毒林檎はぶん投げろ、ガラスの靴は叩き割れ、私の運命は私が決める
こんにちは、こんばんは、おはようございます。私です。
本日は白雪姫の世界でお送りしています。
透き通るような白い肌、艶やかな黒髪、瑞々しい果実のような唇。そうです美少女です。
お伽噺のお姫様は美少女と決まっているので勿論私も美少女です。よろしくお願いします。
そんな美少女の私ですが、今、ピンチを迎えています。
白雪姫といえば皆さんお分かりでしょう。そう、今私の手に握られているもの、私の唇ように瑞々しい真っ赤な毒林檎です。
目の前には魔女のおばあさんこと継母。私が憎いとはいえよくこんな不細工もとい魔女らしい魔女になったものです。
ところで私は白雪姫です。白雪姫がこれから何をするかなんて答えは一つでしょう。ですので、力一杯、力一杯、力一杯、私は林檎を――。
「カーット！！！！！！！！！！！！！」
今まさに私の手から向こうの森へ林檎が放たれようとしていたのに、耳障りな大声で叫びながら男が飛び込んで来ました。
「食べるだろう！白雪姫だぞ！毒林檎を食べてこそ白雪姫だろう！何で投げようとするんだ！」
「お言葉ですが魔法使いさん。白雪姫は絶対に毒林檎を食べるなんて誰が決めたんですか」
「グリム兄弟だよ」
「兄弟で姫だの王子だの書いてんじゃねえって言っておいてください」
「グリム兄弟に喧嘩売るんじゃありません！」
ハイテンションツッコミ貧乏くじ体質の彼は魔法使いです。実際どうかは知りませんが、彼が言うには魔法使いです。一応魔法としか説明出来ない事象も見ています。
「シンデレラも駄目、白雪姫も駄目、どれなら満足するんだよ！」
「ガラスの靴割れた瞬間綺麗でしたよね。あれが噂のダイヤモンドダストってやつなんですね」
「いやダイヤモンドダストは水蒸気から出来る細氷が……じゃなくて！ダイヤモンドじゃなくてガラスだし、ガラスの靴を叩き割るシンデレラがどこにいるんだよ！」
「ここにいましたね」
本日、白雪姫。昨日、シンデレラの私です。どうも。
ガラスの靴を叩き割った時の爽快感は他の何とも例えられない良さがありました。
「叩き割った瞬間の俺の気持ちが分かるか？」
「私は魔法使いさんではないので魔法使いさんの気持ちは分かりませんね」
「はい！魔法使いさんテスト心理学部門零点！」
「なんですかそれ？」
満点取ったら何か貰えたのだろうか勿体無いちゃんと答えれば良かったです。
「とんでもないやつが主人公になっちゃったなあ！だよ！」
「あら、とんでもない美少女だなんて。ありがとうございます」
「難聴……？」
美少女の私ではありますが、美少女の薄幸さの由縁でしょうか昨日より昔の記憶がありません。でも生活するうえでのことや学問や雑学の記憶はありました。都合が良い記憶の消え方ですね。ラッキー。さすが美少女。
そんな私は気付いたらつぎはぎの服を着て、キツそうな顔立ちの継母と継姉に、やれ掃除しれやれ洗濯しろと扱き使われていました。
ムカついたので美味しいけれどカロリー増し増しの食事を作ってやりました。一ヶ月も食べ続ければ五キロは太らせてやれたと思うのに、数日しか時間がなかったのは残念としか言い様がありません。
私のシンデレラ生活は一週間でした。一週間で家事をこなし、魔法使いと出会い王子主催の婚活、もといお城の舞踏会に行き、逃げ出した私を探しに来た王子の目の前でガラスの靴を叩き割りました。密度の高い一週間ですね。
私が美少女だから王子が私に惚れるのも仕方ないといえば仕方ないのですが、だからといって私も王子に惚れるかというとそれとこれとは話は違うんですよね。
正直、王子の自分なら女に求婚を断られるわけないって態度もムカつきました。まあ王子なので顔はそこそこ整ってはいたのですが、イケメンであれば全ての女性が惚れるわけでもありませんからね。
顔も勿論大事ですが、人間中身の方が大事だと思うのです。それでいうと――。
「お願いだから筋書き通りに動いてくれよ！頼むから！」
「そう言われましても」
「本当だったら自然に筋書き通りに話は進むはずなのに、本当になんなんだお前は」
「そう言われましても」
美少女の私ですら私がどうして昨日シンデレラ本日白雪姫なのか理解していないのに、聞かれても困ってしまいます。
「改編終わらないぞこれどうしてくれるんだ……」
「改編ってなんですか？」
「ん？……ああ、これ言っていいのか？いやでもこんなこと今までになかったし」
「な、ん、で、す、か？」
「圧が強い！怖い！」
怖いは傷つきますね。まあでも美少女の怒り顔は迫力があるのでしょう仕方ありません。許してあげましょう。
「お伽噺って時代によって内容ちょっとずつ変わってるだろう」
「そうなんですか？」
「そうなんですよ。それで改編期にこうやって新しく登場人物が集められて、その時代相応の物語を生み出すはずなんだよ。本来はな！」
「なるほどなにもわかりません」
「わかってくれお願いだから……いや、わからなくてもいいから筋書き通りに動いてくれ本当に本当に頼むから……」
頭を抱えて魔法使いさんがうずくまってしまいました。貧乏くじ体質で大変そうですね。いるんですよねえ、組織に一人はこういう人が。まあでもそれが社会ってやつです。魔法使いさん！ファイト！
まあでも可哀想なので少しはちゃんと考えてあげることにしました。人に優しくするタイプの美少女です。よろしくお願いします。
「私は……私ではなくシンデレラだったということですか？」
昨日まで継母や継姉から、シンデレラ掃除しなさいシンデレラドレスの用意をしなさいとシンデレラシンデレラ呼ばれていましたが、どうにもしっくりきませんでした。そういう蔑称だと思っていたのです。なので継母から呼ばれても継姉から呼ばれても無視していました。
何度無視してもシンデレラと呼ぶので、めげない人達だなと思っていたのですが、どうやらちゃんと昨日までの私の名前だったのですね。
「そのはず……だったんだけどなあ……」
「では、あなたは？あなたは誰なんですか」
カットと彼が叫んでから、私に毒林檎を手渡したおばあさんの姿をした継母がぴくりとも動かず固まっています。まばたきすらしていません。
人体の常識からしてこれだけの時間まばたきせずにいられるわけがないのです。ならば彼が何かをしたと考えるのが正解でしょう。
「魔法使い、兼、管理人……かな？」
「曖昧ですね」
「まあ俺もお前とそんな変わらないからな」
「なるほど？」
「経験だけはあるけどな。一人くらい破綻しないように見張る奴が必要だったってことだろう」
私が黙り込んでいると、魔法使いさんが申し訳なさそうな情けない顔をしました。ちょっと可愛いです。
「今までこんなことなかったんだ。本当に皆、筋書き通りに基本動くのが当たり前で、自我、というかシンデレラはシンデレラだったし、白雪姫は白雪姫だった」
昨日、シンデレラ。さっきまで、白雪姫。それじゃあ今の私は誰だろう。
「お前も不安……だよな。俺もちょっと冷静じゃなかった。すまん」
「いいえまったく」
「そうだよな、自分のこと分からなかったら……ん？」
「私のことをよく見てください」
まったくもって魔法使いさんは私のことを理解していないようです。魔法使いさんも美少女さんテスト心理学部門零点ですね。
「どうですか？」
「どう？とは？」
「美少女でしょう？」
「それは、まあ、そうですね、はい」
「そうです美少女なのです！」
力強く言い切った私を魔法使いさんは呆然と見つめています。
「シンデレラでなくても、白雪姫でなくても、私は美少女です」
「そう、だな？」
「私が私である限り、私は美少女です。だから不安になんてなるわけありません」
「……そうか」
「誰であっても私は私。それが全てでしょう」
「………………なんか、いや、なんか、……めちゃくちゃだけどかっこいいな、あんた」
「ありがとうございます」
どんな立場だろうと自分が誰だろうと、私は私です。それは絶対に揺らがない。
自信を持って私は私であればいいのです。
「少しは謙遜しろよ」
「事実ですから。……魔法使いさんもっと笑った方がいいですよ。私、最初とさっきとでまだ二回しか見ていませんよ。笑顔は大事です。もっとにこやかにお願いします。やはり中間管理職は人間関係を円満にするのも仕事の内だと思います」
「俺を怒らせているのはお前だ……！」
「はぁ……。初対面の時は優しく微笑んでくれたのに」
「俺だってずっとそうしていたかったよ」
魔法使いさんの第一印象は実はとても良かったのですが、まさかここまでツッコミ役だとは思いませんでした。ちょっと面倒くさい時があります。あともっと優しくされたいです。
「こんなにも美少女なのに何が気にくわないのでしょう？」
「初手で魔法をかけてあげましょうって言った俺に、真顔で結構ですってお断りした記憶は消えたのか？」
魔法使いさんはそう言いますが、でもそれは仕方ないと思います。だって魔法って何が起こるか分かりません。副作用があるかもしれないし、代償を求められる可能性だってあります。
リスク管理って大事だと思うのです。
「魔法を拒否するシンデレラがいてたまるかよ……。それで、まあ、そうだな。過去はもういい。話を戻すが、俺達はめでたしめでたしまでたどり着かないといけないんだよ。シンデレラに戻ってもいいし他のお伽噺でもいいけど、どうする？希望がないならこのまま白雪姫を続行させてもらうが」
どうあっても彼が言うところの筋書き通りに動かないといけないみたいです。が、正直気が向きません。
「魔法使いさんはずっと魔法使いさんなんですか？」
「俺？俺はどの話でも魔法使いだな。魔女や悪役の魔法使いは俺じゃないから、その時は表に出ずに調整役ってところだ」
あくまでも彼はサポート役のようです。確かに白雪姫の世界では一度も出会っていませんでした。といっても、シンデレラの時とは違い今回は余計な行動をしないように魔法でも使われたのか、気付いたら私はすでに小人の家で暮らしていました。
「そうですねえ……。私、ちょっとどれも気にくわないんですよね。キスで何でもかんでも片付けすぎじゃないですかお伽噺って。都合が良すぎると思うんですよ。いくらなんでも子どもだましすぎるというか」
「………………を、……るな」
「はい？」
音がくぐもっていて聞こえませんでした。促すように魔法使いさんを見ると、眉間にくっきりと皺が寄っています。
「子ども向けをなめるな！！！！！！！！！！！」
「…………はあ」
「子ども向けを子どもだましと言うやつが俺は嫌いだ！お伽噺の童話の児童書の絵本の良さをなんっにも分かってねえ！」
「…………すみません」
あまりの勢いにさすがの私もつい謝罪してしまいました。
「子ども向けってのはな、大人が、本気で、本気で子どもに届けたいものを作ってることなんだよ」
「本気で作ってらっしゃる」
「心に種を植えるんだ」
真剣に、訥々と魔法使いさんは伝えました。
「芽が、出なくてもいいんだ。それでも心に種を植える。憧れでもいいし、教訓でもいい、例えば憤りでも、悲しみでもいい。忘れられても構わない。それでもどこかに、それは残る」
魔法使いさんはミステリアス補正で雰囲気イケメンくらいの見た目なのですが、この瞬間、不思議とシンデレラの王子よりもずっと格好良く見えました。
「素敵ですね」
「お世辞をどうも」
「本心ですよ。素敵です。見直しました」
「見直す前は何だと思ってたんだ……」
肩を落としながら魔法使いさんがまた頭を抱えています。
ツッコミ役苦労性魔法使いだと思ってましたよ。と口にするとまた怒られそうなので、黙ってにっこりと美少女の笑顔を返しました。
「まあでも魔法使いさんは最初から素敵でしたよ。シンデレラの王子なんかよりずっと素敵です」
「何がまあでもなのかは引っかかるが、どうもありがとう」
「どういたしまして」
「それで、お前はそれでも子どもだましのお伽噺の登場人物にはなりたくないか？」
「いいえ。話は、分かりました」
「よし。それじゃあさっそく」
魔法使いさんは毒林檎を私に手渡しました。その彼の手を空いていた片手で林檎ごとぎゅっと私は包みます。逃げられないように。
「しかし魔法使いさん。今時の女の子がまんまと騙されて毒林檎を食べて、王子様に助けられるのを待っているような情けないお姫様で満足すると思いますか？」
「それは……いや、でも様式美って大事なんだぞ？名作は本当に名作だから何百年も語り継がれているわけだか……ら……？」
私達の間にあった距離を詰めて、私は彼の目を見つめて言いました。
「だからこれは、私の物語です」
はじめて触れた彼の唇は少しかさついていました。
「私の王子様、ゲットです」
「人違いです魔法使いです！」
目の前で真っ青になったり真っ赤になったり忙しいことになっているのは、見た目も中身も一目惚れしていた私の運命の人。
キスで物語はめでたし、めでたしです。
書いてて楽しかったです！！！！！
珍しいものを書いたので感想ください！(直球)
