№37 俺は大変な勘違いをやらかしてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
禁裏の北側を回り、閉ざされた乾御門の裏側に至ると、四人の武士が顔を寄せ合って何やら話し合っていた。
幕府歩兵隊によく似た軍装ではあるけれど、上下が紺色で、全員が頭に黒の陣笠、腰には大刀、小刀を差している。
そのうちの三人は白の袖なし陣羽織、長さ四十センチほどの指揮杖を握る残り一人は小柄ながら赤と黄の袖なし陣羽織をまとっているから、いずれも上級武士に違いない。
近付く俺たちに気付き、四人は一斉にこちらを振り返った。
躊躇なく、お涼が十手をかざす。
「町奉行所の手の者なんどすけど、皆はんは薩摩藩のお歴々やあらしまへんか?」
「いかにも、我らは薩摩の者じゃが」
指揮杖を持つリーダー格らしき侍が答える。
「先程、公家町に数十人の賊が侵入し、闘争の末に大方捕らえはしたものの、肝心の首領を逃してしもたんどす。右肩に手傷を負うた不審な人物を見かけてはりませんか?」
「ああ、東の方でした銃声は、そん捕り物であったか。いや、左様な者は見ておらぬな」
この侍の風貌は細面で、左目と右足が不自由そうであり、肖像画などで知る西郷隆盛のそれとは似ても似つかない。
西郷は門の外にいるのだろうか。俺は彼に向かって一歩踏み出した。
「その賊に関して、指揮を執っておられる西郷隆盛様にどうしてもお目にかかって、お伝えしたいことがあるのですが、引き合わせていただけませんか?」
「西郷隆盛」と聞いて、四人の表情が一斉に変わり、互いに顔を見合わせる。
しばらくの沈黙の後、リーダー風の侍が険しい眼差しで俺を見た。彼の特徴的な風貌、何かの本で読んだような気もする。
「西郷隆盛ちゅうよな名の者は、島津家中にはおりもはんが」
「そんな!おられないはずは……」
と、言ってから思い出した。西郷は薩摩藩の実権を握る島津久光に逆らって沖永良部島へ流罪となったものの、今年の二月に赦免されて本州に戻っている。
日本の政治が混迷を深める中、久光は薩摩藩が主導権を握るため、高い外交力を有し、藩内外に声望のある西郷をどうしても必要としたんだ。
そして、六年前に幕府が尊王攘夷派の大名、公家、志士を弾圧した安政の大獄で、西郷もお尋ね者の一人になっていたから、今の時点で彼が公に名乗っていたのは「大島三右衛門」だった。
「確かに間違えていました。大島様です!軍賦役の大島三右衛門様!」
「ふむ、大島さぁにな?……じゃっどん、大島さぁの名を知る者は、藩外にそうそう多うはおらんはずじゃが。そもそも、おはんは誰かいな?」
「申し遅れました。相模の浪人・棟田万太郎と申します」
「ご浪人さんではありますけど、あたしら町方のお手伝いをしてくれたはって、新撰組とも懇意にしたはるお方ですの」
身分に違いはあっても、こちらが先に名乗り、お涼が身元を言い添えてくれたからには、武士の礼儀として相手も名乗らなければならない。
「おいは伊地知正治じゃ」
名前を聞いて、薄らと記憶していた彼の身体的特徴が頭の中で蘇っていく。
そうだ!薩摩藩では戦上手として知られた人物!
伊地知に目で促され、他の三人も後に続いた。
「吉井友実と言いもす」
「黒田清綱でございもす」
「中原猶介でござっ」
四人の名前は、俺の胸の内をいやが上にも高鳴らせた。だって、伊地知だけじゃなく、残りの三人も幕末の薩摩藩で活躍した有名な志士たちだったんだから。
嬉しさと感動を押し殺し、俺は言い募った。
「高名な皆さんにお会いできて光栄です。しかし今は、薩摩藩全軍の指揮を執っておられる軍賦役の大島様にどうか一刻も早く会わせてください!」
「高名ち言わるったぁ、ないだか体がこそばゆうなっなぁ。じゃっどん、会いたい言うても、大島さぁはもう一番隊を率いて長州兵が駐屯すっ天龍寺方面へ出発したばっかいど」
吉井が探るような目つきで言った。
「それなら、俺たちも後を追わなきゃ」
俺が那奈、お涼、マキに目をやると、三人ともうなずいて賛同する。礼を言ってその場を離れようとする俺たちへ、伊地知が「まあまあ」と片手を挙げて制した。
「先刻から全軍の指揮とか仰せじゃっどん、何故そいが大島さぁなんじゃっとな?」
「ですから、それは大島様が軍賦役だから……」
「軍賦役なら、おいもそうじゃが」
「おいもな」
黒田と中原が口をそろえ、俺の頭の中は混乱した。
「あの……軍賦役というのは、貴藩では全軍の指揮官、つまり大将のような存在じゃないんですか?」
それを聞いた四人は、何故だか急に笑いだした。
「おはんは大きな勘違いをしちょらるっな。軍賦役とは全ての軍兵でのうて、そん中でいくつかに分かれちょっ、一つの銃隊か砲隊を指揮すっ者じゃ。おいは銃隊を、中原どんは砲隊を、そして大島さぁは銃隊を指図しちょっ。ほんの数年前までは戦国以来の弓組やら槍組やらもおったが、それらを全て解体して西洋銃陣の軍制改革を指導し、各隊の我らを本来指揮すっのが、ここにおられる軍役奉行の伊地知さぁなんじゃ。ちなみに京都屋敷留守居役の吉井どんは、伊地知さぁを補佐しちょっど」
黒田がしたり顔で説明する。
何てことだ……。
俺がこれまで目にしてきた本や資料、映画やドラマは全て、禁門の変における西郷隆盛のポジションを京都駐留薩摩藩兵の総司令官と説明し、描いていた。でもそれは間違いで、実際には一部隊の指揮官でしかなかったってことなのか!
黒田の話をまとめれば、京都駐留薩摩軍の総司令官は伊地知ってことになる。
伊地知正治。
薩摩藩士の子として鹿児島城下で生まれ、幼年期に煩った大病が原因で左目と右足に障害を持ってしまった。
でも、幼い頃から神童と呼ばれるほどの秀才で、鉄砲などの火兵戦術を重視する合伝流兵学の奥義を極めて藩校・造士館の教授になり、島津久光からも大きな信頼を得て軍師的存在になっていたんだ。
これから後に起こる戊辰戦争では、官軍参謀として数々の戦いで勝利している。
禁門の変でも活躍したと記憶してるけど、それが軍役奉行、しかも軍賦役より軍隊上では上位の役職を務めてたなんて全く知らなかった。
つまり、俺たちが守るべき人物は西郷隆盛ではなく、目の前にいる伊地知!?
那奈も一体何がどうなっているのかという表情で俺を見る。
「えっと、じゃあ、京都にいる薩摩藩の全兵士を指揮しておられるのはあなた……伊地知様なんですね?」
混乱してしどろもどろになってる俺に、横から黒田が口を挟む。
「じゃっで本来は、ち言うたやろ。本来なら伊地知さぁが指揮を執ってんおかしゅうはなかとじゃが、京で薩摩兵の指図を執っちょらるったぁ、国父(島津久光)のご名代として駐在しちょらる……」
黒田がここまで言った時、禁裏の方から一人の薩摩兵が駆けてきた。
「ご家老より伝令でごわす!物見がまだ戻って来ちょらんため、詳細は不明じゃっどん、伏見方面だけでのうて、山崎と天龍寺方面の長州勢にも動きがあった模様。天竜寺はもぬけの殻の恐れもあり、知らせがあればすぐ引き返し、禁裏をお守りするよう、進軍中の大島さぁに伝えよ、とんこっ!」
伝令を聞いて、伊地知ら四人に緊張が走る。
物見とは、偵察隊のこと。
幕府方に属する誰かからもたらされたであろう報告は、正確だ。もうすぐ、長州の国司隊は蛤御門を守る会津兵に戦闘を仕掛けるんだから。
伝令は来た道を駆け戻り、四人は俺たちを置いて、藩兵がいる門外へ出て行こうとした。肝心な部分をまだ聞いてないんだから、今出て行かれては困る。
俺は、黒田に追いすがった。
「教えてください。兵士の指揮を執っておられるのは、島津久光様の名代を務めている誰なんですか?」
「ん?今聞いちょったやろう?禁裏の中から指図をしてこられたご家老にして御軍役掛の小松さぁに決まっちょっやろうが」
「御軍役掛?……小松様って……ひょっとして小松帯刀様?」
「そん通りじゃ」
黒田の返事を聞いて、俺は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
小松帯刀……維新十傑の一人とされながら、薩摩系の志士としては西郷隆盛や大久保利通の陰に隠れて世間ではあまり知られていない。
明治維新は、西郷、大久保や土佐の坂本龍馬ら下級武士が起こしたクーデターだと言ってる歴史家もいるんだけど、俺はそう思わないんだ。
だって当時の日本の政治はもちろん、それよりもっと規模の小さい藩の政治一つを動かすにも、下級武士だけの力ではびくともしなかったはず。
つまり、下級武士同様の志を持つ上級武士、上士の存在がなければ藩を倒幕、維新に導くなんてできなかった。
帯刀は、江戸時代の島津家で代々家老職を務める肝付家に生まれ、後にやはり家老職の家柄である小松家を継いだ歴とした上士だ。
頭脳明晰で開明的な彼が島津久光に重用され、藩政改革の推進役に任命されたからこそ、西郷や大久保といった能力ある下級武士が活躍の場を与えられ、薩摩藩は日本の国政に関与する重要な位置を確保できた。
毛利家の長州藩だってそうだ。尊王攘夷の〝旗頭〟となって朝廷に大きな影響を及ぼし、幕府と対峙する流れを藩内で創ったのは、上士階級出身の高杉晋作や毛利一族の血を引く木戸孝允であり、時には彼らの暴走を容認し、尻ぬぐいまでしてきた政務筆頭役の周布政之助だった。
上士である彼らの優れた洞察力が、下級武士や下層民出身の伊藤博文、山県有朋、大村益次郎といった維新の英雄を見出していく。
帯刀は維新後の明治三年、肺結核あるいは悪性腫瘍によって三十四歳という若さで世を去る。本来なら明治新政府の中心的な立場にいてらつ腕を振るったはずで、もっともっと評価されて良い人物だった。
交流のあったイギリスの駐日外交官、アーネスト・サトウは帯刀について「高い家格の出身者にはあまり見られない、傑出した政治能力、人望、友情の厚さを備え、私の知る日本人の中で最も魅力的な人」だと記録してたっけ。
現時点ではまだ二十八歳の彼、小松帯刀こそが御軍役掛という軍隊のトップ、京都に駐留する薩摩藩兵約六百を指揮する司令官だったのか!
伊地知ら四人は足早に門脇の通用口から外へ出て行き、俺たちだけが残された。
「先生、これは如何なる次第なのですか?私には一体何が何やら」
那奈だけでなく、お涼とマキも混乱した表情を俺に向ける。
「俺は大きな勘違いをしてたんだ。俺たちが守るべき薩摩藩兵の総司令官は、西郷隆盛じゃなく、島津久光の名代として京都に来ている一番の実力者、家老の小松帯刀。彼を守らなくちゃ!」
「「「小松帯刀?」」」
「さっきの伝令が禁裏から来たってことは、帯刀は禁裏の中にいる」
ここで、俺は重大なことに気付いた。
「狐火の衣裳……だから!」
「狐火がどうされたと?」
「あいつが着てた服、まるで平安貴族が神事か祈祷をするような衣装だった。神事に使うお妃の御用だとか何とか適当な理由を付けて禁裏の中に入り込み、小松帯刀を探して暗殺するための変装だったんだ。分子破壊砲も狐火が持ってるに違いない」
「では、瑞雲が率いていた部隊は直接薩摩勢を襲撃するのではなく、禁裏に侵入して狐火を側面支援するための。だから禁裏の築地を乗り越えるための長梯子を用意していたのですね」
「六門を警備する各藩は、禁裏の中までは兵士を入れられない。禁裏には帝とその家族、出入りする公家、事務や雑務を行う官人、女官、女中、小者が大半を占めて、守衛の武士は少人数しかいないから、ある程度の戦闘力があれば簡単に占拠できる」
「されど、禁裏の中も広うございます。その小松というお方は何処に?」
「禁裏の中で小松帯刀がいる場所というと……東南寄りにある小御所だ。帝の公式な対面の場や、朝廷の議場に用いられた建物で、今は幕府要人との戦略会議室として使われているはず。帯刀はきっとそこにいる」
禁裏の建物は大ざっぱに言って、北側は皇后や皇子皇女、仕える女官たちの住居空間、真ん中は帝が日常生活や内向きの行事を行う空間、南側は帝の政務や儀式のための空間と、三つのエリアに分かれている。
小御所は、帝の居住の場である清涼殿の東、公的儀式が執り行われる紫宸殿の北東に位置していた。
俺の知る幕末の歴史では禁門の変から四年後、征夷大将軍に就任した一橋慶喜改め徳川慶喜の大政奉還によって、武家政治から君主政体へと大転換する王政復古の大号令がそこで発せられた。
明治新政府が発足したエポックメイキングの場所と言って良いだろう。
「そやったら、早う狐火を追わな」
「ばってん、狐火は六つの門のうち、どこから入ったんじゃろう?」
「それは、宇和島藩が守っている朔平門だよ。宮廷の女官たちが出入りできるのは、あの門だけと決められてるんだ」
急がなければ!ぐずぐずしていると、長州勢の蛤御門攻撃が始まってしまう!




