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帝国歴二六四年 カンラン石月(八月)
先月は伯爵家叙任に関して多大な出費を強いられた。
だが、俺も転んでもタダでは起きない男。
承認への挨拶回りを利用して軍馬の販売業と競馬事業の利益はある程度確保。
エルウィン家の内証を豊かにする施策については怠ることなく邁進中だ。
で、今はクラリスとワリドに調べさせていた例の飛び地の領地の報告書を読みながら頭を抱えているところ。
ラルブデリン領の問題点、その一。
帝都に作られているエランシア帝国資料館にある貴族名鑑で調べたところ。
ラルブデリン領が領地化されて五〇年。
その間に領有した貴族家八家あり、当主や統治代行のため派遣された代官二〇名が突然死している。
年齢もまちまち、若い人から年寄りまで館の寝室で死んでいるのが発見されいるそうだ。
早い人は一年、長くて四年くらいで突然死している。
暗殺とかそういった類のことではなく、健康上の問題もない人が大半なので、突然死としか言えない。
怖すぎるホラー案件付きの領地なのが問題点として第一の障害。
ラルブデリン領の問題点、その二。
絶望的に収益が上がらない領地であることが発覚したこと。
領内の主要産業は観光と林業。
森や湖もあって、夏でも涼しいが、帝都から馬車で三日以上かかるうえ、主街道から外れた高地にある領地のため交通の便が悪い。
なので、観光の主な客層は近隣の富農か職人くらいで、大きなお金を落とす貴族層や商人層の観光客はほとんどいないらしい。
林業の方も近隣に大規模な都市がないため、建材としての木材需要は少なく、炭焼きをメインにしてるそうだ。
大きな産業もなく人口六〇〇名くらいということもあり、前年度の税収は帝国金貨一〇〇枚くらいだとの報告を受けた。
防衛拠点としてのヒックス領とためを張る収益性のなさと、飛び地という管理の手間を考えれば、お荷物としか言えない領地だ。
まぁ、でも問題だらけでももらったものにケチをつけるわけもいかず、色々と調べさせてたわけ。
おかげで、収益改善には光明も見いだせている。
収益改善の鍵となるのは、領内にあるフィナ山の活用だ。
彼の山は活火山で、七五年前に噴火した噴火口が山の麓にある火口湖となっていた。
つまり、あの領地には地下に熱源があって、その上に湖がある。
そう、温泉噴出の地形的条件を兼ね備えた土地なのだよ!
だから温泉の存在を調べてもらっていたが、やはり湧出してる箇所は多数あるけど、温泉は地元民しか使っておらず、観光客は湖での水遊びとか舟遊びとかしかしてない。
ラルブデリン領の収益改善案、その一。
温泉施設の建設により、冬季の観光収益を向上させる。
寒い時期でも人を集められる施設があれば、通年を通しての収益性は上がるものと思われた。
貴族層や富裕層に対し、温泉の及ぼす美容や健康効果を伝えれば、大挙して押し寄せる強烈な吸引を発すると思われた。
どうせなら、山の民の香油を使ったリラクゼーション施設まで併設してもいいかもしれない。
美容と健康は、金を持った者の大半が要求するものなので、大きな収益をもたらせてくれると思われる。
客層が変われば、落ちる金の額は一桁、二桁変わるし、人気化すれば高級路線の施設とともに、少し外れた場所に低価格路線の施設を出して庶民層も取り込みたいところ。
施設の落成式典に元凶になった魔王陛下を招待するくらいはしてもいい気がする。
ラルブデリン領の収益改善案、その二。
温泉の湧出があれば、周囲に蒸気噴出口もあると思われるので、硫黄の入手ができる。
硫黄は火薬の製造原料にもなるし、どこかで手に入れる必要があったが、活火山のあるラルブデリン領ならいくらでも手に入れることができるはずだ。
それに炭焼きの木炭もあれば、黒色火薬原料の絶好の仕入れ先となる。
あとは、豊富な硫黄と木材を使って、種火から火を移す時に使う附木の製造販売をすれば、さらなる収益向上が確保できるはずだ。
未活用資源を活用すれば、ラルブデリン領もかなりの収益をあげる領地に変貌しそうな気配を見せている。
以上の二点が実行されれば、大事な娘に継がせるエルウィン分家の領地としても、それなりに立派になると思うのでパパとしては頑張りどころだ。
そのために第一段階として、怪死事件の舞台になってる領主の館の調査を終わらせないとな。
「マリーダ様、明日からちょっとラルブデリン領の視察旅行に行こうと思うのですが……」
怪死が続く領地の調査にいくため、リシェールに文句を垂れつつ、決裁をしていたマリーダに声をかけた。
「なんじゃ? 妾はノルマの消化で忙しのじゃ。あの領地はアルベルトにくれてやった地だから好きにしてよいと言うておろう」
「その決裁はしばらく放置しても大丈夫なので、できれば一緒に視察旅行についてきてもらえるとありがたいのです」
「えー、面倒なのじゃ。決裁を溜め込んだら、リシェールを使って妾にあんなことやこんなことするつもりなのじゃろ。その手には乗らぬのじゃ」
どうやら最近になってこの地上最強生物は知恵をつけたらしい。
ホイホイと応じていたら、そうしようかと思っていたが、知恵をつけた相手が渋ったので飴を用意することにした。
「クラリスやワリドに調べさせたところ、どうやらラルブデリン領には未確認生物が棲んでるようでして……。私や護衛兵の手には余るかと思い手伝いを――」
「行くのじゃ! アルベルト、明日などと悠長なことを言っていたら未確認生物が逃げてしまうのじゃ! すぐに出立の準備を!」
未確認生物が本当にいるかは知らないけど、とりあえず与えた飴に食いついてくれた。
「アルベルト様、マリーダ様がまた政務を溜め込みますよ。いいんですか?」
「まぁ、今年はいくさも今のところないし、マリーダ様の決裁が必要なものはあまり溜ってないんで大丈夫さ」
それよりも物理除霊装置として、地上最強生物のマリーダにはついてきて欲しいというのが、俺の本音。
はぁ~ホラーとかマジで苦手なんだよっ!
「リシェール! 早く支度をするのじゃ! 旅行なのじゃから、妾の身の回りの世話をするそなたも一緒についてまいれ」
「え? あたしもですか!?」
「フリンやカランは子どもたちの世話で忙しい。リシェールは妾の世話をしてるから暇になるのじゃ。だから視察旅行についてくるがよい」
明らかに滞在先で自分の世話をしてくれる人がいなくなるのが、面倒くさいという下心が見え透いているな。
まぁ、温泉もあるみたいだし、嫁と愛人連れてしっぽり避暑地へ温泉旅行も悪くない。
「はいはい、承知しました。すぐに準備いたします」
リシェールはマリーダを伴い政務室の奥の部屋に向かうと、荷造りを始めた。
俺はその姿を見送ると、傍らにいたリュミナスとイレーナに指示を出す。
「とりあえず、俺とマリーダは二〇日ほど空けるから防衛戦闘に関してはブレスト殿に判断を仰いでくれ。その他諸々はイレーナに任せる。謀略関係の情報はリュミナスが取りまとめて、随行するクラリスとワリドに送ってくれるよう手配を頼む」
「承知しました。内政はわたしが取りまとめますし、謀略関係はリュミナスちゃんに手配してもらっておきますが……その、軍事に関してはブレスト様を制する人が……」
筆頭家老というエルウィン家の重鎮を抑えられる人材は見つけてあるので、イレーナにそっと耳打ちをする。
『ブレスト殿がわがまま言うなら、アイリアを頼れ。彼女ならブレストの妻フレイとともに手綱を握って止めてくれるはずだ』
いくさ場の鬼も、息子の幼い嫁には弱いらしく、少なくとも彼女の前では親子喧嘩もしなくなってきてるらしい。
それに奥さんのフレイもアイリアを溺愛してるから、二重の意味でストッパーになってくれる人材だった。
「承知しました。そのように処置いたします」
「じゃあ、よろしく頼む」
物理除霊装置のマリーダの同行も決まったし、護衛兵はミラー君に指揮を執ってもらい二〇名くらいで乗り込んでいくとするか。
屋敷の調査に行って、ゾンビとかに襲われるとかは勘弁して欲しいが……。
はぁ~、マジでこえぇ~。
出立の準備を整えた俺たちは一路北の地にあるラルブデリン領に向かうことにした。







