第一話 悪魔の襲撃
ヒロインの視点から始まります!
ここはホープ村の入り口。
人類の最後の防衛ラインと呼ばれているこの村には、私の生まれ育った国である、ルーベル王国の騎士と国民が避難している。
二年前……私が十六歳の時に、悪魔がこの世界に侵攻してきた。
もちろん王国は奴らに抵抗した。だが、その甲斐もなく人類の約九割が悪魔に殺されてしまった。
そして、三日前に起きた悪魔の王都襲撃。
これによって多くの国民が悪魔に蹂躙され、王宮は奴らの手に落ち、我らの王は殺された。
逃げ遅れた国民は、悪魔の餌として今も拘束されている。
だが、運よく逃げ延びた国民と、その国民をここまで誘導してきた騎士たちが、悪魔の恐怖に怯えながらこの村で暮らしている。
私も王国騎士団に所属している身として、人々を守ることができない現状に悔しさを感じている。
……たった二年。
信じたくもないが、これが現実だった。
――ふと気がつくと、誰かが私に話しかけている。
今後のことを思いつめていたからだろうか、全く声の主に気づけなかった……。
「大丈夫か? ニル・ヒストリア。顔色が悪いようだが?」
俯いた顔をあげると、黒髪で整った顔つきの男性、王国騎士団長――マーシー・アベリウスが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「あ、すみません団長! 少し考え事を……」
「あまり無理をするなよ? この二年での急激な環境の変化で、疲れが溜まっているはずだからな」
彼は王国騎士の中でも、一番の腕を持っている。
黒曜石でできたロングソードを振るい、人間の害であるゴブリンやオークといった生物を圧倒的な力で倒すその姿から、人々は『暗月の剣 』の異名で彼を讃えた。
だが、そんな彼でも悪魔に対しては攻撃が全く通用しなかった。そもそも、やつらの皮膚は硬く、こちらの攻撃が歯が立たないのだ。
そのせいで、私たち人類は二年という短い期間の間に、ここまで追い詰められてしまった。
「アベリウス団長……。私たち、どうなるんでしょう?」
私は不安の入り混じった声で話しかけた。
「…………」
返答はまだない。
聞かなくたって分かってるんだ。
もう、私たちに打てる手段は何一つないことくらい……。
「諦めなければきっと希望はあるはずだ……。最後まで戦おう、それがどんな結末になろうと……」
団長はそう言った。
「神は……いるのでしょうか?」
私はもう一度、問いかける。
「ニル…………。その話はやめよう。この二年間、何一つとして僕らの願いに神は答えなかった」
団長の言うとおりだ。
昔から神は存在すると伝えられ、聖教会が神降ろしの儀式を行っている。だが、悪魔が現れてから二年……神は一度も人類を助けてくれなかった。
それでも……。
「アベリウス団長、私は最後まで信じ続けるつもりです。今は亡き父と母は、最後まで神の助けが来ることを信じていましたから……」
私のお父さん、ユリウス・ヒストリアは元騎士団長だった。
女の私を騎士として一人前に育ててくれた、とても頼れる私だけのお父さん……。
一年前に悪魔討伐任務で殉職し、当時副団長だったアベリウス様が後任として任されることになる。
そして、お父さんから鬼の訓練を行われていた私は、その実力を評価され副団長に着くこととなった。
「そうか……。私は否定はしない。それで心が救われる人が多くいることは理解しているつもりだからな」
アベリウス団長はそう答えた。
「だが、最後に信じられるのは自分自身だ。気を抜くなよ?」
「はい!」
弱気になっていたのがバレちゃってたかな?
団長なりの励ましに、私は心が暖かくなった。
ーーガチャガチャ
そんな暖かい空間にメスを入れるように、甲冑の音がこちらに近づいてくる。
「だ、団長! 大変です! 悪魔の群れが、大量にこちらへ近づいてきています!」
とうとう来てしまった……。
ーー『絶望』そのものが。
周囲の空気が変わるのが肌に感じる。
「敵の数はどの程度だ! 大型の悪魔はいるのか!?」
アベリウス団長は、伝令係の騎士へ問いかける。
「数は百体ほど、大型の悪魔はいません!」
悪魔には小型と大型の二種類が存在する。
小型は人の形をしているが、四つん這いで地を這うように行動する。全身に毛はなく、六つの目と鋭い牙が特徴的だ。
それに対して大型は、全長四メートルを超える大きさの巨人。全身をかたい甲殻に覆われているため、こちらの攻撃が一切通らない……。
大型がいないのはうれしい報告だった
悪魔を足止めしようにも、大型がいた場合はその強大な力で押し切られてしまう……。
幸い、住人を避難させる時間はありそうだ。私は迅速に行動するため、隊長に声をかける。
「隊長! 私は住民の避難を行い――」
――ズシャ
「……え」
目の前で報告をしていた、騎士の頭がなくなっている。
切断面から勢い良く流れ出た血が、私の顔を赤く染めた。
「ひっ!」
「ニル! しっかりしろ!」
アベリウス団長の声で意識を取り戻す。
「グガァアァァァ!」
頭を失った騎士は地面へ倒れ、
そしてその後ろには一体の悪魔が、その後ろには複数の悪魔がこちらを睨んでいた。
「ーーッ! 早すぎる!? 騎士たちよ! 全員、剣を抜き悪魔を迎え撃て!」
そう叫んだアベリウス団長は、目の前の小型悪魔に切りかかる。団長の掛け声に、周囲で待機している騎士たちは、周囲の悪魔めがけて走り出した。
ふと周りを見ると、一匹の小型悪魔が村の教会へ続く道へ進むのが見える。教会では神降ろしの儀式がおこなわれていたはず……。
――まずい!
「団長! 私は教会に向かいます!!」
「分かった! 決して無茶はするなよ!」
団長も教会へ向かう悪魔の動きに気づき、私の方へ悪魔を行かせまいと立ち位置を変える。
「ここも長くは持たないだろう。――ッ! 急ぐんだニル!」
鋭い爪による悪魔の連撃を全て受け切りながら、団長はそう伝える。
「はい!」
そう返事をした私は、急ぎ足で悪魔の後を追った。
◇◇◇
「はぁはぁ……」
悪魔を追うこと、およそ二分。
動きの速い小型悪魔は、もはや私の視界内から遠ざかり見えなくなっていた。
「お願い……間に合って!」
息を切らしながら、何とか教会の前まで到着する。
だが、教会の入口は破られ、辺りに扉の残骸が飛散していた。
「うそ……」
間に合わなかった……?
悪魔は教会の方角へ向かっただけで、通り過ぎた可能性もある。
だけど……そんな私の希望はすぐに崩れ去ってしまう。
ーー私は剣を強く握りしめ、教会内に足を踏み入れる。
「誰かいますか!!」
――声がこだまする。
教会の奥ーー魔法陣が光り輝いていた。
その周囲には、お祈りを捧げてたであろう信徒たちが体を切り裂かれ死んでいる。
「そんな……」
よく目をしかめると、暗がりの中で、悪魔が死体を貪っている。
魔法陣の明かりに照らされ……返り血を浴びた悪魔の顔が不気味に映る。
――グチャグチャ
――グチャグチャ
静かな空間に咀嚼音が響く。
「よくも……」
私は震える声で呟く。
これで生き残った聖職者たちは皆死んだ。
「いったい私たちが何をしたって言うの!!」
私の声に気づいた悪魔は、こちらに振り向く。
「グルゥ?」
悪魔と目が合う。
私は、このまま殺されてしまうのだろうか?
…………
…………
諦めたくない……。
私は最後まで諦めたくない!
奴らにダメージは通らなくとも、せめて時間稼ぎくらいはしてやる!
「かかってこい!!」
私は悪魔めがけて大声で叫んだ。
「グギャァアァァァ!」
悪魔は私めがけ、勢いよく突進してくる。
「――クッ!」
悪魔は私の前まで到達し、その鋭い爪を体めがけて振り下ろした。
だが、私も騎士として団長に鍛え上げられた身。
すぐに横へ回避し、悪魔へ斬りかかる。
「―― エルグ 、<一閃>」
エーテルを使用した、『エルグ』と呼ばれる技によって繰り出された一撃が、奴に命中する。
――ガキーン!
鉄に当たったような固い音がなる。
「くそっ!」
やはり、悪魔に私の攻撃は通らない。
「ギィィィィイィ!」
私の攻撃に怒った悪魔は、体全体を使い体当たりをしてきた。体勢を崩していた私は回避が間に合わず、くらってしまう。
「くあっ!」
勢いよく吹き飛ばされた私は、五人ほどが座ることのできる椅子まで吹き飛ばされる。
――ガシャーン
……痛い。
砕け散った椅子の破片によって、皮膚が切り裂かれ、血がしたたり落ちる。
「グガァァアァァ!」
悪魔は追い打ちをかけるように、倒れている私めがけて飛びかかる。
「くそっ!」
機動性が高すぎる!
地面に横たわったままの私は、そのまま横へ回転し上からの攻撃を避けた。
さらに悪魔の攻撃は、間髪入れず私に降り注ぐ――
――すぐさま立ち上がり、奴の鋭い爪による攻撃を全て受け流す。
「――いったいどうすれば!!」
攻撃に押された私は、後ろに一歩下がる。
――だがその直前
「あ……」
砕けた椅子の木材を踏んでしまい体勢を崩してしまう。
爪が私めがけて振り下ろされた。
――ズシャ
私は、そのまま後ろに倒れ込んだ。
激痛が体を貫く。
痛い。
痛い痛い痛い痛い……。
悪魔の攻撃により、私の左肩からからお腹まで切り裂かれ、傷口から血がとめどなく溢れだす。
「ごぷっ」
口から血が溢れ、止まらない。
あぁ、お父さんお母さんごめんなさい。
結局私、なにもできなかった……。
……それでも。
……私は最後まで私は諦めたくなかった。
最後の力をふり絞り、地に這いつくばりながら、光り輝く魔法陣へ近づく。
何故だろう? 光が体を包み込み心が安らぐような気分がする。
――ドスドス
死の音が近づいてくる。
私に止めを刺すためだろう、悪魔は私に近づいてくる。
「ごぷっ……。私の魂を捧げます。どうか世界を救ってください……神様……」
意識が飛びそうになるなか、私はそう言った。
祈りが通じなくたっていい。無駄だってかまわない。可能性が、少しでもあるのなら私は最後まで諦めたくない。
最後の力をふり絞り、伸ばした手が魔法陣へ触れた。
――その直後。
魔法陣が今までに見たこともないような光を放つ。
「えっ?」
光が徐々に収束していく。
……うそ?
今まで願っていた光景が、そこには存在した。
あぁ……神は本当にいたよ、お父さん……。
私の頬から涙がしたたり落ちる。
目の前には、二枚の翼を生やし、肩からは十字架の首飾りを着けた、銀髪の男性が立っていた。