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№25 幕末の外科手術を受けてしまった!

高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。

どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!

 町医者ながらも洛中で知る人ぞ知る外科医・奥村精養軒の診療所は、五条橋東詰の町人地の中にあった。


 精養軒は白くて長いあごひげをたくわえた七十前後の老人で、深夜に叩き起こされたにも関わらず、「沖田はんの知り合いというのやったら、邪険にもでけへんしな」と冗談交じりに言ってすぐに俺たちを中に入れてくれた。


 沖田とは親しい間柄ではあるらしいけれど、嫌な顔一つ見せず淡々と診察の準備に取りかかっているのは、刃傷沙汰が後を絶たない都で何人もの負傷者を診療し、急患は昼夜を問わず日常茶飯事だからかもしれない。


 衣服を脱がされた俺は、寝台の上でうつ伏せに寝かされた。

 精養軒のほかに、住み込みの若い男性の助手が側に付いている。

 少し離れて那奈、マキ、沖田が固唾を飲んで俺たちを見守っていた。


「棟田君、安心しろ。精養軒先生は、かの名医・華岡青洲はなおかせいしゅうの高弟にあたる本間棗軒ほんまそうけんに学び、京で華岡流を継承する唯一のお人だ。この方に任せれば大丈夫」


 華岡青洲って………幕末よりも百年くらい昔、漢方医学とオランダ医学を学んで独自の医術を編み出し、日本、いや世界で初めて全身麻酔手術を成功させた外科医だ。

 自分の家族で人体実験し、母親は死亡、妻は失明という犠牲を経て全身麻酔薬を完成させ、全国に名前が知れ渡った。門弟もたくさんいたらしいけど、華岡流は青洲の死後衰退し、薬の製法すら現代に伝わっていない。


「沖田はん、それは買いかぶりや。そもそもわてのお師匠は、口伝しか許されんかった華岡流の秘術を書物にして公開したもんやから、破門されてるんやで。継承してるやなんて、口が裂けても言われへんわ」

「ご謙遜を。先生の医術で、隊士は何人命を助けられたかわかりませんよ」

「まあそんなことよりも、このお人の傷の具合やが………」


 沖田と話をしながらも、精養軒は俺の背中を手で触診した後、患部に布をあて、弟子に命じて両手指で強く圧迫させる。


「このまましばらく動かさんと傷口を押さえてたら、止血はできるはずや。傷の長さは一尺三寸以上もあるけど、思うたほど深うはない。骨を痛めてないようやし、臓腑は無論、神経や動脈も傷ついておらん。これなら早うに治る見込みはある。この切り口を診ると、相手の刀はなまくらか刃こぼれしとったんとちゃうかな」


 一尺三寸と言えば、四十センチ。かなり斬られている。でも、精養軒の言うとおり、相手の刀は刃こぼれしていた。そのお陰で致命傷だけは避けられたのか………。

 那奈、マキ、沖田の顔に安堵の表情が浮かぶ。


「この御仁には全体に筋肉がついとらんから、剣術使いには見えへんのやが、沖田はんに言わすと相当な使い手なんやったな。剣士にはあんまり縫合はしとうないのやけど、傷が一番深い上の方の五寸ほどは縫わざるを得んやろ。傷を縫うと、後々皮や肉が引き攣れて、剣を使う際に支障が出る恐れもあるんやが……仕方ない」


 精養軒は同意を促すような顔つきで俺、そして那奈、マキ、沖田と順番に視線を合わせていく。もちろん、誰も異存はない。

 無言が同意の証しと判断した精養軒は、薬棚の中から小さな紙包みを取り出した。


「これが『通仙散』や。青洲はんが考案した麻酔用の粉薬やな。これを今から飲ませたら、半刻ほどで眠りにつき、痛みも感じんようになる。手術を終えるまでにはまだまだ時がかかるさかい、あんたらは隣の控えの間で休んどいてもろたらええ」

「でしたら……棟田君は仕方ないが、君たち二人には詳しい事情を聞かせてもらわなければならないな。どうして狐火の一味を追っているのか。そもそも君たちは何者なのか。面倒でしょうが、屯所まで同道願えますか?」


 丁寧な口調ではあったけれど、沖田は那奈とマキに強い眼差しを向けた。


「はばかりながら、私は今先生のお側を離れるわけにはいきませぬ」

「うちも屯所には行きとねえし、知り合いの万太郎たちとたまたまあん家の前ば通りかかった時、いざこざに巻き込まれただけで、特に話すことはなか」


 それを聞いた沖田は、呆れたように苦笑いする。


「それはおかしいなあ。君たちは、お涼の先導で町ごとの木戸を抜け、あの家へまっすぐ向かっていったんじゃないですか。悪いけれど、東山・行流寺での一件以降、棟田君には一日中尾行をつけている。四日前、祇園社の境内で身元の知れぬ侍たちと斬り合いに及んだことも知っています。その際、物売り娘に化けていた君は、庶民が持てるはずもない短筒をぶっ放したんだったね」


 沖田の鋭い視線にそっぽを向いたマキは「そがんことあったかしら〜」ととぼける。


「君たちがしらばくれるなら、この場をお借りして聴取しても構いません。都で不穏な動きをしている狐火の一味については、我々新撰組も内偵を進めていました。目を付けていたのが大石清之進と遠藤熊之助の二人で、まさかあいつらを君たちが取り押さえるとは思ってもみなかった。路上で勧誘され、寺で斬り合いになったという話もあまりに出来過ぎ。きっと裏には何かあるとにらんで、棟田君を監視下に置いていたのです。捕らえた遠藤たちについては厳しく詮議しましたが、奴らは組織の下っ端で大事なことを何も知らない。どうしたものかと考えあぐねている時に、君たちが動いてくれた。さあ、教えてください、知っていることを全て」


 沖田は断固とした顔つきで、視線を合わさない那奈とマキに問い質す。

 那奈は〝先生〟である俺に義理立てして余計な話を一切しようとしない。

 マキはそもそも身分を偽って都に潜入している佐賀藩の密偵なんだから、言わずもがなだ。


 俺も以前新撰組の屯所へ連れて行かれそうになったけど、例え罪人や容疑者でなくて参考人だとしても、沖田より偉い連中の判断一つでどんなひどい取り調べを受けるかわかったもんじゃない。

 彼女たちに迷惑はかけられないぞ。ここは俺が代わりに適当な言い訳をしなくちゃいけない……のに、体が言うことを聞かず、一言も発せられない。


 声を出そうとして苦痛で顔をしかめる俺に、精養軒が「まだしゃべらん方がええ」と戒める。


「ここで話してくれないのなら、やはり屯所まで来てもらわざるを……」


 沖田の言葉がまだ終わらないうちに、玄関口から一人の新撰組隊士が血相を変えて診療室まで駆け込んできた。


「沖田さん、やはりここにおいででしたか!」

「不逞浪士の借家に残しておいた口問いからこの場所を聞いてきたんですね。どうしました?」

「はい、副長からのお達しで、遂行中の任務を全て打ち切り、至急屯所にお戻りくださいとのことです」

「打ち切って戻れですって?狐火に関わる重要な証人から事情を聞き出したいのだけれど」

「それどころではありません。いよいよ長州との戦さです。陣触れが出されたのです!」

「戦さ?」

「長州が大軍を催して本国から船で大坂に上陸し、昨日伏見に向けて進軍を始めた模様。会津様は長州勢を一歩たりとも都へは入れぬ構えにて、明日にも伏見方面へご出陣とのこと。新撰組にも合流すべしとのご下命が!狐火の捜索に散った隊士にも、伝令から帰還命令が示達されているかと」


 沖田は「えらいことになったな」とつぶやいた後、那奈とマキに顔を向けて微笑んだ。


「取り調べは一時お預けです。棟田君の容態が落ち着いてから、改めて皆さんにお話を伺うことにしましょう」


 精養軒に後事を託した沖田は、呼びに来た隊士と共に慌ただしく出ていった。


 いよいよ禁門の変の序章が始まった。

 池田屋事件で多数の藩士と、後援する尊攘派志士が殺害、捕縛された長州藩は主戦論に押されて挙兵を決断。〝八・一八の政変〟による藩主の無実を訴え、失地回復を目論む三家老、福原元僴ふくばらもとたけ益田親施ますだちかのぶ国司親相くにしちかすけに率いられた約二千の兵は京の都へ向かったんだ。


 六月二十四日に福原隊七百は都の南、伏見長州藩邸に布陣。

 これに続き、長州尊攘運動の中心的地位にあった久坂玄瑞や参謀的存在でもある久留米藩士・真木保臣を含む益田隊五百は都の西南、山崎・宝積寺に着陣。

 藩士以外の領民から構成され、奇兵隊と並ぶ精鋭部隊とされた遊撃隊の総督・来島又兵衛を含む国司隊八百は都の西方、嵯峨天龍寺に陣取るはず。

 それから一か月近く、都を守る幕府軍との間でにらみ合いが続く、というのが歴史の流れになっている。


 精養軒に促されて那奈とマキが診療室から出ていった後、水と一緒に飲まされた粉薬は想像を絶する苦さだった。


 何度も吐きそうになり、併せて焼けるような痛みを我慢しているうち、次第に頭がぼんやりしてきた。どんどん目の前が真っ暗になって………。

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