結構な額になる。
喧嘩による破損品の弁済は二人の俸給から補填してるが、懲りてはいないようだ。
どうやら脳筋は反省をしない生き物らしい。困ったものだ。
これだから脳筋は……。
放置した二人が中庭で取っ組み合いの喧嘩を始めたところで、新たに執務室へ来客があった。
「ワリド、来てたのか?」
「ああ、進捗を直接報告したくてな。報告は先に送っておいたが、お前の部下が調べ上げていた通り『勇者の剣』のトップは紛れもない詐欺師だな。わしもあれほど腐った男だとは思わなかったぞ」
熊の毛皮をまとった大男であるワリドが、口を歪めて心底軽蔑を浮かべた表情をして報告をしてくる。
「報告は聞いてる。お前の集めてくれた追加情報で、ユーテルの高位神官を動かせた。あの熱意なら、じきに追放処分が下るだろうさ。そのための援護射撃も出してやるしな」
「まず、ユーテル総本山の関係者に『勇者の剣』の醜聞をバラまくのか?」
『勇者の剣』のトップをしている教祖はユーテルの信徒団体を名乗っており、ユーテル総本山の一部の幹部が教団の熱烈な支持を打ち出している現状をひっくり返すことにしていた。
そのための弾は、彼らが自分たちで大量に製造してくれている。
醜聞を実弾としてユーテル総本山に『反勇者の剣キャンペーン』を打ち、破門宣告までを引き出すつもりだ。
そうなれば、『勇者の剣』の求心力は一気に低下することは間違いない。
そのための下工作をユーテルの高位神官の筋と、ワリドたちの食い込んでいるアレクサ王国の商売人筋から神殿関係者へけしかけることにしていた。
「ああ、資金のバックアップはエルウィン家に任せろ。ありとあらゆるアレクサ王国の神殿関係者にバラまけ。『勇者の剣』がすべての宗派から嫌われるようにして欲しい」
「心得た。情報操作は狩猟の次にわれらの得意とすることだ。アレクサ国内でも先の侵攻戦での失態で『勇者の剣』を突き上げているグループもある。そいつらも使いながら、追い詰めてやることにしよう」
体躯から見ると、外で暴れている二人と同じ匂いがするが、目の前のワリドは知的な男だ。
山の民として狩猟や採集で得た希少な毛皮や薬草を売り歩いてゴシュート族を仕切ってきた男でもある。
説教師を叩き出す武骨さも持っているが、基本は情報を重んじ、深慮を重ねて動くタイプの男だと俺は見ている。
「任せた。ゴシュート族の仕事には期待している」
「アルベルト殿の期待には応えるつもりだ。それと……」
ワリドの視線がイレーナの方に向く。
先ほどから彼女の後ろに見慣れない獣人の女の子がお手伝いをしていた。ケモ耳、モフモフ尻尾。
ゴクリと咽喉が鳴る。年齢的にはリゼと同じくらいかちょっと若いくらいだ。耳と尻尾の形状からわんこっぽい気がする。
「彼女は?」
「ああ、我らの密約の引き出物。わしの親族で人狼族の子だ。リゼ殿に聞いたら、アルベルト殿が一番喜ぶのは、おなごと聞いたのでな。ゴシュート族一の美少女を献上してやろう。その代わり、山の民でのわしの地位が上がるように知恵を貸して欲しい」
どうやらリゼが、ワリドに入れ知恵をしたらしい。
ナイスぅ! さすが俺の嫁。
痒いところに手が届くくらいに見事にツボをついたチョイスである。
献上品とされた人狼族の女の子を手招きしたら、どこからか誰かを叱責する声が聞こえてきた。
「マリーダ様っ!! まだ印章押しが終わっておりませんよ!! フリンの件もまだ反省しておられぬようですし」
「申し訳ありません。リシェールメイド長様、私のせいで……。だから、マリーダ様は悪くありません」
「フリンは被害者だからいいの。この色欲大魔王がすべての元凶。フリン、マリーダ様を止める手伝いを頼むわ」
「リシェール! 妾の鼻に新たなカワイイ女の子の匂いをキャッチしたのじゃ!! 止めるでない!! 後生じゃから行かせてくれ!!」
俺の執務室の扉がバタンと開いたかと思うと、リシェールとフリンを引きずったマリーダが現れていた。
チラリとマリーダの顔を見る……。までもなかった。
目の前の獣人の女の子を見てはぁはぁしてる。
うちの奥さんは美少女も大好物なのだ。
「アルベルト、せっかくの引き出物じゃ。遠慮したら、ワリドに失礼であろう。はぁはぁ、妾の側仕えとして迎えるべきじゃ」
マリーダの許可がすぐに出た。どの道、ワリドとの連絡役は必要であったから、俺の傍に誰か派遣するようにと頼むつもりだったから好都合である。
なんで、ワリドからの引き出物をありがたく頂くことにする。
「ほらね。オレが言った通りだったろ?」
騒ぎを聞きつけたリゼも顔を出しており、ワリドの献上品として連れられてきた子を品定めしていた。
「リゼ殿には世話になった。この薬効の高い薬草を進呈させてもらう。夜の方が一段と強くなるらしいぞ。わしも試したやつだから保証はしてやる」
ワリドが献上品の相談に乗ってくれたリゼに怪しげな薬を手渡していた。
その薬をニンマリとしてリゼが受け取る。
危ない薬ではなさそうだが、夜の方がすんごくなるとマジで大変なんだけども。
あー、今日は腰がもつかなー。最初だし、やっぱ優しくしてあげないとね。嫁たちが先に激しくしちゃうだろうし。
「で、彼女の名は?」
「ボクはリュミナスっていいます。ワリド様からアルベルト様とマリーダ様のお世話しろって頼まれました。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
リュミナスか。よし、覚えた。よろしくお世話してもらおう。主に夜のお世話の方だが。
居並ぶ嫁たちが、無垢そうなリュミナスを見て妖しい笑いを浮かべている。
「妾はマリーダ。エルウィン家の当主じゃ。なんでも頼るがよい。はぁはぁ」
「あたしはリシェール。マリーダ様のメイド長をさせてもらってます。はぁはぁ」
「オレはリゼ。マリーダ殿の家にやっかいになってるアルコー家の当主だ。はぁはぁ」
「私はイレーナ。アルベルト様の秘書をさせてもらっているエルウィン家の文官です。はぁはぁ」
「あ、あの。フリンです。マリーダ様のメイドをさせてもらってます」
飢えた獣のように獲物へよだれを垂らして挨拶する四人の女性(+初々しいフリン)たちを横目しつつ、俺もリュミナスに挨拶をする。
「これからよろしく頼むな。リュミナス」
「はい! 何なりとお申し付けください」
「マリーダ殿たちも我が一族の子を気に入ってくれたようだな。これで我らは運命共同体だ。頼むぞ。ワハハ」
ワリドが豪快に笑いながら握手を求めてきたので、握り返してやる。
いやあぁ。困った。困った。嫁と愛人が六人増えちゃったなぁ。これはもう身体鍛えるしかないよね。
さすがに若い身体でも、六人の女性を満足させるにはそれなりに体力がいる。
え? 六人も関係を持って不潔だって? だってしょうがないじゃないか。この世界、上手く立ち回った奴がいい目を見るんだから。
正直者は救われる? 悪いがその言葉は嘘だ。この世界は知恵を使ったやつがいい目を見る。
え? 知恵のないやつは報われないのかって? それはそいつ次第だな。俺の知ったことではない。
ただ、俺は嫁や愛人にいい暮らしをさせてやるために必死に知恵を捻り出し、あの脳筋一族を盛り立て自分の居場所を作ってるだけさ。
さあぁ、今日も嫁と愛人たちとのイチャイチャタイムに向けて、いっぱい仕事するぞ!







