031
「採用。ミレビス殿はこれよりマリーダ様の私的従者として、私の部下となってもらう。これよりエルウィン家の各種資料を作成する手伝いをせよ」
採用を告げるとミレビスの顔が驚きに彩られていた。即決されるとは思っていなかったのだろう。
けれど、有能な文官候補は見つけたら即決採用していくことに俺は決めていた。年齢、性別の差別もなく、人格破綻者でなければどしどし採用する予定だ。
裏を返せば、それほどまでにエルウィン家にはそういった業務に長けた者がいないのである。
「はっ! はぁ!? 即決ですか?」
「ああ、今後は私が上司だからミレビスと呼ばせてもらう。よろしく頼むぞ」
「え! ええ。まぁ、それは構いませんが……ご当主様の許可は……」
「内政に関しては私に全権委任をされている。任命書を書いて明日には正式な書類を渡せるはずだ。だが、業務は今日から手伝ってもらう。それと、今まで通りに農村代表者からもらっていた俸給は引き続きもらっていい。そこにエルウィン家の従者としての俸給が加算されると思ってくれ」
「えっ! 別枠で俸給をもらえるのですか!」
「だが、その分仕事が激増すると思ってくれ。エルウィン家の現状を知っているミレビスならこの各種資料作りが地獄の行進だと理解してくれていると思う。そのための俸給二重取り許可だから」
俸給を二カ所からもらっても良いと言われたミレビスの顔色が即座に変化した。
自分たちが行うべき作業量を脳内で把握したのだろう。
考えられる作業量に対しての俸給は二重取りしてもスズメの涙だというしかない。もちろん、各種資料が完成したあかつきにはマリーダによってミレビスを正式な家臣の一人として採用してもらうつもりでもいる。
万が一文句が出るようであれば、ミレビスが歩むであろう同じ地獄の行進を経験させてやれば、いかに彼が勇者であるのかが理解できるとはずだ。
鬼人族は武勇を貴ぶ。彼らは武芸の凄さや力の強さを貴ぶのではなく、困難に挑戦する心と何物にも怯えない勇気を貴ぶのである。
だが、そういったことは平時の城でも起きていると、彼ら鬼人族に理解させてやればいい。
平時の文官は筆をもって困難な仕事に立ち向かっていると理解すれば、ミレビスを始め、今後文官として採用される者たちを見くびる者は出なくなるはずだ。
「承知いたしました。これより、アルベルト殿の部下として職務に精励することを誓います」
ミレビスは俺の前に跪くと胸の前で手を拱手し部下になることを誓っていた。
「よろしく頼む。早速だが、まずは腐りかかった倉庫内の糧食を何とかしようと思う。売却先に心当たりはあるか?」
「ははっ! 陳情書でも申し上げた通り、期限の近い物は酒保商人に値を付けさせて引き取ってもらうのがよろしいかと。城下にいる酒保商人に声を掛けます。値付けはいつ頃させましょうか」
ミレビスは売却先となる酒保商人たちとも伝手があるようで、彼らを呼んで倉庫内の売却商品に値を付けさせるつもりらしい。
どうせなら、この際に倉庫の整理もしておきたいな。余っている筋肉を動員してやるとするか……。
俺はこの機会を使って、長年の放置のツケが溜まってブラックボックス化している倉庫を徹底的に改めることにした。
「よし、明日から鬼人族に鍛錬と称し、倉庫内の物を広場に全部搬出させよう。何一つ例外なく全てだ。三日で空にさせるから、その間並行して残す物と売却する物、廃棄する物に分ける。酒保商人にはその間に値付けをしてもらうことにする」
「明日から三日ですか! 鬼人族の方々が倉出しのお手伝いするとは……」
「大丈夫だ。『鍛錬』と頭に付ければ彼らは喜んで倉出しを行ってくれるからな。そちらは私に任せてくれ。ミレビスは早急に酒保商人に連絡を頼む」
「は、はい。承知しました」
こうして、俺は魔窟と化したアシュレイ城の倉庫を徹底的に整理整頓することに決め動き出すことにした。







