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№21 謎の女曲芸師のピンチを救ってしまった!

高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。

どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!

 「やえがきひめ」とは誰なのか……。


 へとへとになって宿に帰った翌日から、探索が始まった。

 「姫」とは、帝、公家、将軍、大名、上級武士など高貴な身分の娘の敬称として用いられている。

 京都の場合、そんな女性が生活している場所となると、禁裏とその周囲を取り巻く公家町。大名家の京都藩邸は、本来商いの出先機関のようなものだったのが、幕末になると政治活動の拠点、さらには禁裏警衛のための藩兵駐屯地として使われるようになるけど、ここに大名や上級武士の妻女はいない。

 お涼と亀吉は禁裏の周辺を洗ってくれている。


 それに、「姫」は本来の意味だけでなく、遊女や小さく可愛らしい娘の異名として使われる場合もある。

 そこで、鴨川の西側にあり、京都で最も歴史の古い遊廓・島原や町衆が住む下京の商店密集地を那奈が、鴨川の東側で、幕末期では京都最大の花街になった祇園町や皇族・公家の別邸がある東山山麓を俺が探ることにした。

 島原は都のやや西寄りにある壬生の新撰組屯所に近く、また沖田以外の隊士に因縁を付けられるのを避ける意味もあって、下京の商家と併せて那奈に任せた。


 日没後は四人で伊予屋に集まり、その日の成果を情報交換したものの、そんな名前やあだ名を付けられた女性は一人として浮かび上がってこない。


 ただし、「やえ」という名の女性であれば、ひらがなだけでなく「八重」「八咲」「八恵」「八江」「弥依」「哉恵」「矢愛」「耶映」「也英」「野瑛」など、公家・富商の娘から娼妓、町人の幼子まで結構の人数を数えた。でも、「やえ」と「やえがき」では相当異なる。


 こうなると人の名前とは限らないかもしれず、地名や建物名にまで範囲を広げて調べなければならない。


 珠ことエマからは、これまでに何度か置屋からの使いが手紙を届けてくれている。

 が、狐火に関する新たな情報はない。大番屋から戻って早々にも使いがやってきたので、こちらからは大石の死の顛末と、「やえがきひめ」について尋ねる手紙を慣れない筆で書き、彼女に渡すよう託した。


 返事は翌日に届いたけれど、エマも「やえがきひめ」という名前には全く心当たりがないようだ。何かわかればすぐに連絡するとのことだったけれど、それからはまだ何も言ってこない。


 六月二十二日。捜索はもう五日目に入っていたが、南禅寺を北上して寺社地と武家地と町人地が混在する岡崎まで足を伸ばしていた俺は、何一つ収穫もなく夕暮れの中帰途についていた。


 知恩院を越えてそろそろ祇園社に差しかかろうというところで、俺は棒のようになった足を休めるため、石段脇の木陰で腰を下ろした。ここまで来れば祇園町は目と鼻の先だから、人の往来はそこそこある。


 行き交う人々を眺めているうち、その中の一人に自然と目がいった。

 南に向かって歩く農家の若い女房………そんな風に見える。

 頭に白い手ぬぐいを被り、紺の筒袖着物に白い脚絆。野菜でも入れていたのか、大きな空の籠を背負っている。

 それにしても、どこかで見た顔だ……って、あいつ、〝ムササビ回しのマキ〟じゃないのか?


 着てるのが曲芸師の時とは全く正反対の地味な着物だし、他人の空似ってやつなのかも……んんん?いや、間違いない!

 だって、今籠から顔と前足を出した生き物、ムササビだぞ!


 目の前を通ったマキは木陰に座っている俺には気付かず、鋭い目を前方に向けている。

 彼女の視線の先には……背が俺よりも高く、小ぎれいな羽織袴を身に着け、それなりの身分を持っていそうな侍がいた。


 マキはそいつの歩調に合わせて一定距離を取りつつ歩いている。尾行してるんだ!

 曲芸師のあのこが、どうしてそんことをしてるのか???


 通り過ぎていくマキの背中を見送っていると、彼女の後方からガラの悪そうな浪人が三人現れた。この時期の都で、あんな風体の浪人は大抵諸国から流れてきた尊攘派のゴロツキ浪士に違いない。

 こいつらの視線は明らかにマキへと注がれ、気付かれないよう付かず離れずで後を追っている。


 これはただ事じゃない。一体どういう状況なのか俺には全然想像つかないけれど、このまま放っておいたらマキの身に危険が及びそうな予感が濃厚にする。

 俺は浪人たちの後を追った。


 上士風の侍をマキが、マキを浪人たちが、浪人たちを俺が、という奇妙な不連続尾行集団が南へと進む。

 マキたちは、四条通りの突き当たりに建つ祇園社の西楼門に差しかかると、方向をそちらに変えて石段を上がっていった。もちろん俺もその後に続く。


 境内は人の往来がぐっと少なくなり、緊張の度合いを増していく。

 いくつかの小さな社を通り過ぎ、坂道を上がって本殿に出ると、前にいたはずの連中がそろって急に姿を消していた。


 どこへ行ったんだ?


 右手には正門にあたる南楼門があるけれど、見通しの良いその先に人影はない。

 となると……本殿の奥だろうか。

 本殿の向こう側は雑木林になっていて、細い道が続いている。


 俺は本殿を通り越し、雑木林の中に足を踏み入れた。

 マキたちを探し、どんどん奥へと踏み進む。雑木林の中には、もう参拝客の姿は一人として見えない。

 これ以上行けば、もう東山山麓に入ってしまいそうな……じれったい気持ちがじわじわと生じだした時、それほど離れていない場所から人の声が聞こえた。


 生い茂る雑木が、それでなくても薄暗い夕焼け空の光を遮っているせいで、視界はどんどん悪くなっている。


 木の陰に隠れながら用心深く近付くと、そこはテニスコートほどの広さだけ一本の木も生えず、雑草だけが一面を覆っている空き地だった。

 その真ん中にマキがいて、彼女の周りを身なりのいい三十前後の侍と、三人の浪人が囲んでいる。

 俺は身を隠しつつ、事の成り行きを見守った。


「どうか、お許しください!うちは、ただこの先にある親戚の家を訪ねようとしとるだけで、決してお武家さんの後をつけ回すやなんて、とんでもないことでございます!」


 マキは身を縮め、何度も頭を下げる。


「ウソを申せ!二条新地の料亭を出て以来、わざと何度も道を曲がって、確かめたのだ。お前はわしの後をずっとつけてきた!」

「………………」

「どうもこのところあの料亭をネズミが嗅ぎ回っているのは気付いていたが、おなごであったとは。おい、いずこの手の者だ。新撰組か?見廻組か?それとも会津か?」

「滅相もおません!うちはただの山菜売りで………」

「口を割らぬのなら………この場で死んでもらうだけだ」


 侍の言葉に応じて、三人の浪人が一斉に抜刀する。

 前後左右に素早く目配りしたマキの顔が、そして身のこなしが、ついさっきまでの怯えた行商女のそれではなく、目つきの鋭い戦士のようになっている。


 にしても、一対四、しかも素手対剣ではとてもマキに勝ち目がない。俺は刀の柄に手を掛け、飛び出そうとして一旦踏み留まった。

 マキが背負う籠からムササビが顔を出し、浪人たちに向かって「ギャギャギャ!」と威嚇したからだ。

 一瞬ビクリとした浪人たちだったが、声の主が小動物とわかると、一人が刀を上段にとって前へ出ようとした。


「ハヤタ、顔ば出しちゃいけん!」


 ムササビが顔を引っ込めるなり、振り向きざまにマキが懐から取り出して浪人に向けたのは拳銃だった。両手で握った銃の撃鉄を起こし、いつでも撃てる態勢をとる。


 浪人はたじろいものの、相手が若い女と見くびってか、わずかの間を置いて斬り掛かった。


 バキューーーン!バキューーーーーーーン!!


 マキが連射した弾丸の一発目は襲いかかる浪人の右腕を、二発目は続いて向かってこようとしたもう一人の右肩に命中した。二人とも、刀を落としてうずくまる。三人目の浪人は、マキの射撃の腕前に恐れをなし、刀を抜いたまま後ずさりする。


 流れるような動きで再び体の向きを変え、マキはリーダー格らしき侍に銃口を突き付けようとした。

 が、俊速の早業で刀を抜いた侍が、飛び掛かるなり剣尖の一撃で拳銃を打ち落とした。


 拾おうとするマキを、侍の刀が遮る。

 気を取り直したもう一人の浪人が、背後から彼女を斬ろうと前進した。


 もう躊躇していられない。俺は木の陰から飛び出し、背中を見せる浪人に向かって全力疾走する。

 足音に気付いた浪人が後ろを向く。その刹那、俺は抜いた刀をそのまま逆袈裟に斬り上げ、相手の右腕を砕いた。


 侍が俺に気を取られた隙に、マキは地面にダイブするようにして銃を取り、腹ばい状態で構える。

 それを見た侍が、鞘に付けていた小柄を取り、マキに投げた。

 体を回転させて避けたマキの体のすぐ横の地面に、小柄が突き刺さる。


「引けっ!引けいーーー!」


 侍が仲間に向けてそう叫んだ時には、四人ともが雑木林の中へと逃げ込んでいた。

 追いかけようかとも思ったが、マキの手から血が流れているのを見て思い留まった。


「おい、ケガしたのか?」


 駆け寄った俺は、起き上がろうとしているマキの右手を見た。

 手の甲がわずかに斬られ、血が出ている。拳銃に斬撃を食らった時に傷付けられたのだろう。籠から出てきたムササビのハヤタが、マキの腕に飛び乗り、傷口をなめている。


「心配いらん。こがん傷は浅手や。それにしても、よりによってあーたに命を助けてもらうなんて思いもよらんかった。ばってん………一応、お礼ば言うておく」


 京都弁から九州のどこかの方言にもどったマキは、不承不承という様子ではあったけれど、俺に頭を下げた後、自分で傷の応急手当を始めた。

 帯の下に入れていた小さな貝殻を手に取り、中に入っている軟膏らしき薬を塗ってから、手ぬぐいで傷口を縛る。こういったことにかなり手慣れている様子だ。


 それにしたって、彼女は一体何者なのか。


「曲芸師のはずの君が、農家の物売りに変装して、得体の知れない浪人たちに殺されそうになった。どうしてこんなことを?」

「あーたは関係なか」


 マキはにべもないが、俺は質問を止めなかった。


「池田屋事件の後、新撰組や奉行所は逃げた過激派浪士たちを躍起になって探している。さっきの奴らがそうなのかい?となると、君は京都守護職とか奉行所の関係者なのか?」

「ご公儀やら京都警衛諸藩やらのことは知らん!うちゃ、そがん小さな仕事ばしとんじゃない」


 つまり………都の治安維持のために働いてる役人でも口問いでもない。

 そして、逃げた奴らが単なる尊攘派浪士ということでもなさそうだ。すると彼女も?俺は思いきってその名前を口にした。


「君も、狐火を追ってるの?」


 それを聞いたマキの目が大きく見開いた。


「なしてあいつば知っとるんか?」


 やっぱりそうだった!マキの狙いも狐火!言葉をそのまま鵜呑みにすれば、彼女は公儀、つまり幕府や、公武合体派の有力諸藩や、ましてや長州の人間でもない。となれば、どこの勢力に属しているんだろう?

 彼女の話す方言から推測すると、九州にある藩のどこか………う〜〜〜ん。

 いやいや、それより何より、ひょっとしたら彼女と手を結ぶことができるんじゃないか?


「俺も、いや俺と那奈さんとお涼さん、それに君はまだ面識ないだろうけど祗園の芸妓・珠さんも、狐火の行方を一緒に探しているんだ。もし目的が同じなんだったら、力を合わせて突き止めないか?………狐火の居場所を」


 那奈やお涼に説明したように、俺が狐火を追う表向きの理由を聞いてじっと考え込んでいたマキは……やがてうなずいた。

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