051
夕刻。
一日かけた農村査定が終わり、提出された目録がおおよそ正確であったことが確認された。
実に自己申告の二倍の収量が期待される村であることが判明した。
うん、これはエルウィン家が脳筋だからチョー舐められていたね。
どおりで、領内のどこの村の村長も裕福そうだったわけだ。
この前視察したアルコー家の領地の方が、もっと苦しい生活していたからな。
だいぶ、ちょろまかしていたかと思ったが、これほどとはね。
みんなやり手だねぇ。たくましいことだ。
財貨を貯めた有力者がゴロゴロしているエルウィン家は、当主に凶悪なのが続いたおかげで家を保てていたようだ。
一人でも病弱な幼い当主が就こうものなら、即叛乱が起きていただろう。
ナイス、脳筋。今回だけは脳筋一族だったことに感謝しとく。
だが、このまま放置すれば、次代も抑えられるとは限らない。徐々に村長たちの力を削いでおかないと、寝首を掻かれるのは俺たちだ。
けれど、強引に租税引き上げをすすめれば、村長たちの不満が爆発する。それはそれで困るのだ。
なので、俺はブレストの怒りのオーラを浴びて憔悴しきった村長を別室に呼び出した。
「ア、アルベルト殿!! なんとか、なんとかブレスト殿に穏便におさめて頂けるようお取り計らいください! このままでは私は……」
別室に入るなり、村長は俺の前に平伏する。
もう、このまま首を取られ、村の広場に晒されるのが決定したかのような怯えようだ。
実際、これだけ着服していたら首を晒されてもおかしくない。
「まぁまぁ、そんなに怯えなくても。ブレスト殿も、あれできちんと話せばわかってくれますって」
「ムリ、ムリ、ムリぃいい! あの顔は絶対に私を殺すって思っています。お願いです。何でもしますから、命ばかりはお助けを」
必死に俺に対して助命嘆願を依頼する村長。
まぁ、確かにブレストは『ワシに嘘つきやがった奴は絶対にぶっ殺すマン』に進化してた。
なので、怯える村長に助命の条件をチラつかせる。
「それも、そうですね。ブレスト殿のあの怒りようだと。今回出た租税額を来年納める約束しないと納得されませんでしょうな。ええっと、今年納められた倍の量でしたか?」
「そ、それは無体なっ! 倍の量を納めてしまえば、村の蓄えが無くなってしまう」
「あー、それは大丈夫です。私が算定したところ、倍の量を納めてもこの村はまだ余裕あるはずですから。大丈夫、いける、いける。それに飢饉の時はエルウィン家が責任もって食料を提供いたしますぞ」
「ひぃ、鬼! 悪魔! 人でなし! 足元をみやがって!!」
「おや? では、広場で首を晒される方がいいですかね?」
「ひぐぅ。いやだぁあ」
「なら、どうするしかないのか、分かりますよね?」
「あぁああぁあ!!! もってけドロボー!!」
縋り付いていた村長が崩れ落ちた。完堕ちである。
が、このままで放置すると反抗心が募るので、飴を与えることにした。
「いやぁ。でも、これだと、村長さんが丸損ですからね。私としては村長さんたちには徴税に協力してもらっているし感謝しているんですよ。だから、特典を差し上げたいと思っているんです」
「えあ? 特典?」
座り込んだまま放心状態で泣いていた村長が特典に反応した。
「ええ、納税額が倍になると何かとご不便でしょうから、村長さんが代行して徴収してくれている村内の施設使用税。これ、村長さんの懐に入れられるよう、当主に許可もらっていますから。私の顔を立てると思って、これと引き換えで納税額の増加を我慢してくださいよ」
「え? え? 施設使用税を納めなくてもいいと?」
村長の顔に少し笑顔が戻る。ガッポリと税を持っていかれると思っていた矢先、一部の税が領主公認で懐に入れられると聞かされた。
「いつもご無理を言う村長さんへの、私からのせめてものお礼ですよ。お礼。この世はお金次第ですからなぁ」
「な、なんと! アルベルト殿! 貴殿はなんという方なのだ! 私の助命だけでなく、懐まで心配してくださるとは……」
村長は命プラス取り上げられる税の一部が返ると知って歓喜していた。
世の中、マネーですよ。マネー。
って、言ってもこっちの懐は実質傷まないんで、大盤振る舞いですよ。
租税基礎台帳がしっかりできれば、最低でも税収が倍に跳ね上がるんで、農村から徴収していた施設利用税程度を村長たちに渡しても利益が出る。
しかも、施設利用税を村長たちに移譲すれば、村人たちの不満をエルウィン家が直接受けることもない。
これは税制改革の一環として、公に領民に告げるので、不満は村長たちに向くようになる。
つまりは、村長たちは重税に不満を持つ、村人たちへの防波堤代わり取り込むのさ。
村長の懐に直接施設利用税が入るようになり、村内の空気悪っ! ってなれば、村長たちは自衛のため、施設利用税の徴収額を下げないと命が危ないってことさ。
そうなりゃ、実質、村長たちの収入も下げられる。しかも、不満なくだ。
一石二鳥の策だと自画自賛しとく。
「そこまで、感激してもらえると、私も当主殿に陳情の骨折りをした甲斐がある。では、おりいって村長殿に一つお願いがあるんですが」
「はい、アルベルト殿の願いなら何でも受けますぞ」
助命と収入を与えられたことで、村長の態度は急変していた。
「この村で行った農村の査定を、他の村も行いたいのですが、各村長を説得して欲しいのです。条件は今のあなたと同じのを提示できますよ。どうです? やってみませんか?」
こちら側に取り込んだ村長を使い、他の村の村長も抱き込む工作を進める。
身内ともいえる同じ役目をおった村長が、説得してメリットを語れば、俺たちが行くよりも簡単に事が進みそうである。
「なんですと!? 各村の村長に……」
「ええ、貴方にしかできない仕事だと思って……。ああ、そうだ。今度、エルウィン家が従士も増員するんですがね。おたくの息子さんなんかどうかなって思っているんですよ。今回は鬼人族外からの枠もありますし、この話乗ってくれるなら、優先枠としてご用意しますよ。ご子息が戦士、戦士長とかなれば新たに領地もらえるかもしれませんし。どうです? やります?」
「ええ!! やりますっ! やりますとも! 私にお任せください!!」
村長はめっちゃやる気を出していた。息子の従士推薦は実際のところ人質代わりなんだけど、地獄からの生還でテンションがおかしくなっていた村長は張り切っていた。
「いやぁ、助かります。助かります。頼るべきは村長さんたちですなぁ。よろしくお願いします」
持つべきものは協力的な村長さん。
こうして、年明けまでかかると思った最大の難関であった租税基礎台帳の作成は、説得された協力的な村長さんたちが、次々に自分の村の目録を差し出し、非常に友好的な雰囲気で進んでいくことになった。
ただ、ブレストだけが怒り狂っていたが、有り余った怒りのエネルギーは別のことで利用させてもらうことにした。







