004
「アルベルトは妾だけじゃ不満なのか? かわいい女の子が欲しいというなら、側女も付けてやるぞ。ああ、そうか。金が欲しいのか。傭兵団も昨今は金欠でのう。昨日も捕虜を逃がして出費だけが嵩んだだけなのじゃ」
「そ、そうではなくてですね。私は神官としてどっか大国の官僚になって、甘い汁をタップリと吸って、貴族の入り婿なって領地でのほほんと暮らす予定だったのですよ。それが……」
「なんじゃ、アルベルトは貴族になりたいのか? ならば、情夫ではなく、妾の婿になれば万事解決じゃな。叔父上がブチ切れるかもしれんが、妾はれっきとしたエランシア帝国のエルウィン女男爵じゃ。魔王様より直接に叙任された子飼いの貴族なんじゃぞ」
この数年で周辺諸国に威名を響かせた『エルウィン傭兵団』の女頭領マリーダが、俺の故郷アレクサ王国と国境争いを常にしているエランシア帝国の貴族だと知って目が点になる。
確かに最初から家名を名乗っていたが、本当に爵位持ちの貴族だとは思わず、依頼主の貴族たちに侮られないために自称していた家名だと思っていた。
「え? あの? マリーダ様がエランシア帝国の女男爵って本当なのですか?」
俺が問い返すと、マリーダが少し困ったような顔をして言葉尻を濁す。
「う、うん。まぁ、その。あの。一応な。一応、貴族なのじゃぞ。妾は」
少し妖しい気配がしたので、追及するような視線をマリーダに送り込む。
「ううぅ、そのような懐疑的な眼で見るでない。妾は少しやんちゃをし過ぎて実家を放逐されたと言いにくいではないかっ!」
はい、ゲロりました。貴族の出自であるものの、現状は貴族ではなさそう気配であるようだ。
普通に考えれば、女性の身で爵位を持つ貴族様が敵国で傭兵団の頭領なんかしていれば、何か事情があるに決まっている。というか普通の令嬢は傭兵団なんか率いないでしょ。
「怒りませんから、なんで、マリーダ様がこの国で傭兵団を率いているのかだけ聞かせてくださいよ」
ウッと言葉に詰まった様子のマリーダが、しばらく逡巡の表情を見せていた。
「本当に怒らぬか?」
「ええ、怒りませんよ」
「本当に、本当に怒らぬか?」
「ええ、絶対に怒りません」
「なら、話してしんぜよう。妾がこのアレクサ王国で傭兵団を率いることになったのは、魔王陛下から勧められた禿デブの婚約者殿を半殺しにして実家に送り返したら、叔父上が逆上して実家から放逐されてしもうたのじゃ。兵たちは実家を追い出された妾を心配したエルウィン家の家臣どもでもある。実家を追い出され、食い扶持稼ぎにアレクサ王国で傭兵団を結成して今に至っておるのじゃ」
だ、駄目だぁあああああぁあぁっ! この人、駄目な人過ぎるぅううう。魔王陛下って帝国の皇帝のことだし、その人が勧めた婚約者を半殺しにして出奔するとかどういうことぉおおお?
「はぁああああああぁあ」
「な、なんじゃ。その深い、深いため息は。妾のこと馬鹿とか思っておるじゃろう! だがな、妾は面食いなのじゃ。生理的に禿デブは受け付けぬのじゃ。触れられた時に反射的にこぶしが出て、気が付いたら相手が血だらけで転がっておったのじゃ。妾のせいではない。不可抗力なのじゃ」
俺の身体の上に跨っていたマリーダが、ポコポコと軽くお腹を叩いてくる。
その姿はとても年上の女性とは思えないほど、幼稚であるが……。あるんだが、恥ずかしがって照れているマリーダがとっても可愛いと思ってしまった。