№38 帝が人質にとられてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
「確かに、夷川家の女房(女官)と名乗る方が、二つの大きな長持を担いだ八人の中間と一緒に中へ入られたが……」
朔平門前の仮番所で、宇和島藩兵の指揮官が俺たちにそう答えた。
それは狐火だ!那奈、お涼、マキが一斉にこちらを向き、目配せする。
「その女房は一体何の要件で?長持には何が入っていたのですか?」
「それは……畏くも中宮様(皇后)直々のご用命にて、朝廷に仇なす賊臣・長州を調伏する加持祈祷のための護摩木で、夷川家が代々管理し、滅多なことでは使われぬシロゴンズイの導板であると……」
「それを直にご覧になったのですか?」
「いや、それは……畏れ多くて我らが検められるような品では……」
俺の問いに、指揮官はバツが悪そうに言いよどむ。
「すっと、中ば検めんで通したちゅうことじゃなか?警備の者がそがんていたらくでよかとじゃろうか」
お涼に小さな声で囁くマキを、指揮官は不快そうにじろりと見たが、俺は質問を重ねた。
「長持の大きさはどのくらいなんです?」
「あれは……長さが八尺以上、幅と高さは三尺弱故、通常の長持と変わりはせぬ」
「それほどの大きさがあれば、ゲベール銃を何丁も入れられる……」
「ゲベール銃だと!?」
「銃だけではありませぬ。奴らはその長持に計り知れぬ威力を持つ飛び道具を隠し入れている恐れがあるのです!」
那奈の言葉を聞き、指揮官はたちまち顔面蒼白となり、おろおろし出した。
「と、飛び道具だと?……それがまことならば、えらいことじゃ……いかがすれば……」
「奴らの後を追い、すぐに捕まえないと!」
「されど、我らは宮門警備の任にあるとはいえ、兵を配せるのは門外のみ。禁裏の中へなど斯様な戦支度のままで入れはせぬ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ……非常事態なんですよ!とにかく禁裏の人たちに急を知らせなくちゃ。あなたたちまで来てくれとは言いません。無断で忍び込んだことにしてもらってもいい。その責任と罪は必ずとりますから、俺たちを入れてください」
「とは言うものの、あの女房たちが賊だという証拠はどこにあるのだ?」
「今ここに見せられる証拠はありませんが、その女房の顔を見れば、賊であるかないかはすぐにわかります」
「お主らが奉行所に関わりのある者たちなのはわかるが、怪しいというだけで、奉行所に禁裏の中を検める権限などどこにもないぞ。朝廷か、禁裏御守衛総督の一橋様か、京都守護職の会津様のご指示もなくそれを許せば、後でわしが責めを負うことになる」
「こんな場所でもたもたしていたら、帝にまで害が及ぶかもしれない!そうなれば、十分な検分もせずに賊を中に入れたあなたは、もっともっと大きな責任を問われますよ!」
「うっ……」
俺の最後の言葉が決定的な口説き文句となって、宇和島藩の指揮官は朔平門を渋々開かせた。
飛び込むようにして入ると、門内に人影はなかった。
斜め前には檜皮葺の立派な門扉が立ち塞がり、その左右から高さ二メートルほどの真っ白な漆喰の仕切り塀が伸びている。
これは内郭の北正面にある玄輝門だろう。ここをくぐれば、帝の公的・私的施設が建ち並ぶ宮城となるはず。
「中は人っ子一人おらんみたいに静かばい」
「禁裏には常時千人の下級官人、女中、小者が詰めてるんやし、おらん訳はないわ。きっと、伏見方面の砲声がここにも聞こえたからや。長州との戦端が開かれたんを知って、みんな部屋に閉じ籠もって震え上がってるんやろな。朝廷の人間はこういう騒動になると、上から下まで度はずれた臆病もんになってしまうさかい」
マキに対してお涼があきらめ顔で説明していると、那奈が「あっ」と言って左手の数メートル先を指差した。
二つの長持が地面に放置されている。
近付いてみると、どちらも蓋が開けられ、中身は空っぽだった。
「狐火たちは分子破壊砲と小銃で武装して、もう禁裏の内部に侵入してる。奴らが目指してるであろう小御所は、ここからまだずっと奥だ」
「先生、ではあの門の番人を呼んで、すぐに開けさせましょう!」
「いいや、門番が朝廷にも幕府にも関係なさそうな身なりの俺たちをすんなり中へ入れるかどうか。さっきの朔平門みたいにまた押し問答になっちゃうよ。それに、禁裏の内部は大小様々な建物が複雑に配置され、仕切り塀が縦横に張り巡らされていて、巨大迷路のようになってるんだ。地図でもなければ、とてもすんなりとは通り抜けられない」
以前俺が読んだ本によると、内郭は帝とその家族に加え、住み込みで働く廷臣、女官たちの住居スペースがかなりの割合を占めることから、それぞれのプライバシーを守り、下級官人が上役や貴人と出くわす度に平伏し、作業が中断しないよう、仕事の効率化を図る上でも至る所に塀が設けられていたらしい。
記憶にあるその平図面を、俺は頭の中にどうにかこうにか甦らせる。
「へえ〜〜、そがんことまで万太郎はようしっとーな」
「そしたら、どうやってその小御所ていう場所まで言ったらええのん?」
「外郭と内郭の間にある東側の庭を突っ切っていけばいい。門番に見つかっても、こうなったら無視して強引に進むしかない。庭なら設置されてる仕切り塀は数えるほどだし、塀は全て俺たちの背丈より少し高い程度。協力すれば乗り越えられるさ。それに、建物には吹き抜けの廊下や縁側がたくさん配置されてて、本来なら中から外の庭は丸見えだけど、官人たちが部屋に閉じ籠もってあちこちうろうろしてないのなら、見つかる可能性も低い」
「さすが先生!それがよろしゅうございます!」
「そうと決まれば、善は急げばい!」
早速マキが玄輝門脇の仕切り塀の前に立って両手を組み、目で合図した。
マキの両手を足場にして、俺たちは次々と塀の屋根瓦を乗り越える。
最後に残ったマキは密偵という任務柄こういう技に慣れているのか、一人で軽々と屋根を飛び越えてきた。
玄輝門の裏側には、門番らしき二人の男が倒れていた。
那奈が二人の脈を取る。
「両名とも、気を失っているだけです」
「狐火たちの仕業だ。急ごう!」
禁裏外郭の築地塀と内郭の仕切り塀に挟まれた細い空間を南へと走り抜け、通せんぼする仕切り塀をいくつか越えると、美しい緑の庭園が前面に広がった。
帝のプライベート空間として設けられた御内庭だ。
水を導き入れて川のように見せる流水には、古風な土橋や石橋が掛けられ、その左右に石組の築山や様々な種類の木々が配されている。
右手には平安時代を偲ばせる大小の建築物が軒を連ね、廂の下で欄干の付いた広縁、建物の縁部分に張り出した濡れ縁、渡り廊下など、人がひょっこり出てきそうな場所に面してるが、どこもかしこもひっそりとしている。
もし誰かが現れたとしても、俺たちの姿は築山や木々が隠してくれるだろう。
御内庭を抜け、さらに仕切り塀を越えた先に、広大な池泉回遊式庭園・御池庭が出現した。
江戸初期、著名な茶人で作庭家でもある小堀遠州が手掛けたとも伝わり、御内庭の流水が仕切り塀の下を潜って注ぐ大きな池の周りには、玉石が敷き詰められている。
この庭から右前方に見える一際大きな建物が小御所だ。
だだっ広い庭に出てしまうと目立つので、小御所の北に隣接し、渡り廊下で繋がっている御学問所の脇に潜みながら進む。
他の殿舎群から独立するかのように東へと突き出した格好の小御所は、屋根の上部が二方へ傾斜し、下部が四方へ傾斜した入母屋造の檜皮葺で、漆喰壁の母屋周囲を板敷きの広縁が巡っている。
母屋の内部は、北から南へ帝の玉座である上段の間、廷臣が控える中段の間、下段の間と、同じ広さの三部屋が並ぶシンプルな間取りだった。そこに小松帯刀もいるはずなんだけど、外から見る限り人が集まってるような気配がない。
「気味が悪いほど静かです。これがその小御所なのですか?……」
那奈がそう話しかけてきた時、小御所の広縁を巡回する一人の男が現れた。
どう見ても小間使いか雑役夫の出で立ちだが、着剣した小銃を肩に担ぎ、庭を見回しながら歩いている。
「あれは朝廷に仕える番兵やろか?」
「禁裏に鉄砲を装備した番兵なんていないよ。侍や兵士の姿じゃないから、禁裏付きの幕府与力や同心でもないし、禁裏の六門を守ってるどこかの藩兵でもない。となると……あれは狐火の仲間としか」
「縁側を一人でぐるぐる周回しながら警戒しているようです。となれば、小松様はあの建物の中ですでに拘束されているということに」
「内部の様子を知りたいな。そのためには、あの歩哨を何とかしないと」
「敵が一人なら、たやすかことばい。うちに任せんしゃい」
マキはそう言うと、這うようにして小御所北側の床下に潜り込み、歩哨が一周して近付くのを待つ。
潜む真上にちょうど歩哨がやってきた時、マキは軽業師のように広縁に上がり、相手の背後に立ったかと思うと、手刀で首の側面を打った。と見る間に、歩哨は一言も発せず気絶し、マキは寄り掛かってきた体を支え、ゆっくりと床に寝かせる。
俺、那奈、お涼はそれを確認して、そっと床に上がった。
小御所という建物には壁が一切設けられておらず、柱と襖障子だけの間取りだから、中の様子を探るために俺たちはまず襖に耳を当ててみた。
北寄りの上段の間と、次の中段の間あたりから複数の人の声が聞こえる。話の中身まではわからない。
俺は三人に指で南の方を指差し、足音を忍ばせつつ広縁を南の端へと移動する。
下段の間からなら室内の相手に悟られず、内部の全体を窺えるかも知れない。俺は四枚立て襖の右端に腰を屈め、引手に手を掛けてほんのわずかな隙間を開けた。俺たち四人は顔を寄せ合い、覗き込む。
それぞれの部屋を隔てる襖は開け放たれている。
下段の間には、平服と軍装の侍が混じって数人倒れていた。その中には、先程伊地知たちの所へ小松の命令を伝えに来た薩摩藩の兵士もいる。生死はわからない。
中段の間に、半弓を背負う狐火の姿があった。すでに掛衣や切袴を脱ぎ去り、全身濃紺に染めた動きやすそうな忍び装束をまとっている。
その左右に小者のなりをした配下六人が小銃を構えて居並び、筒先を上段の間に向けていた。やっぱり武器を長持の中に隠していたんだ。
狐火が率いて侵入した配下は計八人。うち一人はさっき広縁で倒したから、あと一人どこかにいるはずなんだけど……。
銃口が向けられている上段の間には、本来掛かっているはずの御簾がはがされ、中央には衣冠束帯を身に付けた細身で壮年のいかにも上品そうな人物が座り、彼を取り巻くように数人の公家。
さらにこの集団の楯となるべく、鎧の上から陣羽織を身に着けた二人の武士が片膝を付き脇差しを抜いている。
その二人の武士の顔……これまで何度も本や資料で目にしてきた写真と瓜二つじゃないか!
彫りが深く、凛々しいイケメン……禁裏御守衛総督であり、後に江戸幕府最後の将軍となる一橋慶喜。
そしてもう一人は、秀麗な顔立ちがいかにも知的で温和な雰囲気を漂わせるものの、一際太い眉が剽悍な薩摩隼人であることも主張している若者……彼こそ小松帯刀だ!
とすると、中央でみんなに守られているのは孝明天皇!
周囲にいる公家は、この時徹夜で朝議に加わっていたはずの関白・二条斉敬、右大臣・徳大寺公純、内大臣・近衛忠房、国事御用掛・朝彦親王たちじゃないだろうか。
史実では昨夜、長州派公家で謹慎蟄居中の有栖川宮幟仁親王や右近衛大将・大炊御門家信が突然参内し、朝敵とされている長州藩の赦免、そして京都守護職・松平容保が京における混乱を招いた張本人であるとして追放の勅命を強く求めたという。
しかし、孝明天皇は信任篤い朝彦親王や太政官トップの面々を呼び寄せて反論させ、遅れて議論に加わった一橋慶喜の断固とした反対姿勢にも後押しされて有栖川らの要求をはね付けただけでなく、逆に長州藩追討の勅許まで下した。
この時点で、長州派グループによるクーデター計画は大きくつまずいている。その争論メンバーの中に、帯刀も入っていたのか……。
「ここな無礼者、禁裏に乱入して狼藉を働くばかりか、畏れ多くも帝に対し奉り鉄砲の筒先を向けるとは如何なる存念じゃ!直ちにこの場から立ち去れい!」
刃を狐火に向け、憤怒の形相で言い放ったのは、慶喜だった。
「黙れ!」
反りのない直刀を片手で構えている狐火が、鋭く答える。
「帝には毛一筋ほどの傷もつけぬ。慶喜、お主や公家どもも、おとなしく我らの言うとおりにしておれば命までは奪わぬ」
「では、何が狙いだ!」
「まずは……お主の隣にいる小松帯刀をこちらに引き渡してもらおう」
「おいを?どうすっとじゃ?」
慶喜と顔を見合わせた帯刀が問い質す。
「他の者に手出しはせぬが、お主だけは別じゃ。この世に生き長らえてもらっては困るゆえ、あの世に行ってもらう」
「何じゃち!?」
「さあ、立ってこちらに来い。そこにおっては大事な帝をお主のせいで巻き添えにしてしまうぞ」
唇を噛み、体を動かそうとした帯刀を、慶喜が手で制する。
「行く必要はない。単なるこけおどしじゃ」
「こけおどしかどうか……おい、喜平、手当ては済んだか?」
横を向いた狐火に、襖の陰から「はい、今概ね」という声が聞こえた。
中段の間と下段の間を隔てる襖は開けられているが、左右に分かれた襖の裏側はこちらから見えない。そこにまだ誰かがいる。
喜平と呼ばれた配下の一人に続いて、襖から姿を現した男の姿に俺たちは目を見張った。
瑞雲!
そう、諸肌脱ぎになった奴の右肩は、サラシを裂いたような細い布でグルグル巻きにされている。公家町での戦いで俺が刀で突いた部分は、血で赤く大きくにじんでいた。
「幕府陸軍を装った四十人以上の別働隊が、あの小僧たちにまたしても不覚を取って、全員捕まるか、逃げ散るとはね。けどまあ、あなただけでもここにたどり着いてくれたから安堵したわ。我らが先に門から堂々と禁裏に入り、宮門の諸藩兵に気付かれず小御所を占拠してから、外で待機する別働隊が築地塀を乗り越えて合流する計画も、その肝心な道具を扱える唯一の人間がいなければ何も始まらないんだから」
口ぶりに棘が埋まる狐火に、瑞雲は「もう言うな。棟田万太郎……次に会った時は、必ずこの手で殺す」と忌々しそうに答え、手にしていた「その肝心な道具」を背負った。
「あれは……何?……」
那奈が思わずそうつぶやいたのも無理はない。
二本の肩ベルトに両腕を通して背負うそれは、黒っぽい金属でできた四角いランドセルに似ていた。
幕末、ランドセルのルーツとも言える軍隊用の背嚢は日本にも輸入され、幕府歩兵隊が採用していたようだけど、馴染みのない一般庶民にとっては珍奇な代物だったろう。
単なるバックパックでなさそうなのは、下部から長い管が一本伸び、瑞雲が両手でライフルのように持つトリガー付きノズルに繋がっていることで容易に想像できる。
まるで、火炎放射器みたいな形状だ。
「あれが分子破壊砲なのか?……鉄砲や大筒なんて比べ物にならない、けた外れの破壊力を持つ兵器……」
ぽつりと漏らした俺に、三人が不安げな視線を向ける。
瑞雲は狐火の横に立って、俺たちに背中を見せた。
「その傷、手と腕に差し障りはないの?」
「ああ、防弾用の着込みがなければ深手を負っていただろうが、これくらいなら問題ない」
「配下の連中が公家町で何人も捕縛されたとなれば、禁裏の外では騒ぎが広がり、本来殿上人以外は立ち入れないこの小御所にも、追っ付け宮門警備の藩兵が強引に押し寄せてくるでしょう。その前に、大事な仕事を早く済ませないとね」
瑞雲にそう告げた狐火は、視線を帯刀に投げかけた。
「さて、お前がそこに居続けると、周りの者ども、もちろん帝にまでどんな危害が及ぶのか、その目でしっかり見るがいい」
狐火に目配せされた瑞雲が、ノズルの先を帯刀に向けた。




