№40 思いも寄らないエンディングにぶち当たってしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
禁裏にある小御所の下段の間で、俺は平伏していた。
俺の後ろには、那奈、お涼、マキも同じようにして控えている。
上段の間の御簾の奥には孝明天皇が。
御簾の手前の両側には太政官の公卿たち、
中段の間の両側には一橋慶喜をはじめ、京都に駐留する諸藩兵の指揮官たる大名もしくは家老たちが礼装で居並んでいた。
七日前に勃発した禁門の変は、俺の知る歴史そのままに展開した。
元治元年七月十九日六ツ半(午前七時)頃、嵯峨天龍寺に駐屯していた長州・国司親相の部隊八百は三つの隊に分かれ、公家町の西側にある蛤御門、中立売御門、下立売御門を攻撃。守備する会津、桑名、筑前藩兵と激戦を繰り広げ、遂に公家町へ侵入した。
幕府軍主力の会津藩兵は、長州兵の勢いに押されて禁裏のすぐ側まで攻め込まれただけでなく、皇族・公卿の出入り口である宜秋門を破られて禁裏内へ押し入られる寸前にまで至った。
この劣勢を挽回したのが、呼び戻された西郷隆盛隊を含む薩摩藩兵だ。
薩摩の強力な小銃隊によって、国司隊の中心人物である来島又兵衛が狙撃され、討ち死に。長州部隊の指揮系統が乱れ、勢いを得た幕府軍の反撃で総崩れとなった。
これより大幅に遅れて、山崎・宝積寺から北進してきた益田親施隊五百は公家町の南側から侵攻。
前関白・鷹司輔煕の屋敷に立て籠もって戦うが、国司隊が壊滅した後ではなす術もなく、幕府軍に包囲され四散。隊の中心人物である久坂玄瑞は鷹司邸内で自決した。
福原元僴の部隊はすでに早暁、禁裏から遠く離れた伏見で幕府軍に撃退されているから、これでもって長州軍は完敗という結果になった。
その上、鷹司邸や洛中の長州藩邸に火が放たれ、北東の強い風によって次々と延焼。火は三日間に渡って燃え広がり、市中の半分以上を焼き尽す大火になってしまった。
火災を免れたお涼の家で寝泊まりを続ける俺と那奈は、この事件を契機に親密な間柄となった帯刀の要請を受け、日中は薩摩藩邸で焼け出された人々への炊き出しや、施し米の配給作業などを手伝った。
結局、未来から送り込まれたテロリストは三人ではなく二人だけだったようだけれど、分子破壊砲共々消滅させ、現地で仲間になった狐火も倒したことで、俺の使命はどうにか完全に果たせた。
これで未来の地球は救われたのだろう。
残るは俺の身の振り方なんだけれど、こればかりは自分でどうにもできない。
未来から日本のエージェントが来てくれさえすれば、元の時代に戻れるかもしれないのだが……戻れるなら戻れるで、俺の気持ちはまた揺らいでしまうのだろう。
この幕末で強い絆を結んだ仲間たち……とりわけ那奈と別れなければならなくなる……。
騒動がようやく一段落し、俺たちは帝と禁裏を救った功労者として、この日小御所に呼ばれたんだ。
この時代、とんでもなく高貴な身分である帝と、俺は直接会話はできない。
御簾の前には伝奏と呼ばれる取次役が控え、帝の言葉を俺に、俺の言葉を帝へと間接的に伝える。
その伝奏が、御簾の奥の帝と「それはなりませぬ」とか「お考えなおしを」とか言って、何やら揉めている。
けれど最終的に帝の言い分が通ったようで、伝奏は戸惑いつつ俺たちの方に向き直った。
「相模の浪人・棟田の万太郎、上野の剣術道場継嗣・三好の那奈、京都町奉行お抱え・口問いのお涼、大道芸人のおマキ、極めて異例ではあるが、主上は恐れ多くもお目通りばかりか、地下人のそなたらへ直にお言葉を賜る。よくよく畏まるがよい」
奥から「御託はもうよい。御簾を上げよ、早うせい」とやや強い口調が俺の耳にも届き、伝奏が慌てて御簾を引き上げた。
「万太郎、そして後ろに控える三名の者たち、遠慮はいらぬ、おもてを上げよ。朕に、変事以来のその顔を今一度しかと見せてくれ」
透き通った声が響く。
上げろと言われても、こんな場合すぐに上げるのは礼儀違反なのはわかっている。
もじもじしていると、再び帝から「さあ、早う」と声がかかり、中段の間にいる一橋慶喜からも「帝もあのように仰せじゃ。おもてを上げるがよい」と促された。
恐る恐る顔を上げると、十メートル以上離れた上段の間でにこやかにこちらを見ている孝明帝の顔がはっきりとわかった。
分子破壊砲で屋根と天井にあいた大穴は、板切れで応急修理されているようだ。
「そなたらがおらねば、朕も、この禁裏もどのようになっていたか知れぬ。身を挺して危難を救ってくれたそなたらには、直に言葉をかけねば気が済まなんだ。改めて、礼を言うぞ」
「「「「ははーーーーっ」」」」
俺たちは、再び深く顔を伏せる。
「四人には相応の恩賞を取らせるが、それだけではまだ朕の気が収まらぬ。そこで万太郎、長年途絶えていた禁裏の警護役・滝口武者を復活させ、そなたを任じたいのだが、受けてくれるか?役に就けば、禁裏を自由に出入りできる。聞けばそなたは洛中に宿舎を持ち、此度の大火も免れたとのこと。その宿所から事あるごとに通い、朕に顔を見せてくれ。そなたが側におれば、如何なる賊が押し寄せようと安心。どうじゃ?」
帝の言葉に、列席する公家や武士たちから驚きの嘆息が漏れる。
思いも寄らない帝の申し出に、俺はアワを食った。
滝口武者と言えば、平安京の時代に禁裏を警固していたエリート武士の集団で、公家の家人の中から武芸に秀でた者が選ばれた。
天皇の秘書的役割を担った蔵人所に属し、清涼殿東庭の滝口という場所近くの渡り廊下を詰め所にしたことから、滝口武者と呼ばれるようになった。
平安中期に関東で大反乱を起こした平将門も滝口武者を勤めていたというが、武家が政権を掌握した鎌倉時代以降は廃れてしまったようだ。
返答をためらっていると、慶喜の隣に座っている帯刀が俺に顔を向けた。
「ないを迷うちょっど。これは京におけるお主の身分が、天子様から保証されたも同じ。禁裏を賊から守ったお主には、打ってつけの役職じゃて思うが」
そう聞いてから後ろを振り返ると、那奈たちも帯刀に同感らしくしきりに首を縦に振っている。
俺は気持ちを固めて帝にひれ伏した。
「身に余るお言葉。謹んでお受け致します!」
「おおそうか!受けてくれるか!」
喜びを露にした孝明帝は、若い近習に何かの用事を申し付けて部屋から出て行かせた後、「近う、近う参れ」と俺を呼び寄せた。
俺は身を屈めつつ、上段の間まで進む。
そこへ先刻の近習が何かを三方に乗せて持ってくると、伝奏に渡した。
「棟田の万太郎、主上よりの下され物じゃ。謹んで受け取るがよい」
伝奏から差し出された三方に乗っているのは、艶のある黒色の鞘に収められた小刀。鞘には皇室を表す菊花紋章が金の蒔絵で入れられていた。
俺は小刀を両手で押し頂き、下段の間へと後ずさりする。
平凡な幕末オタクの高校生だった俺が……禁裏を守る滝口武者!?
まるで夢でも見ているような、ふわふわした感覚のまま時間が過ぎ、俺、那奈、お涼、マキは禁裏から退出するため勝手口である西側の清所門まで来ていた。
門を潜ろうとする時、一人の雑役夫がヘコヘコしながら近寄ってきて俺を呼び止めた。
「棟田様、下賜されるお品がまだ残っております。大変ご足労ではございますが、武家玄関までお戻りくださいませんか?」
「まだ品物が?わかりました。じゃ、みんな少し待っててくれるかい?」
「はい、ここでお待ちしております」
「まだ賜り物があるんか?今度は一体何をくれはるのやろな」
「うちら全員には恩賞の小判ももろうたけん、金以外の物じゃろう。食い物ならちゃんと四等分に分けてくれや」
「マキ殿、私もそれに同意いたします!」
「あたしも、あたしも!」
これまでの苦労が報われ、はしゃぐ三人を残し、雑役夫の後を付いていくと、どういう訳だか人気のない建物の裏へと入っていく。
「ちょっと、あの、こんな場所に品物があるんですか?」
俺の問い掛けに、雑役夫はくるりとこちらに向きを変えて立ち止まった。
さっきまでの媚びた表情から一変して、キリリと締まった真顔になっている。
「君が広川のミッションを引き継いでくれたのか?」
その言葉を聞いた途端、雷に打たれたような衝撃が走り、俺は動転した。
「あなたは、広川さんと同じ国家防衛省とかいう部署の人なんですか?」
「ああ、情報調査本部の矢野だ。それにしてもこの時代の君が、よく全ての事情を呑み込んで協力してくれたな」
「あの、俺はこの時代の人間じゃないんです。幕末から百五十年以上後の日本にいた高校生で、田島錠と言います。広川さんの時間遡行のトラブルに巻き込まれて、一緒に幕末に連れてこられちゃって……」
「何だって!巻き添えに?……そうだったのか。時間遡行した人間が現地で命を落とすと、自動的に元の時代へ転送される仕組みになっている。惨殺された広川の遺体が研究室に戻ってきて、我々は一時大混乱した。ミッションは恐らく失敗し、しかも自動操作刀は行方不明。一体何が起こったのか、別の人間が調べようにも同じ日時への遡行は技術的に不可能で、六十日以上経過した七日前にようやく私がここに来られた。そして、禁門の変の危機を君たちが救ってくれたことも知った」
「ドイツからやってきた二人の宗教テロリストと分子破壊砲は、確かにもうこの時代には存在しません。世界が救われたのなら、俺は元いた時代に戻れる……んですよね?」
矢野は目を伏せ、ため息をつく。
「残念だが……世界はまだ救われていない」
「ええっ!?だって、もう歴史を改変しようとする敵はいないんじゃ……」
「広川が時間遡行した直後、国家防衛省に新たな重要情報がもたらされた。欧州量子力学研究所のハイパーコンピューターは白人中心世界を創り出しうる歴史の分岐点として、禁門の変における薩摩の京都駐留藩兵司令官の抹殺を条件にはじき出したが、これが成功しなかった場合の第二の条件も算出していたんだ」
「第二の条件ですって?」
「禁門の変の翌月、長州征伐の勅命が下される。その幕府軍・征長総督参謀を抹殺すること。長州側との外交を一任された総督参謀が死ねば、本来講和で決着するはずの第一次長州征伐が実戦に突入し、内乱の大きなきっかけになる。内乱の長期化は、国内の疲弊と列強諸国の介入を許し、日本はやがて……植民地化される、ということらしい」
第一次長州征伐を講話で決着させた征長総督参謀って、それこそ……。
「その人物は、西郷隆盛!」
「そうだ。禁門の変では流罪からの赦免直後で大島三右衛門と名乗っていたようだが、幕府軍の幹部に抜擢されて、今後は本名の西郷吉之助に復するだろう」
「でも、彼を殺そうとするテロリストも武器も、もうないんですよ」
「欧州量子力学研究所から時間遡行したのは、確かに計三人。携行したと見られる分子破壊砲は二挺。つまり、まだこの時代の京にテロリスト一名が、分子破壊砲一挺を持って潜伏している」
「そんな……」
「私も剣術の訓練は積み、刀をこちらに持ってきてはいるが、普通の日本刀だ。君が持つ自動操作刀はまだ試作段階で、その一振りしかない。広川は予備の極小ワイヤレスセンサーを君に使ったようだから、他人は誰一人として扱えない。君の力がまだ必要なんだよ……」
「まだ敵が一人……」
「それに、日本の技術では遡行可能人数は大人一人まで。君が時空の通路を通った時は、広川と二人でたまたま抜けられたようだが、本当なら重大な事故が起こっても不思議じゃない。私の時代に一旦二人で戻るというのは極めて危険だし、私の時代から君の時代へ、もしくはこの幕末から君の時代へ時間跳躍できるかどうかもわからない。君はまだそう簡単に自分の時代へは戻れないんだ」
「……………」
「頼む、今少し君の力を貸してほしい!」
深く頭を下げる矢野に対して、俺は決断しなければならない。
そう、答えはこれしか……もう俺に迷いはなかった。
(おわり)




