№2 未来の日本刀?で戦ってしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
思わず目を細めた俺の視界に、葦の生い茂る河川敷と、複数の人の姿がすぐ飛び込んできた。
ほんの数メートル先。刀を抜いた浪人風の男が三人。揃いも揃って棒立ちになり、俺をまじまじと見つめている。
「私の生命反応がなくなれば、体は自動的に元の時代に転送される……だから後は……頼む……」
微かな声音に気付いて、俺は傍らに倒れている広川に目を向けた。
ゆっくりと目を閉じ、やがてピクリとも動かなくなった広川の体が、どんどんぼんやりと、そして半透明に薄れていき、ついには消えてなくなった。
体が横たわっていた場所には、小石の混じった土の地面があるだけだ。大量に流れ出て真っ赤に染めていた血の跡も消えている。
「な、何じゃこれは!」
ひげ面の浪人が調子外れの声を上げ、わずかに後ずさりする。
残りの二人も顔を引きつらせ、つられるように後ろを向く。
彼らの後方には、もう一人の小柄な人物がいた。
小ぎれいな着物に、上級武士が身に着ける、丈の長い馬乗り袴。左手には、弓を持っている。あれは、通常の和弓よりも短いから、半弓か?
何より俺の目をくぎ付けにしたのは、そいつの顔だ。逆光のためにはっきりと見えず、やけに白い顔色だと思って目を凝らせば、それは能とか神楽で使用されるような白い狐の面だった。
こいつが、狐火なのか?うん、そうに違いない!
「お、お、お、おい、何なのだこれは?斬った相手がいきなり消えたと思ったら、二人になって現れ、しかもあの男、再び消えてしもうた!これは異人の使う呪術か妖術ではないのか?」
ひげ面の問いかけに、狐火は首を横に振った。
「呪術でも妖術でもない。そのからくりは、後で詳しく話してやる。今は、異人かぶれの奸賊に天誅を加えることだけに身を入れろ。その小僧も奸賊の仲間だ」
やけに聴き取りにくく、中性的なトーンが面の中から響く。それにしても、この狐面野郎、俺とは初対面じゃないか!いい加減なことを言いやがって!
「違う、違う!俺は仲間なんかじゃない!さっきの男とは、たまたまここで出くわしただけなんだ!俺は無関係なんだよ!」
必死に抗弁する俺を見て、浪人たちは躊躇し、伺いを立てるように再び狐火を振り向く。
狐火は黙ったまま、「やれ」とでも言うように右手を前に振った。
浪人たちはようやく気を取り直し、下ろしていた刀を俺に向かって構える。
「確かにこの小わっぱの珍妙な身なり。どこからどう見ても異人かぶれだ。帝のおわす厳かなる都を、汚らわしい夷狄の姿で闊歩するとはいい度胸をしている」
目つきの悪い、痩せぎすの浪人が、俺に向かって一歩踏み出した。
話し合いでの解決なんて、とても無理だ。逃げなきゃ……。
俺はすっくと立ち上がりはしたものの、震える足がまともに動いてくれない。
「こいつ、びびっていやがる。刀は持っていても、ろくに扱えんようじゃ。斯様な手合いへの天誅、わし一人で十分」
痩せぎす浪人が刀を上段に振り上げ、さらに間合いを詰めてきた。
このままじゃ、脳天から真っ二つにされてしまう。
絶体絶命…………この状況を切り抜けるには、渡された刀を使うしか……でも、広川が言ってたこと、ホントなのか?ド素人の俺でも、刀で戦えるなんて。
ええい!もうあれこれ迷ってる場合じゃない!
俺は、抱くようにして持っている刀の柄を右手で握った。
「お、やる気か?面白い。抜いてみろ」
痩せぎす浪人は三メートルほど手前で立ち止まり、薄ら笑いを浮かべる。
そのまま刀を抜こうとしても、鞘がくっついてくる。日本刀は、鯉口と呼ばれる鞘の口部分が狭く作られ、刀身が簡単に抜け出ないように作られている。それを忘れてた。左手で鞘の鯉口に近い部分を握り直し、親指で鍔を押し上げる。
今度は、大した力を入れなくても刀身がスーッと鞘から離れた……次の瞬間、頭のてっぺんから足の先まで、雷に打たれたかのような電気的衝撃が体中を走り抜けた。
俺は鞘を地面に落とし、知らず知らずのうちに柄を両手で握り、剣尖を相手の喉元に向けている。
「小癪な」
そう言うなり、痩せぎすは大きく踏みこんで刀を振り下ろしてきた。
俺の体は無意識のうちに動き、ひょいと右側に飛び退くなり、相手の左肩に刀を打ち込んでいた。
「ギャッ」と一声発して倒れた痩せぎすは、刀を離した右手で左肩をつかみ、苦しそうにのたうち回っている。
ウソだろ!?体育の授業でやらされた剣道だって、まともに竹刀を扱えなかった俺が……。
「おのれ!」
続いて斬り掛かってきたひげ面に対しては、相手が刀を振るう寸前にこちらから前へ飛び込み、すくい上げるようにした刀で右の脇腹を。残りの一人には、足を狙ってきた刀をこちらも刀で受け止め、退こうとした相手の側頭部に素早い一刀を浴びせた。二人とも地面に転がり、痩せぎすと同じように身をよじらせている。
す、すごい……この刀のお陰とはいえ、真剣を持った侍を相手にして、こんな芸当ができるなんて……。
遠隔操作されてる感覚が続いていて、体の筋肉は強ばったままだ。気を抜くのはまだ早い。まだ狐火が残っている。
俺が十メートルほど先に目を向けると、奴は半弓に矢を番え、まさにこっちを射抜こうとしていた。
飛び道具はまずい!と思うが早いか、矢が弦から離れる。
ピシューーーーーーーーン!
戦慄……体は恐怖で固まっていてもおかしくないのに、両腕が自然に動き、車のワイパーみたいに刃が弧を描いたかと思うと、眉間に向かって飛んできた矢を弾き飛ばしていた。
信じられない……。
顔の表情こそ見えないけれど、明らかに驚いた様子の狐火は、背負っている矢筒から二本目を取り出し、急いで番えようとした。
「人殺しーーー!人殺しばーーーーい!誰か来てくいしゃーーーーーーーーい!」
女の叫び声が、すぐ近くの上方で轟いた。
河川敷を見下ろす土手に、派手な衣裳を着た若い娘がいる。花模様をあしらった紫色の着物の上に、橙色の袖なし羽織、下半身にぴったりフィットした薄青色の股引。頭にも橙色の頭巾を被り、肩にネコよりも小さくて、ネズミよりも大きい、見慣れない灰色の小動物が乗っかっている。
彼女の声を聞きつけて、土手に一人、二人と通行人が上がってきた。
矢を矢筒に戻した狐火は、すかさずその場を離れ、密生する葦の中に消えた。
「おい、あいつか?人殺しは?」
土手に上がった町人の一人が俺を指差し、派手な娘に問いかける。
俺は、慌てて刀を持ったまま手を振り、「違う違う!」と娘らに声を張り上げた。
しかし、娘は俺の刀と、河原で悶絶している浪人たちを見比べ、町人にコクリとする。
「多分、そうばい!」
おいおい、何勘違いしてくれてんだよ!
「よっしゃ、おーい、お役人さんを呼んで来てくれーー!下手人がまだ現場におるんやーーー!」
町人は後ろを向き、土手の向こう側に声をかける。
ここでぼやぼやしていたら、面倒なことになりそうだ。
俺は落ちている鞘と巾着を拾い、 取る物も取り敢えず葦原の中に飛び込んだ。