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今世では幸せになりたいだけなんです

作者: もりん


「それ、誰に言ってるの?」


私は目の前の正座で頭を垂れている男を上から見下ろして言った。

あ、寝癖発見。

普段自分は完璧ですって顔してるけど、たまに抜けてるのよね。

そこが結構可愛かったりして。

なんて、別のことに思考を持っていかれていたところで男が口を開いた。


「ローザ……です……」


いつもの無駄に元気で溌剌とした態度はどこにいったんだ、やっと発した声は今にも消え入りそうである。

彼の名前は、アロイス・ハーミッド。

皇太子であり、私の婚約者。

のはずだったんだけど、何故か今彼から婚約破棄してくれと言われてしまった。

私達って、小さい頃から仲が良かったし、小さい喧嘩は時々していたものの、今まで順調にいっていたと思う。

昨日会ったけど喧嘩はしてないし、普通に会って普通にお別れしたんだけどなーー。


「理由を聞いてもいいかしら?」


腕組みして、高圧的に言うと彼がビクリと大きく震えた。


「……。怒らない?」


チラチラと寄越される上目遣いに、イラッとした。

怒らないわけが無いだろう。

何を言ってるんだこの男は。


「怒るわよ」


バキッ

あ、窓の外の木の枝が折れた。

アロイスがヒィッと怯えた声をあげる。

いけないいけない。あの木の枝に罪はない。

魔力コントロールは、先生からいつも褒められるんだけど、感情の昂りでここまで影響が出てしまうなんて、まだまだ修行が必要ね。


「じゃ、じゃあ言わない」


「そう。なら、さっきのことは聞かなかったことにするわね」


お話はここまで!とパンと両手を叩いて椅子から立ち上がる私に、彼は焦ったように立ち上がって待ったをかけた。


「好きな女性が出来たんだ!」


さっきまで私に震えていた男は拳を握ってそう大声で叫んだ。

ていうか、好きな女性?


「ほおーー?」


対して、私のテンションはもはや氷点下。

この人ってこんな馬鹿な人だったっけ。

たしかに、あまり頭は良くないし、仕事の効率も良くない。魔力保有量も王族では低い方。

皇太子殿下のいいところは顔だけねって影でよく言われていたのは知っていた。

でも、彼は努力家だった。

なんでもできる弟がいて、いつも比べられていたけど自分は兄で皇太子だからって国のために頑張っていた。

それで、その国のためにと私と婚約したはずなのだけれど。


なのに、他の女性を好きになったからって婚約破棄しろって?


「舐めてるの?」


「ちっ、ちが!」


「自分の立場分かって言ってるの?」


「わかってるさ!」


「分かってて、コレ?」


「彼女のことを愛してるんだ……」


彼は上の人間である自覚が足りない。

好きだから、嫌いになったからってそんなもので婚約を破棄できるような立場にはないのに。


「……陛下とお父様には言ったのかしら?」


「ま、まだ言ってない……。その、それは君から言ってもらえたら、と……」


「はあーーー」


こんなのが皇太子で、この国大丈夫なのかな。


「それで、一応聞くけどその女性ってどこの誰なの?」


「この国の、いや、この世界の者ではないんだ!異世界から来た聖女なんだよ!」


「は、」


興奮したように語る彼に、胃がムカムカして、吐きそうになってきた。


この国、ハーミッドには昔からの言い伝えがある。

異世界から聖女がやって来て、浄化の光でこの世界を救うというもの。

実際先代の聖女は、魔族と人間の争いが激化している時に現れ、その争いを収束に導いたらしい。


そもそも、救うってほど今この世界は荒れてないんだけど、そんなほいほい異世界に呼び出すなんて、この国の神様とやらは何を考えているのか。

この世界のことはこの世界にいるものたちがどうにかするべきでしょう。


ぎり、と歯を噛み締める。

それに気付かないアロイスは熱に浮かされたように話を続ける。


「先日、神殿で倒れているのが発見されてね。容姿も、言い伝えの通りで……。彼女、不安で泣いてばかりいるんだ。俺が守ってあげたい」


「…………そう」


彼から目を逸らして、ふと、窓の外を見た。

白い小鳥が木の枝に止まっている。

その瞳は綺麗な青色をしていた。


ふうん。

いいわ、アロイスは帰してやろう。


「分かったわ、今日のところは帰りなさい」


「婚約を破棄してくれるのか!?」


「それは今日のことにはならないわね。話し合いが必要だし」


ぴしゃりとはねつけるように言うと、アロイスはしょんぼりと項垂れた。

そんなに、突然やってきた得体の知れない女が好きなのか。

昔からずっと一緒に過ごしてきた私ってなんだったの。

自分の気分が落ち込んでいくのが分かって、ふるふると首を振り気持ちを引き締める。


「じゃあね、皇太子殿下」


部屋から出ていくアロイスに軽く手を振った。

そんなことでは、いつまで皇太子の立場でいられるか分かったものではないけど。

零しそうになったその言葉は、飲み込んだ。


―――……


ローザ・エルヴィス。

それが私の名前。

父はこの国の宰相であり筆頭貴族の公爵。

私は、生まれた時から皇太子の婚約者と決まっていて、そのためだけに頑張ってきた。


「………聖女様、ねえ。どうしたもんかしら……」


「心配しなくても僕は君一筋ですよ、元聖女サマ」


は、そんな心配は誰もしてないんですが。


「……」


ひとりごとに返してきたのは、さっきの白い小鳥だった。

しかも窓は閉めてあったはずなのに何故か部屋の中にいる。


「勝手に人の部屋に入ってこないでくれる?変態」


「でも僕から話を聞くために兄上を帰したんでしょ。ていうか、急に僕が乗ってた木の枝折らないでよ、びっくりするから」


「うるさいわね、言っとくけどわざとじゃないんだから。この体、魔力保有量が多すぎてか、魔力伝導がよすぎてかすぐに暴走しちゃうのよ」


「元々エルヴィス一族の魔力保有量は国随一だからね。前世が聖女である君の魔力にそれが上乗せされてるんだからもはや人間辞めるレベルだよ」


自己紹介にプラス。

……私は、現公爵令嬢であり、前世は元聖女である。


「そうやって言うけど、一番の化け物はあんたでしょ」


「んー、そりゃあねえ」


小鳥がくるんと空中で一回転すると、見る見る間に姿を変えて人間の男になった。

艶のある流れるような金髪に、儚げで端正な顔立ち、透き通る青の瞳。

彼の容姿を人間離れしている、と評していたのは誰だっただろうか。

中身は人間でも見た目はほぼ前世と変わらないまま生まれ変わったから、人間離れしてると言われても、まぁそうでしょうねと言うしかない。


だって彼、人間じゃなかったんだもん。


「これでも元魔王でしたから」


この人形のように美しい青年の名前は、ノア・ハーミッド。

現この国の第二皇子、そして元魔王である。


先代の聖女、つまり私は、魔族との戦争中に当時魔王だったこいつと戦い、まあ色々あって共に死んだのだ。

ここからは生まれ変わって知ったことだけど、そこで戦争は収束したらしく、今は魔族は魔族領、人間は人間領で揉めることもなく穏やかに暮らしている。


ていうか、私はそもそも地球という星の日本という国の人間だったのだ。

それが突然、縁もゆかりも無いこの国を助けてくれと自己中心的に神に召喚されて家族や友人と離れ離れ。

あげく、ここで死ぬなんて。

しかもあれ召喚後一年も経ってなかったよ。


あー、思い出したらまたムカムカしてきた~。

今回の聖女のこと含め、尚更ムカムカしてきた~。


それで、せめて次はまた日本に生まれ変わるんだったらよかった。

それが、ここどこよ、ハーミッドよ!!

全てを思い出したのは幼少期だったけど、その時の絶望ったらない。


「あんたがなんかしたのよね、知ってるわよ」


召喚された時に神に教えてもらったことがある。

死んだら、魂は元いたところに戻っていくって。

そのはずなのに、死の間際ノアはなんかしらの術を自分と私にかけたのだ。

だから持っていた能力も前世そのまんま。


「急に何の話?」


「……チッ。死にかけてた時にあんたが私に施した術のことよ!!って、人のお茶勝手に飲むな!!!気持ち悪い!」


勝手に椅子に腰かけて、私にと淹れてあった紅茶に口をつけている男を怒鳴りつけた。

しょんぼり、と言った風にティーカップをソーサーに戻しているが、え?もう中身ないじゃん。全部飲んでるじゃん。


「何のことかなあ」


……これである。

何度問いただしてもこれである。

昔から食えない腹の立つ男だ。


すかさず、にこりと胡散臭い笑み。

これが令嬢や侍女の間では人気らしい。

曰く、とっても爽やかなんですってえ。


「死ね」


「死ぬ時はまたローザと一緒だよ」


「もう本当気持ち悪い。嫌い」


「僕は好きだよ」


話にならない。

だから嫌なんだ、こいつと話すのは。

ペースが乱されて頭がおかしくなってくる。


「って、こんな話してる場合じゃないわ。召喚された聖女のことよ。アロイスはあんな調子じゃまともに状況把握出来てなさそうだからね。あんたに聞くわ。どういうことなの?」


「んー、僕が知ってることは兄上とだいたい一緒だよ。黒髪、見たことの無い衣服。君が昔着てたのによく似ていた気がするね。ただ、彼女はこの国の言語を聞き取ることも、話すことも出来ない」


「……」


着ているものは制服だろう、だが言語が通じない?

私が召喚された時は、この国の話し言葉も、書いた文字も理解ができた。

また、私が話す言葉もこちらの人間に通じていたのに。


「で、毎日部屋で泣いてるって?」


「そう」


……召喚された時点で酷い貧乏くじを引かされたと思ったけど、私はまだマシな方だったのかもしれない。

私だって召喚された時、知らない国で知らない人達に突然祭り上げられ、国を救えと言われ怖かったし、辛かった。

けど、私には――……


「ん?」


目の前の男と目が合ってふいと逸らす。


「……なんでもないわよ」


と、頭の上に大きな手がのってそのままゆるく撫でられた。


「なにするの、髪が乱れる」


「別に。ただ撫でたくなっただけ」


綺麗な髪だね、と呑気にのたまう男の手を払い除けた。

こいつのこういうところが、嫌いなのだ。

全部見透かされているようで居心地が悪い。


「……アロイスが本気なら、彼には聖女の心の拠り所になってほしい、けど……」


口を噤んで俯いた私の顔を、ノアが覗き込んだ。


「けど、好きだもんね?兄上のこと」


「……」


アロイスと出会ったのは、前世を思い出す前のこと。

好きになったのもそう。

その後に全て思い出したけど、この気持ちはなくならなかった。


「ずっと昔から一緒にいる僕より、ぽっと出の兄上が好きなんだもんなあ。妬けちゃうね」


その台詞を聞いて、ハッとした。

さっき私も聖女に対してそう思わなかっただろうか。

自分の方が昔から好きだったのにって。


「……ごめん」


「どうしたの急に。珍しくしおらしいじゃん。いいよ、分かってたことだから」


ヘラヘラと笑うノアの顔を見て、泣きたくなった。

こいつのことだから何も思ってないかもしれない、でも本当はそうじゃないかもしれない。


「本当に気にしなくていいんだよ。気長に行くつもりだから」


「そう……じゃあ、私の太腿撫で回すのやめてくれる?」


「気長に待つとは言ったけど、その間何もしないとは言ってないからね」


彼は飄々と言ってのけた。

もうこの人に関しては気にするのをやめよう。

考えるだけ無駄だ。

今はとりあえず、


「明日、聖女に会いに行くわ」


ということで、今日はお開き!

帰りたくないと子供みたいに駄々をこねるいい年こいた大人を何とか追い出した。


その日の夜は、珍しく一睡も出来なかった。


―――……


「アポはとった?」


「もちろん。彼女とはとりたくてもとれてないんだけど、周りには言ってあるよ。兄上は君が聖女サマに喧嘩売りに来たんだって半泣きになってたけど」


「あー、想像つく」


昨晩寝られなかったせいで出来てしまったクマを撫でる。

お父様には結局まだ言えてないけど、王宮勤務だからアロイスが聖女様にお熱だってもう知ってるんじゃないかな。

相手が聖女様だったら、お父様も反対の仕様が無い。


王宮の、貴人をもてなす時に使用される一番広い部屋の前でノアは止まった。


「ここだよ。二人の方が話しやすいでしょ、僕は戻るから。何かあったら呼んでね」


廊下を帰っていく彼の後ろ姿をしばらく眺めてから、私は大きく深呼吸した。


コンコン


『ちょっと入るわよ。別に怪しいものじゃないから』


久々の日本語は、少し緊張する。

日本人かどうか決まったわけじゃないし、同じ地球から来たかどうかも分からない。

けど、物は試しだ。


『えっと!?どうぞ!』


一か八かだったけど、よかった。

言葉は通じるようだ。


彼女の声の様子からしてかなり動揺してるみたい。

奥の方でなにかが倒れた音も聞こえた。

それはそうか、多分ここに来て初めて言葉が通じる人に会ったんだろうから。


ドアを開けると彼女はその場に立っていた。

側にある椅子が倒れているから、さっきの音はそれだったんだろう。


『あ……』


胸まであるストレートの黒髪に、茶色の瞳。

高校生くらいだろう。

清楚な可愛らしい顔立ちをしている。

前世の私と同じ日本人、かな?


私の姿を見ると、彼女の表情は落胆に沈んだ。

日本語を話してたから、多分この国に自分の他にも日本人がいるって思ったんだろうな。

でも私の容姿はそこではありえない銀髪だ。


『はじめまして、私はローザ。あなたは、日本人かしら?』


日本、その単語に彼女はぴくりと反応して、俯き気味だった顔を勢いよく上げた。


『わ、私は鈴花って言います!日本を知ってるんですか!?私、元いたところに帰りたくて!!』


『鈴花ね、名前で呼んでもいい?とりあえずちょっと落ち着いて』


『あ、ご、ごめんなさい私……』


二人で置いてあった椅子にかけて、話し出した。

自分の前世のこと、今の平和な時代に鈴花が呼ばれたことには納得出来ないこと、色々話した。


『ローザさんは、辛くなかったんですか?』


『辛かったわよ。帰りたかった、でも帰れなかったから、ここでやっていくしかなかった』


『……、そう、ですよね。私、自分が一番つらいみたいに悲観的になって恥ずかしいです』


彼女は、俯いてばかりだ。

過去ここに来たばかりの自分と重なって、私まで暗い気持ちになりそうになってハッとした。

だめだめ、私が彼女を励まさなきゃいけないのに。


『別に今は吹っ切れてるから大丈夫よ、気にしないで。それより今後のことを考えましょう。しばらくは、私があなたにこの国の言語や知識を教えるわね』


『いいんですか!?でも、お忙しいんじゃ……』


『んーん、貴族令嬢なんて暇暇。だから気にしないで、自分のことだけ考えなさい』


にこ、と安心させるように微笑むと、鈴花は大きな丸い瞳いっぱいに涙を溜めた。


『ありがとうございます!!』


初めて見た彼女の笑顔は、花が咲いたように可愛らしかった。


その後は2人で雑談した。

この国では私が前世召喚されてから何百年もたっているのに、日本では10年くらいしか経っていなかったようで、話もあいやすかった。

まるで、年の離れた妹ができたような気持ちになって嬉しかった。


『まるで、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいです!』


彼女も同じ気持ちだったみたいだ。


コンコン


「入っても大丈夫ー?」


扉がノックされて、ノアの声がした。

鈴花の許可をとって、入室を促す。


「どんな感じー?」


「仲良くなったわ」


「じゃあ意思疎通出来たんだ?母国語よく覚えてたね」


「なんでちょっと嫌そうなのよ、まあね」


私一度見たり聞いたことは、忘れないから。


彼女に伝えた今後の方針をノアにも話すと、それでいいんじゃない、とおざなりに返事された。

自分から聞いてきたくせに、特に興味が無いらしい。


「兄上、そこにいるんだけど。聖女様とお話したいんだってさ」


そこ、とノアは部屋の外に視線を向けた。

跳ねた金髪がひと房そわそわと見え隠れしている。

一緒に入ってきたらいいのに、なにをもじもじしてるんだろう。


「アロイス」


名を呼ぶと金髪がびく、と一際大きく震えた。

三人で扉の方を凝視していると、おそるおそると言うようにアロイスが姿を現した。


「何してんの。堂々としてなさいよ、情けないわね」


「だ、だって、ローザは怒ってるのかと……」


「もういいわよそれは。あんた、この子がここに来てから毎日顔見に来てたんだって?」


「ああ。心細いだろうと思って……って、なんでローザがそれを?」


「話せるからよ、彼女と」


「え!?どういうことだ!?」


「私が賢いから」


「え、そ、そうなのか……まあ、ローザだもんな……」


アロイスは驚きながらも何故かさっきの説明で納得したようだだった。

なんか心無しか尊敬の眼差しも向けられてる気がする、あーその純粋な眼差しが痛いー。


チョロいよ皇太子殿下。

人を疑うことを覚えようね……


「この子の名前は鈴花って言うんだけど、毎日花を持ってきてくれたのが、すごく嬉しかったんだって」


アロイスは一瞬大きく瞳を見開くと鈴花を見た。

鈴花は照れ臭そうに笑っていた。

それを見て、アロイスもほっとしたように嬉しそうに笑った。


そんな二人を見て、少し胸がチクリと痛む。

と、左手がきゅうと握られて横を見るとノアがいた。


別に、アロイスを諦めたからってあんたのこと好きになるとはかぎらないからね。

そう思いを込めて舌を出すと、彼はちぇと残念そうに唇を尖らせた。

でも私は握られた左手を振りほどくことはしなかった。

ちょっとずるいかな、でも今日は許して。


「ローザ、ローザ!」


「はいはい、なにかしら」


「すずかの母国語で、はじめまして。これからよろしくってどう言うんだ?」


アロイスは鈴花に挨拶したいらしい。

教えると、難しそうに口をパクパクさせながら小声で何度か練習し、覚悟を決めたらしく鈴花に改めて向かい合った。


『はじめ、まして。こ、れから、よろしく』


『!!はじめまして!こちらこそよろしくお願いします!』


鈴花は驚いて、泣きそうになりながらもそう返した。


―――……


「で、なんでこうなるのかしら」


「おさまるとこにおさまったって感じだねえ」


ひとり満足そうに紅茶を飲むノアを睨み付けると、彼はこわいこわい、と肩を竦めた。


あの後、お父様と陛下に報告するとお二人とも複雑そうな顔をしていた。

でも反対されることもなく、まあ聖女様相手だから出来なかったのもあるんだろうけど。

アロイスの婚約者は鈴花、というところに収まった。


でも、私の新しい婚約者がノアというのが、いただけない。


「これでずっと一緒だね」


「その台詞あんたが言うと、怖い」


目が笑ってないから。


―――……


「無礼を承知で申し上げますが、娘をノア殿下にだけは嫁がせたくはなかったです……」


とある公爵閣下は、机の上の書類をくしゃりと握りつぶした。

部屋の空気はどんよりと暗く重い。


「それは、分かるけど。ノアは我が子ながら得体が知れないところがあるから。でも、私はホッとしたけどね。アレの手綱を握れるのはローザ嬢だけだからさ。幼い日に、ローザ嬢にはもう婚約者がいると告げたときのあの子の顔を思い出すと、今でも寒気がする」


その時のことを思い出したらしい皇帝陛下はぶるりと身震いをした。


「私は娘が不憫でなりません」


公爵は、涙目だった。

大事に育て可愛がった娘が、よりにもよってあの第二皇子と結婚する羽目になるなんて。


「……つくづくノアが第二皇子で良かったと思うよ。いくら有能でもあの子は、国の、民衆の上に立つような人間ではない。昔から、いつも一人の女の子のことしか考えてないような子だからね。まあ、アロイスも若いからまだそういうところあるけど、自分がいい国にするって頑張ってるし伸びしろあるよ」


基本的にノアは彼女以外どうでもいいんだろうね、私達家族だってそうだ。

彼は少し寂しそうに笑った。


「ローザ嬢が望めば、国一つだって塵にするよ、あの子は。それを出来る力も持ってるしね」


「うちの娘はそのようなことは……」


「それはもちろん分かってる。そのくらいあの子は危険ってこと」


二人は目を合わせると、はあ、と大きく溜息をついた。

今日はどうも仕事がはかどりそうになかった。



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[一言] とても面白いです! 続きが気になります! 連載してほしいです……。
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