№19 お堂での大捕物に突入してしまった!
高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。
どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!
お堂正面の板戸を開けて入ってきたのは、狐火ではなく、病人みたいに青白い顔をした細身の浪人だった。
「おお、遠藤、遅かったな。狐火様もまだだが、もうしばらくすればお越しだろう」
大石に「遠藤」と呼ばれた浪人は、車座の中にどかりと座り、壁を背にする那奈を見るなり眉を寄せた。
「おお、あちらはお主が言っていた三好那奈殿だぞ。昨日、祇園社の前で偶然出会うてな。声をかけたら、快く応じてくれた」
言い添えた大石に一言も応えず、遠藤は顔をしかめたまま那奈を見ている。
相手に敵意を感じたらしく、那奈はいつでも動けるように姿勢を正し、遠藤を睨み返す。
「おい、どうした?那奈殿がどうかしたのか?」
大石だけでなく、周りにいる浪人たちも、訝しげに遠藤と那奈を交互に見ている。
「このおなごに連れはおらなんだか?」
「おお、確かに若い浪人が一人。そう言えば那奈殿、あの御仁はどうしたのだ?」
遠藤に水を向けられた大石が、那奈に聞いた。
「あ、あいつは、昨晩食った物が悪かったのか、急に腹痛を起こして宿で寝ています」
何ともベタだけど、別におかしな言い訳じゃない。
「それはまことか?」
薄ら笑いを浮かべた遠藤に、那奈は「まことです!」とムキになる。
「遠藤、お前少し変だぞ。そもそも那奈殿の太刀ゆきを目にして、同士に加えれば益をもたらすと言っていたのはお主ではないか。何故急に変節した?」
「変節したのは、その小娘の方じゃ!」
遠藤に言い返された大石は、言葉に詰まって那奈を見る。
「確かにこのおなごの剣の腕は優れておったが、それを上回っていたのが夷狄かぶれの方だ。そやつは、役人に引っ立てられていった故、大方牢屋にでも入れられたのだろうと思うていたら、案に反してすぐに放免された。それもそのはず、先般鴨川で狐火様と天誅に加わった我らの仲間、古川たち三人が捕縛されたのは、そいつが手引きをしたらしいのだ。どうやら新撰組の手の者だったようだな」
「新撰組だと?」
大石だけでなく、一座全員の顔が変わる。
マズイ……これはかなりマズイ状況だ。
「奇天烈な異国の衣裳を脱ぎ、今では目立たぬように侍のなりをしていると、祇園町の訳知りの間ではもっぱらの評判じゃ。恐らく天誅を加えようとする志士を釣り出すエサとして、そのような姿をしていたのだろう。しかも、どういう経緯かは知らぬが、その新撰組の犬と、そこの小娘が結託し、今では仲良う行動を共にしているという。捨て置けば、このねぐらも追っ付け新撰組に襲われようぞ。ならば、その前にやるべきは……」
遠藤が立ち上がりざまに抜刀し、大石ら他の浪人たちも一斉に倣う。
やるべきことって、那奈の口封じをここで!?
那奈は左手で刀の鞘を取り、両膝を立てた。近付く敵を抜き打ちで斬る態勢だ。
一対七。でも、俺たち三人が那奈に加勢すれば、四対七になる。数の上ではまだ不利だけど、虚を突けば勝機はある。俺はまよわず刀を抜いた。電流が体を走る。
板壁を蹴り破った俺の後に、十手を抜いたお涼と亀吉が続く。
大きな音を立てて背後の板壁が突然倒れてきたもんだから、浪人たちは一度に振り向いた。その一瞬の好機を逃さず、那奈は刀を抜くと同時に一歩踏み込み、一番近くにいる浪人の右手を斬った。
続けて二人目に斬り掛かろうとした那奈の刀を、横合いから飛び込んできた遠藤の刀が弾き返す。
一方、俺の刀は舞うような動きを見せて目の前にいた一人の左肩を砕き、那奈が斬ろうとして果たせなかった相手の胴を打った。そこへ鋭い斬撃を浴びせてきたのが大石だ。
俺の体はさっとその一刀を外し、わずかに後退する。中段に構えた刀は、大石に向けられたままピタリと止まった。刀の動きが、今までとちょっと違う。これは、相手に隙がないからなのか。
俺よりわずかに遅れて敵の真っ只中へ突っ込んだお涼は、襲ってきた一人の刀を十手の鍔で受け止めたかと思うや、体をひねって剣尖を下に向けさせ、相手の顎に強烈なひじ鉄を食らわせた。
よろめく浪人の頭に十手の二撃目を加えて昏倒させたのを見届けてから、激しく斬ってかかられている亀吉に加勢する。
那奈は、遠藤との立ち回りにやや苦戦しているような……。
七人の敵のうち、すでに四人は倒れるか、戦闘不能になって板敷きで身をよじっているかしており、数の上では逆転した。が、残っている相手は、いずれも剣の手練れだ。
早く大石を倒し、彼女を助けなければ。
しかし、焦る気持ちとは正反対に、体の方は微動だにしない。大石も、俺同様に刀を中段に取り、全く動かない。俺の出方を窺っているらしい。
刀の人工知能が俺の脳に命令してるのは、焦れた大石を先に動かして、どこかにウイークポイントが現れるのを待つ。きっとそういうことなんだ。
刀の組み立てている戦い方が、俺にも何となくわかるようになってきている。どれだけ怖くて、どれだけ逃げたくても、体が否応なしに自然と順応してきてるのか、刀から自然と命令される体の動きにどうにかついていけてる。いやついていくだけじゃなく、ちょっとは能動的に動けるようにもなりつつあるような。
刀の出す指令をリアルタイムに俺も理解し、もっと上手く刀と体を同調できれば、さらに強くなれるような気がする……。
我慢比べの状態が続き、ついに大石がしびれを切らした。
中段につけた刀を大上段に振りかぶり、こちらへ踏み込もうとする。
「!」となった俺の感知機能よりも早く、体が右横に動き、下からすくい上げるように旋回した刀が大石の左脇を打った。
「ぐっ!」
大石は刀を落とし、床にひっくり返る。
間髪入れず、俺は那奈を斬り立てている遠藤に向かった。
側面から打ち込もうとする俺に気付き、遠藤が刃を那奈に向けたままこちらを向いた。そのわずかな間隙を突き、那奈が遠藤の内懐へ飛び込み、胴を払う。
遠藤は白目をむいて、卒倒した。
那奈は打ち込む寸前で刃を返し、峰打ちにしていた。時代劇やなんかの主人公は、相手を殺さない場合、刀を反転させ「峰打ちにするぞ」とわざわざアピールして戦う演出が行われてるんだけど、それでは受けるダメージの少ないことが敵に悟られ、戦闘意欲を増幅させてしまう。
実際の峰打ちは、通常の立ち回りをしながら、相手の体を打つ直前に刃の背面にあたる峰に返し、「斬られた」と思い込ませて意識を失わせる技なんだ。
お涼と亀吉の方は、二人がかりでどうにか相手を取り押さえ、縄を打っている。
俺と那奈はぐったりしている大石の元へ行き、二人がかりで上半身を抱き起こした。
「おい、大石!狐火のことを教えてくれ。奴は、どこをねぐらにしてるんだ?」
苦痛に顔を歪めつつ、俺を見た大石はフンと鼻を鳴らした。
「貴様らが新撰組の犬だったとはな……左様なうすのろどもに、ほいほいと白状するほど軽い口は持っておらん」
「うすのろだと!素直に言わねば、腕づくでも白状させるぞ!」
カッとなった那奈が、大石の胸ぐらをつかむ。
「那奈さん、落ち着いて!乱暴は良くないって!」
俺に自制を促された那奈は、しぶしぶ手を離す。
大石以外の浪人たちをことごとく縄で縛ったお涼と亀吉も、こちらにやってきた。
「狐火様の居所が知りたいなら、せいぜい自力で探し回ることだ。見つけるのは、まず無理だろうがな。そのうち、必ず狐火様が自ら我らを助けに来てくださる。わしはそれを待つだけだ。お主らはその折にでも、狐火様へ直に問えばよい。命があれば、ではあるが」
ふてぶてしくほくそ笑む大石に対して、俺も那奈もただくちびるを噛むしかない。
すると、身を屈めたお涼が十手の先を大石の胸に突き付けた。
「そんな風に言うてられんのは、今だけやで。この後、あんたらは新撰組に引き渡される。新撰組の拷問がどんなもんか、知らんやろ?池田屋事件の直前に捕まった不逞浪士の古高俊太郎は、何をされても頑として口を割らん人物やったらしいけど、局長の近藤様や副長の土方様からあたしらの想像を絶するような激しい拷問を受けてるんやで」
お涼の言葉に、大石は真顔になってツバを飲み込む。
「例えば、足や手のツメをはがし、逆さ吊りにして髪の毛を焼くなんていうのはまだ軽い方や。足の甲に五寸釘を打ち込み、足の裏から突き出た釘の先に百目ロウソクを立てて、傷口に溶けた熱い蝋を流し込む。その痛さ、苦しさていうたら、もう尋常やないらしいわ。それでさしもの古高も、とうとう口を割ったらしいわ。あんたにも、同じ運命が待ってるんやで〜〜」
お涼の話口調はおどろおどろしく、大石の顔からはすっかり血の気が引いている。
「ん?どないしたん?さいぜんまでの威勢が消えてしもてるやないの」
「ま、待ってくれ!狐火様の居所を知っているのは、ここにいる連中の中でわしだけなのだぞ!」
大石は、ひどく動揺して俺たちを見回した。
「なら、話してくれるのか?」
俺が詰め寄ると、大石は「話す……ただし」と条件を付けた。
「わしをここから逃がしてくれるだろうな?狐火様の居所は、仲間内でもごく限られた人物にしか知らされておらぬ。それを役人に漏らしたとなれば、わしは……殺される。例え牢屋の中にいたとしても」
確かにその点は配慮してやらなくてはならないだろう。でも、俺や那奈はともかくとして、お涼や亀吉は身分こそ低くても公儀の役人に変わりはない。徒党を組んで大掛かりな悪事を企んでいる組織の幹部を、簡単に見逃してくれるか……。
那奈も同じ思いらしく、俺たち二人はそろって訴えかけるような目をお涼に向ける。
「お嬢さん、ここはあんまり杓子定規に考えへん方が……」
亀吉も俺たちに助け舟を出す。
思案していたお涼は、やがてその場に正座し、コホンと咳払いした。
「あたしらは、お奉行様から十手を預かる身。悪人を見逃す訳にはいかへん」
「いや、でも……」
口を挟もうとした俺に、お涼は手で待ったをかけた。
「そやけど、あたしらの見てへん所で何が起ころうと、それはどうしようもないわな。例えば、何かの用事でちょっと目を離した隙に逃げられてしまうとか〜〜」
彼女は言外に、見逃してやると言ってくれている。
「お涼さん、ありがとう!」
「ただし、嘘ついてるかもしれへんのやから、そこが狐火のねぐらやと確認できるまでは、あたらしらと一緒にいてもらうえ」
俺は大石に向かって、「さあ」と促した。
「聞いた通りだ。悪いようにはしない。狐火はどこにいるんだ?」
意を決して大きく息を吐いた大石が、「あのお方は」と口を開いた直後だった。
ピシューーーーーーーーン!
風を切る鋭い音がすぐ間近に聞こえた、と思ったら、もうその時には大石の胸に矢が突き立っていた。
矢が飛んできた方向には、俺たちが蹴破った板壁の大きな穴が開き、その向こうの真っ暗な屋外に、白い狐の面がぼんやりと月明かりに照らされている。
狐火!!!
それを見た大石は、ぼう然として目を見開き、口をパクパクさせるが言葉にならない。
大石を床に寝かせた俺と那奈は、跳び上るようにして狐火に向かい、板壁の穴から外へ出た。お涼と亀吉もそれに続く。
しかし、狐火は単身だったようで、四人を相手にするのは不利と察したのか、俺たちが屋外に飛び出した時にはもう姿を消していた。
この暗闇で追跡するのは難しい。仕方なく堂内へとすぐに戻ったが、大石はもう手の施しようのないひん死の状態だった。
「大石、しっかりしろ!頼むから、教えてくれ!狐火の居所はどこなんだ!」
耳元で叫ぶ俺に反応し、うつろな目を俺に向けた大石はわずかに口を動かした。
「や……え……が……」
声音は微かで、なかなか聞き取れない。
「何だって?もっと大きな声で!」
声を荒げる俺のすぐ側で、那奈、お涼、亀吉が顔を寄せ、大石の口元に耳を傾ける。
「き……ひ……め……の……す……が……る……ば…………しょ……」
さらに何かを言おうとして大石は意識を失い、息が絶えた。
「目を開けて!もっとはっきり言ってくれなきゃ、わかんないよ!」
大石の体を揺さぶる俺の肩に、脈を取っていたお涼がそっと手を置いた。
「あきまへん。もう亡くなってます」
それを聞いて、俺は首を垂れた。狐火のアジトを知る重要人物をせっかく見つけ出したというのに……。
ヘコむ俺に、那奈が「されど先生」と声をかけた。
「大石の臨終の言葉、一応文章にはなっているような。私には『やえがきひめのすがるばしょ』と聞こえましたが」
「ふん、あたしもそないに聞いた」
「そないな文言でしたわな」
お涼と亀吉も同意する。
「つまり、『やえがき』ってお姫様がすがる、頼りにする場所ってこと?」
「ええ、そのような意味にとれました。でも、『やえがき』という名の姫など私には皆目。お涼殿はご存じないのですか?」
「う〜〜ん、姫と言うからには町人や百姓やのうて、高貴な家柄のおなごやろけど、公家の娘や朝廷の女官でそないな名前は聞いたことないわ。まあ、都には『姫様』と呼ばれるおなごはぎょうさんおるさかい、調べたらどこぞにおいでなんかも」
大石が残した暗号のような言葉の解読には、少し時間がかかりそうだ。
「やえがきひめのすがるばしょ」とは一体どこなのか。
禁門の変が起こる元治元年七月十九日まで、あとひと月ちょっとしかない。




