第二話 その男、エクソシスト
主人公の視点です。
「して、ロフィス様。先日街を騒がせた低級悪魔ですが……こちらの件はいかがいたしましょう?」
「…………」
大聖堂の玉座に座る俺の前には、堅苦しい祭服を着た神父が跪き、返事を待っていた。
悪魔に関するの事件が発生した場合、担当地域の神父が、被害の報告や対処方の助言を求めにやってくる。
「低級程度なら、さほど脅威もないだろう。数名のエクソシストを向かわせろ。人選はそちらに任せる」
「かしこまりました、それでは迅速に対応いたします……。ロフィス・アーレガルド教皇様、お時間をいただき誠にありがとうございます」
一礼した神父は俺を教皇と言い、後を去っていく。
『教皇』は神に従える最高位聖職者の称号。
何の因果かはわからないが、俺は悪魔と戦う機会が多かった。教会のエクソシストとして悪魔祓いを行い、いくつもの上級悪魔を狩ってきた。
そして、去年起こった悪魔と人の大戦争。
俺は、この世界に顕在化した魔王サタンを倒し、魔界へと追い返すことに成功する。
以前の教皇はその戦いで戦死し、最も功績を残した者。……そう、この俺が教皇に選ばれたという訳だ。
――それにしても。
「暇だな……」
なんだ、この退屈な公務は。
まだ悪魔と戦っていた時のほうが退屈はしなかった。
…………いや、これは少し不謹慎だったな。
先の大戦では、俺の仕事仲間や大切な友人も多く失っている。
サタンが力をつける前に倒せたことは良かった。もし、俺がいなければ世界は崩壊し、多くの人間が悪魔共に搾取されていただろう。
――バサバサ
突如――鳥の羽ばたく音が聞こえた。
音は聖堂の天窓の方から聞こえてくる。
ふと上を見上げる。一羽の白い鳩が空を飛んでいた。
窓から間違えて入ってきたんだろうか?
鳩は、玉座まで続く赤い絨毯の上に降り立つ。
「ハハッ! 今度のお客さんは鳩か。助言を求めにくる神父たちに比べたら大歓迎かな?」
聖堂内を警備している衛兵が鳩の存在に気づく。
「ただいま外にお出し致します」
「せっかくのお客様だが、仕方ないか……。鳩は平和の象徴だ、丁重に扱えよ? 雑に扱えば神に祟られるかもしれないからな!」
「か、かしこまりました……」
もちろん最後の言葉は冗談だが、何故か衛兵は額に汗を受けべながら慎重に鳩の方へ近く。
「…………」
はぁ……。
教皇ともなると冗談もうかつには言えないな。
衛兵は重心を下へと移す。慎重な動作で鳩に近づき、両手で包み込むように持ち上げようとする。
――だが、その瞬間。
突如、鳩の体から光が溢れ出し、周囲を照らす。
あまりの明るさに、鳩に近づいた衛兵を含め、全ての衛兵が手で顔を覆い悲鳴を上げる。
目くらまし!? いや、 敵襲か?
この聖堂内には強力な結界が貼られているため悪魔は侵入できないはずだが……。
「チッ!」
俺はすぐ横に掛けてある聖剣を握り、光の中心へと駆け出す。
そして、エーテルを使用した身体強化により、コンマ一秒で光の元へとたどりつく。
中心から強いエーテルの流れを感じた。そのエーテル量はサタンの数倍は確実にある。
額から嫌な汗が滴り落ちる。
サタン以上のエーテルを所持している悪魔など聞いたことがない。もしそのような存在がいたとしたら人類は一瞬で滅ぼされるだろう。
――チャンスは今しかない。
俺は対象に向けて、右手に握りしめた剣を振り下ろした。
そして、剣が対象に届く直前――
突如、光の中心から人の手が出現し、俺の剣を受け止めた。
――ッ!! まさか、この気配は……!
俺の剣を受け止めた存在は、ニヤついた瞳で俺を見つめ言う。
「神に向けて剣を振り下ろす聖職者は君が初めてだよ〜」
俺の目の前には、白髪の女の子が立っていた。
「どうも初めまして~。ロフィス・アーレガルド!」
「――ッ! 絶対神――アズラ!」
――すると、周りの衛兵達の動きが止まる。
神に驚いて立ちすくしているようにも見える……だが、鳩を捕まえようとした衛兵は、体制を崩し、後ろへ倒れる格好のまま空中で静止していた。
時間を……止めた?
振り下ろした剣を戻し、神の王であるアズラと対面する。
俺は、神と会ったことは一度もないが、聖職者であれば、あの八つの翼を見れば誰もが絶対神だと理解できる。
翼の数は天界の位を示している。
下位の天使から上位の天使は位に応じて翼の数は増える。 だが全ての天使を従える神ともなれば、翼の数は最高の八つになる。
多次元宇宙の中で、様々な生命を想像してきた絶対神が、地球に何のようだ?
アズラは俺の方へ歩み寄り、言葉を発した。
「君の頭の中はお見通しだよ〜。僕は地球に用があるわけじゃない。君に用事があって来たんだっ!」
……思考を読まれたのか?
いや、そんなことよりこの俺に用があるだと?
サタンが世界を滅ぼそうとしている時も、一度も地球に現界せず、世界を救おうとしなかった奴が今更何を?
「決して救おうとしなかった訳じゃないよ? それに地球には君のように優秀なエクソシストがいたから問題ないと思ったからねっ!」
しれっと、人の思考を読むのはやめてほしい。
神はこいつのように、へんてこりんな奴ばかりなのだろうか?
「…………」
「…………」
おっと……。どうせこの思考も読まれているのだろう。
無駄な心のツッコミはやめるとしよう……。
「それが賢明だねっ!」
「勝手に思考を読むな!」
俺は、ハァとため息をつく。
「……そんなことより、この俺に何のようだ?」
「ははっ! ごめんごめん〜!」
アズラはそう言うと、俺の瞳を見つめ語りだした。
「そうだね……単刀直入に言うと、君には異世界へ行ってもらいたいんだ!」
「――断る」
「ちょっ!断るの早すぎ~!」
何を言っているんだこの神は?……異世界だと?
何故、地球人の俺が異世界に行かなければならない?
ふとアズラを見ると、彼女はほっぺたを膨らませていた。どうやら、俺の返答に怒ったのだろう。
ムスッとしたような表情の神に、俺は答える。
「何か正当な理由があるのなら別だが、内容によっては謹んでお断りさせてもらうよ」
俺の返事を聞いたアズラは、フフーンと鼻を鳴らし、にやついた顔でしゃべりだす。
「実はね~!」
「…………」
「後十分くらいで、地球滅んじゃうかもっ!」
……………………は?