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カイルは弟を溺愛しています

「カイル、あなたの弟ですよ」


 僕が4歳の時、弟のセシルが生まれた。


 その時から世界が一変した。



 * * *



「ねぇ、どうしたの? 何かあった?」


 朝からしとしとと雨の降る日だった。

 屋敷の中はいつもと違いバタバタと慌ただしい。

 いつも僕の相手をしてくれるばあやもいない。

 一人でいてもつまらないので、部屋を出てとことこと歩いてると、ばあやを見つけた。


「ああ、カイル坊っちゃま。申し訳ありませんが、お部屋にいていただけませんか。もう少ししましたら、マールがうかがいますので」

「……うん。わかった」


 マールはばあやの孫で侍女見習いの子。

 普段一人で僕のところへ来ることはないけれど、ばあやと一緒に時々相手をしてくれる。お掃除してくれたりとか。


 本当はイヤだったけれど、ちょっとみんなが怖いくらいに忙しそうだから部屋に戻ることにする。


 あーつまんないの。

 ふてくされてベッドに大の字になっていると、マールが来た。


「失礼します。カイル様、お茶をお持ちしました」

「お菓子は?」

「少しだけですよ」

「わぁい」


 ぴょんとベッドから降りるとソファに座る。


「ねぇマール、今日まだおかあさまと会えてないんだけど。何かあったの?」

「んふふ、もうすぐわかりますよ。楽しみにしててくださいね」


 えー? 全然わかんない。




 トントントン

 少し慌てたようなノックの音がする。


 お昼も過ぎてもうすぐお昼寝の時間になるという頃で、マールが着替えを用意していた。


「はーい」


 僕の許可をとってマールがドアを開ける。


「カイル坊っちゃま!お母様がおよびですよ」


 なんだか興奮気味のばあやだった。

 不思議に思いながら連れられていく。


 おかあさまの部屋に入ると、おかあさまはベッドに入っていた。

 あれ? なんだかいつもと雰囲気が違う。


「カイル、こちらにいらっしゃい。ほら、あなたの弟のセシルですよ」


 おかあさまに近づくと、白い布に包まれた小さな小さな赤ちゃんがいた。


「うわぁ〜僕がお兄ちゃんだよ。よろしくね」


 そおっとほっぺを触ってみる。赤ちゃんだー。

 でもなんだかあんまりかわいくない。



『赤ちゃんて、はじめはすごく儚げで色っぽく見えるよねー。だんだんぷくぷくしてきて可愛くなるんだけどさ』


 ん? 誰の声? 


『産む時はあんなに痛いけど、胸の上に乗せられた赤ちゃんを見た時全部吹っ飛ぶよね』


 頭の中に自分が寝ていて胸元に温かい赤ちゃんを乗せられたイメージが浮かぶ。


 ーーナニコレ? 


 ちょっとおかあさまたちのいるベッドから離れてまわりを見る。


「カイル? どうしたの?」

「わかんない。なんだかくらくらするの……うっ」


 僕は頭がぐるぐるして気持ち悪くなって、そのまま気を失った。


「坊っちゃま?! 誰か! 主治医を呼んでください」





 僕は三日後に目を覚ました。


 まだ頭は重かったけれど、気持ち悪いのは治っていた。

 マールが僕を見て、すごくビックリした顔をして部屋を出て行った。「先生ー! カイル様がカイル様が!」と叫び声が聞こえる。


 先生の診察が終わると、もうしばらく安静にしていてくださいと言われた。原因不明というわけだ。


 元気になるまではおかあさまにも弟にも会っちゃダメなんだって。まぁ、熱も少しあるし変なウイルスとか持ってたらいけないしね。


 あれ? ウイルスて何? 僕そんな言葉知ってた?




 それからさらに一週間経ち、もう部屋を出てもいいと主治医の先生から許可が出た。

 熱は目が覚めた日だけで、頭痛はときどきくらいに落ち着いていた。


 ただ、やっぱり知らない言葉を知っていたり、見たことのないものがクッキリハッキリ頭に浮かんだり、そんなことが何度もあった。


 よく出てくるのは『異世界転生』という言葉。

 頭に浮かぶのは知らない場所で絵の描かれた本を読んでいる自分。お兄さんやお姉さんも出てくる。


 僕の中に知らない人がもう一人住んでるのかな。僕おかしくなっちゃったのかな。みんなに嫌われちゃうかもしれない。ポロポロ涙がこぼれてくる。

 そんな時は『大丈夫、大丈夫。なんとかなるから落ち着いて』なんて頭の中から声がする。君のせいなのに変な感じ。





 さらに数日後、やっとおかあさまに会えることになった。

 ばあやと一緒に会いに行くと、乳母がセシルを抱いていて、おかあさまはソファで刺繍を刺していた。


 僕がソファに近付くと、おかあさまが顔を上げて横に座るよう促してくれる。


「カイル、もう体調はよくなったの? ごめんなさいね、会ってあげられなくて」

「うん、もう大丈夫。おかあさまはセシルを産んでお疲れだから仕方ないよ」


 産後の弱ってる時に病気にかかったら大変だもんね。


 おかあさまが少し不思議そうな顔をしていたことに僕は気づかなかった。それより気になる事があったから。


「おかあさま、産後一ヶ月くらいは細かい作業をしない方がいいんだよ。片頭痛や肩凝りになってしまうかもしれないからね」


 おかあさまの表情が固まった。反応がない。


「おかあさま?」

「あ……あぁ、そうなのね。気をつけるわ。カイルは物知りなのね」

「え?」


 僕は顔が青くなっていくのを感じた。サーッと血の気が引くってやつだ。

 4歳の子供がそんなこと知ってる? おかしいよね!


 僕は立ち上がると、急いで自分の部屋に戻った。

 おかあさまがどんな表情をしているか怖くて見られなかった。



 次の日、乳母がセシルを連れて僕の部屋にやってきた。そういえば昨日は弟の顔を見る前に部屋を出てしまったんだった。

 僕はまだ気持ちが沈んだままだった。


「カイル様、セシル様にお顔を見せて差し上げてください。きっとお喜びになります」

「……」


 膝をついて、抱っこしているセシルを僕がよく見えるように目の前に寄せてくれる。


「セシル様、お兄様のカイル様ですよ」


 セシルはぽやんとした顔をして僕の方を見ると、にっこりと笑った。

 笑ったように見えただけなのかもしれない。まだ目もほとんど見えてないはずだし、それにそれに……。


「うっ……ふうっ……うぅ……」


 涙があふれてきた。セシルから目が離せない。

 まるでセシルから浄化の波動でも出ているかのように、心の中に染み入るように暖かさが広がった。涙があふれて止まらない。


「か、カイル様? どうなさったんですか?」

「ご……ごめんね。だ、いじょぶ……だから……っく」


 ぼやける視界で慎重にセシルの頬へ手を伸ばす。両手でそっと包むと、またこっちを見て微笑んでくれているように感じる。


「ありがとう、セシル。お兄ちゃんが絶対に守るからね」


 祈るように、誓うように。僕は心からの言葉を捧げた。ありがとう、セシルは僕の癒しの天使様だ。


 この時から、だんだん自分の中の声を受け入れ始めたような気がする。拒否反応があるのか、キャパオーバーなのか、頭痛がすることもあったけれど、そんな時はセシルに会いに行った。はー癒される。


 そしてしばらくすると、僕は40歳のおばさんの記憶を一部持ったカイルになった。

 僕から子供らしさがすごく減ってしまった。


 表向きは『弟が生まれたことによってしっかりしたお兄ちゃん』。でもきっと家族は変化に気付いているだろう。ただ、自分が引け目を感じていたのかもしれないけれど。


 僕はよく外に出かけるようになった。侍女を連れていれば許可ももらえた。マールが正式に僕の侍女になっていた。

 マールに、「無理に僕付になることないよ?」と聞いてみたけれど、「絶対に代わりません!」と怒られてしまった。うれしかったな。




 セシルがはじめての誕生日を迎えた頃、お母様にお茶会に誘われた。お友達であるツィートル子爵夫人を招いてのお茶会だった。

 僕がお茶会をする時は、家族内限定だった。まだ社交的なお茶会にお呼ばれしたこともない。

 不思議に思いながら参加すると、少し年上の女の子と穏やかそうな夫人がおみえになった。

 これはもしかして顔合わせ的なやつか? なんて怪しんでいたんだけれど、そんな感じでもなく和やかな時間が過ぎて行った。


「カイルくん、少しお散歩に付き合ってもらってもいいかしら?」

「はい。ご案内します!」


 女の子はついてこなかった。一緒に行くかと思ったのに。

 顔に出ていたのか、夫人に笑われてしまった。


「あの子はセシルちゃんと一緒にいたいみいだわ」

「セシルはかわいいですから!」


 セシルの可愛さを語りながら庭を案内する。夫人は優しく微笑みながら話を聞いてくれていた。

 ひとまわりして、ベンチで一休みすることになった。ベンチにハンカチをひいてエスコートする。


「あら、ありがとう。紳士なのね」

「えへへ。お父様に教えられました」


 子供っぽく笑ってみせる。嘘だけどね。


「無理して子供のふりをしなくてもいいんですよ。あなたの過ごしたいようになさったらいいわよ」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「先程から感じていたわ。少し無理をして子供を演じているようだと。なぜそんなことをするの? ありのままのあなたでいたらいいわ」

「……でも、子供らしくないと変じゃないですか。僕は今5歳なんです。ちぐはぐで気持ち悪いですよ」

「誰かがそうおっしゃったの?」

「いいえ。でもきっと僕がおかしい事に気付いています。みんな優しいからそんなこと言わないで……っ」


 頭の中に大人の人がいて同化しているなんて言えるわけがない。でもやっぱり本当はわかってほしくて、それは澱のようにどんどん溜まっていたようだ。


 少しつつかれただけで、自分からボロボロと自白してしまっている。ついでに涙もこぼれてしまう。


「ひとりで頑張っていたのね。ですけど大丈夫ですよ。あなたの家族は素晴らしい方達だから、そんな些細なことで嫌ったりなんてしませんよ。だって、お母様がわたくしにあなたの悩みを聞いて欲しいとお願いしてきたのですもの」

「お、おかあ……さまがっ……?」


 ゆっくりと頭をなでながら話してくれる言葉に驚きを隠せない。

 一番、僕が怖かった人。一番嫌われたくなかった人。


「うっ、うわぁぁぁぁぁーーーーーん!!」


 堰を切ったように泣きじゃくってしまった。その間もずっと頭を撫で続けてくれている。

 おばさんの記憶と混じってから、大声で泣いたのははじめてかもしれない。でも今はただ思い切り泣きたかった。



「はーー、スッキリした。すみません、ありがとうございました」


 改めて、自分の中に違う世界の40歳で二人の子供がいる主婦の記憶があるようだ、と説明する。


「あらまぁ! わたくしよりも歳上だったのね。うふふ、何かあったら相談にのっていただこうかしら」


 コロコロと笑って寄り添う答えをくれた夫人のことが、僕は大好きになった。


 戻った僕の泣き腫らした顔を見たお母様は、何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれた。また少し泣きそうになった。涙腺がぶっ壊れてる。


 この後、僕は家族に現状を話そうと思う。

 まだちょっと怖いけれど、うん、信じる。


 何かあったらセシルに癒してもらおう。


 一歳になったセシルはもう本当に天使のようにかわいいんだよ! 最近は歩けるようになって、よちよちした歩き方がもう! 


 話がそれてしまいました。


 セシルが生まれた日から世界が一変してしまったけれど、これから新生カイルとして、自分らしくがんばっていこうと思います!



 

身体と心のアンバランスさを出したかったのですが難しいですね。

読んでいただきありがとうございました。

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