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 全国展開するディスカウントストアは繫華街の中心部に位置し、蒼也の家から自転車で約十分の所に位置する。七階建てで、一階が食料品売り場、二階から六階は日用雑貨からおもちゃ、電化製品、自転車までありとあらゆるものが売られている。


 七階は百円ショップで、蒼也は繫華街による際、よく利用する。

 今日はいつもと違った。

 彼はイライラとしながら、思いふけりながら、ただ店の中を歩き回っていた。

 交互に進むグレーのランニングシューズ。シミのついた白い床。彼の視界にはそれしか入ってこない。イライラを忘れるために店内をぶらつくが、一向に収まる気配がない。


 店に入る時には聞こえていた店員のやる気のない「いらっしゃいませ」、店内で流れている、小学生でも作れそうな歌詞のJ-popも、次第に遠ざかっていった。忘れようとするほど、嫌な思い出がよみがえる。


 蒼也はある所でふと我に返った。床が白ではなく、ピンク色になっていることに気が付いた。

 棚にずらりと並ぶ色とりどりな大人のオモチャ。

 どうやら彼は大人のオモチャコーナーに迷い込んでしまったらしい。

 蒼也にとって初めてのアダルトコーナー。

 彼は無表情のまま、その場で二回転ほどすると、


「あ、やべ。間違えちゃった」

 と冷静に言った。


 蒼也以外には金髪のひょろっとした色白の男と、ラクダよりも長いまつ毛で口元がサルよりも出っ張っている女のカップルが一組いた。


 彼らは二人で腕を組みながら、商品を見ていた。雰囲気を壊さぬよう、静かに出口へと向かおう。大丈夫だ問題ないだろう。と蒼也は考えていた。


 懸念しなければならないことがあるとすれば、知り合いと鉢合わせになること位だ。

しかし、こんな夜に友達が店にいる確率なんて少ないはずだ。それに、鉢合わせになった男であれば、無傷も同然だ。

 

 問題は女子との鉢合わせだ。


 男友達が少ないすら少ない蒼也に女友達なんてほとんど存在しなかった。

 ざっと見積もって、アダルトコーナーを出た瞬間に気まずい人に出会う確率は、プールの中に腕時計の部品を投げ込んで、水の流れだけで時計が組み立てられるのと同じくらいだ。


 蒼也は頭の中で、出会ったらまずい人間の数を数えた。

 大丈夫一人だけだ。

十八禁ハートと描かれたのれんをそっと潜った。


「あれ、蒼也くん」


 目の前に碧夏がいた。手ぶらでラフな格好だ。

 女性特有の柔らかい匂いが蒼也の鼻孔に入り込んだ。それは一瞬で、白目をひん剥いて倒れそうなほど良い匂いだったが、彼は別の意味で白をひん剥いて倒れそうだった。


「蒼也くん?」


 彼女は真ん丸な目で蒼也を見た。

 蒼也は数秒間、銅像のように固まった後、「やあ、元気?」と冷静を装った。


「元気だよ」


 彼女はニッコリと笑った。

 蒼也の内心は嵐のように荒れていた。

 や、やってしまった。なんてことだ。腕時計の部品をプールに投げ込んで、水の流れで時計が組み立てられる確率が当たってしまった!


 一番、見られたくない人に見られてしまった。

 そう、もっとも会いたくなかった「一人」こそ、碧夏だったのだ。


 碧夏は「大丈夫だよ、ほとんどの人間は性欲を持ってるからね。でも、あまり表に出さない方が良いよ」と微笑んでフォローするように見せかけて、彼の背中を包丁で刺すような事を言った。

 蒼也は顔に出さず、心の中でナメクジのように気持ちが悪いダンスを荒れ狂うように踊った。


「あ、碧夏は、か、買い物?」


 明らかに動揺する蒼也。


「そうだよ、買い物頼まれちゃってね。もうお風呂に入ちゃったのに。あおくんも買い物?」

「俺は……」


 蒼也はなんて答えればよいか迷った。

 正直に、ウィンドウショッピングをしていたら、間違えてアダルトコーナーに入ってしまった、と答えるべきか。しかし、それだと明らかに言い訳に聞こえてしまう。


 ああ、彼女が本当に他人の心の中を読めたら、誤解だと証明できるのに。

 蒼也はまた石像になった。


「アイスでも買わない?」石像になった蒼也を下から覗き込むように、碧夏は笑顔を浮かべて言った。

「アイス?」


 碧夏はきっと気を使って話題を変えてくれているのだろう。


「そうしよう」 


 二人は、カタカタと音を立てる古くて今にも壊れそうなエスカレーターで一階に降りた。一階は食料品売り場で様々な種類のアイスが売っている。


 碧夏は迷わずバニラのソフトクリームを手に取った。


 貧乏暮らしの蒼也にとって、アイスは少し贅沢だ。しかし、承諾してしまった以上、「やっぱり買えない」なんて死んでも言えない。


 彼はチョコレートのカップのアイスを買いたかったが、一番安い棒状のソーダアイスに手を伸ばした。すると、碧夏は「これ奢るよ」と言いながら、蒼也が欲しいと思っていたチョコレートのアイスを手に取った。


 蒼也は目が点になり眉が上がった。


「なんで、奢ってくれるの?それにどうして俺がチョコが好きなこと知ってるの?」

「なんとなくだよ。あおくんってチョコレート好きだったんだ。知らなかったよ!」


 碧夏は微笑んだ。

 彼女は本当にアイスのお金を払った。

 店を出ると、二人でアイスを食べながら、歩くことにした。

 蒼也は恥ずかしく、碧夏の方を見ることができなかった。


 アダルトコーナーから出てくる所を見られ、弁解も出来ない上に、気を使われアイスまで奢って貰う。男として、失格ではないか。蒼也はため息をついた。


 繫華街なので、夜も遅いというのに通行人が多い。

若い居酒屋の店員が、メニュー表を持って必死に客引きをしているが二人は未成年と見られたのか、横を通り過ぎてもスルーされた。


「と、ところで、さっき俺のこと「あおくん」って呼んでるけど、それって……」


 蒼也は、店員さんに付けてもらった木のヘラを食べかけのアイスに刺すと、遠慮気味に尋ねた。

 碧夏はアイスを食べるのを中断すると、


「蒼也君の『蒼』って『あお』でしょ。それにさっき出会った時も顔が青ざめてたから!だから青君!」


 彼女の笑う姿は、可愛いくていたずらっ子な小悪魔に見えた。


「なんだよ、それ。まあ、確かに俺は青くんだな。そういえば、碧夏も『あお』か」

「なに、そのダジャレ。センスの欠片もないよ」

「別に俺はダジャレのつもりで言ったわけじゃないよ」


 空に星はない。暗闇が広がっているのは、人工の光が星を隠すからだ。道路は道幅が狭いというのに、沢山の車が通り抜けようとするので、渋滞している。


 蒼也は恐る恐る碧夏を横目で見る。彼女の瞳は真っ直ぐどこか遠くを見ているような気がする。

 本当に最悪だ。と蒼也は思った。あーあ、これで俺が品の無い人間だと思われた。碧夏にだけはそう思われたくなかったのに。この前見た映画のハンガーマンのヒロイン洋子みたいに、他人の心が読めれば、誤解が解けるのに……


 心が読める?蒼也はなにかに違和感を抱いた。この違和感の正体は一体何だろうか。

 歩きながら思案した。

 違和感の正体はアイスだ。


 碧夏はなんで、一番欲しいと思っていたアイスを当てることができたのだろうか。


 彼女は『なんとなく』と言っていた。だが、それだと不自然な点がある。蒼也はバニラのアイスを買おうとした。そのアイスは、碧夏が蒼也に買おうとしたアイスとは離れた位置に並べてられていた。蒼也が手を伸ばしかけていたアイスとは全く別の種類で、全く異なる所にあるアイスを奢ろうとするだろうか。


 不思議な点は他にも沢山あった。連絡先の交換も、一見自然だが、蒼也が交換しようとした時に彼女が「交換しよう」と言い出した。自己紹介もそうだ。蒼也が自己紹介をしようとしたら、先に碧夏が自己紹介をした。


 これら何が不思議なのかと言うと、自分が思いついて行動するより先に彼女が行動に移す。


 こじつけにも見えるが、まるで、心を読んでいるかのようだ。


『ハンガーマン』


 蒼也は先日見た映画を思い出した。ヒロインの洋子は他人の心を読むことができた。彼女はずっとそのことに悩まされてきて。そんな悩んでいる彼女を主人公が助ける。


 もしかして、そんなヒロインのように、碧夏も他人の心が読めるんじゃないか?

 ありえないかもしれないが、しかし、本当にそうでないと証明することはできない。


 もし、碧夏が他人の心を読めれば、誤解が解けている。そうだといいな。

 蒼也は恥ずかしい出来事があったのを忘れて、そんなことを考えながら、碧夏の隣を歩いた。


「家、すぐそこだから。ありがとう!」


 急にそう言って立ち止まった碧夏にびっくりした蒼也は思わず、アイスを落としてしまった。


「大丈夫?」碧夏は笑いながら心配した。


「だ、大丈夫だ。こっちこそありがとう……アイス奢ってくれて……」

「どういたしまして!」

 碧夏は微笑みながら、手を振った。蒼也もぎこちなく彼女に振り返した。 

 

 碧夏が見えなくなると、蒼也は帰路に就いた。


「まあ、そんなこと、あるわけないか」


 他人の心を読める人間なんているわけがない。

 でも、もしいたら少しロマンチックだ。


「てか、俺今どこにいるんだ……」


 すぐにスマホ位置情報を確認した。


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