№39 究極の破壊兵器が発射されてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
トリガーに右手の人差し指をかけたまま、ノズルボディーを持つ左手がスイッチらしき部分を押す。
キュイーーーン……。
金属音を発してノズルの先端が赤く光り、十数秒後には緑色になった。
瑞雲は帯刀に向けていたノズルを天井に向け、トリガーを引く。そのわずか一秒ほど遅れて、ノズルの先端からシューーーー!と低い金属音を発して火の玉が飛び出し、真っ赤な光の尾を引いて天井を直撃する。
爆発音も激突音も全くしない。閃光が消えると、天井と屋根には直径二メートルほどの穴が開いていた。
「「「「ひえ〜〜〜〜〜〜」」」」
恐怖のあまり、公家たちが一斉に中央の帝にすがりつく。帯刀と慶喜も、放心状態で固まっている。
「刀を捨てろ!」
狐火の声で我に返った二人は、無念さをにじませ小刀を床に落とした。狐火の配下がそれをたちどころに奪い取る。
赤色に戻っていたノズルの先端がやがて緑色に変わると、再び帯刀に向けられた。先端の光の色は、発射準備の可否を示しているらしい。
帯刀は顔を強ばらせ、ゆっくりと立ち上がる。
「おいを殺した後、帝をどげんすっ気だ?」
狐火はニンマリと笑みをこぼす。
「長州兵が無事禁裏に突入してくれば、どうすることもない。お前たちの代わりに、長州、加賀、鳥取、岡山の藩兵で帝をお守りし、新たな幕府を創るだけのこと」
「バカな!わいらは正気か?」
怒気を発した帯刀の肩を狐火がつかみ、俺たちが覗き込んでいる下段の間の方へと突き飛ばす。
「マキさん、拳銃にはあとどれくらい弾が残ってるの?」
「一発しかなかとじゃ。予備の弾が国元から全然届かんで、さっきの公家町でほとんど使うてしもた」
下段の間に一人佇む帯刀に対し、瑞雲はノズルを構えた。
もう躊躇している暇はない。俺は、那奈、お涼、マキと手早く申し合わせ、行動に出た。
俺と那奈は足音を忍ばせ、かつできるだけ素早く渡り廊下の左側を回り、中段の間の西側の襖障子へ。
お涼とマキも左側へ移動し、下段の間の西側襖障子の前で身を屈める。
咄嗟に立てた計画はこうだ。まず、俺と那奈が中段の間に押し入り、近場の敵に斬り掛かる。
瑞雲の注意がこちらへ逸れた時、下段の間へお涼が突っ込んで、帯刀を反対側の広縁へ避難させ、マキが最後の銃弾で瑞雲を撃つ。
分子破壊砲さえ封じてしまえば、後は勢いで狐火を含め、残りの敵を掃討すればいい。
刀を抜いた俺と那奈はうなずき合い、障子を勢いよく開け放つと共に中へ飛び込んだ。
正面にいる銃卒二人は、俺と那奈の斬撃を肩に受けてたちまち崩れ落ちる。
ダーーーーーーーーン!
一番離れた場所にいる銃卒が俺に向けて発砲した。が、弾は眼前に旋回した自動操作刀が瞬時に弾く。
狐火を目指す俺と那奈の前に、残りの仲間が銃剣を槍のように突き出して遮ろうとする。
一方、瑞雲が俺たちを振り向くのと時を同じくして、お涼が下段の間にいる帯刀に突進し、抱きかかえるように反対側の障子を押し倒して広縁へ。
広間に一歩踏み込んだマキは、瑞雲に照準を合わせて拳銃の引き金を引いた。
カチッ……。
撃鉄は確かに落ちている。しかし、弾は発射されない。
下段の間への侵入者に気付いた瑞雲が、マキに向き直る。
カチッ……カチッ……。
撃鉄を起こし、繰り返しても弾は出ない。
「しもうた、また故障や!」
顔面蒼白で立ち尽くすマキに、瑞雲はノズルを向けた。
那奈はわき目もふらず狐火に突っ込もうとしており、マキの悲痛な声で下段の間に目をやった俺は、掛かってきた銃卒の脇腹に刀の強打をくらわせるなり、瑞雲へと向きを変えた。
「やらせるかーーーーー!」
俺の叫びで振り向いた瑞雲に、こん身の力を込めて跳躍する。
自動操作刀によってコントロールされている筋肉が最大限の力を発揮したのだろうか、三メートル以上離れている相手に肉薄する。がそれよりも早く、薄笑いを浮かべた瑞雲は、俺に向け直したノズルのトリガーを引いた!……のと、マキが懐から取り出して投げつけた苦無が、瑞雲の右肩背部に突き立ったのは同時だった。
さっき見た限り、分子破壊砲は引き金を引くのと、発射との間にほんのわずかなタイムラグがある。
やれるか!?
ガクンと瑞雲の右腕が下がり、ノズルボディを支える左手がわずかに上向いているのを見澄まし、その左手の甲を青白く発光する刀で突き刺し、さらにねじ入れるようにしてノズルの先端部を瑞雲の首もとに押し付けた。
シューーーー!と低い金属音を発して火の玉が放出されたのはその直後だった。
「うおぉーーーーーーーーーーー!」
赤い炎は断末魔を上げる瑞雲の顔面を包み、やがて体全体に、さらには背負う分子破壊砲そのものにまで浸食したかと思うと、突如大きな閃光が起こった。
スパークは一瞬ではあったんだけれど、しばらくの間は目がチカチカ、クラクラし、やがて視界がはっきりした時には瑞雲の姿は分子破壊砲と共に消えてなくなっていた。
周囲を見回すと、誰もがその場でまだ体をふらつかせていたが、一人狐火が頼りない足取りながらも走り出し、開け放たれた東側の障子から外へ逃げた。
「待て!」
追おうとした俺の前に、一人、さらにまたもう一人の銃卒が立ち塞がろうとしたが、その相手を那奈が引き取った。
「先生、ここは私たちに任せて、狐火を追ってください!」
「頼む!」と返した俺は、広縁からふらふらと下段の間に入ってきた帯刀に顔を向けた。
「小松様、長州兵はもうすぐ蛤御門に押し寄せてきます。西郷さん、いや大島三右衛門様の部隊をすぐに呼び戻し、全軍で迎え撃ってください!」
「は、はぁ、あいわかりもした」
不得要領ながらも応じた帯刀に背を向け、俺は狐火の後を追った。
小御所の東側広縁から地面に下り、御池庭を見渡すと、池に沿った玉石の州浜を駆ける狐火の背中を見つけた。狐火は池に架かる木橋を渡ろうとしている。
木橋は弓状に曲線を描いてこんもりと盛り上がった反り橋で、最も高い位置に達した狐火は急に足を止めてくるりとこちら向き、背中の半弓を手に取った。
猛然とダッシュする俺との距離は約五十メートルに縮まっている。
狐火は俊敏な動きで番えた矢を、俺に向けてその場で射た。
ビシッ!
俺の刀が矢をいともたやすく払う。
立て続けに射込まれた二の矢、三の矢も同様に防いだ時、俺は反り橋を駆け上がって狐火の目前に迫っていた。
狐火は矢を諦め、弓の先端に付けた弭槍をグイッと眼前に突き出してくる。俺の刀は時を移さず下から振り払うようにして弭槍をへし折った。
それでも狐火はひるむことなく弓を捨てると、帯に差していた直刀を抜いて大上段に振りかぶり、頭上から打ち込んでくる。
この斬撃を、俺は左手で刀の棟を支える横一文字にして受け止めた。
力を込めて強引に押し斬ろうとする狐火に対し、右膝を折って体をすかさず右に倒し、刃を傾ける……と、狐火はバランスを崩してわずかに足元をぐらつかせた。
その瞬間を捉え、柄を両手で握りなおすと、俺の刀はくるりと回転して相手の右腕を斬り付け、直刀を地面に転がせたと見るや、とどめの一撃を無防備な胴に見舞った。
ガチン!
狐火の胴体は何の抵抗もなく両断されるはずなのに、自動操作刀は相手の胴を打ち付けたままの状態で止まっている。
いやそもそも、青色に発光しているはずの刀身が平常のままじゃないか!
まさか、故障した!?
俺の思考が混乱し、行動が一時的に停止したのを、狐火は見逃さなかった。
強烈な手刀が俺の左手首を打ち付け、柄から引き離されたかと思うと、右手首をつかまれて強くひねられ、どうにか片手で握っていた刀も落とされてしまった。
続けざま、狐火は俺の右手を掴んだまま背後に回り、いとも簡単に組み伏せる。
手首に激痛が走り、身動きできない。空手の護身術でもかけられたような恰好だ。
「何故我が斬れなかったのか、不思議なのかい?あなたの刀、別にどこも狂っちゃいないよ」
「じゃ、じゃあ、何で……」
「その刀は未来から来た人間だけを斬れるようにできてるんだろ?なら、我は斬れない……フフフ」
言っている意味が最初は理解できなかった。でも、言葉通りなのだとしたら……。
「お前は……未来の人間じゃないのか?」
「ああ、あなたたちが『幕末』と呼ぶ、この時代の、この国の人間さ。だから、鎖帷子を着込んだ上半身に、その刀で少々打ち込まれたって、たいした傷は負わないんだよ。それにお前の刀は、あらゆる打ち物に対して反応、対処する不思議なからくりが施されているようだが、徒手には何ら応じないようだ」
あまりの衝撃で、俺はすぐに二の句を告げなかった。
「そもそも、我は未来人だと一言も告げた覚えはないぞ。全部思い込みだ」
「でも……でも、お前は瑞雲たちの正体も企みも、全て知ってるんだろ?日本人のお前が、どうして加担する?あいつらは未来の世界を滅ぼそうとしてるんだぞ!」
「日本だろうが、未来だろうが、そんなものは我にはどうでもいいことさ」
「はあ?よくもそんなことが言えたな!お前には人の心がないのか!」
「ああないね!」
鋭く即座に答えた狐火は、声のトーンを落として続けた。
「我の真の名は黄玉。飛騨の国の忍びの集落に生まれた。江戸開府以来、伊賀や甲賀の忍びは徳川将軍家に仕えているが、飛騨の忍びが仕えるのは、南に近接し、将軍家に次ぐ地位を持つ徳川御三家の一つ、尾張徳川家だ。尾張から時期将軍を輩出させるため、内偵はむろん、ありとあらゆる謀略工作や、時には暗殺までこなす。我の両親は下忍でな。下忍の子は下忍にしかなれぬ。下忍を指揮する上忍の命令は絶対であり、逆らえば死あるのみ。下忍とは、上忍にとって奴隷以下の存在だった……」
忍者の世界において、集落のリーダーや土豪的存在の者は上忍、実動部隊が下忍と呼ばれていたのは俺も知っている。
飛騨は俺の時代の岐阜県北部。尾張は愛知県の西部だから同じ中部地方で、結びつきやすい地理関係にはある。
戦国時代の有力大名は、敵をかく乱し、裏をかく特殊技能部隊として独自の忍者を召し抱えていた。
しかし、かつて三重県にあった伊賀衆と、滋賀県にあった甲賀衆は、自治組織を持つ日本最大の忍者集団だったらしく、当初は特定の大名には属さず、全国からの要請を受けて傭兵としての忍者を各地に派遣していたという。
それに比べれば規模の小さい飛騨衆も、周辺諸国の有力豪族に傭兵を送り込んでいたのかもしれない。天下が統一され、戦乱のない江戸時代に入ると忍者の需要が急速になくなり、天下の政治に野望を持つ尾張徳川家くらいしか周りに雇ってくれる相手がなかったのだろう。
「我の両親は、さる大名の暗殺を指示されたもののしくじり、父はその場で斬り死に、母は逃げおおせたが失敗の責任を問われて上忍に斬られた。我は幼き頃に上忍の手込めに遭い、遊女に扮する諜報役として教育され、諸国を回った。腹に宿った我が子を堕ろしたのは一度や二度ではない。その都度、やり場のない悲しさと悔しさと怒りが募り、とうとう何もかもに嫌気が差し、足抜けした」
「足抜け……って、脱走したのか?」
「そうさ。抜け忍は死罪とするのが、飛騨の忍びの掟。我を追って幾人もの刺客が放たれたが、その都度返り討ちにした。弓と忍び刀と捕手の術は、修練を重ねて得意だったからな。京まで流れ、辻斬りでその日暮らしをしていたある日、ねぐらにする森の中で、光に包まれ未来からやってきたばかりのアルバートとクリスに出会ったんだ」
「そこで仲間になったのか?」
「初めのうち二人は、秘密を目にした我をあの分子破壊砲で殺そうとした。だが武術において我はそうそう誰にもひけは取らない。二人を殺さぬ程度に打ち据え、分子破壊砲を分捕った。事の経緯と二人が企てている計画を無理矢理聞き出し、我の気持ちは生まれて初めて高ぶった。上忍や下忍などという馬鹿馬鹿しい仕組み、そんな構造を作り、利用してきた全ての奴ら、いや、忍びだけに留まらず、この世で無数に存在する不条理や、差別や弱い者いじめを許す日本の民、風土、さらには日本という国自体、滅び去ってしまえばいいと常々思ってきた。そんな夢想が現実になるかもしれぬのだ。仲間に入れるよう強く申し入れ、半ば脅し、二人とは同格の幹部として狐火が生まれた。アルバートたちは狐を意味する母国語で、普段我をフォックスと呼んでいたがな。ところが、今まで三人で苦労して進めてきた計画を、お前たちはことごとく邪魔してくれて……」
狐火が、俺の右手をさらに締め上げ、背中を押さえていた左手の代わりに足を掛けた。
「痛たたた……お前の言うことはわからないでもない……でも、それは独りよがりな逆恨みだ!」
「ふん、この世で筆舌に尽くせぬ惨めな生を受けた者でしか、この思いはわからぬ。いや、わかってもらう必要はない」
狐火は空いている左手で側に落ちていた直刀を拾い、その刃を俺の首に突き付けた。
「企ては潰えたが、同志アルバートとクリスの仇だけはとっておかねばなるまい」
「くそっ……」
ここでギブアップするしかないのか?……いいや、イヤだ!観念などするものか!
しかし、動きを封じられたこの体勢では、何の抵抗もできない。
「死ね」
そう言って切っ先で俺の首筋を刺し貫こうとした時、狐火の口から「うっ」という小さな声が漏れた。俺の右手を締め上げている相手の握力が、わずかに弱まる。
俺は間髪入れず右手を振りほどき、背中を踏みつけている足をはね除けて、狐火から四つん這いで離れた。
振り返りざま、橋上にペタンと尻を付けて背後を見ると、狐火は両眼を大きく開き、俺を刺そうとする格好のまま硬直しており、その後ろには肩を上下させて苦しそうに息を弾ませている那奈の姿があった。
那奈の刀は、狐火の背中から鎖帷子を突き破って心臓を貫いていた。
鎖帷子は鋼線の鎖を連結して服の形に仕立てた防具で、斬撃には高い防御効果を発揮するが、突きには比較的弱かった。
那奈の剣尖は、その渾身の力も作用して、鎖の隙間をうまく突き切り、狐火を即死させたらしい。
ドオッと狐火がうつ伏せに崩れると、那奈は緊張が解けたのか大きな吐息をはき、刀を握ったままその場で両膝をついた。小御所から、俺を追って必死で駆けてきたんだろう。
俺はふらふらと立ち上がり、那奈の傍らにしゃがむ。
「那奈さん……」
「良かった……間に合って……」
放心状態の那奈は、ぎこちなくこちらに顔を向け、わずかに口元を緩めた。
そんな彼女の両肩を、俺は静かに抱きしめる。
刀を下に置いた那奈は、顔を俺の胸に埋めた。
「お安うないなぁ〜〜〜」
「へえ〜、二人はそげん関係やったんか!」
いつの間にかお涼とマキもここまで来ていて、ニヤニヤしながら俺たちを見下ろしている。
それに気付いた那奈はいきなり俺を突き飛ばし、真っ赤な顔で立ち上がった。
「いえ、これは違うのです!そうではなくて……先生は私の身を案じてくださり……」
しどろもどろの那奈を、二人は冷やかすようにウンウンとうなずく。
「ですから、違うのですってば!先生も何とかおっしゃってください!」
頭をかきながら俺が起き上がった時、西の方角から銃声が響きだした。
蛤御門がある方向!
禁裏を舞台に、史実通り長州兵の攻撃が始まったんだ。




