№35 大爆発カウントダウンのピンチになってしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
ホーホーホッホー……ホーホーホッホー。
キジバト?
元いた世界でも、朝になると窓の外から聞こえてきた鳥の鳴き声で、俺は目を覚ました。
窓からうっすらと光が入ってきている。
夜明け……てことは、お涼もマキも、とうとう助けには来てくれなかった……間に合わなかったんだ。
ドーーーン、ドドーーーン、ドドドーーーーーン!
気落ちしている暇もなく、かなり遠くで砲声が聞こえてきた。
これは大筒か?
蔵の外が急に騒がしくなり、指示を飛ばす人の声、少なくない人数が周囲を駆け回る音が錯綜する。
「戦が始まったのですか?」
さっきまで隣でうつらうつらしていた那奈がすっくと顔を上げ、張り詰めた声を出した。
「うん。多分あれは伏見街道を北上してきた長州の福原隊を迎撃する、彦根・大垣藩兵の砲撃音だよ。禁門の変が始まってしまった……」
禁門の変は、元治元年七月十九日払暁の伏見街道における戦闘で幕を開ける。
伏見にいた福原元僴隊七百は、禁裏を目指して北上したものの、都の南郊・藤ノ森付近に陣取っていた大垣藩兵に大筒を撃ち込まれ、同様に大筒で反撃。
この砲撃戦で大垣藩兵が敗走したため、福原隊はすかさず追撃する。が、それは罠だった。
道の両側に潜んでいた大垣藩の銃隊が猛射を加え、元僴は頬に銃弾を受けて負傷。福原隊は一旦後退を余儀なくされ、今度は伏見街道の西側にあって並行して走る竹田街道を北進した。
しかし、待ち構えていた彦根藩兵と新撰組によって撃退される。
長州の三つの部隊のうち一つは、この戦闘で早くも壊滅してしまったんだ。
「もはや……手遅れなのですね」
悔しさで、那奈の声音が低くなる。
「いや、まだ少しだけれど時間はある」
「えっ?」
この季節なら、日の出は午前五時頃。今がちょうどそんな時間にあたるはず。
福原隊に続いて侵攻してくる最有力の国司親相隊八百が、蛤御門前に到着するのは午前七時頃。蛤御門周辺で激闘が始まるのは、その後だ。
「禁裏が戦闘に巻き込まれるまで、あと二時間……えっと、江戸時代の言い方なら、まだ一刻くらいの猶予がある。それまでにここを抜け出せるなら……」
俺がそう話す途中で、蔵の扉がゆっくりと開き、狐火と瑞雲が入ってきた。
二人とも、前日とは全く異なる衣裳を身に着けている。
狐火は、白地に金銀の雲と色鮮やかな松、椿、春草の文様を描いた絵衣、青海波をあしらった掛衣を重ねて羽織り、下は真っ赤な切袴。
髪型は、鬢を横に張りだした大垂髪。まるで平安時代の貴族女性みたいなヘアスタイルだ。
額の上には糸状の髪飾りを付けている。神事の衣裳だろうか。朝廷や貴族に仕えた奥向きの使用人、女房・女中が邸内で普段着用する衣裳とは全然違う。
瑞雲の方は、白い筒袖の半襦袢の上に、背の腰下の部分を縫い合わせない黒の背裂羽織をまとい、白いズボンで草履履き。頭には黒い陣笠を被っていた。
この衣裳は……幕府歩兵隊の仕官の軍服に似ているような。腰の帯には俺の自動操作刀を差している。
幕末の幕府軍は、旧式な装備で時代遅れの軍隊だったというイメージを持たれているけれど、とんでもない。
文久二年(一八六二)の段階で軍制改革を実施して、対外防衛のための西洋式軍隊である陸軍を、旗本たちの直属部隊とは別に創設している。
兵士は農村から徴兵された一般民衆であり、槍隊や弓隊などに分かれた旧来の軍制とは一変し、兵士は全員がゲベール銃などの洋式銃を装備する銃兵だった。
元治元年までには一万人の規模に膨らんでいて、部隊は江戸に留まったままのはずだ。
どうしてこんな格好を…………そうか、そういうことか!
奴らの作戦に思い当たった時、狐火が口を開いた。
「どうやらお仲間には見捨てられたようね」
「ぐっ」
狐火の言葉にカチンと来て、思わず前に出ようとした体が縄に食い込む。
「徹夜で土蔵の周りに潜ませていた浪人たちも、とんだ骨折りだわ」
「お前らの狂った陰謀なんて、決してうまくいくもんか!いってたまるか!」
「ほざいていなさい。あなたたちはもうすぐあの世。でもそう簡単には死んでもらわないわよ。我らの仕事が計画通りに運ぶよう、大事な囮役になってもらうわ」
「囮役だと?」
狐火たちの後ろから仲間の何人かが、大きな木箱を担いで入ってきた。
こいつらが着ているのは、白の筒袖に黒のズボン。これは幕府歩兵隊の兵士の軍装だ。
大人二人くらいで抱えないと持ち運べそうもない木箱が三個、奥の壁際に積み上げられた。俺たちの縛られている柱からは、三メートルほど離れている。
兵士たちは一番上の箱の蓋をほんのわずか開け、中に細くて長い紐の先端を差し込むと、それを床に垂らしながら扉口まで伸ばしていく。
まさか、これは導火線?
兵士たちが外に出た後、狐火は冷たい笑みを浮かべた。
「箱の中には黒色火薬が詰まってるの。その上から出ている紐は、お察しの通り導火線よ」
俺と那奈は、ぎくりとして声を失う。
「これから我らは全員でこの屋敷を出て行かなくちゃいけない。蛤御門で戦闘が始まる直前に、居残り役の部下に導火線の火をつけさせる。火薬はそこに火を付けてもただ燃えるだけで爆発まではしないけど、木箱の中には燃焼反応で起爆する雷管を仕込んであるから、土蔵は爆音と共に木っ端みじん。周辺にいる幕府方の藩兵や奉行所の役人の注意は蛤御門の反対側にあるこっちに引き付けられ、ある程度の人数も派遣されるでしょう。まあ少しでも仕事を円滑に運ぶための工夫よ」
「ちくちょう……」
身動きの取れないこんな状態では、いくらもがいても、虚しさがはね返ってくるだけだ。
「あなたたちの死に様をこの目で見られないのは残念だけど、我らの役に立ってもらうのだから仕方ないわね」
「フォックス、そろそろ行くぞ。もう公家町の中に入って待機しておかないと」
「ええ、そうね。じゃ、お二人さん、さよなら」
じっと睨みつける俺と那奈に、あざけりの笑みを見せて小さく手を振った狐火は、瑞雲と共に土蔵から出ていった。
扉は開いたままになっていて、やがて外に見張りが二人立つ。
俺と那奈は精一杯の力を込めて体を揺り動かそうとするものの、縄はビクともしない。
しばらくすると、邸内の離れた場所から瑞雲の号令が聞こえてきた。
「全員集まれ!」「三列になって並べ!」「早うせんか!」……そんな指示が矢継ぎ早に出された後、「進め!」の一際大きな声が耳に届く。
一団の行進する足音が起こり、その響きはどんどん小さくなっていった。
「先生、奴らはどうやって公家町の中に入ろうとしているのでしょう?」
プライベートモードからオフィシャルモードへ気持ちが切り替わったせいか、呼び方が「先生」へと戻ったことにわずかな失望感を覚えつつ、俺は考えをまとめた。
「あいつらは、幕府直属の陸軍歩兵隊を装って、堂々と門を通るつもりなんだよ」
「陸軍歩兵隊?」
「この場所から一番近い公家町の門は……」
「えーっと……石薬師御門ではないかと」
「石薬師御門……なら、禁門の変当時に守っているのは阿波(徳島)藩だったはず。幕府の歩兵隊は江戸で新たに編成された部隊だから、四国の藩兵の中に実際の軍装を見た奴なんて一人もいない。それらしい扮装をして、『禁裏をお守りし、一橋慶喜様の指揮下に入るべく、はるばる江戸から派遣されてきた』とか何とか言って幕府の威光を振りかざせば、案外すんなりと門を開けさせられるかも」
「今なら土蔵の外にいる敵は二人だけ。どうにかできぬものでしょうか?」
「こうも固く縛られてちゃ、どうすることも……」
この間も、遠く南の方角から砲声が絶え間なく聞こえてきている。
そうこうするうち、歩兵隊の軍装で外に立っていた男たちが、扉の中に入ってきてしゃがみ込んだ。一人の腰には、大小の刀が差されている。えんじ色の鞘……那奈の物に違いない。
「全く、いざ天下分け目の大一番ちゅう時に」
「わしらだけこんなしょうもない役目を押し付けられて……貧乏くじもええとこじゃ……」
俺たちには背中を向け、ぶつぶつ言いながら手を動かしている。
カチ、カチ、カチッ……。
「おい、お前たち、何をしている!」
那奈の詰問に、男の一人はしゃがんだままこちらに体を向け、ニヤリとした。
「まだちょっと早いんやけどな、わしらも早う仲間に加わりたいさかい、今から吹き飛んでもらうで」
男が両手を俺たちの方に突き出して見せる。右手には火打ち金、左手には火打ち石。
石に金属を打ち付けた際に発生する火花で火を起こす江戸時代の〝ライター〟だ。
そして火打石の上には、火が付いて真っ赤になった火種が!
那奈も俺も、それを見て凍りつく。
男は、足元まで伸びている導火線の先にその火種を乗せた。
シューーーーーーー!
火花を散らしながら、炎が燃え進む。
男たちは素早く扉の外へと逃げ去った。
「おーーーい!誰か声が聞こえたら、助けてくれーーーーーーーーー!」
「どなたかーーー!縄を解いてーーーーー!お助けくださーーーーい!」
周囲にもう誰もいないのはわかっている。それでも、ただじっとはしていられなかった。
大声を出し、体を揺らし、もがき続けることだけが、俺たちに許された最後の抵抗だったから。
導火線の炎は床に伸びた六メートルほどを進みきり、積み上げられた火薬箱の最上段に向かって上がっていく。
もう……これまでか……。
横に並ぶ那奈がグイッと体を寄せ、顔を俺の肩に埋めた。
その時、開け放たれた扉の外に人影が立った!
「棟田はん、那奈はん!」
「無事やったか!?」
お涼とマキ!二人はやっぱり来てくれた!
「それより早く導火線の火を!奥に積まれてるのは火薬なんだ!」
俺の叫びを聞いて前に出ようとするお涼よりも先に、マキが導火線の炎を右手で指差し、「ハヤタ、火を止めて!」と鋭く命じた。
すると、肩に乗っていたムササビがマキの右腕を伝って駆け出し、手足の飛膜を広げて跳び上る。
導火線の炎は、火薬箱の中へあと十数センチで入っていく。その箱の上部へ、覆い被さるようにしてハヤタが着地。と見るなり、箱の蓋に挟まっている導火線にかじりつき、たちまち噛み切った。
わずか数センチ先に迫っていた炎は、寸断された導火線と共に床へ落ち……燃え尽きた。
この様子をじっと凝視していた俺と那奈は、安堵と同時に全身の力が抜け、呆けたような状態になった。そんな俺たちを縛り付けている縄が、お涼とマキの手で素早く解かれていく。
体が自由になって、俺は気を取り直した。
「助かったよ……マキさん、お涼さん」
「もう、遅いじゃないの!どれだけあなたたちのことを待ちわびていたか!」
今にも泣きそうな顔で突然逆ギレする那奈を、マキもお涼も申し訳なさそうになだめる。
「そないなこと言うたかて、伏見の方角で鉄砲の音が聞こえてきて、大番屋はてんやわんや。そのどさくさに紛れて亀吉を残し、さいぜんやっと抜け出せたんや。おおかた二人とも夷川邸の近くにおるやろうと思て、真っ直ぐこっちに」
「うちだって、大坂藩邸の留守居役に細かな報告やら本国からの指令待ちやらで長か時間足止めば食ろうて、解放されたんは昨晩たい。それから京まで夜道ば急いで、明け方にお涼の家までたどり着いてみれば、あーたたちはおらん。置き手紙ば見て夷川邸に回ってみたら、武装した侍たちが門から出てくるところで、お涼ともやっとここで出会うたんやけん」
「それから屋敷の中に忍び込み、まだ残ってた二人の見張りをあたしらで縛り上げて、あんたらがこの蔵に閉じ込められてるのを知ったんよ」
そう説明したお涼はそれまでずっと両手に抱えていた大小の刀を、那奈に差し出した。えんじ色の鞘……敵から奪い返してくれた那奈の愛刀だった。
ここに至って那奈もやっと気持ちが落ち着いたらしく、きまり悪そうに刀を受け取る。
「お涼殿とマキ殿には、恩に着る」
ここで俺は思い出したように体を起こし、二人に訴えた。
「こうしちゃいられないんだ!奴らをすぐ追わなくちゃ!」




