フリッツの復讐〜カイルの自己満足〜
フリッツ編です。
よろしくお願いします。
「お前は確かに私の子供だが、ツィートル子爵家の子供だと認めることはできない」
そんなことを言われたのはいつだったか。
母親が死に、てっきり孤児院にでも引き取られるか、自力で路地裏生活にでもなるかと覚悟を決めた時だから、たぶん8歳頃だろうか。
子爵家の子供ではないと言われたのに、名前はただのフリッツからツィートル子爵家フリッツに変わった。
うれしくもなんともなかった。住むところと食べるものができたという事実だけだった。
後にわかったことだが、ツィートル子爵家には娘しかいなかったため、フリッツを引き取ることを強く要求されていたらしい。
しかし母はそれを拒否し、母子で平民として暮らしていた。
母の病気が発症するまでは。
フリッツのことを心配した母が、自分の死後、子爵家への引き取りを約束していたのだ。
さて、約束から引き取られるまでの約一年の間に子爵家には待ち望んだ男児が誕生していた。フリッツは必要なくなってしまったのだ。当主にとっては消したい過去の遺物となってしまった。
それでも幸せなことに、子爵夫人が良い人であった。フリッツのこともかわいがってくれたのだ。
母とは思えなかったが、現在の親であるとは思えるようになった。
当主は論外だ。
娘二人もほぼ接触はなかったが、それゆえにいじめや迫害もなかった。当時赤ちゃんの弟は普通に可愛らしかったが、当主がうるさくて近づくこともなかなか出来なかった。
確かあれは9歳の頃。はじめてお茶会に参加することになった。ものすごく嫌だった。
あんなに認めないと強く言われたのに、貴族としての振る舞いをしなくてはならないことが苦痛でしかなかった。
なんなら下働きの一人に加えて欲しかったくらいだ。でも夫人……育ての親に「あなたは確かに子爵家の子供よ。私はあなたの母親として教えていかなくてはならないわ」なんて言われてしまっては、やらないわけにはいかなかった。
出来るとは言えないが。
知り合いの子爵家主催の小規模な子供だけのお茶会とはいえ、やはりまわりは生まれた時からの貴族様ばかり。ほんの一年前に貴族になったフリッツのマナーなど穴だらけだった。
「アナタお茶会のマナーも知らないの?」
「なんだか下品だな。お前本当に貴族なのか」
「まぁ!言葉遣いが悪いわね!」
なんて、言われ続けたら嫌にもなるだろう。暴れなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。庭のすみにでも隠れていよう。時間になったら帰ればいいや。
席を立ち、お菓子を両手に隠し持って一人離れていく。
それに気づいた少年がいた。
「ごきげんよう。お菓子はいかがですか?」
「は?あ、いや、ごきげんよう?」
急に声をかけられて驚いてしまう。隠れていたつもりだったがダメだったか。
差し出されたお皿に乗った美味しそうなお菓子を見て、ため息を吐きたくなる。だがお菓子に罪はない。一つ取るとパクリと口にいれた。
「うま……あ、おいしい、です」
「でしょー! ウチのシェフのお菓子はすっごく美味しいんだって! もっと食べて食べて」
にんまり笑って言う貴族の少年に、フリッツは戸惑ってしまう。確か、今日の主催者であるポート子爵家の子供だったはずだ。
そのままベンチの隣に座ると、話しかけてくる。
「僕はここ、ポート子爵家のカイルです。君はツィートル子爵家フリッツ様でよかったかな?」
「……はい」
また何か怒られるのかと身構える。
「明日って時間あります? ウチに来ませんか?」
「は?」
「ふふ、口からお菓子落ちましたよ。残りのお菓子はこれに包んでいってくださいね。じゃ、君の従者さんに手紙渡しておきますからよろしくね」
ハンカチで口を拭われ、別のハンカチを広げてお菓子をのせて渡され、一方的に話して去って行った。なんなんだアイツは? 貴族ってやっぱりよくわからない! 庭の片隅のベンチで思わず頭を抱える。
……あ、手のチョコレートが頭についてしまった。
「ようこそ。フリッツ様」
次の日、ポート子爵家に来ていた。本当に手紙を渡していたようで、帰った後に招待されたことを伝えられた。夫人はカイルを知っているようで、「あの子なら安心ね。いってらっしゃい」と送り出されてしまった。
練習した挨拶をする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。ツィートル子爵家フリッツと申します」
「こちらこそ、来ていただきうれしく思います」
応接室に通され、緊張気味のフリッツにカイルがにこやかに答える。ソファに向かい合って座り、お茶を淹れてくれた侍女にペコリと頭を下げた。
「さて、来てもらったのは僕がフリッツ様と仲良くなりたかったからです。同じ子爵同士、同じ歳だからこれからもきっと交流がありそうだしね」
「はい」
「了承してくださるなら、はい、握手しましょう」
カイルが立ち上がって手を差し出している。
意味がよくわからないけれど、とにかく友達になるということだろうか? 全然知らないヤツだけど、貴族ってこういう感じなんだろうか。
すぐに手を取ることが出来ずに、じっとカイルの顔を見る。
カイルは急かすこともなくそのまま待っている。上から威圧的に命令している様子はない。
ようやくフリッツも立ち上がり握手に応じた。きゅっと握られる。
「はー、よかった。断られたらどうしようかと思っちゃった」
ふにゃりと笑い急にくだけた口調で話されて、なんと答えればいいのかわからなくなる。
「じゃ、友達になったことだし、フリッツくんて呼んでもいいかな? 僕もカイルでいいよ。話し方も普通でいいからね」
「わ、わかった」
「大前提から話すと、ポート子爵家とツィートル子爵家は普通の関係だということ。特にすごく親しいわけでも、揉めてるわけでもない。だから今から話す事は僕の個人的な考えだということをわかって欲しい」
とりあえず頷く。いまだに状況はよくわからない。
「母がツィートル子爵夫人と交流があってね、僕も何度かお会いしたことがあるんだ。とても素敵な方で、僕は大好きになった。でも、御当主のことははっきり言って好きじゃないんだよね」
カイルが紅茶を一口飲む。フリッツも緊張しているからか、同じ動きをしてしまう。味がわからない。
「ある時……一年前くらいかな、君の話を聞いたんだ。庶子である君を望んで引き取ったのに、男の子が産まれたから子爵家の後を継がせる気がない、てね。これは本当の話?」
「引き取られた時に……自分の子供なのは認めるけど、子爵家の子供じゃないと言われた」
「はぁ? なにそれ! 無責任すぎるでしょ」
「でも、もう母さんも死んでいないし、行くところもない」
カイルが眉を寄せて心底嫌そうな顔をする。
よかった、自分もそう思う。
「それで、フリッツくんはどうしたいのか聞きたかったんだよね。子爵家を継ぎたい?御当主から奪ってやりたいとか」
「全然思わない。放っておいてほしい。ただ、夫人は良くしてくれたから悲しませたくない」
ブンブンと首を横に振って答える。
「そっか、そうだよね」
少し考える様な顔をしながらカイルが再び紅茶を飲む。お菓子もつまんでいる。
フリッツもお菓子を食べると「おいしい」と呟いた。先程は全く味がわからなかったが、今は味覚が戻った様だ。紅茶も飲む、うんおいしい。
「フリッツくん、これから定期的にウチで一緒に勉強をしよう。家庭教師には話しておくし」
「は?なんで?いやだよ勉強なんて」
「……言い方を変えようか。君もツィートル子爵には腹を立てている、そうだよね。なら、子爵の思い通りになったらシャクじゃない?彼はきっと君は平民出身だからと馬鹿にしている。そんな君が子爵よりも優秀で腕も良くて、将来的にも出世したら悔しくて仕方ないよね」
カイルが悪い笑顔でにっこりと笑う。背中がヒヤッとしたけれど、それより腹の中が熱くなった気がした。
今まで耐えることばかり考えていた。見返してやることが出来るなんて、思い付きもしなかった。やりたい、やってやりたい!
「あ、でも上手くやらないと子爵が恐れて手を出す可能性もあるか……危険になったらいけないし……」
「大丈夫だ。基本的に俺には無関心だし、こちらからアピールしなければバレることもないと思う」
「弟さんは今何歳だっけ?2歳くらい?僕らが12歳の時は5歳か。あ、でも学園に入るまでは誤魔化せるかな……」
「学園?平民学園なら近所の兄ちゃんが通ってたぞ」
「僕らが通うのは貴族学園の方だよ。子爵もそうだったしね。だから、彼の学生時代よりも全ての成績を上にしてやろう。ふふふ、いいなぁそれ。周りの貴族達から『息子さんは優秀ですね。子爵家は安泰ですね』とか言われた頃には、家を出てるってわけだ。子爵は見る目がなかったと思われるだろうね」
「なんかお前、だんだん悪い顔になってるぞ」
フリッツも話し方にだんだん遠慮がなくなってきた。思惑通りである。
「僕はさ、まぁ色々事情があって、小さい頃ちょっと周りより浮いている感じがあってね。どうしても子供らしくないから、気持ち悪かったと思うんだよね」
カイルが自虐的に笑う。
4歳で前世を思い出し、大人の記憶と子供の記憶がごちゃ混ぜで落ち着かなかった頃のこと。
フリッツにはよくわからない。
「でも、自分ではどうしようもなくて、とりあえずいい子にしていたんだよね。そんな時に母様と親しいツィートル子爵夫人が家に遊びに来てね、『無理して子供のふりをしなくてもいいんですよ』て言ってくれたんだ。その一言にすごく救われた。心の恩人なんだ」
目を閉じて思いを巡らせているようだ。今度は自虐的ではない、優しい微笑みを浮かべている。
「それからは、自然体で自分のしたい様にできるようになってね。今ではすっかりこんな感じだよ。夫人は素敵な人だから悲しませたくないのは僕も一緒。御当主は夫人を何度も悲しませてる。だから嫌い。ごめんね、もしかしたらフリッツくんを利用しているのかもしれないや」
肩をすくめてごめんと言いつつ、あんまり悪そうだとは思っていないように見える。フリッツは立ち上がって頭を下げた。
「よろしくお願いします! 俺に力を貸してください!」
それからカイルは両親に話し協力を取り付け、母親から夫人にも計画を伝えた。夫人は反対しなかった。むしろ協力的で、楽しそうに経過報告を聞いてくれた。フリッツもその度褒めてもらえて、とても嬉しそうにしていた。
弟とも少しずつ交流を始め、懐いてくれているとデレデレしながら話してくれた。
フリッツは貴族学園に入学し、上位の成績をキープし生徒会活動もしっかり務めあげた。
それは明らかに、ツィートル子爵の学生時代よりも輝かしい活躍ぶりだった。
そして、彼にとって運命とも言える出会いを果たし、恋をした。
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「ですので、私は後腐れなく婿養子に入れますしアイリーン様のために身も心も尽くすことができるんです! よろしくお願いします!」
レイルズ伯爵家の執務室にて。呆気にとられている伯爵と呆れ顔のアイリーンに向かって、元気よく頭を下げる。
「フリッツ、わたくしはあなたに仕事として我が伯爵家に勤めたいと相談されたから、父に紹介しているのですよね。どうしてそうなるのですか」
「一生涯! お支えすることができます!」
「……まったく、困ったものですわね。お父様、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
伯爵は顎に指をそえ、じっとフリッツを観察する様に見つめる。フリッツも目を逸らずに見返す。
「君は子爵家の政務には全く関わっていないのかね」
「はい。実家であるツィートル子爵家のものはほとんど関わっておりません。ただ友人のポート子爵家の執務は何度か補助をした経験があります」
「あら、カイルの所でですの?」
「ええ。学園の長期休暇はほとんどカイルと共に執務をしていたんです。一緒に子爵に学ばせていただいていました」
「……ほう。全くの未経験ではないのだね。では質問を変えよう。アイリーンとはどういう関係なんだい」
「お、お父様?」
「もちろんお慕いしております! まだアイリーン様に良い返事はいただけておりませんが」
「あぁ……もう……」
ハキハキと答えるフリッツにアイリーンの方が焦ってしまう。学生時代、幾度となくアピールはされていた。はっきりと告白されたのは卒業前だが、気づいてはいた。
しかし、トウアがフリッツを好きなことを知っていたし、アイリーン自身も王子様のことが好きだった為、関係は仲間の域を出なかった。
卒業しそれぞれの道に進んだ今、王子様には会う機会はほぼなくなり、トウアも上級学園に進んでがんばっているのでなかなか会えない。
なのに、フリッツはこうして何度も会いに来るのだ。遊びの誘いには三回に一回くらいは応えてあげている。心が動かないとは言い切れない……のだが、これは飛び越えすぎていると思う! ええ、まずはわたくしを惚れさせてからではないでしょうか?
困った顔で考え込むアイリーンを愛おしそうに見つめるフリッツを見て、伯爵は「よし」と呟くと当主として威厳ある声で決定事項を伝える。
「ツィートル子爵家フリッツ、君をアイリーンの婚約者候補と認めよう。ただし条件として一年以内にアイリーンから結婚の了承をとること。その間別の婚約者候補も紹介していくからな。もちろん、アイリーンを当主として支えられるだけの仕事が出来なければその時点で終了だ。どうかね」
「ありがとうございます! 必ず達成してみせます!」
本当に嬉しそうに宣言するフリッツに、アイリーンはため息を吐きつつも、ほんの少しだけわくわくしてしまうのだった。
ゲームではフリッツはそのままグレていき成績も悪いままです。ヒロインとの出会いで更生します。
いつか乙女ゲーム『リリ恋』バージョンも書いてみたいです。
読んでいただきありがとうございました。