№29 とうとう秘密を打ち明けてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
お涼やマキと決別してから半月が経った。
この間、二日に一度はエマが見舞いに訪れたが、説得も、説教じみた物言いもせず、変わらない意志をにじませた俺の顔を見るだけですぐに帰っていった。
部屋には、多忙な両親に言いつけられたのか、茂平夫妻の一人息子で、七歳になる鶴之助、通称・鶴坊が頻繁に出入りし、看病する那奈の手伝いをしてくれている。
鶴坊は一応侍の姿をしている俺たちにもすっかり懐き、「まん兄さま」「なな姉さま」と親しげに話しかけてくる。
昼を過ぎてから精養軒が往診に訪れ、この日ようやく抜糸にこぎ着けた。
これからはリハビリだ。
ただし、「一応傷口は塞がっているものの、激しく体を動かしたらまた開いてしまう恐れもあるさかい、無理は禁物やで」と精養軒からはクギを刺されている。焦らず、徐々にウオーミングアップしていかなければ。
精養軒が去った後、部屋には俺と那奈の二人きりになった。鶴坊は、医師の診察中邪魔しないよう親に戒められているので、外に遊びに出かけたのか姿を見せない。
今、話そう。俺は腹を決めた。
「那奈さん……」
敷き布団の上で体を起こしている俺が急に改まったもんだから、那奈も向かい合って正座し、居住まいを正した。
「はい……」
「俺が斬られたあの夜……君には、見られちゃいけないものを見られてしまった。もっと早く君にだけはホントのことを話さなければならなかったんだ……それは、とても信じてもらえそうにない、夢物語みたいな話なんだけど……」
「如何様なお話であろうと、私は先生のおっしゃることを疑いはしませぬ。是非お聞かせください」
「俺は……俺の本当の名前は、田島錠…………今から百五十年以上経った未来の日本からやってきたんだ」
「ひゃ、ひゃくごじゅうねん……先の世から?」
声にならない声を漏らしてくちびるを動かすと、那奈はそれ以上何も言えなくなった。
戦争のない平和な日本から来た高校生である俺……旅行先の京都でさらに未来から来た広川と出会い、自動操作刀を託され、時間を遡って幕末へ……破滅が迫る地球を救うためには、白色人種騎士団が送り込んだエージェントの企てを阻止しなければならない……。
大きな目をぱちくりさせ、ただ黙って俺の告白を聞いている那奈。
俺が一気にまくし立てた後、しばらく沈黙が支配した。
「やっぱり無理だよね……こんな途方もない話を信じろって言われても……」
うつむき加減になって頭をかく俺に、那奈は即座に「いいえ」と答えた。
「えっ?信じてくれるの?」
「ですから、申したではございませぬか。先生のお言葉を疑いはせぬと」
「おとぎ話や冗談だって、笑い飛ばされても仕方のないようなことを言ってるんだよ?」
「これでようやく得心できました。先生がお持ちの刀、刃も付いておらぬ竹光のような代物が、どうやって敵を両断できたのか。そして、その骸が何故跡形もなく消えたのか」
「そっか……それならわかってくれるだろ?俺はこの時代に生きる君たちに比べたら、余程世間知らずで苦労知らずの取るに足らない半人前なんだよ。君が呼ぶような〝先生〟なんて偉い存在でもない。地球を救うために戦うなんて、そのために人殺しをしなければならないなんて、俺みたいな男には荷が重すぎるんだ」
「左様にご自分を卑下なさるのはおよしください!海外事情も知らず、尊王攘夷の熱気に煽られて、夷狄に天誅を下すのが正義だと思いこんでいた私の目を開いてくださったのは、紛れもなく先生なのです。諏訪神社での夜、先生が敵を斬ってくださらねば、間違いなく私は死んでおりました。それとも、先生は私が斬られていても良かったとおっしゃるのですか?」
「そんなことは思ってない。そうじゃない、そんなことじゃないんだ。俺は自分の手で人の命を奪ってしまったことを……平和な時代に生きてきた俺には、それが精神的にもう堪えられないと言いたいのであって……」
「されば、もしまた似たような状況に陥った際、もう先生は助けてくださらぬと?目の前で私が敵の刃に掛かろうと、刀は取ってくださらぬと?」
「だからこそ、狐火たちにはもう関わりたくないんだ。俺たちが近付いていかなければ、奴らと斬り合うことだってないんだから」
「先生はまことにそれで良いとお思いなので?おっしゃるように恐るべき武器を手にする相手を、所司代や町奉行や、いかに新撰組と雖も食い止められましょうや?それができるのは、あの刀を手にした先生以外に考えられませぬ。先生に、私や、お涼殿、マキ殿が合力すれば、決して不可能では」
「人を斬るなんて、もう真っ平御免なんだよ。学校で友達と馬鹿話して、家では好きな歴史の本を読んで、たまに史跡をのんびり訪ね歩いて……ストレスが受験勉強くらいで、安穏と暮らしてた俺に……できる訳ないだろ?」
「放置すれば……今この世に生きる全ての人々の子孫は滅びてしまうのでしょ?無論私の生きた過去も現在も未来も、消えてなくなる。先生の生きた証しも全て。そして例えわずかな時とはいえ、先生と私が共に生き、共に行動した足跡さえも……狐火たちの企てが首尾よく運び、枝分かれするという新たな世は、本来私たちが紡いでいく世界ではないのですよね?ならばそれは、私たちの未来ではありませぬ!そんな神仏をも恐れぬ大それた行為、私は許せません!」
声を張り上げた那奈の目が潤んでいる。
彼女の言い分は何一つ間違っていない。いや、俺だって同じ思いなんだ。それに、那奈が俺に対して抱いてくれている温かな感情も、胸に染みる。
だからといって、俺は再びあの刀を手に取れるか?
例え取ったとしても、恐怖や迷いや悔恨が混ざり合った気持ちのままで、戦えるだろうか?人を斬り殺せるだろうか?
俺はどうすれば…………………。
顔を伏せて黙り込み、葛藤する俺を見かねて、那奈は話題を変えた。
「ところで、祇園の珠殿は、幾度も申しますが、まことに信頼のおける御仁なのでしょうか?今聞いたお話では、珠殿の正体はあのような見た目にも関わらず西洋人なのですよね?未来の民はいかに戦さを憎み、道徳的で平和を愛すると言っても、西洋には未だに白色人種騎士団とやらいう無頼の輩もいる。東洋の人々を見下し、白い肌の人種のみが優れているという考えを持つ西洋人は、未来にも少なくないのではありますまいか?珠殿とて、その本心のほどはわかりませぬ。であれば、我ら日本人にとって折紙付きの味方とは言えぬような」
「それは考えすぎだよ。だって、これは地球の存亡がかかってる大問題なんだから……」
「その通り。それはちょっと言い過ぎね」
俺の言葉を遮ったのは、板戸の向こう側に立っているエマだった。お座敷用の華やかな着物とは打って変わり、かなり地味な普段着姿だ。
「珠さん!いつからそこに?」
部屋に入ってきたエマは、「盗み聞きするつもりはなかったんだけど」とバツが悪そうに俺と那奈の間に座った。もう那奈の前でも京言葉じゃなく、標準語を使っている。
「あなたたちが深刻な表情で話を始めたちょうどその時から。今日はお座敷がないのでお見舞いに来てみたら、そんな状況に出くわしちゃったでしょ。部屋に入りづらくなって、悪いとは思いながらもここで全部聞かせてもらっちゃった。那奈さんは、どうやら秘密を知ってしまったようだし」
それを聞いて、那奈は気まずそうにもじもじしている。
「那奈さん、いいのよ。わたくしは生粋のイングランド人なんだから、そんな風に疑われても仕方ないわ。その疑念を払拭してもらうためにも、この元治元年以降の日本の歴史と世界の歴史、そして、わたくしが生きていた世界で何が起き、その先何が起ころうとしているのか、できるだけ簡単に、わかりやすくレクチャーさせてもらう。半日近くはかかるだろうから、今晩那奈さんを借りていくわよ。置屋のお母さんに頼み込んで、わたくしの部屋に泊めてもらうから。いいでしょ、錠君?」
「レクチャーって言っても……」
「秘密を知られた以上、那奈さんには少しでも早く事態を理解してもらいたい。あなたが、再び刀を取るかどうかは別として、ここまで深入りさせてしまった以上、彼女には全てを知る権利がある」
「先生、れくちゃあとは講義のことですよね。されば私、そのれくちゃあを受けとうございます。先生の世、珠殿の世について、もっと知りたい!ご不便をおかけしますが、今宵はお世話を休ませていただいても?」
「那奈さんが何日も付きっきりで看病してくれたお陰で、随分元気が出てきたし、体だってゆっくりならそれほど痛みもなく動かせるようになった。それには心から感謝してるけど、これ以上この問題に関われば、君をさらに危険な立場に引き込んでしまう。巻き添えには……したくない」
「危機に身を投ずるかどうかは、私の意志次第。先生に対して僭越ではございますが、何を選択するかは、私に決めさせてください。私は……知りたいのです」
決然とした眼差しを向けられ、俺はそれ以上反対できなくなった。
コクリと同意した俺に、那奈は「わがままをお許しください!」と頭を下げ、エマに伴われて出かけていった。
俺の心は揺れ動いている。那奈が訴えた言葉の一つ一つが、正論であるが故に……胸に刺さってズキズキする。
一人残された俺の晩飯の給仕をしてくれたのは、那奈と入れ違いに帰ってきた鶴坊だった。
鶴坊は夜になっても自分の部屋に戻ろうとせず、蚊帳の中に自分の布団まで持ち込んでくる。
「おいおい、もう戻らないと茂平さんやお文さんに怒られるぞ」
「なな姉さまは今夜外で泊まらはるんやから、わいがまん兄さまの看病をするて言うたら、二人ともあっさり許してくれたんや。そやから一緒に寝てもかまへんやろ?」
「しょうがないな〜」
「やったー!」と布団の上で大はしゃぎした鶴坊は、蚊帳からはい出たと思ったら、部屋の隅に立て掛けている自動操作刀を抱えて戻ってきた。
「おい、そんな物持って来ちゃダメだよ!」
「え〜〜〜、そやかて刀はお侍さんの命やろ?枕元に置いとかへんと、いざっちゅう時
役に立たへんのとちゃう?」
「今、この場所で、刀を使うことなんてないんだよ。子どもが持つ物じゃないから、元の場所に戻しておいで」
「その前に、ちょっとだけ抜いてもええ?思てたより、随分軽いんやもん」
「だ〜〜〜め、ケガするぞ。刀なんて、本来人が手にしたり、使ったりしちゃいけない危険な道具なんだ」
「そやかて、刀を持った悪人に襲われた時はどないするの?都ではついこないだまで、天誅とか言うて人が大勢殺されてたんやで。わいをよう可愛がってくれてた口問いの仙吉おじちゃんかて、祇園町の中で殺られてもうたんや。娘のお涼姉ちゃんが悪い浪人を目の仇にしてるのも、わいにはようわかる。わいかて、もうちょっと大きいなったら剣術を習うて、悪い奴をやっつけたるんやから!」
お涼の父親が不逞浪士に惨殺されたのは知っていたけれど、鶴坊とも親しかったとは……。
口問いは、犯罪に関わる情報収集という役目上、自然と闇社会に通じたやくざ者が請け負う場合も多く、一般市民にとっては煙たい存在でもあった。でも、子どもにまで慕われてたなんて、仙吉という人は気の優しい口問いだったんだろうな。
そうは言っても、鶴坊に自動操作刀を無闇に触らせる訳にはいかない。
「さあ、それを貸して」
俺は鶴坊の手から刀を取り上げると、蚊帳から出て、高く積み上げられた骨董品の箱の上に置いた。
鶴坊の背よりも高いから、この場所ならそう簡単には手が届かない。
「まん兄さまは剣の達人なんやろ?ととさんからも聞いてるで。新撰組の沖田様がそう言うてたて。そやったら、正義の剣士や。今までどんな悪者をやってつけてきたん?聞かせてえな!」
「俺のことなんかより、桃太郎のお話をしてやろう。桃太郎は剣の使い手で、イヌやサルやキジを子分にして、悪い鬼たちを片っ端からやっつけるんだ。こっちの方がずっと面白いぞ。さあ、寝た寝た」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
いかにも不満そうな声を出しつつ、鶴坊は渋々俺の隣で横になった。
「昔々ある所に、おじいさんとおばあさんが…………………」
何となく覚えている桃太郎の物語をゆっくり話しているうちに、気が付くと鶴坊は静かな寝息をたて、俺もいつしかまどろんでいた。その直後に大事件が起こるとも知らず……。




