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№11 新撰組にスカウトされてしまった!

高校二年の歴オタ主人公・田島錠は幕末にタイムスリップし、「未来から派遣されたターミネーターによる歴史改変の阻止」という途方もない任務を背負わされてしまう。

どんな素人でも剣の達人になれるオートマチック・オペレーション・ソードを手に、新撰組の剣客・沖田総司から気に入られて何かと手助けを受けるようになった錠は、仲間になったツンデレの女剣士・那奈、爆乳の岡っ引き・お涼、クールな密偵・マキと力を合わせ、幕末の京都に潜む凶悪な敵を探し出し、地球を救わなければならない!

 日没前、一旦宿屋に戻った俺たちを、沖田は一人で約束通り迎えにやってきた。


 連れられていったのは、祇園社の近くにあるお茶屋だ。

 お茶屋……この特殊な店は現代の京都にもわずかに残り、芸妓や舞妓を呼んで飲み食いできる場所を言う。一見、料亭のようではあるけれど、厨房がなく、飲食物は仕出し屋から取り寄せる業態になっている。


 ちなみに舞妓とは、芸妓見習いの少女を言う。

 見た目の特徴は、結んで両端をだらりと長く下げる帯、振り袖、台が前のめりで後ろが円いぽっくり下駄。昔は九歳くらいからお座敷に上がって接客作法を修行してたらしいけど、二十一世紀の現代では中学卒業後でないと舞妓にはなれない。

 もちろん俺はお茶屋なんて場所に行った経験はないし、全て本とネットから得た知識ではある。


 俺たちが案内されたのは、「万力亭」というそこそこ大きな店構えのお茶屋だった。

 二階の広い座敷に三人きり。上座の真ん中に俺が座り、両隣に那奈と沖田がいる。それぞれの前には黒漆塗りの膳が置かれ、綺麗な鉢や皿に盛られた刺身、炊き合わせ、和え物が並ぶ。大層なご馳走だ。

 那奈は膳にくぎ付けとなり、嬉しそうに目を輝かせている。


「近藤さんや土方さんも、棟田君の剣の腕には大層感心していた。今日は土方さんから軍資金をたんまりもらってきたから、遠慮なくやってくれよ。さあ、まずは一献」


 「近藤さん」というのは新撰組の局長・近藤勇、「土方さん」というのは近藤の右腕としてらつ腕を振るう副長・土方歳三のことだろう。沖田はとっくりを取り、俺の杯に注ごうとした。


「いや、あの、俺、酒は……」


 未成年だから、というのじゃない。正月に親戚の叔父さんたちに「お祝いだから」とおちょこ一杯の日本酒を飲まされたことは何度かある。でも、美味いとは全然思えない。それどころか、ほんの少し飲んだだけで、頭が痛くなってくる。


「棟田君は飲めないのか……」


 手のひらを広げて断る仕草をした俺を、沖田は残念そうな目で見てから、那奈にとっくりを突き出した。


「君はどうだい?」

「はい、折角ですが、私も嗜みませぬ。酒よりも……どちらかと言えば甘酒の方が」


 それを聞いた沖田は「そうか」と苦笑いし、タイミングよく鯛の姿焼きを運んできた女中に二人分の甘酒を注文してくれた。


 沖田が俺たちをお茶屋に招待したのは、単なるねぎらいという理由だけではなかった。


「君ほどの剣客が、浪々の身のままでいるのはもったいない。新撰組に入ってくれないか?僕たちは、君のような侍をこそ求めているんだ」


 食事をしながら、沖田は何度もそんな意味の申し入れを繰り返した。


 新撰組も、元は浪人と自称武士の集まりだ。

 京に尊王攘夷の過激派志士が集まり、治安が悪化する中で、新設の京都守護職として都に駐留したのが会津藩主・松平容保と藩兵一千だった。この会津藩預かりという身分で、都の巡察、警備にあたったのが新撰組である。

 池田屋事件での功績を幕府や会津藩から高く評価された新撰組は、確かこの時期くらいから隊士のさらなる募集をして、二百人以上の戦闘集団になるんだったっけ。


 幕末ファンとしては大いに興味のある存在だけど、規律がめちゃくちゃ厳しくて、斬り合いが日常茶飯事の組織に入るなんてとても考えられない。

 のらりくらりと返事をはぐらかしているうち、きらびやかな衣裳に身を包んだ芸舞妓三人が入ってきて、俺たちの横にそれぞれ一人ずつついた。三人とも顔に濃い白粉を塗っていて、素顔がわかりにくい。


「沖田はん、随分長いこと来てくれはりまへんどしたな。もうお見限りになったんかと思て、寂しゅうしてましたんえ」

「吉乃、久しかったな。でも本当にこのところすごく忙しかったんだよ」

「そら池田屋の騒動かて聞きましたけど、沖田はんはご無事やろか、怪我とかしたはらへんやろかと、えろう心配してたていうのに、音沙汰もないさかい」

「すまん、すまん。しかし今宵はゆっくりできるから」


 沖田の横に侍る吉乃という芸妓は、二十代前半だろうか。顔なじみらしく、その言葉にニコリとすると、横に置いてあった大刀を袖で包むように持ち、「ほな、お預かりいたしますえ」と部屋から出て行く。


 江戸時代、性的なサービスを提供する遊廓では、客の刀は一時預かりにされた。ここはお茶屋で、接待するのが遊女じゃなく芸妓や舞妓という違いはあるものの、同じ風俗業界だからか似たようなルールがあるらしい。

 俺の横についた芸妓は、二十歳前後くらい。厚化粧でも目鼻立ちが整っているのはよくわかり、素顔は結構美人なんだろうと想像できる。


「珠と申します。お客はんの刀も、お預かりした方がよろしおすやろ?」


 俺が返事をする前から、珠は刀に手をかけるなり、ハッとなって離した。

 あまりに軽いもんだからびっくりしたのか?いや、驚いたと言うよりも、一瞬すごく恐い目になったような……。


「失礼いたしました。お運びしても?」

「ええ、いいですよ。お願いします」


 それがしきたりであれば、逆らって沖田に妙な勘ぐりを入れられるのも得策でない。


 那奈もこんな場所に来るのは初めてらしく、俺が刀を預けたのを見て、まだ十代前半にしか見えない小梅という舞妓に大刀を渡した。この少女は、のっぺりとした顔立ちと白粉のせいで、素顔が可愛いのか不細工なのか全く判別できない。


 刀を別室へ預けに出た三人の芸舞妓のうち、吉乃が最初に戻ってきて沖田に酒を注いだ。


「吉乃、棟田君についた芸妓は見かけない顔だな?」

「ええ、お珠はんどすやろ。五日前からお座敷に上がってる新顔やもん。そやけど、以前は大坂新町で芸妓をしてたそうやから、慣れたもんやわ。それに、あれだけのべっぴんやさかい、四条界隈の旦那衆の間ではもうすっかり人気者になってしもて」


 おっとりとした優しい口調の中には、わずかながらもトゲが感じられる。

 そのうち、珠と小梅も戻り、再び俺と那奈の横に座った。


「棟田様は、お酒を飲まはらへんのどすなぁ。そやったら、こっちをどうぞ」


 珠が体を傾けて俺にピタリと密着し、土瓶に入った熱い甘酒を大きめの茶碗に満たした。

 匂い袋のとてもいい香りが鼻をくすぐる。

 不覚にもうっとりとした表情になってしまった俺と、べたべた馴れ馴れしくする珠を横目で見ていた那奈はたちまち膨れっ面になり、自分の甘酒をぐいっと飲み干して、「おかわり!」と小梅に茶碗を差し出す。


 沖田はかなり早いペースでガンガン酒を飲んでいるのに、顔が少し赤らんでいるくらいで全く乱れることもなく、しゃんとしている。相当な酒豪らしい。


 吉乃の三味線で珠と小梅が舞を見せている間も、沖田はしきりに俺を新撰組に勧誘した。


「誘ってくださるのはとても光栄なんですが、組織の中にいるのは窮屈ですし、一人でいる方が自分の性に合ってると思うんです……」


 それは俺の本音でもある。子どもの頃から団体行動が苦手だった。学校に友だちは何人かいるし、連れ立って遊びに行きもするけれど、行動の自由が制限される部活なんかに入るのは御免だ。


 やんわり断ると、沖田はさも残念そうにため息をつき、「君みたいな剣士と、お役目を共に果たしたかったんだけど」と、この話をとうとう切り上げた。


 それからも吉乃の酌でしばらく酒を飲んでいた沖田は、やがてすっと席を立った。


「じゃあ、僕はお先に失礼するから、君たちはもっとゆっくりしていってくれ」

「俺たちだけ残るなんて……一緒に帰りますよ」


 立ちかけた俺を、沖田に寄り添う吉乃が手で制した。


「嫌やわ、棟田様言うたら。無粋どすえ」


 意味ありげな微笑みで、やっと悟った。二人はデキてるんだ。じゃあ、今から誰にも邪魔されない場所で……。


 仕方なく、座り直した俺はその場で沖田と吉乃を見送り、隣にいる那奈に目を向けた……って、寝てる!?

 那奈はこっちに背中を向けて横になり、小さな寝息を立てている。

 横にいる小梅が、困ったような表情で俺を見た。


「甘酒を十杯も続け様におかわりしゃはった後、お顔が真っ赤になってしもて、つい今し方、こてんと」


 甘酒で酔っぱらうなんて、沖田とはまるっきり正反対の極端な下戸じゃないか。


「小梅ちゃん、お客はんが寝たはるんやったら、あてが見てるさかい、別のお座敷へ行ってあげて。今晩もほかのお茶屋からお呼びがぎょうさんあって、てんてこ舞いやてお母さんこぼしてたし」

「ほんまによろしいんどすか?そやったら、お言葉に甘えさせてもらいます。お珠姉さん、堪忍どすえ」


 珠に礼を言った小梅は、俺にお辞儀をするなり、そそくさと部屋を出ていった。


 花街には、お茶屋のほかに、芸妓や遊女を抱えて客の元へ派遣する置屋、料理を用意する仕出し屋の三業が同一エリア内で組織を作っている。珠が言う「お母さん」とは、置屋の女将のことだろう。


 ぐっすり寝ている那奈の体に薄い布団を掛け、珠はそれまでのように密着してくるのではなく、少し間を開けて正座した。


 んん?


 それまでのにこやかな表情が消え、俺に生真面目な眼差しを向けている。


「あの……珠さん、どうしたの?」


 じっと俺を見据えていた珠が、キリリと結ぶくちびるをわずかに開いた。


「あなたは、日本が送り込んだエージェントなの?」

「!!!」

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