生徒会担当教諭はエドワード先生に
セシルが少し成長して15歳です。
ある日の放課後。教師の準備室近くの廊下にて。
「あれ? トウアさんじゃないですか。お久しぶりです」
「セシル様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「はい、ありがとうございます。兄も元気にしていますよ。またお会いしたいと言っていました」
「私もぜひお会いしたいです。よろしくお伝えくださいね」
ニコニコと和やかな会話をしていると、エドワード先生がやって来た。
「すまないトウア、待たせたな。ん? 君はセシルか。トウアと面識があるんだな」
「はい。兄がお招きしたこともございますし、何度かお会いしていますので」
「そういえばカイルが兄だったな。雰囲気が違うからうっかりしていた」
「よく言われます。自分では似ていると思うのですが……」
「ふふふっ。お二人ともそれぞれとっても素敵ですよ」
「ありがとうございます」
ぼくはセシル。子爵家の次男で今年貴族学園に入学した一年生。
トウアさんは兄のカイルと同じ歳で三年間共に学び、生徒会役員をつとめていたこともあり、兄の親しい友人の一人だ。
「こんな所で立ち話もなんだから、私の部屋に来なさい。セシルはこの後用事があるのか?」
「いえ、用事は済ませた後なので大丈夫です」
「では、行くぞ」
「まず先に本題を済ませようか。トウアの教育実習についてだな。期間は二週間、日程は担当教諭によって決まるのでだいたい来月から三ヶ月くらいのどこかだ。頼みたい教諭がいるなら紹介するがどうする?」
「はい。ぜひエドワード先生にお願いしたいです。よろしくお願いします」
深々と頭を下げるトウアを見るエドワードの表情に「おや」となる。これはもしかして?
「わかった。お前なら心配ないと思うが、学生とはかなり違う。人間関係も色々、な。平民学園の方にも行くのか? 日程が重なると困るだろう」
「そうですね、平民学園の方は期間が決められていて……」
着々と話がまとまっていくのをお茶を飲みながら眺める。
そういえば、当時の生徒会の担当もエドワード先生だったと聞いた。ちなみに今の生徒会は違う先生だ。
だから親しい? 平民であるトウアさんが貴族学園での実習を頼むのだから、ある程度のコネがないと難しいのはぼくでもわかる。
生徒と担任、それ以上のか……
「待たせたな、セシル。こちらの話は終わったぞ」
「あ、すみません。ぼくお邪魔じゃなかったですか?」
「は?」
「どうしてですか?」
二人の関係について勝手に想像(妄想)していたため、つい余計なことを言ってしまった。
少し焦った感じのエドワード先生と、首をかしげるトウアさん。……先生、ファイトです。
「えぇっと、実習の日程とかぼくが聞いてしまってよかったのかと」
「あ、ああ、特に問題はない。話を広めたりはしてほしくないが、しないだろう?」
「当然するつもりはありませんが。トウアさんは先生になられるんですね。ぼくもぜひ教えていただきたいです」
きっと授業を受けていても癒されそうだ、なんて思わず口元をゆるめると、トウアが戸惑ったような顔をする。
「なにか失礼なことをいってしまいましたか? すみません」
「いえ、違うんです。私がすごく不誠実な気持ちになってしまっただけで……」
「どういうことだ?」
言いづらいことなのか視線がさまよっている。
「私、教師にはもちろんなりたいんですけど、文官になりたい気持ちもあって迷っていて。なので、教育実習が終わってから文官見習いもやってみるつもりなんです。経験すればはっきり決められるかと思って……すみません、こんな中途半端な気持ちで」
だんだん声も小さくなっていってしまった。そんなトウアさんに、呆れたようにエドワード先生がため息を吐く。
「なんだ、そんなこと当たり前だ。そのための実習だろう。まだ学生として学んでいる最中なのだし、迷っていても何も悪いことではないぞ。それで実習の手を抜くなら指導を入れないといけないがな」
先生にしては珍しくニヤリと笑って、トウアさんのおでこを小突いた。
そしてその後、優しい表情に変わる。
「それよりも、そんなに実習がつまっていて大丈夫か? すぐに無理をするから心配になる」
「ありがとうございます。なんだか落ち着きました。一つに決めきれていないのを引け目に感じていたので、これからは堂々と! 全力でやりますね!」
わぉ! いい笑顔ですね。笑顔を向けられた先生は爽やかに頷いていますが、耳が赤くなっていますよ。
これやっぱり、ぼくはいない方がいいんじゃないだろうか。
若干のむず痒さを感じて、またしても余計な口出しをしてしまいそうになった、その時。
コンコンコン。
「エドワード先生、よろしいですか?」
ドアの外から声がかかる。
ぼくは立ち上がり、目線で先生に確認をとってドアを開けた。
「あれ? ユーリス様?」
「あらセシル、先程ぶりだわ」
先程まで一緒に仕事をしていた姫様がそこにいた。
ぼくがトウアさんと会ったのもその帰り。
部屋の中へ促すと、「失礼いたします」と美しい挨拶をする。
「お話し中失礼いたします。エドワード先生にお願いがあって参りました。トウア様、お久しぶりでございます。お邪魔をして申し訳ありません」
「ああ、大丈夫です。何かありましたか」
「ユーリス様、お久しぶりです。私の話は済んでいますのでお気になさらないでください。エドワード先生、失礼します」
「では僕も失礼しますね」
トウアと共に部屋を出ようとすると、姫様に腕をつかまれた。
「お二人ともお待ちください。一緒に聞いていただきたいわ」
「姫様、今日はもう仕事したくありませんよ?」
「わかっているわよ。でもセシルにも関係がある話なんだもの。トウア様もいてくださると心強いですわ」
なんだなんだ?
「で、お願いとはなんですか?」
「わたくしが次の生徒会長に就任したらエドワード先生に担当していただきたいんです」
「なぜです? 今の担当教諭に不満があるのですか?」
「やるからには最良の仕事をしたいのです。そのためにも信頼している先生にお願いしたいだけですわ。それに、セシルも役員にしたいのです」
「はい? なんのことですか?」
通常生徒会役員は二年生後期〜三年生前期を勤める。兄様やトウアさんなどもそうだ。一年生がしゃしゃり出るなど聞いたことがない。反発も起きそうだ。
「ユーリス様、実行委員としてイベントのお手伝いはさせていただきますから。一年生で役員は荷が重いですよ」
「何を言っているの。わたくしの仕事を補佐するのにあなたほどの適任はいないわ。必ず選挙も勝たせてみせますから安心なさい!」
「いやいや、そんな力業……」
そんなこと言われて、うれしくないわけはないけれど。
姫様にとって、自分は特別なのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
「セシル様ならきっと大丈夫ですよ」
「……トウアさん、ちょっと面白がってません?」
思わずトウアを半眼で見てしまう。アナタそういうところありますよね。
対してトウアはにっこりと素敵な笑顔を返してくる。う、何考えてるかわからない笑顔!
「私が生徒会を担当していたのは、王太子様が会長をされていた時だけです。経験値でいえばそんなに頼りになるとは言えません。トウアも知っての通り、ほぼノータッチだったしな。期待される程のことをした覚えがありませんね」
「何をおっしゃっているんですか。それこそが素晴らしいんです。あれこれ口出ししたり伝統と違うだのなんだと文句をつけたりしない、間違っている時はきちんと注意してくださる。それが出来る先生がどれだけいらっしゃるか。あとは……わかりますよね?」
エドワードは「あー、まぁな」と、こめかみをさすっている。身に覚えがありそうだ。
たぶん派閥的なことも関係してくるんだろう。王族が絡んでくると、きっと。
「私もエドワード先生だったからこそ生徒会の仕事に集中できたと思います。他の先生方でしたら、きっと、色々言われたでしょうから」
「んー、そのために頼まれたのもあったからな」
「王太子様が頼んでくださったとお聞きしました」
「……正確には少し違うな。カイルに、探られたというか確認をとられたというか。頼まれた場合に支障がないかどうかな」
「え? 兄様ですか?」
「正式に依頼をしてきたのはもちろん王太子様だが、アイツがお膳立てしていたんだろう。色々理由はあったが、結局のところトウアの為だったのは分かり切っていたからな。私達が交流があったことは話してあったんだろう?」
「はい、確かに。でも……いえ、カイル様ならきっと」
あ! やっぱりトウアさんとエドワード先生はなにか繋がりがあったんですね! じゃなくて。
兄様が手を回した? しかもそれを納得しているみたいだぞ。
それって先生も王太子様も動かしたということだろうか?
なんだか家にいる時のイメージと違う。裏の顔とかあったりするんだろうか……
「では、了承を得られたということで、わたくしは次の計画に移ります。エドワード先生、よろしくお願いいたします。さ、セシル参りましょう」
最後も見惚れるくらいの美しい挨拶をして、なぜかぼくも連れて部屋を出る。
「し、失礼します」
あわてて挨拶をし、姫様を追う。
特別教室のある人気のない廊下の方へ曲がり、少し進むと立ち止まった。こんな所に用があるとは思えないんだけれど。
「ユーリス様?」
「…………」
いつもハキハキ言いたいことを話す(褒めてます)姫様には珍しく、視線を下げている。しかもこちらを見ない。ぼくは何か怒らせることしてしまったかな。
「セシルは」
「わたくしと生徒会をやりたくはないの?」
「へ?」
いつもなら無理矢理巻き込んで「これをやるわよ!」と持ちかけてくるのに。弱気な感じも珍しい。
「いつもなら、否定しないじゃない。一緒にやりたいと思っているのはわたくしだけなの? 本当はいつも嫌々従っていたのかしら。わたくしが……姫だから」
うわぁ……どうしよう。
「セシルは平気なのね。せっかく同じ学園に通っているのに学年が違うから全然会えないのに。理由をつけて呼び出して……そう思っているのは、わたくしだけなんだわ。面倒を押し付けられていると……」
言いながらどんどん落ち込んでいくように見える姫様と反比例して、ぼくはドンドン舞い上がるような気持ちになっていく。
なんだかドキドキしてきた。自分でも初めての感覚にうれしいような、でもちょっと逃げ出したいような不思議な状態だ。
これで、ただの子分に自分が困るから伝えてるだけとか言われたら、三日は休む。
「生徒会だったらいつも一緒にいられるのに」
どきゅーん!
もう降参です。
ぼくだってずっとずっと想っていた。でも望める立場でもないし、自分にそんな自信もなかった。
取り巻き扱いだとしても、他には誰もいない自分だけのポジションとして優越感を持っていたし。
いいのかな。少しだけ頑張ってみても。
胸を押さえて腰を折るぼくに気付いて姫様が振り返る。
顔が見えないのが残念だけれど、それよりも自分の顔が見せられる状態ではない。
「ど、どうしたの? 体調が悪かったの? だったら引き止めて悪かったわ」
心配そうにぼくの方へ伸ばした手を掴み、少し引っ張る。小さく「きゃ」て、ぼくの左肩あたりに顔が近付いた。
やばい。自分でやっておいてさらにドキドキが加速する。心臓が痛い。
少し顔を傾けて、姫様の左耳に向かって自分の決意を宣言する。
「ぼくも、ユーリス様と一緒にいたいので、絶対、生徒会役員に、なってみせますね。補佐役は、誰にも、渡しません」
全速力で走った後のような鼓動のせいで、とぎれとぎれになってしまったが、言いたいことは言えた。少しの達成感に目を閉じふーっと息を吐く。
急に苦しむように腰を曲げたセシルを心配していたユーリスが、突然耳元で吐息まじりに囁かれ、さらに息を吹きかけられた状態になっている。
これ以上ない程、顔を真っ赤にして立ち尽くすしか出来ないユーリスと、自分を落ち着けることに集中しているセシルは、しばらくその体勢のまま動けないでいた。
帰り際、トウアに目撃されていたのにも気付かぬまま。
きっと生温かい目で見ていたことでしょう。
読んでいただきありがとうございました。