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事態の把握ができず呆然としていると、同じ湯に浸かっていたリシェールが補足の説明をしてくれた。
「つまり、こちらの蛇身族と言われるラミアさんたちが、ラルブデリン領ができる時に移住されてきたそうです」
えーっと、蛇身族のラミアって夢魔族のサキュバスたちと同じくらいレアな種族だったはず。
女性の頭と上半身に蛇の下半身を持ってて、女性しか生まれず、他種族の男性から種をもらって生む種族。
成人すると寿命を終えるまで容姿が一切変化しないとかってチート種族だった気がした。
「えっと、蛇身族のラミアさんたちがいたというのは理解したけど。なんで一緒に風呂に入ってるのさ?」
「それはわたしからアルベルト殿にご説明させてもらいます」
マリーダの隣で胸を揉まれていた蛇身族の女性が口を開いた。
「君は?」
「わたしはユミナと申します。この地の蛇身族を束ねる者とお見知りおきください」
長く綺麗に整えられた金髪で、色白の肌をした妙齢な女性が頭を下げる。
「エルウィン家家老、アルベルト・フォン・エルウィンと申します。先ほどからの話。私に理解できないことが多く詳しい説明を頂けると助かります」
「承知しました。わたしたち蛇身族は、繁殖地を失くし彷徨う中、数を減らしていた時、この地の初代の領主様と出会い、この秘密の浴場で領主様たちを接待することを契約条件に領内の居住を許されていたそうです。その契約は次代からずっと引き継がれ、屋敷を訪れたマリーダ様にも提案をさせてもらい、承諾されたということです」
「契約の件は理解したが、そこまでしてなぜこの地に拘るのさ。他にもっといい場所はあるだろ?」
「わたしたち蛇身族は人族やその他の種族と違い、繁殖に温かな湯が必要で、温泉の湧くこの地は繁殖に最適の地なのです」
ほぅ、そんな理由があったのか。
エランシア帝国に在住する亜人種たちを網羅した資料本にも目を通したことはあるが、レア中のレアな蛇身族に関してはほとんど詳細な情報が載ってなかったな。
体半分が蛇だから体温調整ができず、温かい場所を好むって性質がありそうだ。
「お恥ずかしい話になりますが、前の領主様が亡くなられて数ヵ月。わたしたちは、人様の精力を糧に生きておりましたのでその空腹ということもあり――」
ユミナの視線の先を辿ると、消えたはずの護衛兵とワリドが温泉の中で美女たちに絡みつかれて昇天していた。
「あれは、命に別状はあるのかい?」
「そのようなことにならぬよう、こちらも気を付けております。糧を得る方が亡くなられてしまってはこちらも困りますし、糧として頂く精力はほんのわずかです」
そりゃ、そうか。
一瞬、領主怪死の原因は彼女たちとの情事が激しすぎて、逝ってしまったのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
「ただ、この洞窟風呂で気を失われる当主様が多くいまして。夜中、使用人の方々が寝静まったらわたしたちが寝室にお連れしていたのですが……」
えっと……つまり。
彼女たちの言ってることを総合すると、換気の悪いこの洞窟風呂でキャッキャウフフしてたら、当主たちが気絶したから彼女たちが寝室に運んでたって話か。
まさかだけど、蛇身族って硫化水素に耐性があるのか?
気になった俺は、ユミナに質問してみた。
「もしかして君らは、この『卵の腐った匂い』分かる?」
「匂いですか? してますか? 全く分かりませんが……」
やはり、彼女らは硫化水素の匂いに鈍感みたいだし、意識を失わないということは耐性がありそうだった。
ってことは、怪死事件の顛末としては、洞窟の入口付近の風向きが悪い時に彼女たちとキャッキャウフフしてた領主が硫化水素の中毒死したのを気絶したと勘違いしたため、寝室のベッドに戻してたって話らしいな。
ホラー案件かと思ったが、色んな要素が絡み合って、歴代当主や代官たちの突然死が発生していたということだ。
あー、マジでゾンビとか出てこなくて、美女軍団でよかったー。
俺がホッと安堵の息を漏らすのと対照的に、マリーダはニヤニヤとエロオヤジ顔を晒してご満悦だった。
「アルベルトも心配性じゃのぅ。蛇身族たちとちゅーすると、妾の滾ったものがすっきりするのじゃ。ほれ、このようになぁ」
隣にいたユミナの顔を手で抱き寄せると、マリーダが唇を重ねていた。
重なった唇から淡い光がユミナに吸い込まれるのが微かに見える。
アレが精力を吸ってお食事をしてるってことか。
「ぷはぁ、いいのぅ。よきものじゃ」
「マリーダ様の精力は濃ゆいので、本当に少しで空腹が満たされてしまいます」
ユミナのお腹が妊娠したようにポッコリと膨らんでいた。
妊娠というより、食事をしすぎてお腹が出たということだろう。
「マリーダ様が気に入られたら、契約に関しては私も問題ない。以前の領主と同じように居住は認めましょう」
「ありがとうございます。では、アルベルト様やお連れの方も温泉に浸かっていってください。この地の温泉は美肌と滋養強壮に効果があるとされていますので」
ユミナが指を鳴らすと、わらわらと裸の蛇身族が寄ってきて、服を脱がしていく。
「あ、あたしは大丈夫だからぁー。いやー、めくらないでぇ」
「私も妻がある身。他の女性と風呂には――」
ミラー君やクラリス、その他の護衛兵が抵抗を示すが、蛇身族は器用に下半身を絡みつかせて、服を脱がしていく。
もちろん俺はされるがままに服を脱がされていた。
彼女たちは他種族の男性から種をもらわないと繁殖できないって言ってたな。
どうせなら、貴族や富裕層の男性向けサービスのお手伝いしてもらおうか。
彼女たちは糧と繁殖の種を得られ、男性はバカンス先で美女の接待を受け満足を得られるって両得だしな。
客トラブルになっても、蛇身族はうちの護衛兵を軽くあしらえる能力持ってるし大丈夫な気がする。
裸にむかれ湯に浸かると、ユミナの隣に行き、考えついた提案を伝えてみた。
「ユミナ殿、居住するだけでは色々とご不便もあろう。よろしければ、我がエルウィン家が建設を予定してる施設で働く気はありませんか? もちろん、給金はきちんとお支払いいたします」
「わたしたちがですが?」
「ええ、うちはこのラルブデリン領に貴族層や富裕層向けの温泉施設を作ろうという計画が上がっています。そこの施設職員をしてもらいたく」
「温泉の施設ですか。私たちは何を?」
「今まで通り、入浴者の接待をしてもらうだけでいいかと。もちろん、糧となる精力は吸い取ってもらって大丈夫です」
「今まで通りですか」
「ええ、客に気に入った方がいたら種をもらうこともできますしね」
ユミナの表情が変わった。
数を減らした一族の繁栄を取り戻す可能性を示されたことに気付いたようだ。
「本当によろしいので? わたしたちの種族は人様の精力を吸うと言われ、人族から迫害された過去があるのですが」
「街からは少し離れた場所に施設を作りますし、利用者を限定し、蛇身族のことは堅く口止めをします。あと、この洞窟風呂よりは住みやすい住居も準備させますので」
この場所で客を入れて接待するのは、非常に危ないので新設の施設は開放型の温泉を作ることにしよう。
男性は美女の接待、女性は美容、さらに健康にもいいってなれば、温泉施設はすぐに帝都の貴族たちの噂の的になるはずだ。
「よろしいでしょう。わが蛇身族はエルウィン家の作る温泉施設の職員として働かせてもらうことにします」
「それはよいのじゃ。それと、これは妾のお願いなのじゃが、ユミナの子供を一人世話係の女官として側に置きたいのじゃ」
「マリーダ様のお側に娘をですか?」
「そうなのじゃ。妾は蛇身族の将来を心配しておる。妾のもとに世話係として来てくれれば、アルベルトの種は取り放題なのじゃ」
なぜ、俺の許可を得ずに可愛い子を世話係にする出汁とて使うのだろうか。
まぁ、反対する気ないけどさ。
アシュレイ城は暖かい地域だし、繁殖に温かい湯が必要なら沸かせばいいしね。
「ご当主様の世話係に。そのように手厚くしてもらえるとは……。でしたら、末の娘であるエミルをお連れ下さい。きちんとしつけはしておりますので粗相はないはず。エミル、こちらへ」
ユミナが奥にいた赤毛のラミアを手招きする。
容貌は母親のユミナに似て、整っており身体はマリーダが好む肉感をしていた。
「ほほぅ、これはよさげな子じゃのぅ。エミルと申すか。こちらへ」
マリーダに手招きされると、エミルは隣に侍る。
完全に獲物を見つけた野生動物の目をしてるな。
さすがの蛇身族も性欲大魔神のマリーダにかかれば、色々と大変だろうと思う。
ケアは俺がしておかないとね。
それからしばらくラルブデリン領の屋敷に逗留し、ユミナやエミルたちとキャッキャウフフとしながら、詳しく蛇身族が棲んでいた洞窟風呂の周辺を探ってみた。
調べた結果、洞窟風呂の出入り口近くにあった蒸気噴出口から出る硫化水素を含んだ蒸気が、風向きによって洞窟に流れ込むのを確認できたため、領主の屋敷は温泉施設ができ上ったら取り壊すことが決定。
代官を置く屋敷は、新たに街から外れた場所に作る温泉施設に併設する案を出し、それまでは今回の逗留でタップリと精力を吸ったユミナたちに屋敷を自由に使わせておく。
とりあえず街の住民たちには、屋敷は感染症にかかる恐れがあるので近づくなと布告を出しておいたので、近づく者はいないと思われ、トラブルにはならないと思いたい。
こうしてホラー案件だった調査を終え、俺たちはエミルを伴いアシュレイ城へ帰還することにした。







