№31 お涼の家に転がりこんでしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
結局、押し入った四人の浪人は全員大けがを負って捕縛できたものの、瑞雲にはまんまと逃げられてしまった。
あの夜、お涼と亀吉は祇園町の夜回りのついでに伊予屋の前を通りかかったらしい。
すると、玄関先に覆面姿の侍が倒れ、戸が開いている。すぐに異変が起こっていると悟り、屋内に踏み込んだんだ。
あれだけ激しく体を動かしたものの、背中の傷口は幸いにも開いておらず、波のように繰り返していた激痛も次第に収まった。
茂兵たちの不安を煽らないよう、お涼は瑞雲たちについて、物置部屋の骨董品を狙った押し込み強盗のようだと説明していた……が、賊が俺の命と刀を狙って押し入ったのを目撃した鶴坊は、何の悪気もなく全てを両親にしゃべってしまった。
翌日になってから茂平は「沖田様から頼まれた大事なお客様に、こないな事を申し上げるのはえろう心苦しいのどすが」と前置きした上で、俺と那奈に伊予屋から出ていってくれるよう懇願した。
そりゃ無理もない。妻子と奉公人が命の危険にさらされ、タイミングが悪ければ二階の宿泊客にも危害が及んだかもしれず、物置部屋に保管していたいくつもの〝お宝〟は派手に割れたり破れたりして修復不能。
しかも、俺たちがここにいる限り、いつまた物騒な連中がやってくるか知れないんだから。
これまでの宿代、食事代に加え、壊してしまったお宝の弁償もすべて目をつぶり、貸した衣裳も返す必要はないと言う茂平に、俺も那奈も全く言い返せない。
ということで宿無しになった俺たちは、新しい旅籠屋をすぐにも見つけなければならなくなった。
しかし探すのはそう簡単じゃない。今日は旧暦の七月十五日。祇園御霊会はもうとっくに終わってはいるものの、寺社巡りで全国からやってくる観光客の数は相変わらず多く、〝大文字焼き〟で知られる五山の送り火を明日に控えていることもあって都の宿はどこも満室状態が続いていた。
「そやからて、何であんたら二人をあたしの家に住まわせなあかんのよ……」
と愚痴をこぼし続けているのは、お涼だ。
ここは、祇園エリアの北端、住所で言うと大和大路通りと新橋通りが交差する地点近くの住宅地。
長屋ではないのだけれど、間口が狭くて奥行きが深い〝鰻の寝床〟の典型的な二階建て一軒屋が密集しており、お涼の家はその中にある。
「そがんことば言うてん、うちん定宿は都に居着いとー旅芸人の女たちとの相部屋で、これ以上人が寝る場所なんぞなかやし、そもそもお涼は一人住まいなんだけん、二階は空き部屋になっとーんじゃろ?」
マキに何度諭されても、お涼の渋い顔はなかなか改まらない。
改まらないのだけれど、もう日が暮れつつあるし、俺と那奈は家の中に入ってしまってるんだから、ここはもう寛大な気持ちで受け入れてもらうしかない。
瑞雲の伊予屋襲撃から一夜明け、俺はお涼にマキを呼んできてもらい、仲間から抜けるという前言を撤回して頭を下げた。
那奈に打ち明けたような真実までは話せないが、大けがを負い、生死をさまよい、意識が朦朧となって混乱したせいで弱気になり、臆病風に吹かれてたのが、瑞雲たちの襲撃で目が覚めた、という俺の説明に、お涼とマキは納得して案外すんなりと許してくれた。
彼女らも、瑞雲や狐火のような難敵を亀吉含めたった三人で相手にするのは心中少なからず不安もあったようだ。
「言わずもがなですが、師がお進みになる道に、弟子が従うのは当然」
と那奈も俺に付いていくと二人の前で言い切った。
狐火と道端瑞雲を探し出し、奴らの陰謀を打ち砕くという目的の下、俺たち四人は再び力を合わせると誓ったんだ。
「そうと決まれば、例の話ば万太郎と那奈にせんばならんのじゃろう?」
マキに言われ、お涼も「それそれ」と思わず膝を叩いた。
「あれからあたしらは川と水路沿いの広〜〜〜い範囲をたったの三人で探らなあかんかったんやけど……」
エリアは絞り込めるから楽なように以前言っておきながら、京都人らしい嫌みを前置きにしてお涼が話してくれた内容はこうだ。
吃水の浅い高瀬舟やさらに小型の猪牙舟が行き来できる水路の周辺を丹念に調べると、瑞雲によく似た人相、体格をした侍の目撃談が禁裏の東側、賀茂川と高野川が合流して鴨川になる町人地の辺りで相次いだ。
さらに探索してその男が出入りする屋敷として浮かび上がったのが、下級公家・夷川家の屋敷である。
一般には「下級公家」なんて呼び方をするけれど、公家は正一位から少初位下まで三十ある位階のうち、三位以上の上級貴族、もしくは広い意味で天皇の日常生活の場である清涼殿の殿上間に昇ることを許される家柄・堂上家を差すから、貴族という言葉を使うなら「下級貴族」、正確には昇殿を許されていない家格・地下家の「廷臣」となる。
夷川家の場合、地下家の中ではまあまあの身分で、位階は真ん中のやや下に位置する正六位上。石高は四十石で、年貢の実収となるとさらに減って二十石前後にしかならないだろう。
一石は成人一人が一年間に消費する米の量で、米俵二・五俵分。
余った米は換金して生計費に使うのだけど、青侍と呼ばれる家来の武士や、雑用係の仕丁、炊事・掃除などを担当する女中を雇うとなれば、とても金銭的余裕はない。
江戸時代は朝廷全体で三十万石程度の石高しか与えられてなかったのに、堂上家が約百四十家、地下家は一千家以上にものぼったから貴族、廷臣の大半は低い石高に甘んじ、代々基礎教育として家ごとに受け継いでいる和歌、書、絵、料理、楽器などの教授や作品売却で内職をしないとまともに生活はできなかったらしい。
夷川家の現当主は、二十八歳の匡胤。生来病弱で、数年前に妻を流行り病で亡くし、子もいない。最近は宮中への出仕も病気を理由に滞っているという。
夷川家の屋敷があるのは、禁裏の東側に近接する町人地の一角。本来朝廷の上級貴族は、帝が起居する禁裏と、上皇・法王が暮らす仙洞御所の周辺に屋敷を構え、公家町を形成していた。現代の京都御苑がそのエリアにあたる。
しかし、公家町に屋敷を持てない多くの下級貴族は親族の屋敷に同居させてもらうか、町人地で土地を買って屋敷を建てるか、借家をするしかなかった。
夷川家もその例に漏れず、禁裏の近くではあるものの、町人地の中で生活している。
この夷川家で家宰を担う雑掌として二か月ほど前から仕えるようになった青侍が司義太夫で、この男と道端瑞雲の容姿がそっくりだとわかった。
「それに義太夫が仕官した直後に、それまで夷川家に仕えてた仕丁と女中がみんな辞めさせられて、代わりに人相の悪い浪人が何人も出入りするようになってるらしいわ。どや、怪しいやろ?」
「つまり、道端瑞雲が司義太夫というもう一つの顔を使って狐火と共に浪人たちを集め、夷川家を本当の隠れ家にしてるんじゃないかとお涼さんやマキさんはにらんでるんだね?」
俺の問いに、二人が無言でうなずく。
「夷川家の屋敷を隠れ蓑にするとは、奴らも考えたものですね。いくら身分が低くても、廷臣となれば、京都所司代や京都町奉行もおいそれとは手を出せませぬ」
那奈が思案顔で腕を組む。
ここでマキが「あっ!」と何かを閃いた。
「ちょっと待ちんしゃい。相手が朝廷の者なら、万太郎や芸妓の珠の出番でなかか?二人とも、朝廷筋から任務ば命じられとー人間じゃろ。それなら、うちらよりずっと詳しかネタば聞き出せるはずばい」
マキの言葉にお涼もうんうんと同調するが、全ての事情を知る那奈だけは複雑な表情で俺を見る。
確かにマキとお涼には、朝廷関係者からの依頼で狐火の内偵をしていると説明してしまっている。でも実際はでたらめなんだから、朝廷の情報を引き出す術はない。
「そうなんだけど……情報収集は全部珠さんに任せちゃってるし……」
「そんなん棟田はんが朝廷のお人にちょこっと頼みに行ったら、何とかなるんとちゃいますの?」
歯切れの悪い俺を、お涼があおり立てる。
「そう言われても……」
「あーーーーーー、やっと見つけた!この家探すのにえろうもたつきましたわ〜」
玄関の引き戸を開け、大きな声を出して現れたのはお座敷用の衣裳で着飾っている珠だった。
お涼の了解も得ず、珠は草履を脱いで俺たちのいる居間へ上がりつつ、俺たちの会話に割って入る。
「狐火にからむ此度の任務を指図しておいでのやんごとなきお方は、棟田様と面識はないし、間接的にしかお互いのことを知りませんねん。もちろんあてかてご同様。身分違いのお相手にこっちから頼み事するやなんて、なんぼ些細な話でも無理どすわ。例え聞いてくれたとしても、やんごとなきお方が公家町にも住んでへん貧乏地下家のことなんか何にも知らんやろうし。自力でやるしかないのんよ」
話を聞いていたらしく、お涼やマキが少しでも不信感を持たないようにお座敷用の京都弁で言い添えてくれた珠は、俺と那奈の間にちょこんと座った。
そんな珠を、那奈はムッとした表情で斜めに見ている。
「それにしても、棟田様……瑞雲の襲撃を退けてようご無事で、しかもお役目に戻る気になってくれはって、ほんまに良かった。安堵しましたわ。それでこそ、お座敷で仕入れた大事なお話も活かされるというもんや」
「大事な話?珠さん、それはどんな?」
俺だけでなく、一座の全員が珠に注目する。
「昨晩のお客さん、禁裏の側で和菓子屋やら材木屋やら呉服屋やらをやったはる町衆の集まりやったんやけど、そのうちの一人が何日か前の夜遅うに夷川家へ入っていく狐面の奇妙な侍を見かけたらしいんどす」
「狐火!そうなると、夷川家は奴らの隠れ家ってことで決まりか」
「夷川家にはまだ、きな臭い噂がありますのえ。これは町奉行の役人から聞いたんやけど、当主の匡胤は元々過激な尊王攘夷思想を持ってて、長州藩からも結構な額の金を渡されてるらしい。つまり朝廷内で長州に有利な働きかけをする見返りとしてですわな。その夷川家の雑掌が、二か月ほど前から一部の公家と、都に駐留するいくつかの雄藩と頻繁に接触するようになった。特によう訪ねてるのが、有栖川宮幟仁親王家と、加賀、鳥取、岡山藩の京屋敷。この三藩は、洛中警備のために兵を出してきてる諸藩の中でも、特に勤王思想を持つ大藩ですやろ。何やらいかがわしい企みをしてるように思わへん?」
「なるほど……加賀、鳥取、岡山か」
やはり!そう聞いて、俺の頭の中で禁門の変前後の京都の政情が思い起こされ、整理されていく。
六月下旬には京都郊外に布陣しながら、じっと動かずにいる長州軍の狙いは朝廷工作だった。
この時、幕府の命令によって三十以上にのぼる近隣諸藩が京都防衛のために兵を率い入洛しており、幕府軍は数万人規模に膨れあがっている。
その主力となるのが京都守護職の会津藩で、この頃には増員されて二千。加えて、京都所司代の桑名藩八百、薩摩藩六百。しかしそれ以外の藩は、戦闘意欲も士気も高くはなく、一部の大藩を除き動員兵力も数十人から百、二百、三百程度に留まっていた。
士気低迷の原因は、今回の長州軍進発は池田屋事件が引き金になっており、この騒動を起こした新撰組を配下とし、長州を目の敵にしてきた会津藩との私闘と見る藩が多かったからだ。
幕府軍に組み入れられているからといって、彼らに命を賭して戦う義理も大義名分もなかった。
俺が現代で読んだ最新の資料や論文によると、長州はそんな幕府軍の弱点を突こうとした。
まず、幕府軍の中にいる加賀、鳥取、岡山藩をクーデター計画の仲間に引き入れる。
これら三藩は尊皇思想が強く、長州とも良好な関係を築いている上、加賀は会津の二千を上回る三千、一説には一万人を動員し、鳥取と岡山は五百前後の有力な藩兵をそれぞれ入京させていた。
また、当時の鳥取藩主・池田慶徳と、岡山藩主・池田茂政は共に養子だが、「尊王攘夷」という言葉を日本に生み、長州が台頭する以前に尊攘運動の旗頭だった水戸藩の前藩主・水戸斉昭の五男と九男であり、藩内の親長州勢力は強い。
加賀藩の場合、在京していたのは次期藩主・前田慶寧で、尊王攘夷の志を特に強く持っていた。
この三藩が水面下でクーデターの片棒を担ぐのに同意したんだ。
さらに、朝廷内で強い発言力を有する新ポスト・国事御用掛の有栖川宮幟仁親王をはじめ、大炊御門家信、中山忠能、橋本実麗らの長州派公家を動かして朝議を主導し、会津藩兵が禁裏の外にある公家町の蛤御門と九条河原に分散している隙を狙って、都で待機させている加賀、鳥取、岡山藩兵を禁裏内に引き入れ、独占的に守衛させる。
次いで幕府派公家の参内を停め、会津藩追放の勅命を得てから、長州軍が入京。
仲間の三藩と協同して会津藩と一戦に及び、会津藩主・松平容保の首を刎ねて駆逐、さらには〝八・一八の政変〟で会津藩と手を組んだ薩摩藩も攻め潰すことで、長州は朝廷での主導権を完全に握る、というシナリオだった。
しかし、史実では朝議で一橋慶喜が長州派公家に屈しなかったばかりか、逆に長州追討の勅命を獲得した。
朝廷工作に失敗した長州兵は、三藩との連携が機能しないまま都への進軍を決断。
蛤御門を守る会津、桑名兵を撃破し、まさに禁裏へ突入しようとするところを、維新の英雄・西郷隆盛率いる薩摩兵の奮戦によって撃退されてしまう。
長州兵は総崩れとなり、朝廷における復権の目論見は潰えたんだ。
「狐火たちの最終目標は、朝廷から幕府勢力を一掃して、長州とその友好藩が牛耳る新たな政治体制を創ることなんだよ。それを容易に遂行するため、幕府軍の中で最強と目される薩摩藩兵の指揮官を殺害する。ひょっとしたら帝を拘束し、万一形勢が不利になれば、長州に有利な場所へ連れ去り、そこを仮の御所として政令を発する、くらいのことは考えてるかもしれない。恐らく、尊王攘夷派の加賀、鳥取、岡山三藩はすでに長州と秘密の盟約を結んでるだろう。夷川家は、長州、長州派公家、同盟三藩との連絡役を果たしてるんじゃないかな」
俺の説明を聞いて、三人に戦慄が走る。
「あいつら、なんちゅう畏れ多いことを考えとるんや……」
「もしもそがん企てが成功したら、こん日本は大変なことになるばい」
「阻止せねばなりません。何としても」
そうだ。七月十九日には、禁門の変が起こってしまう。
「でも時間はないよ。四日後には戦闘が起こるから、それまでに何とか……」
と言ってから、しまったと気付いた。
「はあ?何で四日後なん?」
「万太郎には開戦の日ば予測できるんか?」
「いや、あの、それは……」
「それは、ほら、棟田様は人並み外れた直感をお持ちやさかい。そんな優れた洞察力が見込まれて、朝廷のやんごとなきお方からも白羽の矢が立ったんやから。那奈殿も普段から一緒にいて感じるやろ?棟田様の勘の鋭さを」
「え、ええ、もちろん!う〜んと……普段ですと、暖簾や看板を見ただけで、良心的な飯屋かどうかおわかりになりますし、品書きの中から値頃で美味い料理を選び出す技とて私には到底敵わぬ眼識にて ……」
訝しげな二人を咄嗟に言いくるめようとする珠に、那奈も苦しまぎれの補足をする。にしても、何で飯のことばっかなんだよ。
お涼もマキも十分腑に落ちたという顔ではなかったけど、今はそれよりも俺たちがどう行動すべきかを早急に決めなければならなかった。
夷川家は、狐火たちのアジトと見て間違いないだろう。となれば、禁門の変が起こるまでに忍び込み、分子破壊砲を奪取するか、狐火たちを捕縛、それが無理なら……斬るしかない。
いずれにせよ、屋敷に潜入するのが不可欠だ。
どこから潜り込めるのか、邸内はどんな様子なのか。それを下調べするため、密偵として忍者顔負けの諜報活動も得意とするマキが明日の夜にも一人で忍び込むと決まった。
彼女が持ち帰る情報を元に、その次の日にも俺、那奈、マキ、お涼、亀吉の五人で夷川邸に侵入し、決着をつける。
珠はこれまで通り、戦闘が不得手で、お座敷での情報収集が主任務という理由で俺たち襲撃グループには加わらない。
夜が更け、那奈はお涼と一緒に一階で、俺は二階で寝させてもらう。
現状で考えられる最善の計画……のはずだった。でもそれが、夜が明けるなり大きくつまずいてしまったんだ。




