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№26 地球を救うなんてもうできなくなってしまった!

高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。

どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!

 俺が目を覚ましたのは、翌日の夕方だった。


 縫合手術は短時間で終わり、俺は眠ったまま再び戸板に乗せられ、那奈とマキ、そして後からやってきたお涼、亀吉の四人に担がれて伊予屋に戻ったらしい。


 意識が戻った時、部屋の中には那奈だけでなく、他の三人も心配して居残ってくれていた。

 精養軒の話によると、安静にしていれば縫合個所も圧着させただけの個所も二週間ほどで傷口は塞がり、風呂にも入れるようになるという。

 ただし、患部を清潔に保ち、精養軒が調合した特殊な漢方薬を綿布に浸して毎日貼り替えなければ、化膿や高熱が生じて命に関わる可能性もあり、決して予断は許さない。幕末にはまだ解明されてないけれど、細菌やウイルスが起こす感染症ってやつだ。


 意識が戻ってひとまず安心したマキ、お涼、亀吉はそれぞれの自宅や宿に一旦帰った。みんな徹夜だったんだから、横にならないと体はもたない。でも、那奈だけは休もうともせず、哀しい目をして俺の横にぴたりと寄り添っている。


 昨夜の出来事も、記憶が徐々に甦ってくる。

 諏訪神社に隣接する家屋で、俺は人を斬り殺した……未来からやってきた白色人種騎士団の暗殺者……死体は消滅し、その一部始終を那奈に見られた!


 一人残った那奈に話しかけようとしたけれど、『通仙散』の影響なのか、頭はまだぼんやりしていて、口もうまく動かせない。


 俺が口をもごもごさせているのを見た那奈は、手で優しく肩を押さえた。


「まだお話しになっては体に触ります。全ては、先生が本復された後、お聞かせいただきますから。それまでは治療に専念してください」


 あんなものを見てしまった那奈だって、俺に問い質したいことは山ほどあるだろう。でも彼女は、それをこらえてくれている。


 マキも、お涼も、亀吉も、「隠れ家を急襲された狐火は負傷した浪人二人と小銃を置き去りにし、瑞雲、そして〝俺が斬った男〟も含めて三人でどこかへ逃げた」という認識しか持っていない。

 那奈の性格からして、自分の見たことをみんなにも黙ってくれているのだろう。一途に俺を信じて……。


 翌日の午後、顔や首筋を白粉で真っ白に化粧し、華やかな衣裳に身を包んだエマが大慌てで俺の元へやってきた。


 その少し前に置屋の使いが、狐火の隠れ家探索状況を尋ねるエマからの手紙を持って伊予屋を訪ねてきている。伊予屋の主人から俺の負傷を知らされた使いは、エマに急報したらしい。

 大石の遺した言葉の謎が解け、慌ただしく行動したせいで、俺は諏訪神社へ向かうことをうっかりエマには知らせていなかったから、相当驚かせてしまっただろう。


「どうしてこんなことに?〝あの刀〟を使わはらへんかったの?」


 通常武士が刀を置く床の間なんかない物置部屋だから、那奈が持ってきてくれた自動操作刀は部屋の隅に立て掛けてある。


「使った……でも……」


 もう話せるようにはなっていたが、俺は口ごもった。

 漢方薬を湿らせた綿布を取り替え、上半身に細く長く切った布を包帯のように巻いてくれていた那奈が、「たらいの水を替えて参ります」と席を立った。

 俺がエマと二人きりで話したいのだと察して、気を利かしてくれたんだ。


 那奈が部屋を出て行くのを見届けてから、横向きに寝かされた俺に顔を近付け正座するエマを凝視しつつ重い口を開く。


「あの刀を使って……俺は相手を…………殺した……那奈さんを斬ろうとした、あの陣羽織の侍を……」


 小さな声でそう告げた直後、あの時の記憶が鮮やかな血の色と一緒に思い出され、体が小刻みに震え出した。


「殺した?」


 ちょっとの間、返事に窮したエマだったが、やがて務めて平静に京都弁から標準語に変えて言葉を続けた。


「あなたがこの時代でそんなことできたのなら……やっぱり相手は未来から来たエージェントだったのね。それで、狐火は?」

「逃げたよ。家を借りていた道端瑞雲と一緒に。恐らくそいつも未来人なんだけど、その後の二人の行方は全くわからない」

「あなたが斬った男、狐火、道端瑞雲。やっぱりTWOは三人もこの時代に送り込んでいたんだ。それで?」

「それでって?」

「これからどうするのよ。逃げた二人の行く先に何か心当たりはあるの?」


 真面目な顔で話すエマを見ているうちに、俺は思わず鼻で笑ってしまった。俺の心の中とのあまりの温度差にだ。


「何がおかしいのよ?」

「俺は……もうやめる。狐火も、分子破壊砲も、後は君に任せるよ」

「はあ?何を無責任なこと言ってるのよ!」

「無責任だって?俺は責任を果たした!俺は、人を一人殺しちゃったんだぞ!人殺しなんだ!」


 つい大きな声を出してしまい、背中に鋭い痛みが走って言葉が続かなくなる。


「ちょっと、落ち着いて。人殺しだなんて、自分を責めないで」

「だって、そうじゃないか。俺はこの手で……人殺し以外の何者でもない。あの刀だって、もう二度と持ちたくない」


 それが俺の本心だった。例え自動操作刀を握ろうとしても、体が拒否反応を起こして持つどころか、触れることだってできやしない……そうに違いなかった。


「今さら何を言ってるの!刀は果物ナイフでも包丁でもない。人を斬るための道具よ。それはあなたも理解して今日まで来たんじゃないの?」

「理解してたさ!頭の中では!しかも、できるだけ人を傷付けないように努力して。でも、実際に人を殺してしまったら、あんなに無惨な相手の死に様を見てしまったら、これまでの覚悟や信念なんて木っ端微塵に吹き飛んじゃったよ。俺の持ってた使命感なんて、所詮自分を納得させるためだけの薄っぺらい代物だったんだ」

「そんなことない!それに、あなたは殺人者なんかじゃない!これまでも切迫した状況下で自分の身を守るために刀を抜いてきたんでしょ。それなら歴とした正当防衛じゃないの。あなたがいた時代の日本でも、わたくしが元々いた時代のイギリスでも、正当防衛は刑法上罪にならない。しかも、あなたは那奈さんを守るために斬ったと言ったけど、正当防衛は自分だけじゃなく、他人を守る時にも適用される。だからあなたは罪に問われないし、人殺しでもないのよ」

「そんな……理屈じゃないんだよ。罪になろうがなるまいが、俺がこの手で人を殺したのは紛れもない事実なんだ。その事実を消せはしないんだぞ!」

「未来の地球がどうなってもいいの?」

「良くはないさ……でも、俺はもう……無理なんだ……」

「あのね……」


 エマが言い募ろうとした時、たらいを抱えた那奈が戻ってきた。


 言葉を途中で止めたエマは険しい表情を一転して和らげ、席を立った。


「ほな、あては今からお座敷がありますさかい、今日のところはお暇しますえ。那奈殿、棟田様の看病、くれぐれもお頼みします。近いうちにきっとまたお見舞いに来させてもらいます……きっと」


 最後の「きっと」を強調して、にらむように言ったエマは、静かに部屋を出て行った。

 俺とエマとの間に生じている精神的な亀裂を敏感に感じ取ったのか、那奈はエマが出ていった後の板戸を不安そうに見つめている。


 忌まわしい記憶を呼び覚まし、興奮して話したせいか体の震えはまだ続いている。

 寒い……夏真っ盛りだというのに。震えの理由がトラウマだけでなく高熱によるものだとわかったのは、エマが出ていったすぐ後、那奈が俺の額に手を当ててからのことだった。

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