№4 美少女剣士に襲われてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
店内にいる客たちが、一斉に俺を物珍しそうに見る。
でも、役者の着る珍奇な舞台衣裳の一つとでも思ったのか、すぐに自分の料理や酒に目を戻し、連れとの世間話を再開してくれた。この祇園町では、変わった服装もそれほど珍しいものではないのかもしれない。
俺は大きな床几の一角に腰を下ろした。同じ床几には職人風の四人が座り、豆腐や焼き魚をつまみに酒を飲んでいる。
店内の土間には同じような床几が三つ置いてあり、端には十人ほどが座れそうな小上がりの座敷も設けられていた。
時代劇に出てくる居酒屋や一膳飯屋には、簡素な机と椅子が備えてあるけど、そんな調度品はどの居見世にも置かれていない。大抵は、木の板に足を付けた床几だ。客はそこに腰かけ、その上に置かれた物を飲み食いしている。
「何にしゃはるの?お酒?それともお食事?」
小太りの若い仲居が、俺に注文を尋ねた。
「食事ですけど……何がありますか?」
仲居は壁の貼り紙を指差した。メニューがひらがなで書かれてるようだけど、行灯の文字よりもさらにくずしてあるから全く判読できない。
「あの……何て書いてあるんでしょう?」
身を硬くして質問する俺を、仲居は哀れむような目で見た。
「あら〜、字読まれへんの?なんぼ河原者に学はいらんて言うたかて、これから有名な役者になりたいんやったら、あれくらいは読めるようになっとかんと。お腹、だいぶ空いてるの?」
「はい、すごく……」
「それやったら、うちのお膳にしたらどうえ?茶飯に、ちくわや野菜のお煮染め、つみれ汁、お漬け物が付いて八十文。大男でもお腹いっぱいになる量やし」
「はい、それにします。ありがとうございます」
仲居も、俺のことを見世物小屋の見習い役者とでも勘違いしてるらしい。
出された飯やおかずは確かに大盛りで、俺は脇目も振らずがっついた。
初めて口にする茶飯は、塩と醤油で味付けされていて、ほうじ茶の香ばしい香りが鼻に抜けていく。お煮染めは、出汁の効いたちくわ、シイタケ、こんにゃく、里芋、ダイコン、青野菜で、どの具材も大振り。つみれ汁のつみれは、多分イワシのすり身。そして、ナスとキュウリの漬け物。どれも抜群に美味い。
考えてみれば、当時の米や野菜は完全有機栽培だ。農薬を使って大量生産してる現代の食べ物と比べて、こんなにも素材の味が深くて甘いとは思わなかった。
食べているうち、俺は誰かの視線を感じた。
客はもう誰も俺に関心を寄せていないと思っていたが……小上がりの座敷の一番奥にいる若い侍がこっちを見ている。いや、見ていると言うより、にらんでいる。
人の陰に隠れてはっきりとは見えないけど、なかなかの美少年だ。ちょんまげではなく、髪の毛全体を伸ばして後頭部で束ねた総髪。髪が長いからまるでポニーテールのように見える。
好奇の目で見られることはあるだろうけれど、にらまれるような覚えなはい。
どっちにしろ、長居は無用だ。
完食して満腹になった俺は、巾着から出した金で勘定を済ませ、店を出た。
ひとまず四条通りに沿って、東へ歩いてみる。東の端には、明治時代に入るまで祇園社とか祗園神社とか呼ばれていた現在の八坂神社があるはず。そこで野宿するしか……。
ふと後ろを向くと、例の若い男も店から出てきて、俺の後ろをついてくる。
どうも嫌な予感がする。俺を尾行しているのか?どうして?
俺をずっとにらみ付けていたんだから、敵意も持っているようだし、厄介ごとに巻き込まれるのは御免だ。
これは逃げるが勝ち!
四条通りを東へ向かいながら、俺は足を速めた。
「待て!」
鋭い声が後ろから俺を呼び止めた。ん?男の声じゃない。
俺が振り向くと、数メートル先の正面に立っているのはまさしく居見世にいた侍だった。
身長一・七三メートルの俺よりも背は少し低く、よくよく見ると、男ではなく女!
年齢は俺と同じくらいだろうか……色は白く、卵形の顔に、つぶらな目、高くも低くもない形の良い鼻、ほんの少しふっくらしたくちびるが整い、「正真正銘の美少女」と断言しても決して賞めすぎにはならないほどのルックスだ。
目がやや吊り上がっていて、彼女の気の強さを象徴しているようにも見えるけれど、美貌のマイナス要素にはなっていない。
紺地に千代紙風の手鞠を散りばめた柄の着物に、えんじ色の馬乗り袴。腰にはえんじ色の目立つ色合いの鞘に収まった大小の刀を差している。これは……女剣士!?
「俺に……用なの?」
「当たり前だ!」
美少女が発するとは思えない居丈高な口調で、彼女は続けた。
「その方の身なり、見世物小屋の者が纏う衣装とは、似て非なる物。役者や芸人ではあるまい?」
「ああ、もちろん違うよ。でもこれには、いろいろ複雑な理由があって……」
「やはりな。しかと見つけたぞ、夷狄かぶれめ!」
「はあ?夷狄かぶれって……」
「尊王攘夷の志を果たすべく、上州からこの都に出てきた初日に出くわすとは天の恵み。神州に仇なす奸賊め、我が正義の剣を受けてみよ!」
そう言うなり、娘は腰の刀を横一文字に抜き打ちした。
と同時に、俺は後ろに大きく飛び退いていた。
娘の剣尖が、俺の腹部をかすめて空を切る。彼女の右手が刀の柄に触れ、殺気が大きく膨らんだと感じた瞬間、俺は自然と跳躍していたらしい。体育がそれほど得意でもない俺には、ちょっと信じられないような身の動きだった。
「きゃーーーーーーーー!」
「辻斬りやーーーーーー!」
俺たちの周囲で、悲鳴が起こった。
芝居小屋がある鴨川寄りの一帯ほどひどい人だかりではないにしろ、ここは歓楽街の大通りだ。夜でも人の往来は少なくない。娘の抜いた刀を見て、近くにいた通行客らが逃げ散る。
「私の初太刀をかわすとは。夷狄にかぶれた軟弱な輩にしては、少々骨があるようだ」
娘は刀を上段に構え、さらに打ち込む姿勢を見せる。
「やめろ!どうして俺が君に斬られなきゃいけない!みんなと違う、こんな格好をしてることが、殺されるほどの大罪なのか?」
「お主も刀を携えているからには、侍の端くれであろう?されどそのなりは、夷狄を崇め、受け入れる意志の表れ。そのような者がいるからこそ、夷狄どもは堂々とこの神州に踏み入り、畏れ多くも都にまで足を向けようとしている。今こそ、幼き頃から鍛錬してきた剣の腕をもって、天子様のご宸襟を安んじ奉るのだ!」
彼女の目は真剣だ。本気で俺を殺そうとしている。この距離だと、逃げようと背中を見せた途端、踏み込まれてバッサリやられるだろう。相手が美少女だろうと何だろうと、こうなれば戦うしかない。
気持ちを奮い立たせ、俺は刀を抜いた。またもや体中に電流が走るような感覚が襲う。
鞘を地面に落とし、柄を両手で握ると、俺はひとりでに刀を中段に構えていた。
娘はそれを見て表情を引き締め、刀を上段から腰の位置まで落とし、剣尖を後ろに向け水平に構え直す。前に出るようなそぶりを何度もしては、打ち込むタイミングを計っている。
ピィーーーーーーー!
その時、鴨川の方角から甲高い笛の音が聞こえてきた。これは、町人身分で奉行所の治安維持に協力していた目明かしが携帯する呼子笛じゃ?
俺の視線がわずかに泳いだ隙を捉え、娘が踏み込み、足を狙って打ち込んできた。
ハッと焦る俺の心とは無関係に、両足がぴょんと下がり、攻撃をかわしつつ振りかぶった刀が、相手の刀の上から振り下ろされる。
そもそも日本刀は、両手でがっしりと握るものではない。力を込めるのは薬指と小指だけで、残りの指は卵を握るくらいの力加減だ。刀を振るう際も、力を使うのではなく遠心力を使う。そう本で読んだ覚えがある。まさしくその通りの持ち方で、刀は振るわれている。
空を切った娘の刀を、俺の刀はいとも簡単に叩き落とした。衝撃を加える向きや角度さえ合っていれば、人を傷付けるだけでなく、こんな芸当だってできるのか!
しかし、俺の刀はまだ動きを止めようとしなかった。
驚いて身を屈め、刀を拾おうとする娘の首筋に向けて、二の太刀が殺到する。俺の刀は何のためらいもなく、戦闘を継続しようとする相手を完全に封じるまで機能を果たそうとしている。
ダメだ!ダメだ!いくら刃がなくても、首なんか強打したら、例え宇宙の力が働いて死にはしないにしても、大けがをさせちゃうぞ!
止まれ!止まれ!止まれーーーーーーーーーーーーーーー!
強い意志を込めて必死に念じると、刀は彼女の首筋を直撃する寸前で止まった。
ふぅ〜〜〜〜〜〜。背中に冷や汗がにじみ、心臓がバクバクと音を立てている。
膝をつき、右手を伸ばした体勢のまま、娘は体を硬直させていた。首筋につけられた刀を悔しそうに凝視していた彼女は、やがて観念したようにその場で両膝を折った。
「無念……私の負けだ……さあ、殺せ!」
娘は顔を上げ、強い眼差しを向ける。
俺はここでようやく緊張を解き、刀を彼女から離して、拾った鞘に納めた。
「俺には、君を殺す理由がないよ」
「私はお主を斬ろうとしたんだぞ!このまま私に生き恥をさらせと言うのか!」
「そんな極端なこと言ったって……」
ふと周りに目を向けると、いつの間にか俺たちを大勢の見物人が取り巻いている。
「ちょっと、そこのお侍さん」
人垣をかき分け、一人の小柄な目明かしが姿を現した。
その風貌に、俺はまたもや面食らった。この目明かしも女だ!
年齢も俺や女剣士と変わらないか、少し下という感じ。鮮やかな赤みの黄色、つまり山吹色地に矢絣柄の小袖を着流し、白い鼻緒の雪駄をはいて、右手に十手を持っている。
そして俺の目をひいたのは、彼女のややぽっちゃりした可愛らしい顔立ちだった。俺の時代の人気アイドルなんかと比べても全く見劣りしない、いやそれ以上のキュートさだ。くりんとした目はやや垂れていて、愛嬌さえある。長い髪を一つにまとめ、輪にして結んだ髪型も、彼女の風貌に似合っていた。
「あの、俺のこと?」
自分を指差す俺に向かって、女目明かしはうなずいた。
「あたしは、京都町奉行の東御役所同心・西村数馬様配下で、この界隈の見回りを任されてる口問いのお涼て言います」
口問い……そっか、京都の場合、目明かしはそう呼ばれてるんだった。東御役所ってのは、東西に二か所ある奉行所の一つ。京都では、東西一か月ごとの月番制で交互に業務を行っている。江戸町奉行も、北町奉行所と南町奉行所の月番制だ。それにしても、こんなに若くて、女性の目明かしがいるなんて。
「お尋ねしたいんどすけど、一刻半ほど前、荒神橋近くの河原にいやはりませんでした?そこでちょっとした刃傷沙汰があって、お侍が三人も大けがを負わされましたん。その科人が、どうも風変わりな格好やったらしゅうて、あんたさんによう似てるみたいなんやけど」
一刻半、つまり約三時間前、あの河原にいたのは通行人にしっかり見られてる。その目撃情報が役人の耳に入ってるのは、当然と言えば当然だ。でも、ここはしらばっくれるしかないぞ。
「いやぁ、俺は今日一日ずっと祇園町にいたから。変わった衣裳を着てる人は、この辺りにはたくさんいるし……」
「人違いやと言わはるので?」
お涼は、俺をジロリと仰ぎ見る。
「う、うん、俺じゃない……よ」
「ふ〜ん…………おーーい、亀吉、どないなってる!」
俺に視線を向けたまま、お涼が声を張り上げると、後ろの人垣から子分らしき中年男が息を切らして現れた。
「親分、おまっとさん!連れてきましたで!」
亀吉と呼ばれた子分が手を引いてきたのは、橙色の頭巾に袖なし羽織、肩にネズミを大きくした小動物を乗せて……土手にいた派手な女だ!近くで見ると、俺と同年代くらいに若い。細面の肌は日焼けして少し浅黒く、切れ長の目、筋の通った鼻、薄いくちびるといった顔のつくりが、少女っぽさの中にクールで気品のある大人の魅力をも醸し出している。
「あっ、この人ばい!ざんぎり頭に、異国の襦袢とカルサン!河原にいた人斬りに間違いなか!」
女が俺を指し示し、人垣がどよめく。
お涼が十手の先をさっと俺に突き付け、射るような視線を向ける。十手をよく見ると、手元に刀を受け止める前向きの鉤が付いた一般的なタイプじゃなく、左右に枝のような金具が突き出て、拳を護る一文字鍔が備わっている。かなり特殊な十手だ。
「いやいや、これには不可抗力と言うか、ちゃんとした事情があってさ……」
弁明しようとする俺の左手から、忍び寄っていた亀吉が刀を鞘ごとサッと奪い取った。
「あっこら、何するんだ!返せ!」
亀吉につかみかかろうとする俺の前に、お涼が割って入る。
「そやったら、その事情、ゆっくり聞かせてくれはります?すぐそこの会所まで、ご足労願えまへんやろか?」
「やろか?」と意志を尋ねる口調ではあっても、刀は取り上げられ、恐い顔でにらまれ、ほぼ強制的な任意同行だ。
俺は渋々従い、お涼の後に付いていく。
一方の女剣士は両膝を立て、予想外の展開にあ然としている。
俺を先導するお涼が、女剣士の横を通り過ぎる際に立ち止まった。
「そちらのお侍さん、ここは天下の都大路。みだりに刀を抜いてもろては困ります。不逞浪士と見なしたら、おなごでもお縄にせなあきません。今日のところは見逃しますさかい、以後気を付けておくれやすえ」
ムッとする女剣士に言うだけ言ってから、お涼は再び歩き出した。
後ろに控える亀吉に急かされ、俺も後に続く。
途中で振り返ると、そんな俺たちを女剣士は、膝立ちした姿勢のままずっと見つめていた。