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「ふぅう、やっと終わったのじゃ。アルベルト、妾は今日は政務をせぬ。鍛錬をしておるから、後は任せた」
俺が本日分の最低限度とした決裁資料に印章を押し終えたマリーダが、仕事をやりきった感を前面に押し出して額の汗をリシェールにふき取ってもらっていた。
仕事といっても俺が精査した書類で今日中の決裁が必要だった一〇枚ほどの書類に印章を押す仕事なのだが、マリーダは三度失敗し、一〇枚の決裁書類を作るのに一時間以上は経過していたのだ。
「仕方ありませんね。最低限はクリアしたので、鍛錬に行かれてよろしいですよ。また明日は一枚分は限度を増やしますけどね」
「鬼ー、悪魔、変態、アルベルトは妾が苦しむ姿を見て悦に入るえっちい男なのじゃー」
「うむ、マリーダ様の困る顔は最高のご馳走ですな。これで夜のお仕事も捗りそうです」
「アルベルトのアホーーーっ! 妾は鍛錬に行くのじゃー」
ちょっとだけマリーダをからかったら、目に涙を浮かべて大広間から脱兎のごとく逃げ去っていった。
「こちらの仕事も目処をつけるまで頑張るか。リシェールはマリーダの面倒を見ておいてくれるか」
「心得ました。アルベルト様、昼食はこちらでお取りになりますか?」
「そうしてくれるとありがたい」
リシェールが承諾の一礼をすると、マリーダを追って中庭に続く通路に消えていった。
一人になった大広間の政務の机の上にはまだ多数の決裁待ちの書類の束がうず高く積まれていた。
かなり減ったが、この量を俺一人では結構大変かもしれない。
どこかに有能な事務官いないかなぁ。鬼人族以外の人材欲しい……。
「よし、やるか」
現状は俺一人しかいないので、諦めの境地に達して積み上がった決裁待ちの書類の束を一つ手に取る。
手に取ったのは農村の村長からの陳情書で、アシュレイ城の水堀にも使用している河川から開墾用の水路建設をして欲しいとの要望だった。
鬼人族がいくさのために作った詳細な領内の地図から農村名を探し出す。言い忘れていたが鬼人族はいくさに関することだけは超一流の職人集団なので、戦時に使用するための周辺地勢図、領内の拠点地図、裏道まで載った街道地図などはアレクサ王国で軍用に使われる地図とは比べ物にならないほどの精密さで作られているのだ。
これほどの詳細な地図を作れる知識があるのに、それが内政に直結しないのが鬼人族なのである。要はいくさ道具として必需品だからと戦闘技能を高めるような感覚で特化した者がいて、その技術が後任者に伝承されているのだ。
後、管理には向かないと思われる鬼人族であるが、武具の備品管理『だけ』は太鼓判を押せるほど綿密な管理をしており、誰がどの武器を貸与され使用しているか、破損品の補填はされているか、矢玉の補填はされているかなど詳細過ぎる帳簿の存在をブレストから見せられた時は、『なんで、それが内政においてできないんだっ!』ってグーパンチで突っ込みたくなったが痛いので自重した。
つまり、鬼人族は『戦闘に関連する技能・知識においては一級の技能を持つ者がいる』だが、その技能は『戦闘とそれに付随する状態のみ』でしか発揮できない種族らしい。
なんとも難儀な種族である。応用が利かな過ぎてマジ、めんどくせえ。
そんな、鬼人族謹製の詳細地図で目的の農村を発見すると、陳情書に書かれている水路の重要性が理解できた。
この水路はこの辺一帯の収穫量を激増させることになるか。城より上流域だが、あの河川の水量であれば、大規模水路でない限り、こちらへの影響は少ないだろうな。
村長の陳情書を読みつつ、水路建設の重要性を考える。この世界、食い物はいくらあっても困らない。余れば街で売って金に換えればいいしな。城下の交易商人たちが食料不足地域に行って売り捌いてくるだろう。
陳情書には水路建設の日数と人夫の数、かかる予算までほぼ俺の推定した金額に近い額が算出されている様子であった。
この村長はわりと使えそうな人材かもな。名前メモっておこう。
内政に関しては領内の有為の人材を拾い上げないと、俺の仕事量が膨大になりすぎるので、ちょっとでも使えそうな人物は名前をチェックしておく。







