if・・・2 セシルの心配
前回のif・・・の続き頃の話です。
姫様=娘の設定があるかないかだけの違いですが。
カイル弟、セシル目線です。
「セシル〜ただいま〜〜。ぎゅー」
ハートマークをいくつも飛ばしながら抱きついてくるのは、兄のカイル。
「兄さまおかえりなさい。お疲れさま」
背中をポンポンしながら労いの言葉をかける。
いつもの夕方の光景。学園から帰ったカイルをお出迎え。
「はー、ありがとう。疲れがとれるよ」
「ぼくにそんな効果はないですよ?」
腕の隙間から上目遣いで答えると、兄の顔がふにゃりと崩れる。
「ん〜〜! 可愛い! 天使! 癒される!!」
頭に頬をグリグリ擦り付けて何か言っている。いつものことだけど、けっこうくるしい。
ぼくはポート子爵家次男のセシル。年齢は13歳。兄は4歳年上で17歳。貴族学園の三年生だ。
兄は昔からぼくのことを可愛がってくれている。
もちろんうれしい事だけど、最近ちょっと大袈裟な気がする。ちょっと……すごく?
数ヶ月前、社交デビューパーティーで初めて王子様とご挨拶した時、「君がカイルの自慢の弟か。確かに可愛らしいな」なんてさわやかな笑顔で言われて、ぼくは本当に恥ずかしかった! それから可愛いと言われることにちょっとだけ抵抗を感じるようになってしまった。
「兄さまったら、ぼくもう13歳になりましたよ。可愛くなんてないですよ」
兄を引き剥がしながら頬をふくらませて抗議する。
すると、なぜか兄の顔がぱぁっと輝いた。
「かわいすぎる! あぁ、なんでカメラがないの? 写真に残せないなんて王国最大の損失だよ!」
ちょっと引きました。
兄は時々よくわからないことを言う。カメラってなんだろう?
まだ目の前で「アルバムがあれば家宝に出来るのに……」とかブツブツ言ってる。
「もういいから! 兄さま早く着替えてお茶を飲みましょう。待っていたんですからね」
「わかった。急いで用意するね」
今日は兄さまに聞いておかなければならないことがあるんだ。しっかり答えてくれるまで逃がさないようにしなくては!
「ごめんね、おまたせしました」
「兄さま来てくれてありがとうございます。今日はこちらに座ってください」
「え? お隣いいの? うれしいなぁ」
いつもは向かい側に座るのだが、今日は隣へと誘導する。よし、これで逃がさないぞ。
しばらくお茶やケーキを楽しみながら過ごす。少し落ち着いてきた頃、話を切り出した。
「そういえば今日、初めて王宮のお茶会に招待をされたんです」
「へー、珍しいね。僕は招待されたことなかったよ」
「ぼくも不思議だったんですけど、そこで王女殿下に声をかけていただきまして。兄さまお会いしたことがあるんだって?」
「ユーリス姫様? うんうん、確か三回ほどお茶会をしたことがあるよ」
とんでもないことなのに、のほほーんとこともなげに答える兄さまにあきれてしまう。
「それで兄さまと姫さまが仲が良いらしいと噂が立ったみたいでね、誘い辛くなってしまったんですって」
「えー? 仲はいいけどそういう感じではないんだよ。なんというか、親子というか……」
「『仲は良い』んだ。すごいですね。で、その噂のせいでシスルド侯爵子息の圧がすごいらしくてね」
「ぐふっ……ゴホゴホ」
「ちょっ、兄さま大丈夫ですか?」
急にむせだした兄の背をさすりながら、顔を覗き込む。
「心配顔もかわいっ、じゃなくて! サミュエル様が? まさか姫様にまで??」
「詳しくはお話しいただけなかったんだけど、兄さまとまた会いたいから聞いておいて欲しい、て。学園で何かありましたか?」
「もう!あの子ったら天使のセシルになんてことを!あの時はぐらかしたのを根に持ってるのか……そもそも娘に相談なんて恥ずかしくてできるわけないでしょ。だからってセシルに探らせるとか……」
「え? 兄さまよく聞こえません。なんですか?」
反対側を向いてブツブツ言い始めた兄に戸惑ってしまう。
何か変なことを聞いただろうか? 姫さまとの関係を知られたくなかったのかな?
「すみません、兄さま。姫さま直々に聞かれたものですから、ぼくも少し動揺してしまって。父さま達に相談する前にまず兄さまにと思いまして……」
「あああああ、そんな悲しそうな顔しないで。セシルは何にも悪くないよ! むしろ父様達より前に僕に話してくれたことに感謝しまくりだよ! ありがとう!」
手を握ってにっこり微笑む兄さま。でもぼくはそんな作った笑顔に騙されたりはしないですよ。額の汗や目元が引きつっているのもしっかり見えています。
「では、ぼくに教えてくれますか?」
「僕がその顔に弱いこと知ってるくせにー!」
首を傾げてじっと見つめる。もちろんわざとやってるんですよ。少しはにかむような表情がポイントです。
兄さまにしか効かないコレを他所ですることはないけれど。
しばらく握ったぼくの手のあたりを見ながら考え込んでいる。あー、うー、とか呟きながらだんだん顔が赤くなってきたりと、なんだか落ち着かない様子だ。
それでも何も言わずに待っていると、やっとのことで話し出した。
「あ、あのね。今僕は生徒会活動をしていて、王子様とサミュエル様も一緒にやっているんだけど」
「はい、知ってます。アイリーン様やフリッツさん、トウアさんも一緒にですよね」
「うん。で、前にも話したと思うけれど、小さい頃サミュエル様に会ったことがあって、迷子だったのを家に送り届けたんだよね。そのことをすごく感謝してくれていて」
兄さまは子供の頃、けっこう頻繁に散歩に出かけていた。そこで迷子のサミュエル様を助けたらしい。他にトウアさんや王子様にも会ったことがあって、学園で再会して驚いたと聞いたことがある。
「で、なんというか、すごく懐いてくれているというか……構われてる? というのか……」
「具体的には?」
「ぐ、グタイテキ? セシルさんたら恐ろしいことを」
兄にしてははっきりしない物言いに、思わず強く出てしまう。そしてじーっと見つめる。
「うぅ、あのね、一年生の頃はちょっと仲のいい同級生な感じだったんだけどね。二年生に入ってからだんだん距離が近くなってきてるなー、とは思ってて」
さらに見つめる。
耐えられなくなったのか目を逸らしながら続けた言葉に、ぼくは固まってしまった。
「最近では、朝、後ろから抱きついてきて耳元で『おはよう』て言われたり、ランチ食べてる時にはほぼ毎回『一口ちょうだい』てあーんされちゃうとか、生徒会室では逆にお茶請けのクッキー食べさせてくれたり、一日の最後に『今日もがんばりました』の頭なでなでしてあげるのが習慣になっているとか……」
「………………」
ぼくは一体何を聞かされているんだろうか。
えーっと、はじめはユーリス姫さまとのことを聞こうと思っていて、実は恋仲なのではという噂が本当なのかとかを問い詰めたいと考えていて。
なのになんだかよくわからない惚気話を聞いている気分なんですが。
色々思い出しているのか、真っ赤な顔で俯いている兄になんと声をかけたらよいのか。
そんなこと聞きたい訳じゃなくて……はダメですね。泣かれそうです。
そもそも、ぼくの考えているシスルド侯爵子息は兄の話す相手とはイメージがかけ離れていて、別人ではないかと疑ってしまうほど。でも生徒会をされているサミュエル様というのは本人に間違いないはずだし……。
「えっと、兄さまとシスルド様が仲良し? なのはわかりましたが、姫さまとのお茶会をさせないようにする必要があるのでしょうか?」
首をかしげて考える。
今聞いた話がご令嬢相手ならわかるが、兄なのだ。
「あ、あのねセシル。はっきり言われたことはないし、自惚れてるだけなのかもしれないんだけど。もしかしたら、ただお兄さんが欲しくて甘えてきてるだけかもしれないんだけど」
「はい?」
「なんとなく、恋愛的な意味で好かれているような気も……する……」
しりすぼみに小さくなりながらも頑張って伝えてくれた。
なのにぼくは言ってはいけない本音がポロリと口をつく。
「本気で言ってます?」
その一言で兄が、、、壊れた。
「そんなの僕が一番信じられないんだよ! でも! だって! いちいち耳元で囁くように話すんだよ? すっごくいい声でさ! 『おはよう』から、『それ僕も食べたいな』とか『離れるのがさみしい』とか『カイルに褒められたらがんばれるよ』とか! あげくのはてには『かわいいね』とかさ!!」
半泣きの真っ赤な顔でわめく兄に、妙に冷静になったぼくは追い詰めてしまったことに気が付いた。
「ごめんなさい兄さま。もうわかりましたから!」
ぎゅっと抱きついて落ち着かせようとするが、興奮がおさまらないのか肩で息しながら今にも泣き出しそうだ。
これはマズイと、ふと思い付いたことを実行してみた。
「カイル、落ち着いて」
耳元でそっと、いつもより低めの声で囁いた。
「ぎゃ〜〜〜〜〜!!!」
「あれ? 兄さま? 兄さま! ごめんなさい!」
兄さまは気を失ってしまっていた。
この時、ぼくもしっかりパニックをおこしていたんだと後から反省した。
後日のお茶会にて。
たぶん姫さまが話を聞きたいのであろう、場違いなぼくがまた招待されていた。
「セシル様、来ていただけてうれしいです」
「王女殿下、お招きありがとうございます」
近くに人がいないことを確認しながら姫さまが切り出す。
「カイル様の件なのですが、何かお聞きになりました?」
「はい。やはりシスルド様ととても仲良くしていただいているようです。色々と聞きましたが、ここではちょっとお話ししにくいですね」
すみません、と頭を下げる。
「色々? 色々って何かしら! カイルってばやっぱりそうなんじゃないの! やだもう話してくれればいいのにッ!」
両手を頬にあてて小声できゃーきゃー言っている。
なんだか、兄さまと似ている気がした。不思議だけれど。だから仲が良くなったのかも?
ここで、つい出来心が発動してしまった。
「そうですね。もう少し静かな場所でないとお話しできないので」
すっと耳元に近付けて、低めの声で囁くように。
「二人きりでのお茶会に招待していただけますか?」
元の場所に戻って覗いてみると、頬に手を当てた状態のまま、驚いたような顔で固まっている。
チッチッチーン、と三秒後に真っ赤になった。
サミュエル様すごい!
これは効果があるかもしれないです。
兄さま……がんばってください。
心の中で兄にエールを贈りつつ、ユーリスの反応にニコニコ笑顔になるセシルであった。
「ちょっと……カイルと兄弟のはずなのに攻略対象ばりにキラキラしてるのはなぜなの? あんなに地味な兄にこの弟って……」
兄王子に聞けよ、とは言わないでください。
ユーリス姫はセシルの一つ年上のお姉さんです。
読んでいただきありがとうございました。