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しばらく無言の時間が続いたが、やがてブレストは手にしていた槍の力を抜き、家臣の方へ投げ渡すと大笑していた。
「だぁははははっ!! さすがあのじゃじゃ馬を飼い慣らした男。面白いことをいう男だっ! どうだ、あの馬鹿姪は女としては絶品であろう。すこしばかり色欲が強いがな。気立てはいい女だ。お主がきちんとあやつの手綱を掴むのであれば、ワシは当主の座を譲っても良い。正直なところ領主など柄じゃないからなぁ。マリーダが継ぐまでは兄者に任せておったしのぅ。めんどうな内政などに煩わされずにいくさに集中させて欲しいのがワシの本音じゃ。お主がキチンと舵取りとマリーダを調教してくれるのだろう?」
大笑しているブレストは、マリーダから譲り受けた当主の座が嫌だったらしく、彼女の当主復帰及び、俺がエルウィン家の内政を預かることになり喜んでいるようであった。
あれ、反マリーダの急先鋒でしたのよね? 貴方は。
「ブレスト様はマリーダ様を嫌っておられるのではなかったのですか?」
「エルウィン家の家臣であのじゃじゃ馬を嫌っておる奴はおらぬわ。あやつはいくさ場の申し子であり、いくさ女神みたいな存在だしな。ただ、皆が甘やかし過ぎるのでワシは少し厳しめにしておっただけだ。それも、これで終わりだな。じゃじゃ馬の調教はお主に任せる。マリーダが寄越した書状には、あの野生児がお主の言うことだけはキチンと守ると書いておるし、ステファンからもおぬしの話は聞いておる。もちろん、魔王陛下からもな。わがままな姪だがキチンと調教して一門の武将にしてやってくれ。もちろん、ワシも手助けはするつもりだ。さて、マリーダには早馬を飛ばしてあるから、今からは奥で飲むぞ」
ブレストは俺の肩に手を回すと、大広間の奥にある領主のプライベートスペースへいざなっていった。
あまりの急展開に目が点となるが、えーっと、つまりこれはブレストはマリーダの当主復帰を認めるということなんだよな。
プライベートスペースに入ると、俺と同じくらいの年恰好をした鬼人族の男とその母親と思われる豊満な身体付きをした女性が出迎えてくれていた。
「この方がマリーダの婿様になる子なのね。ちょっと線は細いけど。あの色欲魔人のマリーダをコマしたとは……。人は見かけに寄らないのね」
「だはははっ。フレイ、味見しようとか思うなよ。あのマリーダが怒り狂うらしいからな」
「あら怖い。マリーダが男一人に執着するなんてね」
ブレストがフレイと呼んだ美人顔の熟女鬼人族がチラリと俺を見ていた。基本的に鬼人族の女性は女性らしいラインに豊満な身体付きをした者が多く肉感的な魅力溢れているのだ。
「マリーダ姉さんがねぇ。こんな痩せっぽちで満足するとは。世の中は不思議に満ちてるな」
若い鬼人族の男が感心したような顔でこちらを見ている。その目はまるで珍獣を見るような奇異な視線を帯びていた。
「えーっと、こちらのお二方は?」
ブレストに不躾な視線を送る二人の紹介を求める。
「すまん。すまん。ワシの嫁のフレイと息子のラトールだ。マリーダから見れば叔母と従弟に当たるな。これからは親戚筋になるんでよろしく頼むぞ。なにせ、エルウィン家直系では三代ぶりの異種族だからな。しっかりと子作りも励めよ。マリーダは身体も丈夫だから一〇人くらい仕込んでいいぞ」
「あら、羨ましいわね。うちももう三人くらい仕込んでよ」
ブレストの妻であるフレイが、旦那の腕をつかんでしなを作っていた。息子もわりと大きいのに夫婦仲はなかなかにお熱い限りであった。
「子供はぼちぼち頑張って仕込ませてもらいますよ。ご挨拶が遅れました。マリーダ様の婿として今後お世話になるアルベルトと申します。フレイ様、ラトール殿も以後お見知りおきを」
一応、貴族の間で一般的な儀礼挨拶を送った。
「うちは貴族とはいえ、末席だからね。それに鬼人族は粗雑だからと他の貴族からも嫌われてるし、貴族付き合いはマリーダの姉が嫁いだステファンのところだけだから、気楽にしてもらっていいわよ」
「母さんの言う通りだぜ。うちは礼儀を重視しない家なんでな。オレのこともラトールと呼び捨てでいいぜ。どうせ、同じくらいの年だろ。そうだ、母さん。酒を出さないと。親父、今日は飲むんだろ」
鬼人族の祝いに酒は欠かせないようだ。マリーダも強いし、傭兵団の連中も酒を好む連中ばかりであった。
どうも鬼人族は飲みニケーションを重要視する種族らしい。
「ちょ、ちょっと。俺はそこまで強くないですからね。強いのは駄目ですよ」
「ワハハっ! 大丈夫。緩めの酒も準備をしておる。酒でアルベルトを使い物にならなくしたら、マリーダに半殺しにされるからな。安心しろ。あと、ワシの嫁の料理は美味いぞ」
「あらー。旦那に料理を褒めてもらっちゃった」
息子と客の前でお熱いことで……。
イチャつく両親を見たラトールがあきれ顔をしているが、いつものことなのだろうと思われた。
こうして、俺はマリーダの叔父であるブレストに当主交代の約束を取り付けることに成功し、二日後に到着したマリーダがエルウィン家当主の座に帰り咲き、当主だったブレストには筆頭騎士として家臣団を取りまとめる重鎮に就任してもらうことで新体制を発足させることに成功した。
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