№9 ツンデレ女剣士と一夜を共にしてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
眠い。かなり寝不足だ。
昨晩、弟子にするしないの押し問答に決着はつかず、夜もどんどん更けてきたもんだから、俺たちはひとまず寝ることにした。
俺と那奈の布団の間には、衝立が置かれた。後から茂平が持ってきてくれた古そうな物で、全体に金箔が貼られ、伝統的な日本画の技法で花や鳥が描かれている。
簡単な間仕切りを置いただけの同じ部屋に、女の子と二人きり。しかも、少々気が強くて怒りっぽいのが玉にキズだけど、不可抗力とはいえ生まれたままの姿まで見てしまった美少女と……。
疲れてるはずだからすぐ眠れそうなものなのに、目をつぶっても那奈の白い肌や美しくカーブした体のシルエットの残像は一向に消え去らず、隣が気になってなかなか寝つけない。
結局、まんじりともしないまま朝を迎えてしまった。
朝食は、飯、野菜の煮物、白味噌を使ったダイコンのみそ汁、赤シソとナスのしば漬けを膳に乗せて、二人分を女中が部屋まで持ってきてくれた。
布団を端に寄せ、飯を済ませると、俺は板の間の上に再びごろんと仰向けになった。
そんな俺を、だらだらしてるように思えるのか那奈は不服そうに眺めている。
俺は考えていた。これからどうすべきなのか。
広川という男の話……歴史が改変されれば、俺が住んでる世界は四十六年後に消滅する……それを食い止めるためには、狐火と呼ばれるテロリストを見つけて倒すか、禁門の変で薩摩藩兵の指揮官を守り抜くしかない……本来なら一笑に付すようなおとぎ話なのに、俺は現実に幕末へ来てしまい、オートマチック・オペレーション・ソードとかいう刀を作動させて命の危険を一度ならず二度までも切り抜けた。
いまだに信じられないけど、広川の話は真実なんだ。
だからといって、はいそうですかと世界を救う正義の味方になって戦えるか?
狐火は……俺の眉間を射抜こうとした弓の腕から想像して、戦闘能力の高い殺しのプロだ。河原で襲ってきたような過激派浪士をまだ何人も味方に付けて、着々と暗殺計画を進めているのかも……。
いくらこの刀の性能や威力がすごいと言ったって、そんな連中を相手にするなら命の保証なんてない。四十六年後の俺の家族だって、全然イメージできないんだから緊迫感に欠ける。自分の身だけが大事なら、このまま何もせずに幕末の京都で暮らすって選択肢もある。
それに、俺が広川の意志を継いでミッションを成功させたとして、その後俺は元の時代に戻れるんだろうか?
未来の日本から、誰かが俺を助けに来てくれるんだろうか。
天井を見つめ、あれやこれや思い悩んでるうち、瞼がどんどん重くなってきた……。
◆
「先生!先生!いつまでお休みなのですか!」
耳元で那奈に大声を出され、俺は飛び起きた。
「あぁ……俺、随分長く居眠りしてたのかな……」
「もう、午の刻はとっくに過ぎております。昼餉はどうなさるのです?宿は朝夕以外、食事の支度はしてくれぬのですよ」
「そっか……じゃ、外に食べにいかないと」
「はい!お供いたします!」
刀を取り、立ち上がって部屋を出ようとする俺を、那奈が「僭越ながら」と呼び止めた。
「どうしたの?」
「先生が人並み外れたご卓見をお持ちのうえで、そのようななりをされているのは承知しておりますが、外では危のうございます。昨日までの私がそうだったように、都には異国にかぶれていると見ただけで斬り掛かるような浪人があふれているのです。無用のもめ事を避けるためにも、侍のお姿に戻っていただけませぬか?」
「あぁ……」
その点は、俺もどうにかしなくちゃと思っていた。何をするにせよ、幕末にポロシャツとジーンズじゃ人目に立ちすぎる。
茂平に相談すると、宿泊客が困った時のためにいろんな衣裳を貸し出せるようにしているらしく、紺色の小袖、灰色で丈の短い四幅袴、草履を用意してくれた。
衝立の裏で小袖を羽織ったものの、帯の締め方がわからずまごまごしている俺を、「幼き頃に世を去った母の代わりに、父の支度の手伝いで慣れておりますから」と那奈が手際よく整えてくれた。
帯に刀を差した俺を見て、那奈は「やはりそちらの方が、ずっとお似合いでございます!」と頬を緩める。
外に出て、飲食店が密集する四条通りまで向かう道すがら、那奈が「先生?」と顔を向けた。
「ん?」
「お伊勢詣りのついでに都に寄ったなどと、作り事でございましょう?」
「えっ?何でそう思うの?」
「そもそも、先生のような文武に秀でたお方が、このご時世にぶらぶらとお伊勢詣りなどと信じられませぬ。今や天下の政は江戸ではなく、この京にて動いております。何か別の目的があって、京にいらっしゃったのではありませぬか?」
「それは……」
はっきりと答えられない自分がもどかしい。もし広川の使命を俺が引き継ぐとなれば、狐火の居場所を運良く見つけ出したとしても、その後は命を賭けた戦いになる。強引にくっついてきてる那奈も、その渦中に巻き込んでしまうだろう。
「私には、まだ打ち明けられませぬか?私では、力足らずだと?」
「そんなことない!そうじゃなくて……」
俺はこの会話を一旦止めたくて、たまたま目に入ったうどん屋の看板を指差した。
「あの店はどうだろう」
「あ、うどん!」
途端に那奈が目を輝かせる。見かけと違って、随分食いしん坊のようだ。
俺たちは、卵とじを乗せたちょっと豪華な「けいらんうどん」で少し遅めの昼飯を済ませ、四条通りに再び出た。
強引に「先生」と呼ばれ、「門弟」として付き従ってくるのはどうにも居心地が悪いけど、誰一人として知り合いのいないこの世界で、那奈が側にいてくれるのは心強い。
だから、二人分のうどんの代金は俺が支払った。腹が満たされてニコニコしている那奈の顔を見ていると、これから当分の間、彼女の飯の面倒は俺が見なくちゃいけないような心持ちになってくる。
ご機嫌顔の那奈が、並んで歩く俺を覗き込んだ。
「先程のお尋ねの繰り返しになるのですが……先生が京に来られた真の理由、やはり教えてはいただけないのですか?」
「えっ、だからそれは……」
何と返答すれば良いのか。真っ直ぐで純粋な心を持っていそうな彼女に、下手なウソはつきたくない。答えに窮している俺の耳に、突然歓声が飛び込んできた。
四つ辻に差し掛かった俺たちの目の前に、何十人もの人だかりができている。大道芸だろうか、人垣からは何度も感嘆と驚きの声が上がっていた。
「ねえ、那奈さん、あれ何だろう!」
俺はこれ幸いと、話をはぐらかして人垣に分け入る。
「もう、先生ったら、また誤魔化して〜〜」
那奈はぶつぶつ言いながらも、仕方なく俺の後をついてくる。
人垣の最前列に出てきた俺は「!」となった。