フリッツ戦闘開始!
我ながら単純だと思う。
ちょっと笑顔を向けられたくらいで。
いつまで経っても頭から離れない。
はっきり言って嫌いだった。
ほぼ初対面の時から高圧的でツンケンしてて。
いかにも貴族のお嬢様だったし、なによりトウアをいじめているようにしか見えなかった。
入学式が終わり、教室へ移動している時だった。
「あなた平民ですわよね! 王子様に対してなんて失礼なことを!」
「すみません。けど……」
「言い訳するつもりですの?!」
うへぇ〜ヤダヤダ。
可愛い女の子を美人の令嬢がキンキンと大きな声で詰問している。こんな廊下でやることもなかろうに。
と、二人を観察しながらもそのまま通り過ぎようとしたら……カイルに突き飛ばされた。しかも二人の方へ。
「うぉッ! 何すん……」
……だ! まで言えずに倒れ込む。
おい! 女の子に当たったらどうすんだよ!
カイルの方を睨むと、しらじらしく手を差し伸べて助け起こされた。
「大丈夫か? 気をつけろよ」
どの口が言いやがる! 何か言い返してやろうと口を開きかけたが、すぐにカイルが令嬢に声をかけたので仕方なく口を閉じる。
ただ挨拶をしただけのようだったが、令嬢は去りいじめらしきものが収まった。
へぇ、すごいな。俺なら余計に騒ぎを大きくしてしまう気がする。
俺が犠牲になってるけどな! 格好悪い上に痛いけどな!
感心しつつ腑に落ちない顔をしている俺の制服の埃を払いながら「ごめんごめん」と軽く謝られた。軽い。
平民だと言われていた可愛い女の子はトウアという名前で同じクラスだった。
俺もそこそこ貴族での生活もしてきたが、平民の気質の方が強いし、カイルは生まれた時から貴族のはずなのに、あまり差別意識がないように思う。
だからなのか、トウアとは普通に友達になった。トウアもカイルに懐いているようで、一緒に行動することが多くなった。
あ、また視線を感じる。
自分が見られているわけではないことはわかっている。
チラリと周りをうかがうと、例のアイリーン嬢だ。入学式の時の美人の方。
顔が綺麗だからこそ、睨んでいると余計にキツく感じる。
視線を遮るようにトウアの横に移動する。
「ありがとうございます」
トウアが小声で、ちょっと困ったような顔でお礼を言う。
「俺が気分悪いだけだから。お礼はいいよ」
トウアを庇ってやろうとかそういうのではなくて、ただ気分が悪い。
ただそれだけだったのに、最近やたらアイリーンが目につく様になってしまった。悪い意味で。
こっちを睨んでない時でも、すぐに見つけてしまう。きっと危機回避能力てやつ。
「ん? なぁ、カイルのこと睨んでないか? トウアちゃんじゃなくて」
「はは、まさか。…………睨まれてるかも」
カイルがアイリーンの方に顔を向けると、ばちっと二人の目が合ったようだ。
一際強く睨むと、プイッと去って行った。
「お前何かした?」
「心当たりは、無くはない」
「私と同じ理由ですよね。たぶん」
理由はよくわからないが、俺の中の嫌いな気持ちが上乗せされるだけだった。
しばらくすると、理由が王子であることがわかった。トウアもカイルもなぜか王子と仲が良い? らしい。
なんだ、くだらない理由。
俺のことは睨まないわけだな。王子と接点ないし。
理由がわかってスッキリするどころか、もやもやムカムカするだけだった。
なんだかわからないけれど、やっぱり嫌いなんだと思う。
◇◆◇◆◇◆
「何であの子誘うんだよ。すげえいつも感じ悪いだろ。睨んでたり、キツイ言い方したり」
「好きな人のために頑張っちゃって、かわいいよねぇ〜」
「はぁ?……どこの経験豊富なイケメンの台詞だよ」
「フリッツもきっとわかるよ。彼女はツンデレさんだからね」
後期試験の範囲が発表され、カイルとトウアと共に勉強会を計画していた。そうしたらなぜか王子が口を挟んできて、ついでにカイルがお気に入りらしい王子の右腕も参加すると言う。
面倒だ。俺のための勉強会ではなかったのか。
だが王子の側近に文句を言えるはずもなく、しかもいつの間にかカイルの横からトウアの方へ追いやられていた。
「あ、と悪い。ぶつからなかったか?」
「はい、大丈夫です。どかされちゃいましたね」
トウアがくすくす笑って答える。
目の前には王子がいて、少し機嫌が悪そうだ。
自分のせいではない、と言える立場ではないので、とりあえず頭を下げた。
「失礼しました」
「いや、かまわない」
トウアの横に収まった俺に、まだなんとなく機嫌が悪そうな王子だったが、かまわないと言われたから良しとする。
若干の居心地の悪さを感じていたら、カイルがなぜか少し離れた場所にいたアイリーンまで勉強会に誘っている。
おい! だから俺のための勉強会じゃないのか?
で、先程の会話。
アイリーンも参加することになったらしい。目の前で王子に挨拶をしている。
相変わらず俺のことは眼中にないようだ。
トウアの方を見ると、目が合ってにっこりとされた。
嫌ではないのか? よく絡まれているだろう。
少し近づいて小声で聞くと、
「きっと王子様と仲良くなれれば、私なんかにかまっていられなくなりますよ」
いたずらを仕掛けたような、楽しげな声が返ってきた。もちろん王子には聞こえないように小声で。
へぇー、カイルはアイリーンからの攻撃をかわす意図もあったのか。
あの会話ではただアイリーンに協力しているように聞こえたけれど、トウアのことも考えていたんだな。ふーん、と軽く頷きながら顔を上げる。向かい側にはモジモジしたアイリーンとにこやかに対応する王子。
不意に王子がこちらを向いた。
あれ? 俺、王子に睨まれてる? なんで??
第一回『俺のためのはずの』勉強会がはじまった。
集まった人数は六人。俺よりも順位の上の奴ばかり。……こうなったらしっかり教えてもらおうじゃないか!
「トウアちゃん、ここなんだけどさ」
「はい、それは教科書の72ページにあるこの公式を使って〜」
「うんうん。そうしたらこれを代入してもとめられるんだな。ありがと」
時間を無駄にしないように苦手な教科を中心に確認をしていく。今日は数学の問題を解いている。
隣ではカイルがなぜかサミュエルに授業を受けている。一緒に……は、やめとこう。なんか怖い。
次の問題にとりかかる。よし、これは大丈夫そうだ。しかし計算を始めると……あれ? 合わない。もう一回やってみる……やっぱりおかしいぞ。
考えていると、頭の横から手が出てきた。
「そこは、これではなくてこちらの方の〜」
「ああ! そうか。そうすればきちんと当てはまるのか。そうしたら、こっちの問題も〜」
「そうですわね。同じように考えれば解けるはずですわ」
「ありがとう。よくわかりました」
「ふふ、よかったです」
「……ッ!!!」
お礼を言いながら顔を上げ振り返ると、思いのほか近くにアイリーンの顔があった。肩越しに覗き込んで教えていてくれたらしい。
口調からしてアイリーンだとすぐにわかるはずなのに、すごく驚いてしまった。しかも微笑んでいる!
満面の笑みでもなければ、愛想笑いでもない。
思わず出てしまった感じの自然の笑みだった。
呼吸が止まる。
いや、時間が止まった。
ハッとして、急いで視線を手元に戻した。
なんでこんなに衝撃を受けているか自分でもわからない。
口の中が乾いている。
なんだか鼓動が大きく聞こえる。
「? フリッツ、何かわからないところがあるのか?手が止まってるぞ。あれ? 顔が赤くないか」
「あ、あぁ…いや、何でもない。ちょっと考えてただけだ。大丈夫」
カイルの言葉に慌てて返事をする。
『顔が赤い』と言われたことにさらに落ち着かなくなる。
落ち着け! 大丈夫だから落ち着け、俺!
アイリーン嬢の笑ったところをはじめて見たからビックリしただけだ。うん。そうだそうだ。はじめての笑顔がすごく綺麗で……ッ?!
その後は勉強どころではなかった。
勉強会は三回開かれた。
もう『俺のための』勉強会ではなかったが。
拗ねているわけではない。
試験勉強はできたからそれはいい。
それよりも大変なことがわかった。
俺は
アイリーン嬢が好きらしい。
そうかもしれないと気づいてからは早かった。
目で追ってしまっていたり、俺のことをもっと見てほしいと思ったり。
ヤバイぞ。
それって前と真逆だけど同じコトじゃないか?
嫌いだから目に付くとか?
トウアを睨む目線遮ったりしたのも?
いやいや、ダメだそれは。俺の中の何かが死ぬ。
「何をボケっとしてますの?」
「わっ!……からない、問題を考えていたたけですよっ」
「それで? わかりそうですの?」
じっとアイリーンの顔を見つめる。
アイリーンもちゃんと俺を見ている。
ニカッと笑って答えた。
「俺、今回の試験アイリーン嬢よりも上いってみせますよ!」
「身の程知らずですわね! 受けてたってさしあげるわ」
ツーンと上から目線で返されるが、それがなんとも可愛らしく見えて仕方がない。
あー、もうダメだな。
頭では望みが薄いこともわかっている。
なんたって嫉妬でトウアやカイルを睨みつけたり突っかかるほど、王子のことが好きなのだから。
身分も立場も全然違うことだって理解している。
でもなんだかワクワクしてしまう。こんな気持ちになったのははじめてだ。
アイリーン嬢覚悟しておけよ!
俺が撃ち落としてやる!
とりあえず今回の試験はいつも以上にやる気が満ち溢れているのだった。
「カイル! 放課後付き合ってくれ!」
嫌いと好きは紙一重ですよね。
トウアがフリッツに惹かれるきっかけも
こんな行動からなんです。
読んでいただきありがとうございました。