№28 裏切り者と罵倒されてしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
翌日、俺の熱は……下がった。
診察に来た精養軒も「これならもう心配いらん。あと半月も養生したら、抜糸できるやろ」と太鼓判を押した。
それを聞いて安堵した那奈は、板の間で脱力したようにコテンと横になるなり、そのまま熟睡してしまった。ろくに睡眠もとらず、付ききりで看病してくれてたんだから、疲れがドッと出たのは当然だろう。
お涼とマキが顔を見せに来たのは、日が暮れてからだ。
「顔色も随分良うなってはる。安心したわ」
「万太郎が寝とー間、看病は那奈に任せて、うちらは逃げた狐火と道端瑞雲と陣羽織を着とった侍の三人ばずっと追うとったばい」
二人とも、俺が陣羽織の男を斬った現場を見ていない。まだ生きていると思って捜索対象に入れていた。
「まだこれといった尻尾はつかめてへんのやけど、瑞雲についてはいろいろわかってきましたえ。そもそも、道端瑞雲なんていう越前藩士も、儒学者もこの世におらへん。どうも偽名を使うてるようやわ」
「越前藩・京屋敷詰めの連中やら、都におる儒学者の家ば一軒一軒回って聞き取りしたけん、まず間違いはなか。そがん人物を知っとる者は一人もおらんっちゃ」
「となると、行方を追うにも、何一つ手がかりがないことに?」
夕方まで爆睡して少しは元気を取り戻した那奈が、強ばった表情で二人に問い質す。
「やけん、うちらの知る瑞雲と陣羽織侍の人相書きば作って、見知っとー者がおらんか、しらみつぶしに調べていく」
「それにしても、洛中はあまりに広いではないですか。狐火たちは舟で諏訪神社とまことの住み処とを行き来し、武器も運んだと言っていました。つまり、奴らの住み処は五条通りから北。高瀬川を舟で北へ進むと、二条の一之舟入で行き止まり。そのすぐ西側には禁裏まで北に延びる水路があります。さすれば、調べねばならぬ範囲は都の中央部全域。わずかな人数で聞き込みをしても、労多くして益少なしになりかねぬのでは?」
探索で京の町を散々歩き回った那奈の頭には、すっかり都の地理が叩き込まれている。
「ううん、確かに南北の距離はあるんやけど、鉄砲を詰めた大きな箱を運ぶのに、なんぼ夜で人目につかんて言うても舟から降ろしてそないに遠くへは行かれんはず。そやったら、高瀬川と水路の周囲だけに絞り込めるんやない?それに、五条から二条までの高瀬川沿いには武家屋敷と寺社仏閣、二条から禁裏までの水路沿いにはそれらに公家屋敷も加わって軒を連ね、町人地みたいに木戸や番屋もようけあらへん。隠れ家があるとしたら、やっぱりその辺りやわ」
「万太郎、そがん訳だけん、とにかくあーたは傷ば治すことだけに専念して、後はうちらに任しときんしゃい」
横になったまま聞いている俺は、励ますお涼やマキに視線を向けていられなくなった。すでに俺の異変を察しているのか、正座している那奈は憂いに満ちた表情で俺を見つめている。
もうじっと黙っているのは限界だった。
「みんな……俺の話を聞いてくれるかい?」
俺の言葉が弱々しいのは、高熱による体力の衰弱と傷の痛みのせいだとお涼もマキも初めは思っていた。
「何か食べたい物でもあるのん?」
「他に、狐火探索の良か知恵があるとでも言いたかか?」
「違う……俺はみんなに謝らなきゃならないんだ……謝らなきゃ」
どうも様子がおかしいと感じた二人は真顔になり、俺の次の言葉を待った。
「……俺は……この狐火の一件から抜ける」
「「ええっ!?」」
お涼とマキが目をパチクリさせる。
那奈は俺の決意をあらかじめ予想していたらしく、二人ほどあからさまに驚いてはいない。
「本当にすまない。俺からみんなを誘っておきながら……でも許してほしい」
「……それはどういうことやの?急に手のひら返して!一体何があったん?」
お涼が詰め寄った。
真実は話せなくても、俺の偽らざる心の内だけは正直に言わなきゃいけない。どれだけ軽蔑されようと、非難されようと。
「俺は……もう刀を持てないんだよ」
「ばってん、精養軒先生はしばらく安静にしとったなら傷は治るて言うてくれたんじゃろ?すぐ元どおりにはならんでも、少しずつ鍛錬したら剣の腕ば取り戻すっばい」
「肉体的な理由じゃないんだ。俺……恐いんだ。恐くて刀を持てないし、持ちたくもない!刀を持って人と斬り合うのが、嫌で嫌で仕方なくなっちゃったんだよ!こんな状態で狐火たちと対峙しても、みんなに迷惑かけるのは目に見えてる。こんな自分勝手が通らないのは承知の上で……わがままを許してほしいんだ……」
「なんで?これまでも刀を抜いて何度も斬り合いをしてるやないの。急にそんなこと言い出すやなんて……瑞雲の家で何があったの?那奈はん、あんたは裏庭で棟田はんと一緒に戦うてたんやから、何か知ってるんやろ?」
「私は……私は……敵と戦うのが精一杯で、何も見ておりませぬし、何も知りませぬ」
那奈はあの出来事を胸に秘めてくれている。信じられない光景を目にして、本当は俺から一番説明を聞きたいはずなのに……。だから、俺が話を続けた。
「あの時、俺は陣羽織を着てた侍に刀で相当な深手を負わせたんだ。あの場から逃げられはしたけれど、多分助からないだろう」
死んで、もうこの世界にいない人間を捜そうとしているお涼たちに、これだけは言っておきたかった。
「あの竹光でそこまで?ほな、その侍をひどう打ち据えるか、叩きのめすかして、刀を握れんようになったて言わはるの?」
「……ああ、そうだよ。俺は、刀を使って人が死ぬほどの危害を加えたのは生まれて初めてだったんだ。俺は考え違いをしてた。この刀なら、人の命を奪わなくても、戦えなくする程度にケガを負わせるだけで、どんな戦いも収められると。けど、刀って……人を殺す武器だったんだよね。この手で人の命を奪うなんて、もう二度とごめんだ」
「あーたはそれでも剣客なんか?誰だって、初めて人ば斬った時には動揺すっし、罪悪感にかられる時だってある。ばってん剣客なら、斬るか斬られるか、生きっか死ぬかじゃなかと?」
「俺は剣客なんかじゃない!」
「そしたら棟田はんは、狐火が都でとんでもない悪事を働こうとしてるのに、それを見逃してもかまへんていう気やの?」
「そんなこと思ってない。だから、本来都の治安を任されている京都守護職の会津藩や、新撰組に情報を提供して、一刻も早く捕まえてもらうように……」
「そりゃあ無理ばい」とマキが口を挟む。
「京都守護職の会津藩も新撰組も、都の郊外まで進出してきた長州勢ば迎え撃つため出陣し、鴨川の九条河原で陣ば張っとー。禁裏の警備で軍勢ば都に入れとー諸藩も、京都所司代や京都町奉行も、長州ば迎え撃つ準備で大わらわになっとーけん、狐火どころじゃなか」
そうだった。沖田もあの夜、出陣命令を受けて、俺たちの事情聴取を諦めざるを得なくなった。今日はもう六月二十九日。
長州軍は三隊に分かれて京郊外に布陣を完了した後、幕府軍と対峙しながら、朝廷工作を進めている最中だろう。
朝廷内にまだ数多くいる長州派の公家を扇動し、長州軍入京の許しを帝から得て、京都守護職の会津藩追放の詔を得る、というのが作戦目標だったっけ。
七月十九日に勃発する禁門の変を前にして、水面下の情報戦が続き、京の都は緊張がピークに達しているはず。都に駐留している諸藩兵だけでなく、町奉行の役人や新撰組、見廻組なんかの警察組織も一触即発の状況下で、蜂の巣をつついたような騒ぎになっているに違いない。
マキのもっともな言い分に、言葉が詰まる。
「那奈はん、あんさんはどう思てんの?棟田はんがこんなこと言い出して、納得できはるの?」
お涼に問い詰められ、黙ってうつむいていた那奈は、やがて顔を上げて口を開いた。
「私は先生の弟子の身。先生が『否』とおっしゃるのなら、私も従うまで」
「那奈さん……」
俺は思わず那奈に目をやった。余程の事情があるのだと推し量って、彼女は俺から話を切り出すのを待っててくれているんだ。
あの現場を見られた以上、もうウソは突き通せない。ただ、お涼とマキの前でそれを打ち明ける訳には……。本来であれば、この時代に生きる人間に対しては誰にも真実を話せないのだから。
「お話にならへん。棟田はんがこないな意気地なしやとは思わんかったわ。二人が裏切るんなら、勝手にしたらええ。あたしはこれまで通り狐火を追う。元々そうするつもりやったんやから。マキはんはどないするの?」
「うちも都の安寧ば乱そうとしとー賊ば放置はできん。大殿様に成り代わって、悪巧みば打ち砕く。万太郎と那奈とは……これでお別れやなあ」
「裏切った」という言葉が、辛いほど胸に突き刺さる。
呆れや怒りや失望や、そんな感情をない交ぜにしながらお涼とマキが去った後、残された俺と那奈はしばらくずっと黙ったままでいた。
「あのさ……那奈さん……」
横になったまま俺が話しかけようとすると、那奈は首を横に振った。
「私にもお涼殿やマキ殿同様、先生にお尋ねしたき事や、口にしておらぬ存念もございます。されど、今はこの傷を一日も早く治し、本復なさることに専念してください。お話はその後にきっと伺います」
「わかった……」
「先生は意気地なしなどではない……私は信じておりますから」
そう言ってから、自分の言葉に気恥ずかしさを覚えたのか、那奈はわずかに頬を染めつつ「汗のついたお召し物を洗って参ります」と衣類を持ち、慌ただしく出て行った。
胸にじわじわと温かいものが込み上げてくる。それだけじゃない。彼女が俺の上半身を抱き、優しく起こしてくれたり、体を拭いてくれたりする度に、胸が高鳴るんだ。
俺は……那奈に特別な感情を抱いてしまったのかもしれない……。




