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№32 たった二人で敵地に乗り込んでしまった!

高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。

どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!

 翌朝、お涼の家に旅支度をしたマキが険しい顔で駆け込んできた。


「大坂藩邸の留守居役から急きょ呼び出されてしもうた。京の様子ば直に詳しゅう報告せよちゅうことらしい。それに、国元から何らかの指示があるんかもしれん。いずれにせよ、うちはすぐに京ば発たんばならん。用事ば済ませれば少しでも早う戻るけん、待っとってほしかっちゃ」


 マキは俺や那奈みたいな自由人じゃなく、歴とした佐賀藩の家来だ。緊急の公用となれば、俺たちがどうこう言える立場でもない。


 申し訳なさそうに立ち去ったマキと入れ違いに、今度は亀吉が血相を変えて玄関に転がり込んできた。


「お嬢さん、西村様から急ぎのお召しですわ!六角の大番屋に詰めて、当分の間泊まり込みで番をしとけとの仰せで!」

「何であたしがそんなとこ行かなあかんのよ!」

「洛中の警備で与力や同心の方々が皆出払うてしもてるんですわ。大番屋だけやのうて、六角獄舎にも手の空いてる口問いが何人も助勢に行かされてるそうでっせ。罪人がようけ押し込められてる獄舎より、大番屋の方が気楽やと思いますけど」

「もうっ!この大事な時に、間が悪いどころやないがな!棟田はん、那奈はん、とにかく大番屋には一旦行くけど、西村様に掛け合うてできるだけ早う帰してもらうさかい、それまで二人だけで決して無理はしたらあかんで」


 大慌てで身支度を整えたお涼が亀吉と出ていった後、ぼう然とする俺と那奈が残された。


「無理するなって言ったって、開戦まで今日を入れてあと三日だぞ。どうすれば……」

「とは申しましても、諏訪神社横にあった小さな家宅であれば事前に探りを入れる必要もありますまいが、貧乏公家ながらも夷川家の屋敷はそこそこの広さがあるようです。忍びの素養がない先生と私が無闇に潜り込むのは危ういかと。あと三日なのであれば、そのぎりぎりの開戦前夜までマキ殿とお涼殿を待ちましょう。二人が間に合わねば、その時こそは私たちだけでやるしかありませぬ」

「そうだね……そうしよう」


 二人を待つ間、夷川邸を見張り、不審な人物が出てきた時は尾行する……そう決めた俺たちは、事前にお涼から教えてもらっていた夷川邸へ向かった。お涼の家には、俺たちの行き先を書いた置き手紙を残している。


 禁裏と仙洞御所を囲む公家町の北寄りから、東へ百メートルも離れていない町人地に屋敷はあった。

 板塀に囲まれた敷地は、伊予屋ほどではないものの、諏訪神社横にあった奴らの隠れ家の十倍ほどは広い。人の往来があってうろうろしていても目立ちにくい町人地とはいえ、じっと同じ街角で見張りなんかしていたら住民に怪しまれてしまう。

 腰を据えて監視する場所がないか調べると、南隣に比較的大きな寺があり、築地の向こう側には何本もの巨木が太い枝を伸ばしていた。


「あれはケヤキでございますね。登れるかもしれません」


 那奈に誘われて境内に入ると、人影はなく、巨木の生えている周辺は薄暗くて日中でも人目につきにくそうだ。


 巨木の一つに近付き、デコボコした幹に手と足をかけた那奈は、器用にするすると登っていく。地上から三メートルほどの高さで幹は三つ叉に分かれ、人が腰かけるのに丁度良い形状になっていた。


「先生、ここからならば夷川家の門がよく見えます」


 木登りなんてしたことのない俺は、不器用全開で幹にしがみつき、ようやく那奈の隣に行き着いた。


 確かに眺めがいい。西側にある表門と、南側にあって商人や身分の低い者が出入りする勝手口の裏門がはっきり見えるし、向こうからは木の枝葉が障害になってこちらを見つけるのは難しいだろう。


 それに境内は僧や小坊主の姿をちらりとも見かけず、ひっそりしている。

 禁裏の周辺が幕府軍の武装兵で固められ、長州兵との激突が案じられる物騒な状況に、災難に見舞われるのを予見してどこかへ避難しているのかもしれない。それならさらに好都合だ。


 でも日が暮れるまでの間、夷川家には野菜や魚を届けに来る商人以外に人の出入りは全くなかった。


 深夜に至っても異常は見られないが、家に戻って見張りの空白時間をつくる訳にもいかない。交代でお堂の縁側へ移動し、数時間ずつ体を横にする。


 夜が明けると再び二人で巨木に張り付き、昼近くになれば俺が近くの一膳飯屋まで足を伸ばして握り飯を作ってもらい、木の上で那奈と肩を並べて空きっ腹をある程度満たした。


 この日も夷川家に動きはない。

 俺は視線を夷川邸に向けたまま、傍らの那奈に話しかけた。


「明後日の朝には長州軍と幕府軍の戦いが始まる。残された時間にもう余裕がないからには、覚悟を決めないと……。明日、夷川家に妙な人の出入りがあろうとなかろうと、日が暮れてから予定通り屋敷に潜入するよ。邸内には、どれだけの敵がいるのか見当もつかない。もし見つかれば、狐火や瑞雲たちをたった二人で相手にして、相当厳しい戦いになるだろう。生きて帰れるかどうかもわからない。それでもいいんだね、那奈さん?」


 那奈は即座に「当然です」と答える。


「先生をお守りするのが私の役目。例えこの身がどうなろうと、最期まで先生をお支えいたします」

「俺だって、君を守る。どんなことがあっても」

「先生……」


 夕暮れ、真っ赤な木漏れ日を顔に受ける那奈が、俺にはとてもまばゆく、清らかに見えた。

 生死をかけた正念場を控えているというのに、彼女を抱きしめたいという邪念さえ芽生えている。

 俺はこの妙な気持ちを振り払うように「どこかで夜食買ってくるよ」と木の幹を下りていった。


 視線を感じて地面から見上げると、那奈が何か言いたげな表情で俺を見つめていた。


 胸の内を〝カオス〟状態にしたまま、俺はまだ閉まっていない商店を探し歩く。


 地球の命運がかかった大勝負を前に高ぶる気持ち、それと同居する深い不安……これらに相まって、那奈がこれまで俺に見せてきた様々な喜怒哀楽の表情、仕草、態度、言葉、その一つ一つが次々と脳裏をよぎり、熱いかたまりがつかえるような息苦しささえ覚えながら……。

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